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世界の終わりを告げる声

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「――私は、本当はあなたの事、好きじゃなかったの……」

 少女はやっとの事で、青年にその言葉が言えた。
 この台詞だけで――少女の世界は終わりを告げるはずだった。

 彼女にとっての世界の終りは、失恋。
 でも彼女はあえて自分の意志で、恋を失う道を選び取る。

 ただ、それだけなのに。
 本当に世界が滅びて終ってしまうより、いいはずの事なのに。
 何度も、何度も、自分に言い聞かせたのに。

 辛くて心が軋む。
 どうにもならないこと、なのに。

「どうして、そんな事を言うんだい?」

 この人に悲しそうな顔をさせた。
 いつも優しく穏やかに微笑んでいる人なのに。
 つらい、つらくてたまらない。
 でもここで踏みとどまらないと――もっとつらい結末が待っている。

 だから、残酷な言葉を吐く。
 引き返せないように。

「ごめんなさい。
 私、元の世界に帰りたかったの……帰りたいの。だからあなたを利用した」

 怖くて、愛しい恋人がどんな顔をしているかなんて、もう見れなかった。





 少女はこの世界に召喚された巫女。
 世界の隅々を回り、世界にはこびる穢れを浄化すれば、元の世界に帰る道が拓ける。その希望を胸に、この世界の穢れを払い続けた。
 でも段々とこの世界に慣れて――旅をする間に、この世界の人たちを知るたびに。穢れを払う事は、帰るためだけの事じゃなくなっていた。

 ……そして、恋をした。

 この国の第一王子、アメル。
 まるで少女マンガに出てくる、典型的な銀髪アイスブルーの瞳の王子様。
 そんな人が、自分が「巫女」というだけでいつもそばに居てくれた。
 最初はこの世界は、少女にとって別の物。
 水槽を眺めているかの世界。
 誰もかれもが冷たく感じていて、苦手だったけど。
 アメルはいつでも頼りになって、優しくて、この世界に来てからちょっとしたことで不安になる少女を甘やかしてくれて。
 本来なら、ちっぽけな女子高生の自分には、会うこともない……一生縁のない人。

 巫女だから、側にいてくれる人。

 旅の間だけでも、仲間として一緒に居られるだけで、幸せな時間だった。
 自分が、彼を好きになってしまうのは当たり前で。
 どうせ、自分なんて好きになってもらえるなんて思わなかった。
 最初からあきらめていたのに。
「好きだ」って言われて、信じられなくて……一度は断ったのに、それでも何度も「好きだ」と言われて気持ちが上下して、舞い上がって。その気持ちのせいで、元の世界に帰りたいって気持ちが、帰りたくないに傾いていく。
 彼と一緒に生きる事を本気で考えてしまった、そんな大それた夢を見てしまった。
 それで何度目の告白だったか――頷いた。
 その時の、アメルの嬉しそうな顔が、抱きしめられた温かさが、とても幸せだったのに。

 なのに、最後の穢れを払って――世界のことわりから告げられた真実。

 巫女は穢れを払っているのではなく、身の内に貯めているのだと。
 元の世界に帰れば、穢れは浄化される。
 しかし、この世界に居る限りは、巫女の身に何かあれば、些細なきっかけで身の内にたまって凝縮された穢れは世界を滅ぼすと。

 自分が世界を――アメルを殺してしまう。

 そんな事を聞かされて、この世界に居ることが出来るだろうか。
 だから、少女は決意する。

 私のせいで世界が終わってしまうのなら。
 アメル、貴方の為にこの世界で生きていく事を諦める。

 この世界から去って、全てを終わらせる事を。





「巫女殿、準備が整いました」

 ノックをされて、はっと少女は我に返った。
 昨日はどうやって、自分に用意された部屋に帰って来たのか覚えていない。

 穢れを払い、安定した状態になって、やっと元の世界に帰る道を開くことが出来る。神官長に言われていたので、すぐに元の世界に帰りたいと王様に願った。アメルとの事を薄々感づいていたのだろう、秘密裏に動くと約束してくれた。その用意が整ったと告げられる。

 ――お世話になった人にもお礼、言えなかったな。

 それほどあわただしい帰還になったのは、未練を残さないため、逃げるためだ。
 とくに、アメルと会えば、引き止められれば、決心が鈍ってしまう。
 巫女だと崇められても、少女は普通の人間だった。
 そんなに立派な人間じゃない。
 理性がダメだと言っていても、心は残りたいと思ってる。
 自分の中に穢れが入っているという実感がない今、一緒に居られるなら――もう少しなら……と、世界の理から告げられたことを隠してしまえば――なんてちょっとはずるい事も考えてしまう。

 あれだけ元の世界に帰りたいと、願っていたはずなのに。
 この気持ちが、自分の物なのに少女は怖かった。

 元の世界に帰るための準備は、簡単だった。
 この国を救ってくれる巫女様だからと、色々な貢物を貰ったけれど、全て置いていこうと思った。
 この国に来た時の制服を着て……持っていく物は旅の途中、アメルに露店で買ってもらった髪飾りだけ。
 ……巫女ではなく、自分自身にもらったそれだけなら、と自分を甘やかす。

 こちらの世界に来た時と同じ、神殿にある巨大な魔法陣の中央に立ち、神官たちが準備を終わるのをただひたすら待った。
 目を閉じて、手を組んで祈る。
 神様なんかに祈った事は、神社で初詣の時ぐらいしかないけれど。
 この世界の神様が、異世界の住人の願いを聞いてくれるとは思わないけれど。


 ――どうか、アメルが幸せになりますように。

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