22 / 23
終章 そして俺は旅に出る
その終
しおりを挟む
玄関の戸を開け、一歩外へ。今日はいつもより少し気温が低くて、朝霧がうっすらと視界を覆っている。霧の隙間から、柔らかな陽光が差し込んでいた。
俺はショルダーバックを担ぎ直し、後ろを振り返る。
「それじゃあ、行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
父さんと母さんは、いつも以上に優しい笑顔を浮かべ、俺を送り出してくれた。
陽の光を受けてきらきらと輝いている霧の中を、俺は歩いて行く。見慣れている南部地区の朝の景色だけれど、なんだか神秘的な感じがする。霧で視界が悪いとは言え、南部地区には16年間住んでいたのだ。俺は迷う事無く、国門へと歩いて行く。
目指すはヤークティ共和国南部地区にある、南の国門。南部地区から国外に出られる門だ。
まずは隣国、グレイス国を目指す事になる。
グレイス国とは、俺が今いるヤークティ共和国から、南に三日程歩いた場所にある、小さな国だ。スタアト大陸の大半を占めるフレイムル砂漠もグレイス国領なので、かなり広い国なのだけれど、実際に人が住めるのはごく僅かな土地の為、小国と呼ばれている。
霧の向こう、何か大きな影が見えてきた。たぶんあれが国門だ。3m近くある塀の一か所に、鉄製の大きな門がある。この門を通れば国外だ。
見張りの兵士から許可を得て(自由の国とはいえ、手続きはちゃんとしなければならない)門を開いてもらう。
重厚な音を立てて、門がゆっくりと外へ開く。霧が外の風に吹かれ揺れる。
「気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
親切な兵士さんにお礼を言って門をくぐる。
向こうの方に見える林まで、門から道が続いている。
この街道はグレイス国まで続いている。この道を通れば、迷う事なくグレイス国に辿たどり着けるのだ。
外は国内より霧の濃度が薄いみたいだ。
街道沿いの草が、露にぬれて輝いている。
空気を鼻から思い切り吸い込む。緑と土の匂がする。新鮮な空気が肺を満たしていく。
口からゆっくりと吐き出せば、頭がすっきりした。
気分の入れ替えが終わったところで、俺は街道を歩き出す。林の中を通る道だから、きっと涼しいだろう。
林の入口に近付いた時、誰かが木の後ろから現れた。
背中まである水晶のような水色の髪を、ツインテールにしている。癖くせなのか、毛先が少しふわふわしていた。白い長袖ワンピースの上に橙色のベストを身に着け、白い膝丈のブーツを履いている。
左右色の違う瞳が俺を見つめ、彼女はにっこりと笑った。
「シャルトゥーナ…様?」
対する俺は、驚きの余り呆然としながら目の前にいる少女の名前を口にした。
何で、彼女がここに?
「折角16歳になられたのですから、男性物の服を着たらよろしいのに…」
ふふふ、と口元に手を当ててシャルトゥーナ様は笑う。
「着慣れているこっちの方が動きやすくて…」
今の俺は、いつもと同じように蝶舞を着ている。少女にしか見えない格好だ。
確かにシャルトゥーナ様が言う通り男物の服を着る事ができる歳になったけど、動きづらかったんだよね。
「って、そんな事よりも、どうしてシャルトゥーナ様がここに!?」
ぶるぶると頭を横に振り考えを打ち切ると、俺はシャルトゥーナ様に近付く。
「『様』何てつけては、私が姫だという事がばれてしまうではありませんか」
「あ、ごめんなさい…」
「まあ、いいですけれどね」
ふふふ、とシャルトゥーナは笑う。俺はさっきした質問を言い直す。
「何でシャルトゥーナがここに?」
「だってソルトさん一人では心配ですもの。少しですけれど術の心得もありますし、役に立つと思いますよ。一人よりも二人の方が、きっと楽しいですわよ」
「それは…まあ…そうかもだけど…」
確かに一人旅より、二人旅の方が楽しいだろう。話し相手がいるだけでも結構違うだろうし、シャルトゥーナの術の腕前はかなりのものだ。もしも魔物と戦闘になったりしたら、心強いだろう。
でも、シャルトゥーナは俺と違ってヤークティ共和国の姫なのだ。簡単に出歩いていい訳が無い。
一体どうやってここまで来たのだろうか。
「外は危険なんだよ?」
「でしたら尚更の事、二人がいいですよね」
あーいえば、こーいう。
何とか城に帰したいんだけどなぁ。姫様を守る自信なんて無いよ。
「城で戦ったような魔物が沢山いるかもしれないんだよ。城にいた魔物より強い奴だっているかもしれないんだ。もし、戦闘になったりしたら…」
守りきる自信は無い、と俺が言うよりも早く、シャルトゥーナは断言した。
「その時は、私が貴方を守ります。この命に代えても」
「……」
わお、イケメンだ。じゃなくて。
こういうセリフって、普通男が言うものなんじゃない?先に言われちゃった俺の立場は?
「こういう場合、そのセリフは俺が言うべき事だと思うけど…」
俺が言うと、シャルトゥーナは笑った。
「折角会えたのに、また離れ離れになど、嫌です」
「シャルトゥーナ…」
楽しげな表情から一変して、シャルトゥーナは悲しげに目を伏せた。
俺達は、出会ってまだ一週間も経っていない。双子と言われても実感は薄い。
そりゃあ見た目は瓜二つだから、双子だって事には納得しているけどさ。
要は気持ちの問題な訳で…。
俺にとってシャルトゥーナは双子というより、仲間といった方が近い。
それは、俺だけでなくシャルトゥーナも一緒だったらしい。
「仲間を置いて行くなんて、水臭いですわよ」
その一言で、俺の心はぐらりと揺れた。
俺だけじゃなくて、シャルトゥーナも仲間だと思ってくれていた事が嬉しかった。
仲間と一緒に旅をする。これはきっと楽しい事だ。どんなに辛くても、仲間がいればきっと乗り越えられる。
できれば一緒に行きたい。
けれど、彼女は姫だ。
この事実が、同行を許可するのをためらわせていた。
「でも、シャルトゥーナは姫なんだよ?一般人の俺とは違う。勝手に城を、ましてや国を抜け出すなんて…」
「それならば心配はありません」
俺が言えば、シャルトゥーナはきっぱりと断言した。
「だって私、お父様とお姉様に許可を頂いてきましたもの」
「そう、許可を……え?」
許可を頂いた。
それって、つまり、無許可外出ではなくて、公認の旅?
「さ、先に言ってよ。色々と考えちゃったじゃない」
公認の旅だって事は、早めに言ってよね。無駄な心配しちゃったよ。
断りきれなくて、シャルトゥーナと旅に出る事になるかも、とか。魔物に襲われて、守りきれずに怪我をさせちゃうかも、とか。運が悪ければ死なせてしまうかも、とか。ヤークティ共和国では、俺がシャルトゥーナを誘拐した、何て話になっちゃうんじゃないか、とか。
考えてみると心配の種はいっぱいあった。国王公認の旅ならば、誘拐犯にはならないよね。
でも、普通王族貴族が旅する時って、いくらお忍びでも護衛の兵士くらい連れているはずだよね。誰もいないって事は、俺が護衛兵役になるのだろうか。
何度も考えているけど、もし守りきれなかったらどうしよう。
事実は双子だけど、現実では俺とシャルトゥーナの間には何の関係も無い。王子の位も捨てている訳だから、どんな罪に問われるのだろう。
牢屋行き?それとも死刑?
死刑だったらどうしよう。絞首、火炙り、水責め、断首…。もしかしたら、魔物の餌、なんてのもあるかも。
いや、一応身内なんだし、死刑は免れるかも。その代わり、一生重労働だったりして…。
手枷とか足枷とか付けられて、重たい砂袋とか運ばされるのかも。
あるいは鉱石の発掘とか、未開の遺跡探索とか…。
最後のは、少し楽しそうかも。
「もう、一人で百面相しないで下さい」
シャルトゥーナの呆れる声が耳に届く。
「あ…」
どうやら最悪の事態を考え込んでいたらしい。セリフから察するに、顔にも出ていたようだ。
顔全体が熱くなる。かなり恥ずかしい現場を見られてしまった。
「あ、いや…これは…その…」
いつの間にか組んでいた腕を解き、俺は両手を必死に振る。
誤魔化そうとしたけれど、うまくいきそうもない。
「大丈夫ですわ。ソルトさんが心配する様な事はありません。死刑にだってなりませんよ」
「あ…うん」
どうやら俺の考えは読まれていたらしい。
俺はポリポリと頬を掻く事しかできない。まだ少し、顔が熱い。
「護衛兵役をしていただく必要もありません。私が貴方の旅に勝手に付いて行くだけですから」
シャルトゥーナは『勝手に』のところをさり気なく強調する。
「つまり、俺が断っても、後を付いて来るって事だね?」
「そういう事です。なにせ私の本来の使命はソルトさんを守る事ですから」
「それならもう全うしたんじゃ…」
「使命は使命ですから。《力の継承者》という称号は伊達ではないのです」
「…できればあの技はあんまり使いたくないかな」
「あら?なぜです?」
「すんごい疲れるから」
「なるほど」
やれやれと言った感じの俺と、やる気に満ち溢れたシャルトゥーナ。
「気楽に行きましょう。ね」
俺はどうやら、押しに弱いらしい。
「ま、いっか」
どうしても一人旅じゃないといけないわけじゃない。二人ならきっと楽しいだろう。
「ありがとうございます」
「さん付けはしなくていいよ。丁寧なしゃべり方もね。今日から旅の仲間なんだから」
「それではパインさんを見習って、ソルトくんと呼ばせてもらいますね。よろしく、ソルトくん」
「よろしくシャルトゥーナ。…って、これじゃあ『様』なんて付けなくても、姫だってバレるよね」
「そうですね」
シャルトゥーナは頬に手を当て困った顔をする。
あだ名か何かを付けた方がいいかな。
シャルトゥーナに近くて、違和感のないもの…。
いい名前ないかなぁ。
「う~んと…じゃあさ『シャーナ』なんて、どうかな?」
「シャーナ?」
「うん。シャルトゥーナだからシャーナ。安直すぎるかな」
「シャーナ…。いい名前ですわ。ありがとう」
「気に入ってもらえてよかったよ」
シャルトゥーナ改めシャーナは、あだ名を気に入ってくれたみたいで、嬉しそうに微笑んだ。俺まで嬉しくなって一緒に笑う。
「よし、それじゃあ行こうか。まずはグレイス国だ」
俺とシャーナは並んで歩き出す。
グレイス国は、街道を真っ直ぐ歩いて三日程だ。二人ならばあっという間だろう。
今までどんな生活をしていたのか、お互いに話し合うのもいい。
やりたい事とか、これから二人で見つけていくのもいい。
行って帰ってくるだけの小さな旅だけど、思いっきり楽しもう。
「グレイス国へ、しゅっぱーつ!」
「おー!」
俺が拳を作り空へと向けて突き上げれば、シャーナも同じ様に拳を突き上げた。
霧はいつの間にか晴れ、太陽がキラキラと輝きながら俺達を見守ってくれていた。
そして彼等は旅に出る。
この旅が、これからの人生にどんな影響を与えるのかも知らずに――…。
― 終 ―
俺はショルダーバックを担ぎ直し、後ろを振り返る。
「それじゃあ、行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
父さんと母さんは、いつも以上に優しい笑顔を浮かべ、俺を送り出してくれた。
陽の光を受けてきらきらと輝いている霧の中を、俺は歩いて行く。見慣れている南部地区の朝の景色だけれど、なんだか神秘的な感じがする。霧で視界が悪いとは言え、南部地区には16年間住んでいたのだ。俺は迷う事無く、国門へと歩いて行く。
目指すはヤークティ共和国南部地区にある、南の国門。南部地区から国外に出られる門だ。
まずは隣国、グレイス国を目指す事になる。
グレイス国とは、俺が今いるヤークティ共和国から、南に三日程歩いた場所にある、小さな国だ。スタアト大陸の大半を占めるフレイムル砂漠もグレイス国領なので、かなり広い国なのだけれど、実際に人が住めるのはごく僅かな土地の為、小国と呼ばれている。
霧の向こう、何か大きな影が見えてきた。たぶんあれが国門だ。3m近くある塀の一か所に、鉄製の大きな門がある。この門を通れば国外だ。
見張りの兵士から許可を得て(自由の国とはいえ、手続きはちゃんとしなければならない)門を開いてもらう。
重厚な音を立てて、門がゆっくりと外へ開く。霧が外の風に吹かれ揺れる。
「気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
親切な兵士さんにお礼を言って門をくぐる。
向こうの方に見える林まで、門から道が続いている。
この街道はグレイス国まで続いている。この道を通れば、迷う事なくグレイス国に辿たどり着けるのだ。
外は国内より霧の濃度が薄いみたいだ。
街道沿いの草が、露にぬれて輝いている。
空気を鼻から思い切り吸い込む。緑と土の匂がする。新鮮な空気が肺を満たしていく。
口からゆっくりと吐き出せば、頭がすっきりした。
気分の入れ替えが終わったところで、俺は街道を歩き出す。林の中を通る道だから、きっと涼しいだろう。
林の入口に近付いた時、誰かが木の後ろから現れた。
背中まである水晶のような水色の髪を、ツインテールにしている。癖くせなのか、毛先が少しふわふわしていた。白い長袖ワンピースの上に橙色のベストを身に着け、白い膝丈のブーツを履いている。
左右色の違う瞳が俺を見つめ、彼女はにっこりと笑った。
「シャルトゥーナ…様?」
対する俺は、驚きの余り呆然としながら目の前にいる少女の名前を口にした。
何で、彼女がここに?
「折角16歳になられたのですから、男性物の服を着たらよろしいのに…」
ふふふ、と口元に手を当ててシャルトゥーナ様は笑う。
「着慣れているこっちの方が動きやすくて…」
今の俺は、いつもと同じように蝶舞を着ている。少女にしか見えない格好だ。
確かにシャルトゥーナ様が言う通り男物の服を着る事ができる歳になったけど、動きづらかったんだよね。
「って、そんな事よりも、どうしてシャルトゥーナ様がここに!?」
ぶるぶると頭を横に振り考えを打ち切ると、俺はシャルトゥーナ様に近付く。
「『様』何てつけては、私が姫だという事がばれてしまうではありませんか」
「あ、ごめんなさい…」
「まあ、いいですけれどね」
ふふふ、とシャルトゥーナは笑う。俺はさっきした質問を言い直す。
「何でシャルトゥーナがここに?」
「だってソルトさん一人では心配ですもの。少しですけれど術の心得もありますし、役に立つと思いますよ。一人よりも二人の方が、きっと楽しいですわよ」
「それは…まあ…そうかもだけど…」
確かに一人旅より、二人旅の方が楽しいだろう。話し相手がいるだけでも結構違うだろうし、シャルトゥーナの術の腕前はかなりのものだ。もしも魔物と戦闘になったりしたら、心強いだろう。
でも、シャルトゥーナは俺と違ってヤークティ共和国の姫なのだ。簡単に出歩いていい訳が無い。
一体どうやってここまで来たのだろうか。
「外は危険なんだよ?」
「でしたら尚更の事、二人がいいですよね」
あーいえば、こーいう。
何とか城に帰したいんだけどなぁ。姫様を守る自信なんて無いよ。
「城で戦ったような魔物が沢山いるかもしれないんだよ。城にいた魔物より強い奴だっているかもしれないんだ。もし、戦闘になったりしたら…」
守りきる自信は無い、と俺が言うよりも早く、シャルトゥーナは断言した。
「その時は、私が貴方を守ります。この命に代えても」
「……」
わお、イケメンだ。じゃなくて。
こういうセリフって、普通男が言うものなんじゃない?先に言われちゃった俺の立場は?
「こういう場合、そのセリフは俺が言うべき事だと思うけど…」
俺が言うと、シャルトゥーナは笑った。
「折角会えたのに、また離れ離れになど、嫌です」
「シャルトゥーナ…」
楽しげな表情から一変して、シャルトゥーナは悲しげに目を伏せた。
俺達は、出会ってまだ一週間も経っていない。双子と言われても実感は薄い。
そりゃあ見た目は瓜二つだから、双子だって事には納得しているけどさ。
要は気持ちの問題な訳で…。
俺にとってシャルトゥーナは双子というより、仲間といった方が近い。
それは、俺だけでなくシャルトゥーナも一緒だったらしい。
「仲間を置いて行くなんて、水臭いですわよ」
その一言で、俺の心はぐらりと揺れた。
俺だけじゃなくて、シャルトゥーナも仲間だと思ってくれていた事が嬉しかった。
仲間と一緒に旅をする。これはきっと楽しい事だ。どんなに辛くても、仲間がいればきっと乗り越えられる。
できれば一緒に行きたい。
けれど、彼女は姫だ。
この事実が、同行を許可するのをためらわせていた。
「でも、シャルトゥーナは姫なんだよ?一般人の俺とは違う。勝手に城を、ましてや国を抜け出すなんて…」
「それならば心配はありません」
俺が言えば、シャルトゥーナはきっぱりと断言した。
「だって私、お父様とお姉様に許可を頂いてきましたもの」
「そう、許可を……え?」
許可を頂いた。
それって、つまり、無許可外出ではなくて、公認の旅?
「さ、先に言ってよ。色々と考えちゃったじゃない」
公認の旅だって事は、早めに言ってよね。無駄な心配しちゃったよ。
断りきれなくて、シャルトゥーナと旅に出る事になるかも、とか。魔物に襲われて、守りきれずに怪我をさせちゃうかも、とか。運が悪ければ死なせてしまうかも、とか。ヤークティ共和国では、俺がシャルトゥーナを誘拐した、何て話になっちゃうんじゃないか、とか。
考えてみると心配の種はいっぱいあった。国王公認の旅ならば、誘拐犯にはならないよね。
でも、普通王族貴族が旅する時って、いくらお忍びでも護衛の兵士くらい連れているはずだよね。誰もいないって事は、俺が護衛兵役になるのだろうか。
何度も考えているけど、もし守りきれなかったらどうしよう。
事実は双子だけど、現実では俺とシャルトゥーナの間には何の関係も無い。王子の位も捨てている訳だから、どんな罪に問われるのだろう。
牢屋行き?それとも死刑?
死刑だったらどうしよう。絞首、火炙り、水責め、断首…。もしかしたら、魔物の餌、なんてのもあるかも。
いや、一応身内なんだし、死刑は免れるかも。その代わり、一生重労働だったりして…。
手枷とか足枷とか付けられて、重たい砂袋とか運ばされるのかも。
あるいは鉱石の発掘とか、未開の遺跡探索とか…。
最後のは、少し楽しそうかも。
「もう、一人で百面相しないで下さい」
シャルトゥーナの呆れる声が耳に届く。
「あ…」
どうやら最悪の事態を考え込んでいたらしい。セリフから察するに、顔にも出ていたようだ。
顔全体が熱くなる。かなり恥ずかしい現場を見られてしまった。
「あ、いや…これは…その…」
いつの間にか組んでいた腕を解き、俺は両手を必死に振る。
誤魔化そうとしたけれど、うまくいきそうもない。
「大丈夫ですわ。ソルトさんが心配する様な事はありません。死刑にだってなりませんよ」
「あ…うん」
どうやら俺の考えは読まれていたらしい。
俺はポリポリと頬を掻く事しかできない。まだ少し、顔が熱い。
「護衛兵役をしていただく必要もありません。私が貴方の旅に勝手に付いて行くだけですから」
シャルトゥーナは『勝手に』のところをさり気なく強調する。
「つまり、俺が断っても、後を付いて来るって事だね?」
「そういう事です。なにせ私の本来の使命はソルトさんを守る事ですから」
「それならもう全うしたんじゃ…」
「使命は使命ですから。《力の継承者》という称号は伊達ではないのです」
「…できればあの技はあんまり使いたくないかな」
「あら?なぜです?」
「すんごい疲れるから」
「なるほど」
やれやれと言った感じの俺と、やる気に満ち溢れたシャルトゥーナ。
「気楽に行きましょう。ね」
俺はどうやら、押しに弱いらしい。
「ま、いっか」
どうしても一人旅じゃないといけないわけじゃない。二人ならきっと楽しいだろう。
「ありがとうございます」
「さん付けはしなくていいよ。丁寧なしゃべり方もね。今日から旅の仲間なんだから」
「それではパインさんを見習って、ソルトくんと呼ばせてもらいますね。よろしく、ソルトくん」
「よろしくシャルトゥーナ。…って、これじゃあ『様』なんて付けなくても、姫だってバレるよね」
「そうですね」
シャルトゥーナは頬に手を当て困った顔をする。
あだ名か何かを付けた方がいいかな。
シャルトゥーナに近くて、違和感のないもの…。
いい名前ないかなぁ。
「う~んと…じゃあさ『シャーナ』なんて、どうかな?」
「シャーナ?」
「うん。シャルトゥーナだからシャーナ。安直すぎるかな」
「シャーナ…。いい名前ですわ。ありがとう」
「気に入ってもらえてよかったよ」
シャルトゥーナ改めシャーナは、あだ名を気に入ってくれたみたいで、嬉しそうに微笑んだ。俺まで嬉しくなって一緒に笑う。
「よし、それじゃあ行こうか。まずはグレイス国だ」
俺とシャーナは並んで歩き出す。
グレイス国は、街道を真っ直ぐ歩いて三日程だ。二人ならばあっという間だろう。
今までどんな生活をしていたのか、お互いに話し合うのもいい。
やりたい事とか、これから二人で見つけていくのもいい。
行って帰ってくるだけの小さな旅だけど、思いっきり楽しもう。
「グレイス国へ、しゅっぱーつ!」
「おー!」
俺が拳を作り空へと向けて突き上げれば、シャーナも同じ様に拳を突き上げた。
霧はいつの間にか晴れ、太陽がキラキラと輝きながら俺達を見守ってくれていた。
そして彼等は旅に出る。
この旅が、これからの人生にどんな影響を与えるのかも知らずに――…。
― 終 ―
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる