名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

敗北

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 何が起こったのか一瞬理解ができなかった。

 エクゥとアトの二頭は、原っぱの上で横たわったまま身動きもしない。

 その横では、若い騎士がエクゥとアトから取り外した荷物を漁っている。







 あの二頭は人に捕まるような間抜けではない。一体どうやってあの騎士はエクゥとアトを捕えたのか。

 ふっと、騎士が振り返った。その驚きに満ちた表情を見て、シシィは愕然とする。



 あの騎士は、城門の前でルイゼに報告をしていた若い青年だった。

 そこで全てに気づく。



 馬の扱いに長けた騎士に、ルイゼは何を渡した。ルイゼの匂いが染みこんだ上着だ。

 エクゥとアトは、元々誰のものだったか。騎士団の馬は、すべてルイゼのものだ。あの二頭も例外ではない。



 エクゥとアトは、懐かしいルイゼの匂いに警戒心を解き、あの騎士に近づいた。

 そこを狙われたのだ。いくらあの二頭でも、不意を突かれればどうしようもない。







 ルイゼは、自分が逐電したことについては責めてきた。だが、エクゥとアトを連れ去ったことについては何も言わなかった。

 軍馬は高価で貴重なものだ。公爵家のルイゼからその馬を盗んだとあれば、処刑されてもおかしくはないほどの罪になる。



 だが、ルイゼはそんなことは一言も言わなかった。いや、故意にそうしたのだ。

 ルイゼは、自分がエクゥかアトに乗ってやってきたのではないかと疑い、調べさせた。

 その結果、あの騎士は二頭の姿を認め、ルイゼに報告した。ルイゼは二頭を封じるために上着をあの若い騎士に渡し、エクゥとアトを殺すように命じたのだ。





「くっ」



 勢いを殺さないまま飛翔魔法を解除する。地面に着地すると同時に走り出し、間を置かずに魔法で風を起す。

 若い騎士は慌てふためいていたが、思い出したように鞘から剣を引き抜いた。だが遅い。



 風が地面を削り取る。 

 ガガガガッ、と地面を削る音が若い騎士に襲い掛かった。



「うわあああぁっ!!」



 剣を構えた騎士が吹き飛ぶ。それだけで済ます気はなかった。後ろに向かって倒れこんだ騎士に向かって、氷の矢を放つ。

 鋭く尖った氷が、若い騎士の肩を貫いた。 



 どうやら馬の扱いを得意としているようだが、戦闘に関しては大したことがないようだ。

 シシィは走りながらエクゥとアトに声をかけた。



「エクゥ! アト!」



 今まで長い旅を共にしてきた二頭が、自分の読み違いのせいで殺されてしまった。胸の中で膨張する怒りが、ちりちりと痛みをもたらす。怒りと後悔の感情が交じり合う中、二頭の亡骸に近づいた。

 自分の力が足りなかったばかりに、馬を死なせてしまった。



「ごめんなさい」



 悔恨の言葉をかけた瞬間、エクゥとアトはむくりと体を起した。そのまま立ち上がり、いつもと同じ澄んだ目でこちらを見てくる。



「えっ?」



 二頭は生きていた。慌てて怪我が無いかその体を眺め回す。どうやら傷ひとつ無いようだ。

 あの若い騎士はこの二頭を殺さなかったらしい。ルイゼの命令に従っただけだろうが、どうしてルイゼがこの二頭を見逃したのかがわからない。

 足を奪うつもりなら、例え貴重な軍馬とはいえ始末するのが最も良いはずだ。馬を殺すのが躊躇われたのだろうか。



 ルイゼが何を考えているのかはわからないが、それを考えている場合ではない。

 杖を地面に置き、すぐさま散らばった荷物を集める。二頭に鞍を載せ、ハミを噛ませた。焦りの中で馬具を装着してゆく。

 ルイゼがこちらの場所に気づくまでにはまだ時間がかかるはずだ。そもそも、都市の中央から城壁まで辿り着くのに時間がかかる。

 この都市の交通事情を考えれば、馬を駆けさせるなど不可能だ。ルイゼは今頃、苛立ちながら人の波をかきわけているのだろう。





 パニエを馬に取り付け、荷物を馬の尻の辺りに固定する。

 エクゥの肢の下へ手を回した瞬間、エクゥが突然動き出した。



「待って、まだ終わってない」



 エクゥが動き出した理由がわからずにいると、視界の端で何かが動くのが見えた。

 あの若い騎士が、口に笛を当てていた。こちらを睨みながら、笛を吹いている。あの笛は馬に指示を与えるために使うものだ。



「なっ?!」



 騎士団の馬は笛でも動かせるように調教されている。それを利用された。

 すぐに杖を拾い、若い騎士を風魔法で吹き飛ばす。怒りのせいで力みが生じ、騎士の体は牛に体当たりされたかのように転がった。



 早くしなければ。ルイゼが来る前に行方をくらます必要がある。

 どこへ逃げたのかがわからなければ、例えルイゼでもこちらを追いかけることなど出来ないはずだ。



 焦りながらもようやく馬具を取り付け終えた。すぐさま馬に飛び乗って逃げようと思った瞬間、目の端に入ったもののせいで血の気が引いた。

 城門が馬群を吐き出している。その先頭にいるのはルイゼだ。



 早すぎる。ルイゼは都市の中央にいたはずだ。そこから馬を走らせたとしても、あの街中を疾走することはできない。

 だが現実にルイゼは現れた。それはつまり、こうなることを見越して道を用意しておいたのだ。



 背筋が凍りそうになる。このまま騎士たちに囲まれれば、さすがに勝てる見込みはない。こちらは魔力をかなり消費しているのに対し、ルイゼは十分に力を残している。

 今すぐ馬に乗って逃げたとしても、ルイゼの馬ならばこちらに追いつくだろう。エクゥもアトも荷物を載せているし、そもそもルイゼが馬に命令をすればルイゼの指示に従う可能性もある。



 どうすべきかわからない。再び飛んで逃げる。どこへ。

 平原の中で飛んだところでいつかは魔力が切れ、落下してしまう。しかも飛んだところで馬の速度には到底及ばない。魔力が切れるまで追い掛け回されるだけだろう。

 なら再び都市の中へ逃げ込むか。だが、エクゥとアトは確実に捕えられてしまう。

 馬が無ければ街道を町伝いで行くしかないが、ルイゼがそこに目を光らせるのは確実だ。

 都市の中に逃げられたとしても、潜伏出来なければ意味が無い。もしシャルロッテやヒルベルトのような猛者に追い立てられれば、こちらはずっと魔力を消費し続けなければいけないだろう。

 教会へ逃げても、避難所として利用する代わりに杖は取り上げられてしまう。その上、エクゥとアトを盗んだ罪を責められれば、最終的に裁判で有罪が確定するのは明らかだ。





 血の気が引いてゆく。



 打つ手が無い。

 完全に読み負けた。ルイゼのことを出し抜いたとばかり思っていたが、ルイゼの手の平の上で足掻いていただけだった。

 例え正面から戦ったとしても、数を従えたあのルイゼには勝てない。じりじりと削られて、最後には杖を奪われるだろう。

 捕えられ、ルイゼの考え次第でこの首を斬り落とされてしまう。



 二度とあの家に帰れない、二度とあの人に会えない。



 まっすぐこちらへ向かってくる騎馬隊を見ながら、シシィは歯を噛み締めた。







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