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第四幕 愉比拿蛇
第三九話
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冬の放った矢は見事に愉比拿蛇の核へと命中した。爆音とともに衝撃波が全員を襲う。
今ある全ての力を矢に込めたせいか、冬は耐える事が出来ずに空中へと飛ばされた。軽々と舞ったその体を宿祢が空中で受け止める。目を回してはいたが、怪我はなさそうだ。
迦楼羅丸が紫を、天景が秋を守るように防御壁を張った。
今の爆発で邪気は綺麗に消し飛び、代わりに数えきれないほどの霊魂が出現した。これは全て愉比拿蛇に取り込まれ、邪気によって悪霊へと変質してしまっていた魂達だ。
その魂達の中から二つの魂が前へと進み出る。淡い光と共に球体から人型へと姿を変えた。
一人は五、六歳ほどの少女。もう一人は二〇前後の女性。
そう、ゆなと七草である。
『助けていただき、ありがとうございます』
『ほんとうに、ほんとうにありがとう』
頭を下げる七草の隣で、ゆなは無邪気に笑った。
泣き腫らした目には、嬉しさの涙が浮かんでいる。
「貴女、七草さんね」
『はい。お会いできて光栄です、紫さん』
「識織の言った通りね。貴女が人を襲うような鬼には見えないわ」
「お姉さん、七草さんと知り合いなの?」
ようやく意識を取り戻した冬が宿祢に掴まりながら近寄る。力を使い過ぎたのか、足元がおぼつかない。
「識織の知り合いなのよ」
「識織って、お姉さんの妹さんだよね」
「正確には弟なのだけれど…」
複雑そうに笑いながら紫は返す。どうやら事情があるらしい。
「この魂達は、もう安全なのでござるか?」
『ゆなはもう、たべたりしないよ』
『彼等は、私が責任を持って冥界まで連れて行きます』
ゆなの頭を撫で七草はそう言った。
「この数を一人で?さすがに無謀じゃないのか?」
『私は貴方と同じ神鬼ですよ?きっと大丈夫です』
「いくら神鬼でもこの数は…」
「無理だと思うぞ」
断言する七草に、数えきれない霊魂達を見ながら秋と迦楼羅丸が言う。
確かに七草一人でこの数を成仏させるのは至難の技だろう。
そんな中、紫は七草の隣に立つと冬達を振り返って言った。
「大丈夫よ、私も手伝うから」
笑いながら言う紫に何か感じたのか、迦楼羅丸は急に不安に駆られた。
泣き出しそうな顔になった迦楼羅丸に紫は悲しげに微笑む。
「天景の言う通り、二、三時間の命だったみたい。もう、魂が体から離れかかっているの。だからね、ちょうどいいから、私も、一緒に逝こうかなぁって」
「え?お姉さん、それって…」
「元々、封印した愉比拿蛇が気がかりで留まっていたのよ。もう、思い残す事は…」
伏し目がちに言う紫が言葉を濁したのは、迦楼羅丸の事を想わずにはいられないからだろう。それがわかるからこそ、誰も口を挟めなかった。
「紫、俺も一緒に…」
必死に訴える迦楼羅丸に、だが紫は首を横に振った。
「迦楼羅は、どうか生きて」
「お前がいないのに、生きていても意味がない」
「冬と宿祢がいるじゃない。私の分まで、二人を守ってあげて」
「だが…俺は…」
「最期にこうして会えてよかった。話せてよかった。ずっと…会いたかった。迦楼羅…」
「紫…」
そっと、迦楼羅丸が頬に触れる。紫の目から、涙が一粒零れた。
それを見て、冬が口を開く。
「わたし、今から凄くひどい事言うよ」
自分でも非人道的だとわかっているのだろう。
それでも言わなければいけないと冬は思った。
今ある全ての力を矢に込めたせいか、冬は耐える事が出来ずに空中へと飛ばされた。軽々と舞ったその体を宿祢が空中で受け止める。目を回してはいたが、怪我はなさそうだ。
迦楼羅丸が紫を、天景が秋を守るように防御壁を張った。
今の爆発で邪気は綺麗に消し飛び、代わりに数えきれないほどの霊魂が出現した。これは全て愉比拿蛇に取り込まれ、邪気によって悪霊へと変質してしまっていた魂達だ。
その魂達の中から二つの魂が前へと進み出る。淡い光と共に球体から人型へと姿を変えた。
一人は五、六歳ほどの少女。もう一人は二〇前後の女性。
そう、ゆなと七草である。
『助けていただき、ありがとうございます』
『ほんとうに、ほんとうにありがとう』
頭を下げる七草の隣で、ゆなは無邪気に笑った。
泣き腫らした目には、嬉しさの涙が浮かんでいる。
「貴女、七草さんね」
『はい。お会いできて光栄です、紫さん』
「識織の言った通りね。貴女が人を襲うような鬼には見えないわ」
「お姉さん、七草さんと知り合いなの?」
ようやく意識を取り戻した冬が宿祢に掴まりながら近寄る。力を使い過ぎたのか、足元がおぼつかない。
「識織の知り合いなのよ」
「識織って、お姉さんの妹さんだよね」
「正確には弟なのだけれど…」
複雑そうに笑いながら紫は返す。どうやら事情があるらしい。
「この魂達は、もう安全なのでござるか?」
『ゆなはもう、たべたりしないよ』
『彼等は、私が責任を持って冥界まで連れて行きます』
ゆなの頭を撫で七草はそう言った。
「この数を一人で?さすがに無謀じゃないのか?」
『私は貴方と同じ神鬼ですよ?きっと大丈夫です』
「いくら神鬼でもこの数は…」
「無理だと思うぞ」
断言する七草に、数えきれない霊魂達を見ながら秋と迦楼羅丸が言う。
確かに七草一人でこの数を成仏させるのは至難の技だろう。
そんな中、紫は七草の隣に立つと冬達を振り返って言った。
「大丈夫よ、私も手伝うから」
笑いながら言う紫に何か感じたのか、迦楼羅丸は急に不安に駆られた。
泣き出しそうな顔になった迦楼羅丸に紫は悲しげに微笑む。
「天景の言う通り、二、三時間の命だったみたい。もう、魂が体から離れかかっているの。だからね、ちょうどいいから、私も、一緒に逝こうかなぁって」
「え?お姉さん、それって…」
「元々、封印した愉比拿蛇が気がかりで留まっていたのよ。もう、思い残す事は…」
伏し目がちに言う紫が言葉を濁したのは、迦楼羅丸の事を想わずにはいられないからだろう。それがわかるからこそ、誰も口を挟めなかった。
「紫、俺も一緒に…」
必死に訴える迦楼羅丸に、だが紫は首を横に振った。
「迦楼羅は、どうか生きて」
「お前がいないのに、生きていても意味がない」
「冬と宿祢がいるじゃない。私の分まで、二人を守ってあげて」
「だが…俺は…」
「最期にこうして会えてよかった。話せてよかった。ずっと…会いたかった。迦楼羅…」
「紫…」
そっと、迦楼羅丸が頬に触れる。紫の目から、涙が一粒零れた。
それを見て、冬が口を開く。
「わたし、今から凄くひどい事言うよ」
自分でも非人道的だとわかっているのだろう。
それでも言わなければいけないと冬は思った。
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