名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

辛酸

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 グッセンは抵抗を諦めたのか、よろよろと立ち上がって机の引き出しの中から羊皮紙を一枚取り出した。どうにか左手を上げて、それをルキウスに手渡す。
 ルキウスは渡された紙を見て、眉間に皺を寄せた。

「なんだこれは? こんなふざけた契約がまかり通るというのか?」

 ルキウスの疑問にグッセンは答えなかった。答えられなかったのかもしれない。指もそうだが、グッセンは体中に傷を負っている。まともな思考など保つことができないだろう。
 一瞬であの羊皮紙の内容を読み取ったのか、ルキウスは怒りの混じった表情でグッセンを睨んだ。

「この額を複利で貸し与えれば、金利を払うだけで元本がまったく減らないではないか。阿漕にも程ががあるだろう」
「し、知らねぇよ、それでいいって言ったのはマリーだ」
「ふむ、無知なものに付け入ってこのように私腹を肥やしてきたわけか。このような手法は褒められたものではないが、まぁよい、他所の国の風習に立ち入り過ぎるのも同じく褒められたものではない。よかろう、この額で払ってやる」

 ルキウスはそう言ってマントの内側に手を入れた。そこから一掴みの金貨を取り出す。何枚あるのか、一目見ただけではわからなかった。
 その金貨を机の上に置いて、ルキウスが言う。

「これでマリーの背負った借金は完済だ。担保になっている土地も、道具も、もはや貴様には取り上げる権利などない」
「くそっ、なんだってんだよ、てめぇは、何がしたいんだよ」
「決まっているだろう、この女を自由にし、そして余の物にする。余の目的のためにマリーは必要なのでな」

 ルキウスはそう言ってから、グッセンに借金が完済されたことを証明する紙を書かせた。グッセンの右手の指の骨はすべて折れていたため、ルキウスは自身の魔法でグッセンの指をわざわざ治してやってからその紙を書かせた。
 出来上がった紙を見てから、ルキウスはマリーに視線を向けた。

「よし、マリーよ、ここに名前を書け。それですべてが終わりだ」
「終わり……?」
「そうだ、もうこの男に従う必要などない」
「本当に?」
「そう言っているだろう。早くしろ」


 信じられなかった。今まで自分を苦しめていた借金が、これで無くなってしまうのだ。
 マリーは震える手で自分の名前を紙の下のほうに書いた。まだ実感が沸かない。

 ルキウスは出来上がった紙を見て満足そうに頷いた。それからマリーに視線を向けて、馬鹿にするように言った。

「こんな借金を背負うなど、お前は一体何を考えていたのだ」

 その言葉に、マリーは頭に血が上った。顔面が紅潮し、口角が鋭く横に引かれる。

「あんたに何がわかるのよ?! 仕方がなかったの、わたしがこうしなきゃ、村の人たちが飢えて死んでたわ」
「どういうことだ?」
「っ……」


 怒鳴られたにも関わらず、ルキウスは涼しい顔で理由を尋ねてくる。
 少し躊躇ったが、その理由を話してやることにした。


 マリーは小さな村の村長の家に生まれた。それなりに裕福な生活を送ることが出来たし、勉強にも精を出すことが出来た。
 だがある日、戦火が村を襲った。その中で両親は死に、村人たちの多くも死んだ。いつも面倒を見てくれた隣の家のおじさんは、腹から血を流して仰向けで息絶えていた。
 鶏を絞めるのが得意だった叔母さんは、木に吊るされて眼球をひん剥いたまま死んでいた。いくつもの死体が木に吊るされ、村を襲ったものたちは掠奪の限りを尽くしていったのだ。

 自分もその中で深く傷つけられた。

 その村にやってきたのが、グッセンだった。グッセンは村を襲ったならず者たちを一蹴し、その後で村の者たちに食料を配った。
 しかし、それも無料などではなかった。グッセンは対価として自分の身柄を求め、自分のために働くように命令をしてきた。

 その命令を聞きさえすれば、村の人たちがしばらく生きて行けるだけの金を貸してやろうというのだ。
 自分が断れば、村の多くの者たちが冬を越せずに死に絶えるだろう。しかし、その命令を聞けば、自分はもはやこの男の所有物となり、この男のために生きてゆかなければならない。

 優しい両親の下で育った自分に、こんな選択が押し付けられるなど以前なら想像も出来なかった。
 悲しくて仕方なかったが、グッセンの申し出を受けるしか方法はなかった。 


 それ以来、グッセンという男の命令に従って生きてきた。人を傷つけるようなことをして、男の機嫌を損ねないような術を身に付けて、生きながらえてきた。
 借金を返し自由の身になったら、いつか村に戻れる。それだけを心の支えにして、ずっと生きてきた。


 そんな話をかいつまんで語ると、ルキウスは目を細めいた。男にしてはすらりと長い指を顎の下に当てて、何か考えている。
 同情が欲しいわけではない。わかってくれなどと言うつもりもない。だが、泥のように重い怒りが腹の底に溜まっていて、どうしようもなかった。

 ルキウスはひとつ息を吐いてからグッセンに視線を向けた。

「上手くやったものだな。貴様がマリーの村を襲わせたのであろう」

 グッセンの表情が凍った。半端に開かれた唇から呻きのようなものが漏れる。

「なっ、にを根拠に」
「傭兵がよくやる手口だ。奪うだけでなく、長く利益を得ようとそのような手法を使う。この借金の利息の付け方、もはや状況を見越して計算していたとしか思えん。借金が返済されなくとも、担保として土地を得ることが出来る」
「でたらめなことを言うんじゃねぇ」
「村を襲ったならず者たちは、何故死体を木に吊るした? 人の体というものは重い。掠奪が目的ならば、木に吊るす必要など無い。それを行ったのは生き残った村人に恐怖を与えるためだ。その道具として村人の死体を使い、生き残ったものたちから判断力を奪った。貴様は村のものたちに食料を与えたというが、何故そんなものを持っていた? 状況を見越して用意していたのだろう?」

 マリーはがたがたと震えながらルキウスとグッセンを交互に見た。
 ルキウスの言っていることは、本当なのだろうか。

 もしそうだとすれば、自分はずっと騙され続けていたことになる。借金の担保には村の土地が多く含まれていた。もし自分が借金を返さなければ、その土地は奪われてしまっただろう。
 そうなれば村人たちは飢えて死ぬ。逃げることなど出来なかった。靴の革でさえ甘いと思えるほどに、辛酸を味わってきた。

 すべては、仕組まれていたというのか。


 マリーはグッセンを見た。その横顔に尋ねる。

「ほ、本当なの?」

 どんな答えが返ってきたとしても、信じることは出来なかったかもしれない。
 グッセンは顔を横に向けたまま、口を動かして何事か呟いた。あまりにもか細い声で、聞き取ることが出来ない。
 マリーは大股で一歩進み、グッセンに近づいた。

 白いひげの奥、グッセンの口角が釣りあがった。




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