名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

シシィの旅路

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 闇が広がろうとしていた。日中は街道を進んだが、日暮れ前に進路を変えた。

 シシィは両脚に感じる疲れを押し殺し、さらに馬を進ませた。広々とした空は次第にぶどうのように色づきはじめ、鷹揚と大地を照らしていた太陽は地平の彼方へ沈もうとしている。

 途中、一度町に寄って必要なものを揃えた後はただひたすら進んでいた。



 エクゥもアトも元気そのもので、乗っているこちらのほうが疲れてしまう。

 村と村を繋ぐ小さな道を進みながら、シシィは辺りをきょろきょろと見渡した。どこか都合の良い場所で野営をしたい。

 森の中の道はそれなりに往来があるのか進みやすいものの、見通しが悪くて困る。

 針葉樹が高くそびえ立ち、式典を見守る騎士のように道の両側で脚を大地に根ざしている。



「どうしたの?」



 エクゥが突然速度を落とした。耳をピンと立てて周囲の様子を窺っている。後ろを走っていたアトも同じように耳を立てていた。

 何者かがいるのだろうか。そう思った瞬間に、前方で木が一本倒れこんできた。木の折れる音はしなかったし、木が倒れるような環境でもない。誰かが故意に木を倒したのだ。

 木が轟音を立てながら道の上に倒れこむ。針葉樹の間から五人の男が飛び出してきた。

 その男たちはシシィの通行を妨げるように広がり、それぞれが持っていた武器を構え始める。シシィは速度を落とし、馬を止めた。

 面倒なことになった。道を塞いだ男の一人が大声で怒鳴る。



「おい! 止まれ! 馬から降りろ、さもなくば」



 そう言いながら男が持っていた剣を掲げてみせた。肉厚の湾曲刀で、見た目が与える威圧感はなかなかのものだった。シシィは顔色を変えずに尋ねた。



「あなたたちは?」

「なんでもいいだろ、いいから馬から降りやがれ」



 ふと後ろにも気配を感じた。視線だけを寄越すと、後ろからも三人の男がぞろぞろと木々の陰から飛び出しているのが見えた。

 どうやら完全に狙われていたらしい。この道を通る者たちを襲っているのだろう。



 厄介なことになった。男たちの行動を見る限りでは、それなりに統率が取れている。今まで何度もこうやって誰かを襲ってきたのだろう。

 あっさりと挟み撃ちの状況に持ち込んだのだから、普段から自分たちがどう動けばいいのかを決めているに違いない。



 すぐさま襲撃に移らなかったのは、こちらが一人だということと、若い女だということに気づいたからだろう。自分を捕らえ、犯すか売るか何かしらの悪行を働くつもりに違いない。

 実に厄介だった。



 後ろにいた男たちはじりじりとこちらに迫ってきていて、薄ら笑いを浮かべている。



「うおお、マジかよ、上玉じゃねぇか」

「お頭、今日はツイてるぜ」

「やべぇ、たまらねぇ」



 湾曲刀を持っていた男は、刀を肩に担ぐとにやりと笑ってみせた。口の周りはぼうぼうにヒゲが生えていて、目玉がぎょろりと大きい。黒々とした髪は乱れていて、何年も櫛を通していないかのようだった。

 この男が賊の頭領なのだろう。



「へへっ、お嬢ちゃん、怖がらなくてもいいぜ。なぁに、命までは取りはしねぇからよ、俺たちと気持ちいい遊びしようぜ」



 平静を保とうと思っていたのに、シシィは自分の表情が歪むのを感じた。煮詰めたヘドロを顔に塗られたような心地になってしまう。醜悪な笑みが気持ち悪い。

 以前ならこんな男たちに何を言われようと怒りなど感じなかったはずだ。ただ、今のこの自分はアデルだけのものであって、他の男のものではない。

 自分とアデルの関係性に泥を塗ろうとしているかのようで、到底受け入れられるものではなかった。





 まさかこんな場所で賊に襲われてしまうとは思わなかった。気づけなかった自分に腹が立つ。昔なら賊が潜んでいたところで、何かしらの気配を感じることが出来たはずだ。

 馬に乗って長時間走った時にも感じたが、平和な日々の中で少々鈍ってしまったらしい。



 シシィは溜め息を吐いた。

 面倒なことになった。そう思いながら杖に手を伸ばした。











 男たちの悲鳴が針葉樹の森に響き渡る。魔法で作り出した炎が暴れまわり、尖った氷が男たちの脚や腕に突き刺さる。合計八人を行動不能にするのに、三分もかかってしまった。

 賊たちは地面の上に倒れ込み、折れた腕や千切れた指を胸に抱えて呻いている。

 それだけで済ませるつもりはない。シシィは魔法で土の塊を賊たちの体に覆い被せた。



 一応、息が出来るように首から上だけは出しておいた。それでも、土の塊に圧し掛かられるのは苦痛に違いない。肺が上手く膨らまないから、呼吸をすることさえやっとのはずだ。

 シシィは頭領の顔を見下ろした。



 この程度の賊を壊滅させるのに、三分ほどかかってしまった。誰一人として殺すつもりはなかったから、余計な時間がかかったというのもある。

 それでも、自分の衰えに些か傷ついた。



 賊の頭は怒りと悔しさの混じった表情でこちらを見上げている。まだ心が折れていないようだった。シシィは杖の先に炎を灯し、その火をゆっくりと頭領の顔のほうへと近づけた。



「ぐおおっ、あちぃ! や、やめろ!」

「あなたに訊きたいことがある。素直に答えなければ焼き殺す」

「わかった、わかったから、待て、やめろ!」

「他の仲間はどこに潜んでいるの?」

「いねぇよ! 俺たちだけだ、誓って、本当だ!」

「そう、そんな嘘には騙されない」



 シシィは炎の先で頭領の鼻を炙った。眉や髪が焼ける嫌な臭いが立ち上る。鼻の肉が少々焼けたのか、脂と肉が焦げたかのような臭いもした。

 すぐさま炎を頭領の顔から離す。もし息を吸われたら、喉と肺が焼けてしまう。

 頭領が慌てて声を上げる。



「本当だ、俺たちだけ、この人数だけだ」

「……そう」



 シシィはエクゥとアトのほうへ視線を動かした。その耳は伏せられていて、警戒をしている様子はない。念のために自分でも辺りを見渡してみたが、何者かが潜んでいるようには見えなかった。

 なら、この頭領が言う通り、賊はここにいた八人だけなのだろう。



 シシィは出しておいた雪白虎をのそりのそりと歩かせた。牛の体ほどもある巨体が鋭い視線で賊たちを睥睨して回る。虎の口から覗く牙は、彼らの命なら容易く噛み千切ることが出来るだろう。

 恐れによるものか、男たちが口々に悲鳴を上げたり助命を願い出てきた。







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