名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
上 下
410 / 586
第二部 第三章

追いつ追われつ

しおりを挟む




 シャルロッテは苛立ち紛れに舌打ちをした。馬を駆けさせようにも、通行人が多すぎる。二人の隊員がけたたましく笛を鳴らすが、人々の反応は馬の駆ける速さに対してあまりにも遅い。

 火球が上がった方向へと進み、移動中の騎士たちを捕まえては問い詰める。



 どうやらシシィは白い虎を出しているらしい。確かにあの魔法は強力で、大抵の相手なら何の問題もなく倒せる。だが、聞くところによるとあの魔法はそれなりに魔力を消費するらしい。

 戦闘中でもないのにそんなものを出している理由はわからない。



「うーむ、シシィ殿、一体何を……」



 揺れる馬の中でそう呟いてしまう。不可解なことは他にもあった。シシィが向かっているのは、この都市の中央、つまり旧市街のほうだった。

 そんなところへ逃げても、出口が遠くなるだけで何の意味も無いはずだ。シシィほどの実力者なら、他の門へと向かい、そこから無理矢理出ることも出来る。どうしてそれをしないのだろう。



 考えてみたが自分の頭ではよくわからない。しかも、あんな巨大な虎を出しているのでは目立って仕方が無いはずだ。

 戦いでもないのに魔力を消費し、さらに目立ちながら逃げている。



 はっきり言って、シシィがやっていることはすべて悪手だとしか思えない。

 旧市街に行けば何かがあるのだろうか。



 そこでシャルロッテはひとつの昔話を思い出した。



「おお、そういえば旧市街の地下には隠し通路があるとか」



 馬上でそう呟くと、並走していた部下が話しかけてきた。

 まだ若い女性で、栗色の髪を三つ編みにしてひとつにまとめている。



「シャルロッテさま、つまり翡翠の魔法使いはそこに逃げ込んでこの都市の外に出るということですか?」

「うーん、いや、その可能性は低い。そもそも、大昔に作られた通路が今の壁の外に通じているはずがない」



 今の城壁には堀がめぐらされている。その下を通るような通路などあるはずもない。ただ、地下通路に逃げ込んで身を潜めるというのはありえる。

 しかし、隠し通路など所詮は昔話に紛れ込んだだけの情報であって、本当にそんなものがあるのかどうかはわからない。シシィは実際に知っているのだろうか。

 何かしら古い文献を漁って、その存在を確かめたとか。



「うーむ、わたしにはよくわからない。小難しいことを考えるのはやめて、とりあえずシシィ殿に直接訊くことにする」

「それは、戦うということですか?」

「もちろん」

「しかし、団長は無理に戦う必要はないと」

「姫はそう言ったが、わたしはシシィ殿と戦いたい」

「ええっ?」

「そのためにはわたしたちが先にシシィ殿を見つけなければ」



 先行していた騎士たちから話を聞き、さらにシシィを追う。どうやらシシィは狭い道を選んで走っているようだ。

 そこでなら、シシィを取り囲むことなど出来ない。少ない数が相手なら誰もシシィに勝てはしない。



「よし、ここからは馬を降りて移動する」

「はいっ、この狭さ、見通しの悪さ、待ち伏せの可能性に注意ですね」

「はっはっは、そんな細かいことは気にするな! シシィ殿は待ち伏せなどしない」

「いえ、でも」

「心配無用、普通に追いついて普通に戦えばいいだけの話だ」

「そんな単純な、それに人質を取られたり」

「大丈夫、シシィ殿はそんなことはしない。そんな心配より、わたしに遅れないよう張り切ってくれ」



 二人の部下はまだ心配そうにしていたが、それに構っている暇はない。

 馬から降りて、路地裏へと駆け込む。他の二人より先にシシィを見つけ、そして戦うのだ。



 シャルロッテは心がうきうきと弾んでいることに気づいた。



















 シシィはひたすら走った。城門の前で霧を出し、そこから路地裏へと逃げ込んだのだ。

 そこから先はずっと走っている。心臓が悲鳴を上げようとしていたが、それに構ってはいられない。自分の体がなまったとは思っていたが、想像以上に体力が落ちていたようだ。



 ただ走っているだけでなく、追われているという状況が疲れを倍化しているのかもしれない。路地裏のような見通しの悪い場所を、何度も曲がりながら走る。

 途中で雪白虎を出し、自分の前を走らせた。仕方が無いことだが、自分のような若い女が走っていても、誰も道を開けてはくれない。

 それどころか好奇の視線を向けられ、中にはこちらについてこようとする者さえいた。



 しかし、白虎を出しておくと状況は変わる。誰もが虎に驚き、さっと道を開けてくれるのだ。魔力の消費は少々痛いが、今は出しておかないと速く進むことが出来ない。

 いくら路地裏を進みたいとはいえ、時には大きな通りにも出なければいけない。そういった場所でも、多くの人が虎を見て悲鳴をあげ、道を譲ってくれる。



 走り続け、シシィは旧市街を目指した。



 この都市の中央にルイゼの持つ戦力を集中させたい。ルイゼがどれほどの援軍を呼び寄せたのかはわからないが、多くても高々数百といったところだろう。

 ルイゼには守備兵を動かすような権限は無い。騎士と、近衛の一部、後はルイゼが個人的に飼っている私兵くらいか。



 その中でも騎士だけは厄介だ。他の兵士も銃を持っていると面倒なことになる。

 ルイゼはその戦力をどのように配置したのだろう。それが分からない以上、迂闊に城壁の外へ出るのは躊躇われた。城門の前で囲まれた時も、わざわざ丁寧に後ろの城門には誰も置いていなかったのだ。



 そこへ逃げてくれと言わんばかりの状況だった。

 さすがの自分も、平たい土地でルイゼやシャルロッテに囲まれれば負けてしまう。



 背中にじっとりと汗が滲んだ。今は銀貨や本の入った荷を背負っているから、尚更背中が熱く感じられる。

 額から浮かぶ汗が顎を伝い、胸元へと流れてゆく。熱を持った体が悲鳴をあげた。



 幸いなことに、今のところは戦闘に至っていない。

 あのルイゼのことだから、戦力を逐次投入して磨り減らすことを嫌ったのだろう。一人か二人なら、相手が騎士とはいえ自分は労せず倒すことが出来る。

 その倒れた者を介抱するために、向こうはまた人手がいる。一人倒せば数人の行動を奪ったのも同然になる。



 ルイゼはそういう状況に持っていきたくなかったのだろう。

 しかし、そろそろ誰かが迫ってくるはずだ。



 何より、通りに出ても、路地裏に入っても、ルイゼの命令を受けたと思しき者とはまだ遭遇していない。

 騎士たちが盛んに信号弾を放ってこちらの居場所を告げているが、それに合わせて誰かが出てくるということもない。



 ルイゼは本当に援軍を呼び寄せたのだろうか。ルイゼの言葉が本当なら、その援軍は一体どこにいるのだろう。

 もしいるとすれば、城壁の外に置いているのかもしれない。



 今更確かめる術などあるわけもない。もはやここまで来たら、騎虎の勢いに身を任せるしかないのだ。

 シシィは白虎の尻尾を眺めながらさらに走った。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私のブルースター

くびのほきょう
恋愛
家で冷遇されてるかわいそうな侯爵令嬢。そんな侯爵令嬢を放って置けない優しい幼馴染のことが好きな伯爵令嬢のお話。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

処理中です...