四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第参幕 霊具

第十一話

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昨日は何とか無事にお風呂を沸かす事が出来た。
霊力を具現化する為の練習に夢中になりすぎて薪の材料を取りに行くのをすっかり忘れていたなんて、ことり様達に知られたら絶対に怒られる。
啼々家にいた時は薪割りとかの力仕事は下男げなんがしてくれていたからなぁ。
女中は炊事洗濯掃除くらいで大丈夫だったし。
食材の買い出しとかもほとんど下男の仕事。
よく八彦が大きなかごに野菜や魚を入れて棒に繋ぎ、肩にかけて帰ってきたっけ。
屋敷の門をくぐる時に石に躓つまずいて、よく魚とかをぶちまけていたなぁ。
みんなで空を飛ぶ魚を慌てて受け止めたんだよね。
八彦、元気かなぁ。
見慣れたあのシーンを思い出し、自然と笑いが込み上げてくる。
魚を飛ばした後、八彦は困り果てた顔で、目にはいっぱい涙をためて、あのよくわからないしゃべり方で何度も謝るんだよね。
『ごごごごめんなさいでございますです。次は気を付けますからして、その、本当にごめんなさいなのです』
地面に正座して何度も頭を下げて、こっちは『いいからさっさと仕事に戻れ』なんて思っちゃうんだよね。
みんなも同じような顔になっていたし。
一週間に一度はあの八彦を見ていたんだよね、懐かしいな。
「冬殿、よそ見をしていては木の根に躓くでござるよ」
「はぁい」
ふわふわと空を飛ぶわけではなく、宿祢はわたしと同じように地面を歩いている。
正確には雪の積もった山道を、なんだけれど。

わたしは幽霊のお姉さんと宿祢、それから迦楼羅丸様と一緒に薪を取りに秋桜館の東側に位置する名もなき山に来ているところ。
たぶん名前はあるのだろうけれど、小さい山だからか秋桜館の資料には書かれていなかった。
山の下の方はほとんど木がなく、中腹辺りを目指して移動中なの。
迦楼羅丸様には『湿っているのではないか?』と言われたけれど、それは迦楼羅丸様の妖術で火を出してもらって、軽く炙るようにして水分を抜いてもらえばいいかな~なんて、ちょっと考えが甘いかな?
やれやれといった感じで肩を竦められたけど、わたしには一応付き合ってくれるみたい。
雪をものともせずに山を登っていく迦楼羅丸様の後を追うようにして登っているのだけれど、足が速くてなかなか追いつけない。
そういえばあんまり雪道って歩いた事なかったっけ。
拾った薪は宿祢が持ってくれるって言うその言葉に甘えて、折角だからと秋ちゃんにもらった着物を着てきたんだけど…。
うん、もうちょっと厚着すればよかった。
背負子しょいこ(荷物を括くくりつけて背負って運搬するための道具だよ)を左手に持ったままの宿祢は、右手に持った錫杖をついて楽々と登っていく。
…わたしも何か杖代わりにすればいいのかな?
宿祢は見た目が天狗だから背中の羽が邪魔で背負子を背負えないと思ったそこのあなた。
それが不思議な事に、今の宿祢には羽がない。
最初に見た時はわたしもびっくりしたんだけど、迦楼羅丸様に聞いて妖術で消しているんだって。
今の宿祢はどう見ても人間って感じ。
黒くて長い髪をいつも通りぼさぼさのまま一本に結い上げて、つり気味なのに全然怖く見えない空色の目は薪になりそうな枝を探している。
よくよく見れば少しだけ耳が普通の人間よりも尖っているように見えなくもないけれど、どう見ても『若干ぼろぼろな優男風山伏』。
あ、ちゃんとお風呂には入れてるんだよ。
姫巫女の皆様が上がった後に、だけれど。
宿祢ってばお風呂に入った事がなくてもう大変だったんだから。
川とかで体を軽く流しはしていたらしいんだけど、洗うって言う感じじゃなかったらしく、タオルと石鹸の使い方も知らなかったんだから。
仕方ないから迦楼羅丸様を浴場に押し込んで教えてもらったんだよね。
あの時の迦楼羅丸様、ものすごぉく嫌そうな顔してたけど。
ちゃんと髪の洗い方も教えたんだけど、なんかどう頑張ってもあの髪の毛ぼさぼさなんだよね。
無造作ヘアーと言えば聞こえがいいのかもしれないけれど、剛毛なのかもしれない。
ちゃんと毎日洗って清潔にしているし、服も出会ったころに着ていた物に近い物を秋ちゃんがプレゼントしてくれたから、髪型はもう放っておくことにした。
リンスとかトリートメントとか試してみたんだけど駄目だったんだもん。
もうどうしようもないよ。

「きゃぅ」
余計な事を考えながら歩いていたせいか、わたしは何かふわふわしたものにぶつかってしまった。
それが何なのかすぐにはわからなかったけれど、すぐ近くに宿祢がいて気が付く。
わたしがぶつかったのは宿祢の羽。
宿祢の羽は傍目には消えたように見えるけれど、実際は透明になっているだけでちゃんとそこにある。
手を伸ばせばちゃんと触る事だってできる。
無いようで有る。
これが宿祢が背負子を背負わない理由。
じゃあどうしてこういう事をしているのかというと、それはわたしがまだ未熟だから。
姫巫女は本来、パートナーの式神を器に宿して普段はその器を持ち歩き、式神を表には出さないらしいの。
これは最初から力を堂々と相手に見せる事は弱みになるという考え方と、式神契約には多大な霊力を必要とするからその消費を抑える為にそうしているらしいよ。
式神契約をすると、式神が常に全力で姫巫女を守る事ができるよう、姫巫女からは常に式神に霊力を注ぎこむ状態になるんだって。
普段は意識する事はないけれど、なんか水が流れるみたいに自然とそうなるんだとか。
わたしがまだいまいちよくわかっていないから説明も上手くないんだけど、強いモノノケほど必要な霊力が多くなり、霊力の消費イコール命の消費とも取れるらしいの。
霊力の使い過ぎは早死にするって事なのかも。
わたしと宿祢の場合は、宿祢の命の源だった落魂珠の力をわたしの蘇生に使い果たしたせいで宿祢が死にかけて、落魂珠の力で生き返ったわたしが二人とも生きていく為に霊力を注いで…。
えーとね、わたしもよくわかっていないんだけど、落魂珠の妖力とわたしの霊力がよくわからない感じに混ざったよくわからない力をお互いに共有している…みたいな感じらしいよ。
わたしも宿祢も今までとどこか違和感なんてないから何とも思ってないんだけど、お姉さんと迦楼羅丸様が言うには、『無理をしなければ徐々にお互いの生命力が戻り共有状態も解ける』んだって。
生命力って言うのが霊力や妖力と呼ばれる類なのかというと、それもなんか微妙に違うとかなんとかもう…頭爆発しちゃうよ。
だからわたし、よくわからない事は後で考える事にしたの。
今わかる事から少しずつ覚えていかないと絶対に覚えられない自信があるわ。
…胸を張って言えない事だけど。

「なかなか良い枝がないでござるな」
「そうだね」
「…冬殿」
「なに?」
「拙者、微妙にくすぐったいでござるよ」
「あ…ごめん」
ぶつかって思わず触っていた宿祢の羽。
なんとなぁくふさふさしていて、なんとなぁく触ってしまう。
羽毛布団のようなフカフカじゃないんだけど、なんとなく。
羽の先って神経無いって聞いた事あるけど、どうもくすぐったいみたい。
どういう感覚なのかはたぶん、わたしには理解できないと思う。
「宿祢ってよく空中散歩してるけど、今日は飛ばないの?」
「拙者のあれは散歩ではござるが、練習も兼ねているでござる」
「練習?もしかしてまだうまく飛べないの?」
「うむ。傷は完治しておる故、怪我が原因ではなく、元々飛行は不得手でござるからな。こればかりは迦楼羅丸殿に教えてもらう事はできぬからして」
「そうだよね、迦楼羅丸様は空飛べないし」
「その代りと言ってはあれでござるが、鬼が使う妖術と、それに対抗する術は教えていただけたでござるよ。呑み込みが早いと褒められたでござる」
「宿祢、半分鬼だもんね」
「迦楼羅丸殿曰く、拙者は『見た目だけ天狗で中身は鬼』だとか。そうではないかと思っていたから、納得でござる」
「それ、空を飛べないのを鬼のせいにしてるでしょ」
「むむっ、見抜かれたでござる」
「もー、宿祢ったら」
「冬殿に嘘はつけぬでござるな」
「宿祢が下手なの」
雑談をしていれば、まばらに生えていた木が少しずつ増えてきている。
葉はすべて落ちているからスカスカに見えるけれど、そろそろ生い茂る領域に突入かな。
中腹まではまだまだありそうだけど、朝も早めに出てきたし、このペースならお昼前には戻ってこられるかもしれない。
寒さと長い登り道で喉が少し痛くなってきたけれど、雑談していれば疲れも忘れられそうかな。
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