そして彼等は旅に出る

襟川竜

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終章 そして俺は旅に出る

その終

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玄関の戸を開け、一歩外へ。今日はいつもより少し気温が低くて、朝霧がうっすらと視界を覆っている。霧の隙間から、柔らかな陽光が差し込んでいた。
俺はショルダーバックを担ぎ直し、後ろを振り返る。
「それじゃあ、行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
父さんと母さんは、いつも以上に優しい笑顔を浮かべ、俺を送り出してくれた。
陽の光を受けてきらきらと輝いている霧の中を、俺は歩いて行く。見慣れている南部地区の朝の景色だけれど、なんだか神秘的な感じがする。霧で視界が悪いとは言え、南部地区には16年間住んでいたのだ。俺は迷う事無く、国門へと歩いて行く。
目指すはヤークティ共和国南部地区にある、南の国門。南部地区から国外に出られる門だ。
まずは隣国、グレイス国を目指す事になる。

グレイス国とは、俺が今いるヤークティ共和国から、南に三日程歩いた場所にある、小さな国だ。スタアト大陸の大半を占めるフレイムル砂漠もグレイス国領なので、かなり広い国なのだけれど、実際に人が住めるのはごく僅かな土地の為、小国と呼ばれている。

霧の向こう、何か大きな影が見えてきた。たぶんあれが国門だ。3m近くある塀の一か所に、鉄製の大きな門がある。この門を通れば国外だ。
見張りの兵士から許可を得て(自由の国フリーダムとはいえ、手続きはちゃんとしなければならない)門を開いてもらう。
重厚な音を立てて、門がゆっくりと外へ開く。霧が外の風に吹かれ揺れる。
「気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
親切な兵士さんにお礼を言って門をくぐる。

向こうの方に見える林まで、門から道が続いている。
この街道はグレイス国まで続いている。この道を通れば、迷う事なくグレイス国に辿たどり着けるのだ。
外は国内より霧の濃度が薄いみたいだ。
街道沿いの草が、露にぬれて輝いている。
空気を鼻から思い切り吸い込む。緑と土の匂がする。新鮮な空気が肺を満たしていく。
口からゆっくりと吐き出せば、頭がすっきりした。
気分の入れ替えが終わったところで、俺は街道を歩き出す。林の中を通る道だから、きっと涼しいだろう。

林の入口に近付いた時、誰かが木の後ろから現れた。
背中まである水晶のような水色の髪を、ツインテールにしている。癖くせなのか、毛先が少しふわふわしていた。白い長袖ワンピースの上に橙色のベストを身に着け、白い膝丈のブーツを履いている。
左右色の違う瞳が俺を見つめ、彼女はにっこりと笑った。
「シャルトゥーナ…様?」
対する俺は、驚きの余り呆然としながら目の前にいる少女の名前を口にした。
何で、彼女がここに?
「折角16歳になられたのですから、男性物の服を着たらよろしいのに…」
ふふふ、と口元に手を当ててシャルトゥーナ様は笑う。
「着慣れているこっちの方が動きやすくて…」
今の俺は、いつもと同じように蝶舞を着ている。少女にしか見えない格好だ。
確かにシャルトゥーナ様が言う通り男物の服を着る事ができる歳になったけど、動きづらかったんだよね。
「って、そんな事よりも、どうしてシャルトゥーナ様がここに!?」
ぶるぶると頭を横に振り考えを打ち切ると、俺はシャルトゥーナ様に近付く。
「『様』何てつけては、私が姫だという事がばれてしまうではありませんか」
「あ、ごめんなさい…」
「まあ、いいですけれどね」
ふふふ、とシャルトゥーナは笑う。俺はさっきした質問を言い直す。
「何でシャルトゥーナがここに?」
「だってソルトさん一人では心配ですもの。少しですけれど術の心得もありますし、役に立つと思いますよ。一人よりも二人の方が、きっと楽しいですわよ」
「それは…まあ…そうかもだけど…」
確かに一人旅より、二人旅の方が楽しいだろう。話し相手がいるだけでも結構違うだろうし、シャルトゥーナの術の腕前はかなりのものだ。もしも魔物と戦闘になったりしたら、心強いだろう。
でも、シャルトゥーナは俺と違ってヤークティ共和国の姫なのだ。簡単に出歩いていい訳が無い。
一体どうやってここまで来たのだろうか。
「外は危険なんだよ?」
「でしたら尚更の事、二人がいいですよね」
あーいえば、こーいう。
何とか城に帰したいんだけどなぁ。姫様を守る自信なんて無いよ。
「城で戦ったような魔物が沢山いるかもしれないんだよ。城にいた魔物より強い奴だっているかもしれないんだ。もし、戦闘になったりしたら…」
守りきる自信は無い、と俺が言うよりも早く、シャルトゥーナは断言した。
「その時は、私が貴方を守ります。この命に代えても」
「……」
わお、イケメンだ。じゃなくて。
こういうセリフって、普通男が言うものなんじゃない?先に言われちゃった俺の立場は?
「こういう場合、そのセリフは俺が言うべき事だと思うけど…」
俺が言うと、シャルトゥーナは笑った。
「折角会えたのに、また離れ離れになど、嫌です」
「シャルトゥーナ…」
楽しげな表情から一変して、シャルトゥーナは悲しげに目を伏せた。
俺達は、出会ってまだ一週間も経っていない。双子と言われても実感は薄い。
そりゃあ見た目は瓜二つだから、双子だって事には納得しているけどさ。
要は気持ちの問題な訳で…。
俺にとってシャルトゥーナは双子というより、仲間といった方が近い。
それは、俺だけでなくシャルトゥーナも一緒だったらしい。
「仲間を置いて行くなんて、水臭いですわよ」
その一言で、俺の心はぐらりと揺れた。
俺だけじゃなくて、シャルトゥーナも仲間だと思ってくれていた事が嬉しかった。
仲間と一緒に旅をする。これはきっと楽しい事だ。どんなに辛くても、仲間がいればきっと乗り越えられる。
できれば一緒に行きたい。
けれど、彼女は姫だ。
この事実が、同行を許可するのをためらわせていた。
「でも、シャルトゥーナは姫なんだよ?一般人の俺とは違う。勝手に城を、ましてや国を抜け出すなんて…」
「それならば心配はありません」
俺が言えば、シャルトゥーナはきっぱりと断言した。
「だって私、お父様とお姉様に許可を頂いてきましたもの」
「そう、許可を……え?」
許可を頂いた。
それって、つまり、無許可外出ではなくて、公認の旅?
「さ、先に言ってよ。色々と考えちゃったじゃない」
公認の旅だって事は、早めに言ってよね。無駄な心配しちゃったよ。
断りきれなくて、シャルトゥーナと旅に出る事になるかも、とか。魔物に襲われて、守りきれずに怪我をさせちゃうかも、とか。運が悪ければ死なせてしまうかも、とか。ヤークティ共和国では、俺がシャルトゥーナを誘拐した、何て話になっちゃうんじゃないか、とか。
考えてみると心配の種はいっぱいあった。国王公認の旅ならば、誘拐犯にはならないよね。
でも、普通王族貴族が旅する時って、いくらお忍びでも護衛の兵士くらい連れているはずだよね。誰もいないって事は、俺が護衛兵役になるのだろうか。
何度も考えているけど、もし守りきれなかったらどうしよう。
事実は双子だけど、現実では俺とシャルトゥーナの間には何の関係も無い。王子の位も捨てている訳だから、どんな罪に問われるのだろう。
牢屋行き?それとも死刑?
死刑だったらどうしよう。絞首、火炙り、水責め、断首…。もしかしたら、魔物の餌、なんてのもあるかも。
いや、一応身内なんだし、死刑は免れるかも。その代わり、一生重労働だったりして…。
手枷とか足枷とか付けられて、重たい砂袋とか運ばされるのかも。
あるいは鉱石の発掘とか、未開の遺跡探索とか…。
最後のは、少し楽しそうかも。
「もう、一人で百面相しないで下さい」
シャルトゥーナの呆れる声が耳に届く。
「あ…」
どうやら最悪の事態を考え込んでいたらしい。セリフから察するに、顔にも出ていたようだ。
顔全体が熱くなる。かなり恥ずかしい現場を見られてしまった。
「あ、いや…これは…その…」
いつの間にか組んでいた腕を解き、俺は両手を必死に振る。
誤魔化そうとしたけれど、うまくいきそうもない。
「大丈夫ですわ。ソルトさんが心配する様な事はありません。死刑にだってなりませんよ」
「あ…うん」
どうやら俺の考えは読まれていたらしい。
俺はポリポリと頬を掻く事しかできない。まだ少し、顔が熱い。
「護衛兵役をしていただく必要もありません。私が貴方の旅に付いて行くだけですから」
シャルトゥーナは『勝手に』のところをさり気なく強調する。
「つまり、俺が断っても、後を付いて来るって事だね?」
「そういう事です。なにせ私の本来の使命はソルトさんを守る事ですから」
「それならもう全うしたんじゃ…」
「使命は使命ですから。《力の継承者》という称号は伊達ではないのです」
「…できればあの技はあんまり使いたくないかな」
「あら?なぜです?」
「すんごい疲れるから」
「なるほど」
やれやれと言った感じの俺と、やる気に満ち溢れたシャルトゥーナ。
「気楽に行きましょう。ね」
俺はどうやら、押しに弱いらしい。
「ま、いっか」
どうしても一人旅じゃないといけないわけじゃない。二人ならきっと楽しいだろう。
「ありがとうございます」
「さん付けはしなくていいよ。丁寧なしゃべり方もね。今日から旅の仲間なんだから」
「それではパインさんを見習って、ソルトくんと呼ばせてもらいますね。よろしく、ソルトくん」
「よろしくシャルトゥーナ。…って、これじゃあ『様』なんて付けなくても、姫だってバレるよね」
「そうですね」
シャルトゥーナは頬に手を当て困った顔をする。
あだ名か何かを付けた方がいいかな。
シャルトゥーナに近くて、違和感のないもの…。
いい名前ないかなぁ。
「う~んと…じゃあさ『シャーナ』なんて、どうかな?」
「シャーナ?」
「うん。シャルトゥーナだからシャーナ。安直すぎるかな」
「シャーナ…。いい名前ですわ。ありがとう」
「気に入ってもらえてよかったよ」
シャルトゥーナ改めシャーナは、あだ名を気に入ってくれたみたいで、嬉しそうに微笑んだ。俺まで嬉しくなって一緒に笑う。

「よし、それじゃあ行こうか。まずはグレイス国だ」

俺とシャーナは並んで歩き出す。
グレイス国は、街道を真っ直ぐ歩いて三日程だ。二人ならばあっという間だろう。
今までどんな生活をしていたのか、お互いに話し合うのもいい。
やりたい事とか、これから二人で見つけていくのもいい。
行って帰ってくるだけの小さな旅だけど、思いっきり楽しもう。

「グレイス国へ、しゅっぱーつ!」
「おー!」
俺が拳を作り空へと向けて突き上げれば、シャーナも同じ様に拳を突き上げた。
霧はいつの間にか晴れ、太陽がキラキラと輝きながら俺達を見守ってくれていた。


そして彼等は旅に出る。
この旅が、これからの人生にどんな影響を与えるのかも知らずに――…。



― 終 ―
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