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冒険者へ

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 カラカラーンと音うるさくドアのベルが鳴り響いて、大きく開いた。
 そこに立っていたのは、金髪の赤いドレスをまとったお嬢さんだった。いや、マンガのような美少女だな。あれはもしや縦巻きロールでは?!本物初めてみたよ、ドリルだよドリル。さわりたい。ポヨンポヨンてはずむのかしら。
「お嬢様、ドアは静かにお開けください」
 …いや、注意するとこそこ?後から入ってきた老人、いや執事だね。もう完璧じゃん。名前はセバスチャンでいいかしら。ナイスミドル。声も渋くて素敵だ。立ってるだけなのに上品だし。
「あら。わたくしとしたことが。失礼致しましたわ。あなた、それをわたくしにも頂けるかしら」
 へ?それイコールケーキだ。お嬢さんはそう言うと食堂の席に座った。すすっと執事があとについていき、ナプキンを渡す。ふわりとドレスの上にのせ、準備は万端のようだ。
 いやいや、誰なのこの人たち。
「すみません。これ売り物じゃないんです」
「まさかっ。では、なんだというの?わたくしに食べさせない理由を述べなさい」
 そんな驚かれても、ね。理由は。
「私が趣味で作ったケーキです。ちなみにここに泊まっている客です」
 腹いせで作ったという理由は言わないでおいた。
「私がこの宿の主です。お客様のケーキをこちらはおすそわけ頂いているだけですよ」
 トルードさん、口調はやわらかいけど、いつの間にかおかわり分食べてるし。
「では、売ってくださらない?いくらなのかしら」
 執事が素早く小袋を出す。動作が早い。
 ちょっとー、そこの親子二人とも食べてないで、助けてよ。
「失礼ですが、どこぞのお嬢様なんですよね?素人の作った物を食べてもいいんでしょうか?責任とれといわれても、困りますので」
 早く帰ってくれないかなー。私まだ半分残ってるのに。ダメよ、それは私の!狙われている皿を奥にやる。
「その点はご安心ください。わたくしめが毒味も兼ねますので」
 いやいや、おじいさんに、もしなにかあったら心配でしょーが。なにもないけどさ。
「毒味はいらないわよ。そこの二人が食べているじゃないの。セバスンは自分が食べたいだけでしょう?」
 おしい、名前はセバスンだった。
「ホッホ」
 執事さんよ、笑ってるけど図星かー。
「いいから早くっ。わたくし、そこの川でゴンドラに乗っておりましたの。そしたら、おいしそうなそそる甘い香りがくるではありませんか。たどってこちらに辿りついたのですわ」
 ええ?匂いを辿って?まさかの嗅覚でゴールをあてたとは。
「あー、結構外にいい匂いしてたな。うちとは思わなかったけど」
 でも匂いだけでここに着く?食いしん坊お嬢さんなんだな。鋭い嗅覚なのか、執念なのか。
 これ、ひきそうにないな。押し問答は時間のムダのような気がする。それに私も早く続きを食べたい。
「責任はとりませんからね?」
 正直保険のための念書がほしいとこだ。いちゃもんつけられて牢獄行きとか勘弁していただきたい。
「大丈夫ですわ。自分の行動には責任を持っております」
 頼もしいお嬢さんだ。
 仕方なく、残っていた一切れを皿に取り、テーブルにおいた。フォークはどこだっけ?と思っていたら、これまた持参してた。マイフォークを持ち歩いてるのか~。
「お湯を頂けますか」
「は、い」
 トルードさんも働いてー。私が全部やってるじゃないの。
 セバスンに言われて、沸いたばかりのやかんを持って行く。
 カップも持参かい~いつでもティータイムできるね、やったね!
 茶器に茶葉を入れていく。紅茶かな、絶対高いやつだよん。あ~いい香りがする。いやされるわ。
「まちきれないわ、先にいただきますわ」
 うん、どっかで同じセリフ聞いたよ、さっき。三分ほどはじっと待っているには長いからね。セバスンが懐中時計で計っていた。絵になる!
「んんっ」
 めっちゃ目が見開いてます。怖い…そして無言。
 えーと、何か言ってくれなと不安になるんだけど。
「甘いだけではなくて、この酸味も合いますわ。こんなにフルーツが入っているケーキなんて初めて見ます。きれいですわね、宝石のようにきらきらしていますわ。ですのに、形が崩れない。ああ、このクリームだけでもワンカップいけますわね」
 それはカップにクリームを詰めてワンカップなのか、紅茶一杯にたいしてクリームだけで食べられるということなのか。
 聞かないけどさ。
 残った最後の一切れをトルードさんの視線を追い払って皿に載せて、セバスンに渡す。
 お嬢さんだけに食べさせたらまずいよね?もしもの保険に親しい人にも食べといてもらわないと。
「ありがとうございます」
 あ~その笑顔がご褒美だわ~。
 なんかやばい道に入りそうだ。
「うんんっ、セバスン。わたくしにくれてもよろしくてよ?」
「いえいえ、わたくしめも頂かないことには、旦那様にご説明できませぬゆえ」
 …だよねえ。
 お嬢さんはくやしそうだけど。意外に表情にすぐ出るな、この人。面白い。
「ちょうどお茶もよい頃合いでございます」
 ホンモノの給仕だよ。わぁ~優雅だよねえ。テンションあがるわ。ここだけでも十分絵になるわ~。映画のワンシーンのようだ。
 場所が宿屋の食堂だけど。
 いい香りするなー。紅茶の香りって落ち着く。今度市場のぞいてみよう。なんで今まで探さなかったんだろう。
「では、失礼して」
 さすが、食べ方もきれいだ。所作って気品漂う。雰囲気というか、指の添え方だけでも全然違って見えてくる。
「おいしゅうございます」
「よかったです」
 ニッコリ笑みをむけられれば、こっちもニッコリ返すよね。反射だわ。
 お嬢さんが諦めきれない視線を送るが、セバスンは動じず。
 ホールあっという間になくなったなあ。私のおかわり一切れはさっき隠したからね。
 ないよ、みんな私を見てももうないからね。
「あぁ。至福のひとときを過ごせたわ」
 まったりと嬉しそうにお嬢さんが言う。それはよかったです。甘いものと紅茶はリラックスできるもんね。
「よろしゅうございました。お嬢様、そろそろお時間が」
「わかってますわ。いくらほどのお支払いになりまして?」
「え、いや、別に。本当売り物ではないので。ご満足頂けたらそれで充分」
 途中で遮られる。
「こんなおいしいものの代価がないなんておかしいわ!」
 そういわれてもさー、なんで怒られてるのよ、私。
 突然やってきてそこにあったお菓子食べちゃってけど、て状態よ?
「お嬢様。硬貨以外でもよろしいのでしょうか」
 トルードさんが聞いた。
「そうね、物にもよりますけれど。わたくしのできる範囲であればよろしくてよ?」
 早くしなさい、とトルードさんの目が訴えてくる。
 モノ?え、えっと。それじゃあ。
「その紅茶を少しわけていただけると、嬉しいです」
「「え?」」
 モノでもいい、て言ったじゃん。なんでみんなして私を見るのさ。
 トルードさんを見返すと、頭に手をやってるし、スミはバカにした視線を送ってくる。なぜに?紅茶大好きだよ?
「こ、これでいいのかしら?」
 なぜか動揺してるように見えるのは、気のせい?
「紅茶がいいですっ。すごくいい香りしてましたし。好きな種類です」
 きっと高級茶葉で、もしかしたら市場に出回ってなくて私が買えないモノかもしれないしー。その可能性高い。リラックスのための必需品。
「セバスン、用意を」
「かしこまりました」
 お辞儀をして一度外に出て行ったかと思うと、すぐ戻ってきた。
 なんと紅茶の缶を三つもくれた。さすがお嬢さん、太っ腹~。お嬢さんは先に宿を出ていった。去るのもあっという間だな。
「他にありましたら、申しつけください。大変ご満足されており、久しぶりの上機嫌に私も嬉しゅうございます」
 そ、そんなに機嫌よかった?おいしい、とは言ってくれたけど。
 セバスンがきれいはお辞儀をして、宿を出て行った。カランとベルがなった。静寂が戻る。
「嵐のような一時だったな」
 スミがぽつりと言う。
「そうだね」
 早速この紅茶で残りのケーキを食べよう。
 真っ黒い四角い缶には金字とどこかの紋章みたいなイラストが入ってる。いかにも高そうだ。
「これって市場に売ってると思います?」
「そんなわけないでしょ。スロエキア国王室の紋が入ってるんだから。さすが侯爵家のお嬢様よねぇ」
 え?スロエキア国?新しい国名が出てきた。
「トルードさん知ってたの?」
「思い出したのよ。美食家のお嬢様」
 だからセバスンは名乗らなかったのか。有名だから知っていると。うん、知らなかったけどね私は。
「あのねえ、ああいう時は後ろ盾になってもらえるような証を要求しなさい。よほど気に入ったみたいだったから、もらえたと思うわよ。ほんと、冒険者らしくないわよねぇ」
 後ろ盾?
「なんで?」
 冒険者に必要?
「いざって時に役に立つだろ。世の中、権力ある方が強いんだからさ」
 スミにまで言われた。
「そうよ。まさにさっきみたいなことがあったら反撃できるのに」
 あーなるほど。自分の後ろには○○家がついているんだからねっみたいな。
「いいよ、そんなの。ずっとここにいるわけじゃないしさ。それより、出回ってない紅茶だよ?!こっちの方が価値あるって。買えないんだから。王室御用達ってやつでしょ?しかも3つもくれた。ひゃっほう~」
 あ~スリスリしちゃう。レアだよね?値段を聞きたいような怖くて聞きたくないような。ケーキよりも何倍も何十倍も高いに違いない。エビでタイをつる?みたいな。
「まぁ、ある意味あれも証よね」
 トルードさんのつぶやきにスミがうなづいていたのに気づかなかった。とにかくうかれていた。
 紅茶とケーキはめっちゃあう。イヤなことなんかパアっと忘れるくらいの素敵な時間をすごせた。
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