ウロボロスの輪廻

ありま

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後編

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 私は全て……理解しました。


「ああ、また死んだのか」
「そのようでございますな」

 私は、当然のように同意した犬のヘイムの頭を撫でました。

 そう、勇者が死んだことで、全て理解したのです。

 この私のささやかな――まがい物の作られた――幸せが、終わったことを。

「なぜ、あやつは私の一番の願いを聞き届けぬのだ……。そして、二番目のあえて困難な方の願いを叶えようとする?」
「人間の……しかも神に守られた者の事など、私には理解不能でございます」
「そなたもだぞ、ヘイム。なぜこんな私の傍におる?」
「お忘れですか。私は貴方の右腕でございますれば」
「そうか、ならまた私の願いを叶えておくれ。今度こそは上手くいくかもしれんぞ」
「……」
「さあ、早く。勇者の居ぬ世に、私の願いは叶わぬ、これ以上居ても意味もない」
「では」

 棒立ちになった私の喉に、ヘイムは鋭い牙で容赦なく喰らいつく。
 痛みを感じる間もなく、真っ赤に染まる視界。

 何度も、何度も繰り返したこの儀式。
 自分の血の温かさを感じながら、暗い暗い世界に落ちていく。
 その中でヘイムの声が響く。


「また、次の世でお会いいたしましょう――――魔王様」



 そう、私は魔王だ。
 私の一番の願いは、この世から消滅する事。

 しかし普通の死に方では、何度でも何度でも私は復活する。
 永い永い生に、私は飽いていた。
 同族の魔王の座を狙う者に、試しに殺されてみても無理であった。

 私を倒すのは勇者の一振り。
 ただそれだけ。

 何代前のことだろうか。
 数々の困難を乗り越え、魔王城と呼ばれる我が城を訪れた勇者を、抵抗をすることもなく迎え入れた。
 勇者が被った数々の魔族による困難は、魔王である私の知る事ではない。
 魔族は勇者を倒さなければ、自分が倒される事がわかっているからだ。そして、魔王である私が死ねば、魔族という存在は復活することもなく、緩やかに消滅する。
 私は彼らをこの世に繋ぎ止めるための楔と言ってもよい。
 彼らが勇者を狙う事は、自分たちが生きるためには、仕方のない事。生きるためにあがくことを、私は止める事はできぬ。

 勇者は抵抗もしない私と、すぐに刃を交える事をせずに、対話を望んだ。流石の神の使者という事かと得心がいく。
 私の一番の望みは、人間どもが魔王に想像する世界征服などではなく、死ぬことだと言った。
 私が死ぬ事で、魔族全体が滅びに向かおうと、どうでもいい。

 この上なく魔王らしい、自己満足わがままな望み。

 そんな私に勇者が言った、『では二番目の望みは何か?』と。

 私は、思っても見ない質問に長考した。
 魔王などという定めから離れて、動物たちに囲まれて暮らしてみたいものだと答えた。
 いつか見た、農夫という職業にとても興味をそそられていた。
 だが、それもかなわぬ望み。
 何故なら魔の属性でないモノは、私が触れるだけで、狂い死にしてしまう。それほど私の魔素は、神の庇護に属するものには毒なのだから。
 それを知ってか、私の側近は獣型の魔族が多かった。彼らは私の前では常に獣の姿を採っている、けなげな奴らだ。
 勇者は私に答えさせながら、何か考えているようで、話を聴いているのかいないのか、上の空のようだった。
 人に尋ねておきながらと内心憤慨したが、魔王がこのような戦い甲斐のない生き物で、呆然としてしまうのも無理もないと思った。
 事実、私も勇者と穏やかに会話をすることが、出来るとは思っても見ないことだったのだ。

 隙さえあれば、刃を交える。
 問答無用の死が待っている、と思っていたのだが。
 彼は襲ってくるどころか、紳士的だった。
 様々な会話をして、どれほどの刻を過ごしただろうか。

 勇者は私に剣をふるう事ではなく――私の二番目の望みをかなえる事を選んだ。

 奴の力を半分以下にするほどの力を使い、私の魔力と躯から魂を引き離し、人の体に封じ込める呪を完成させた。

 魔王の器と力の消滅。

 それで、魔王は死に、魔王という楔を失った魔族は緩やかに滅び、人間たちには平和が訪れるはずだった。
 なのに魔族は滅びる事はない。
 私という主を失った魔族は、力のある魔族を仮の魔王に据え始める。

 失敗だった。
 あとは私の魂を壊す道しかない。
 私を今度こそ――殺すのかと思った。
 それでもよかった、私は十分に希望を見せてもらったのだ。
 なのに、あ奴は約束だと諦めない。

 勇者をいうものは、その諦めぬ姿で人々に希望を与えるのだな、と私はあ奴に言った。
 十分だ、全ての者を抱え込まなくてもいい、救おうとしなくてもいい。
 期待していない、約束をしたからといって、お前を責めるつもりもない。
 諦めてもいいのだからと。

 なのに。

 諦めないと、諦めきれない、と絞り出すような返事。

 その約束通りに、転生しても何度も何度も繰り返す。
 魔力と躯を失った私の魂は、人間の躯に生まれ変わる。予見してか、勇者も己にまじないをかけていたのだろう、必ず私の傍に生まれ変わる。そして私の魂の宿った器を守りながら、道を探しつづける。

 もう――やめてもいい。
 あ奴が死んだ今なら、何度でも転生を果たした記憶のある今なら言える。
 けれど、あ奴が死ななければ私の記憶は戻らない。
 魔王の力を失った、人間としての生しかない私は、ただの人としての人生を生きる。

 でも見るものが見ればわかるだろう。
 人間の体に宿った、強烈な魔の魂の輝きを。

 あ奴が私を仲間から隠したのは、当たり前だ。彼らからはどう見ても、私は純粋な魔にしか見えないのだから。
 繊細な愛するあの子達も、勇者の守りが消えたために、可哀相な事をしてしまった。


 走馬灯のように、今までの勇者との思い出が繰り返される。

 様々に姿も関係も変われど出会い。
 死に別れ。
 思い出し。
 一時の死で終わり――始まる。

 彼は私の些細で、叶えるには凶悪な願いを叶え続けるのをやめない、そして私も止められない。
 くるくると繰り返す、終わりのない輪廻。


 たった瞬きの間の短い時間で、これだけのことを思い出す。

 死が近い。
 もう痛みも感じず、ただただ寒い。

 次の生では今度こそ一番の願いが叶うのか。
 輪が立ち切れて、終わるのか。
 それともまた、悲惨な結末が待っておるのか。


 そういえば――口が触れ合ったのは初めてだったな。


 今際の際に思った事。
 私の視界は、黒に染まり、もう思考する事さえもなかった。





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みんなの感想(1件)

温厚な読書家

短編作品で読みやすそうと思い読ませていただきました。全く想像がつかない話でした。予想を越えて…背筋がゾクっとしました。こういう話好きです。

ありま
2019.11.04 ありま

感想ありがとうございました!読む方にそう読んで欲しく書いたのですが、前半と後半の温度差に、ネタバレをあまりせずにタグを考えるのが大変だった作品なので、好きといってくださって嬉しいです。

解除

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