29 / 103
第弐幕 宿祢
第十三話
しおりを挟む『どこへ行くつもりなの?』
「わかんない!」
道なき道をひたすら走る。
今日も相変わらず濃い霧で先なんて全く見えない。
それでも足を止める訳にはいかない。
だって、捕まったら宿祢が殺されちゃう。
そんなの、絶対に嫌!
「逃がすな、追え!」
遠くから天狗達の声が聞こえる。
視界の悪さは一緒だもの、どこかに隠れてやり過ごせれば…。
「冬殿は拙者を置いて…」
「絶対に嫌!」
「どうしてっ」
「どうしても!」
時々止まりそうになる宿祢を無理やり引っ張って走る。
これはもうお節介を通り越しているかもしれない。
通り越しているどころか、ただのわがまま。
そう、これはわたしのわがまま。
宿祢に死んでほしくないっていう、わたしのわがままだ。
「わたしはっ、何でかわからないけれど、宿祢に死んでほしくない」
「しかし、このままでは冬殿も殺されてしまうかも…」
「それでも!それでも、わたしは…」
握る手に力を込めた。
なんて言えばいいのかよくわからなくて。
自分の気持ちなのに、全然わからなくて。
このほうが、伝わる気がしたから。
「わたしは、宿祢に生きていてほしい」
「冬殿…」
「だって宿祢は、七草冬になってから、初めて仲良くなった人だから」
七草冬として初めて出会った人で、初めて仲良くなった人。
あ、人じゃなくて天狗か。
わたしが女中の『冬』から『七草冬』になって、初めて出会った知らない人。
初めて仲良くなって、助けたいって、力になりたいって、心から思った人。
今のわたしには、こうやって宿祢の手を引っ張って逃げる事しかできないけれど。
それでも、わたしに出来る精一杯で宿祢を守りたい。
どれくらい走ったかわからないけれど、ついでに言うならばここがどこかもわからないけれど、いつの間にか回り込まれていたらしく、木々の間から天狗の姿がちらほら見える。
「冬殿、向こうはダメだ」
『こっちも駄目よ』
「じゃあこっち!」
限られた選択肢の中で走っていると、突然視界が開けた。
勢いよく飛び出したわたし達は、慌てて足を止める。
目の前に道はなく、というか地面がない。
どうやら崖に出てしまったみたい。
霧のせいで高さは分からないけれど、たぶん落ちたら一貫の終わりだと思う。
来た道を戻ろうと振り返ると、天狗達が木々の間から現れた。
もしかして、誘導されたのかな?
「宿祢、大人しくこちらに来い。そうすれば娘は見逃してやろう」
「…どうやら、ここまでのようだな」
「諦めちゃだめだよ!」
わたしを庇うように宿祢が前に出た。
どうしよう、このままじゃ宿祢が…。
『わたしに戦う力があれば…』
幽霊のお姉さんが悔しそうに爪を噛んだ。
お姉さんにはたくさん助言をしてもらった。
迦楼羅丸様にも助けてもらっている。
宿祢はわたしを守ろうとして捕まろうとしている。
わたし、みんなに助けてもらってばかりだよ。
せめて、宿祢だけは、わたしの手で守りたい。
なにかないかと周囲を見回すと、崖下のわりと低い位置に気が生えているのが見えた。
あの木に飛び移れれば、天狗達の目をごまかせないかな?
霧も濃いし、うまくいくかわからないけれど。
「宿祢、その羽は、飾りじゃないよね」
「う、うむ。ちゃんと空は飛べる」
気づかれないように小声で確認する。
怪我をしている宿祢には酷かもしれないけれど、この際そんな事言っていられないよ。
「投降しないというのなら、こちらから行くぞ!」
天狗の一人が、刀を抜いて迫ってきた。
もう時間がない!
一か八かだぁぁぁぁ!!!
「てりゃぁぁぁぁ!!」
「へ?…うわぁぁぁぁ!!」
『冬!?』
「何!?」
わたしは宿祢を引っ張って崖から飛び降りた。
宿祢は絶対に、殺させないんだから!
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる