名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
上 下
277 / 586
第二部 第三章

鷲を飛ばす

しおりを挟む


 シシィは上機嫌で子どもの虎を胸に抱いていた。小さな白い虎がシシィの豊かな胸の谷間に顔を埋めている。
 魔法の練習をすると言っていたが、今回はこうやって鷲と虎を出せるようになるだけで終わりそうだった。もちろん、こんな魔法が使えるというのは普通の魔法使いにとってはとても難しいことなのだろうとは思う。
 ただ、自分にとってはこの魔法を繰り出すこと自体は特に難しくはなかった。

 ただ、こうやって出すだけではなくもっと大きく出せるようにしなければいけないし、それらを自在に操れるように練習もしなければいけない。
 しかし、魔法で出した虎は今のところシシィの胸に抱きかかえられながら暢気に欠伸などしている。

「シシィよ、やはり自在に動かせるように練習したほうがよいのではないのか」
「それはまた今度にする」
「おお、なんと」

 大掛かりなことをすると言っていたから、相当辛い修行が待っているのだろうと思っていた。鷲の王と雪白虎を出せるようになるというのは、確かに重要な進歩かもしれないが、これだけで終わりだとは思ってもいなかった。

 シシィは虎の背中を撫でながら体をくねらせている。もしかするとシシィは猫の類が好きなのかもしれない。
 あの大きな白い虎では顔が怖すぎてまったく可愛げがないが、自分が出した小さな虎は猫のようでまだ可愛げがある。成猫と比べれば足は太く、ずんぐりした体型に見えるがそれもまた可愛らしい。
 ただ、可愛いだけで役に立たないのでは困りものだ。


「ふむ……、仕方が無い。妾は妾で別の練習をするのじゃ。顕現せよ、鷲の王!」


 さっき教わったばかりの魔法を使い、ソフィは炎の鷲を空中に浮かべた。とりあえずその鷲を自在に飛ばせるようになるほうがよいだろう。そう思ってソフィは炎の鷲を木々の間で飛ばしてみた。
 炎の鷲は明るさと火の粉を撒き散らしながら空中を飛び回る。そうやって練習していると段々と楽しくなってきた。何かを飛ばしたりするよりも、何かを操るという行為のほうがもしかすると自分にとって面白いのかもしれない。思い返してみると、アデルに肩車をされた時もアデルを操ることに愉快さを覚えたような気がする。
 何かを思い通りに操るというのはきっと楽しいことなのだろう。

「回るのじゃ!」

 意味は無いが声に出して命令してみる。炎の鷲はくるくると回りながら上昇し、木々の間をすり抜けて空へと突き抜けた。そこからさらに急降下させ、地面すれすれで一気に上体を起こさせる。鷲が羽ばたく度に炎の粉がその軌跡を彩り、薄暗い森の中に光の線を描き出す。

 鷲の飛ぶ速さには目を見張るものがあり、自分が何かを思い切り投げた時よりもずっと速かった。
 操るのにも慣れてくると、攻撃のほうも試してみたくなる。しかし、この森の中で炎の魔法を放つのはさすがに気が引けた。もし火事が起これば消すのは大変なことになるだろう。
 もちろん、シシィと自分がいれば多少の火であれば消せるはずだが、シシィは小さな虎に夢中でこちらを見てもいない。


 このあたりで練習を切り上げたほうがいいのかもしれない。しかし、この炎の鷲を自在に飛ばせるような場所は家の近くには無いし、せっかくこうやって人目につかない場所に来たのだからもう少し練習したい気にもなる。

「ふーむ、どうしたものか悩むのじゃ」

 炎の鷲を近くでばっさばっさと羽ばたかせて止めておく。そうやって悩んでいると、がさがさと足音がした。どうやらリディアが戻ってきたらしい。どこまで行っていたのかはわからないが、一仕事を終えてさっぱりとした顔をしている。
 額にかかっていた髪を左右に流して、目に髪が入らないようにしていた。

「あら、魔法のお稽古?」
「うむ、そうなのじゃ。今日はシシィに凄い魔法を教わったのじゃ」
「その鳥がそうなの? すっごい燃えてるけど」
「うむ、これはなかなか愉快なのじゃ。シシィのものと比べるとかなり小さいが、妾も精進を重ねてじゃな、シシィのもののように大きくするのじゃ」
「そういえばシシィもそんな魔法使ってたわねぇ」

 リディアは布で包んだ剣を肩に担ぎ直し、あまり興味なさそうに炎の鷲に目を留めた。リディアほどの剣士からすれば、この程度の魔法はどうということはないのかもしれない。
 シシィの出した雪白虎でさえ一刀両断にするくらいだから、この程度の炎の鷲に脅威を覚えたりはしないのだろう。

 リディアも来たことだし、練習は切り上げたほうがいいだろう。そう思ってソフィは軽く杖を振った。炎の鷲が渦を巻き、そして空中から消失する。
 もっと広い場所で思い切り飛ばしてみたいものだが、そこに辿り着くまでそこそこの時間がかかってしまう。

 リディアは次にシシィへと視線を移した。シシィは赤ちゃん虎を抱いて満足そうにしている。相当冷たいだろうに、その背中を撫でながら笑みを浮かべていた。シシィのほうな可愛らしい少女がそうしているのはある意味普通のことかもしれない。
 しかし、普段のシシィを知っているだけあって、シシィが無防備に笑みを浮かべて小さな可愛い生き物を可愛がっているというのは奇妙な光景に見えてしまう。

 リディアもそんな姿が変に思えたのか、眉を寄せてじーっとシシィを見つめている。

「ちょっとシシィちゃん? そろそろ帰るわよ」

 声をかけられて、シシィはようやくリディアがいることに気づいたようだった。急に表情を引き締めてリディアに目を向ける。
 そうやって格好付けようとしたところで今更遅い気もする。

 リディアは無遠慮に手を伸ばして、シシィが胸に抱いている虎の首に手を当てた。それから虎の首の後ろをぎゅっと抓んで持ち上げる。
 哀れにも宙吊りになった虎は脚をばたばたと動かしていた。リディアは虎の向きをくるりと変えてその顔を覗きこんだ。

「まぁ、変な顔の猫ね。もうちょっと目が丸いほうが可愛いんじゃない」

 リディアがそう言うと、シシィがむっと唇を硬くした。

「リディア、それは猫ではなく虎。それと、そうやって首の後ろを持つのは好ましくない。負担になる」
「いや、これはソフィが魔法で出したんでしょ。関係ないじゃない」
「それでも見た目がよくない」
「見た目って……。別にいいけど」

 そう言ってから、リディアはゆっくりと地面の上に虎を置いた。もういいだろうと、ソフィは杖を軽く振って小さな虎を消した。同時にシシィが悲しげに表情を変えた。
 もうちょっと可愛がっていたかったのかもしれないが、そんなことをしている場合ではない。

 ソフィは杖をスカートの中に仕舞ってから、リディアのほうへ視線を向けた。

「リディアよ、もう木を切り終えたというのか?」
「うん、終わったわよ。とりあえず、太いのは放置しておいて、で、ちょっと細めの軽そうな奴だけ持って帰るわ。とりあえず、木材を扱う練習台になってもらわないとね」
「練習とな」
「さすがにノミとかタガネとかなんかよくわからないけど、そういうのはちゃんとしないとダメでしょ。まぁ多分アデルがそういうの得意だと思うから、なんとかなるわよ」
「ふむ、ちゃんとすると言っておいてすぐさま人任せというのも驚きじゃが、それよりもまずアデルを説得せねばなるまい。家を建てるというのは大変なことではないか」
「大丈夫よ、アデルだって賛成してくれるわ。そうしたらみんなで一緒に、ひとつ屋根の下で暮すのよ。きっと楽しくなるわ」

 リディアは明るい表情でそう言った。森のひんやりとした空気に当てられ続けたせいか、ソフィはほんの少し寒気を覚えた。
 楽しそうにしているリディアを見ていると妙な不安が膨らんだ。

 ソフィが表情を曇らせていると、シシィがリディアに続くように言葉を重ねる。

「どちらにしても、あの家はそろそろ建て替えなければいけないと思う。あのままではもう長くはもたない」
「なんと?!」
「今まで建っていたのが不思議なくらいだと思う」
「い、いやしかし、しっかりと手入れをすれば長持ちするはずなのじゃ」
「もう難しい」

 シシィがゆっくりと首を振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

悪役令嬢の双子の兄、妹の婿候補に貞操を奪われる

アマネ
BL
 重度のシスコンである主人公、ロジェは、日に日に美しさに磨きがかかる双子の妹の将来を案じ、いてもたってもいられなくなって勝手に妹の結婚相手を探すことにした。    高等部へ進学して半年後、目星をつけていた第二王子のシリルと、友人としていい感じに仲良くなるロジェ。  そろそろ妹とくっつけよう……と画策していた矢先、突然シリルからキスをされ、愛の告白までされてしまう。  甘い雰囲気に流され、シリルと完全に致してしまう直前、思わず逃げ出したロジェ。  シリルとの仲が気まずいまま参加した城の舞踏会では、可愛い可愛い妹が、クラスメイトの女子に“悪役令嬢“呼ばわりされている現場に遭遇する。  何事かと物陰からロジェが見守る中、妹はクラスメイトに嵌められ、大勢の目の前で悪女に仕立てあげられてしまう。  クラスメイトのあまりの手口にこの上ない怒りを覚えると同時に、ロジェは前世の記憶を思い出した。  そして、この世界が、前世でプレイしていた18禁乙女ゲームの世界であることに気付くのだった。 ※R15、R18要素のある話に*を付けています。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

オーガ転生~疲れたおっさんが城塞都市で楽しく暮らすようです~

ユーリアル
ファンタジー
世界最強とも噂される種族、オーガ。 そんなオーガに転生した俺は……人間らしい暮らしにあこがれていた。 確かに強い種族さ! だけど寝ても覚めても獣を狩ってはそのまま食べ、 服や家なんてのもあってないような野生生活はもう嫌だ! 「人間のいる街で楽しく暮らしてやる!」 家出のように飛び出したのはいいけれど、俺はオーガ、なかなか上手く行かない。 流れ流れて暮らすうち、気が付けばおっさんオーガになっていた。 ちょこっと疲れた気持ちと体。 それでも夢はあきらめず、今日も頑張ろうと出かけたところで……獣人の姉妹を助けることになった。 1人は無防備なところのあるお嬢様っぽい子に、方や人懐っこい幼女。 別の意味でオーガと一緒にいてはいけなさそうな姉妹と出会うことで、俺の灰色の生活が色を取り戻していく。 おっさんだけどもう一度、立ち上がってもいいだろうか? いいに決まっている! 俺の人生は俺が決めるのだ!

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です

深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。 どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか? ※★は性描写あり。

俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中

油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。 背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。 魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。 魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。 少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。 異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。 今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。 激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ

処理中です...