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風雲!魔王城 後編
しおりを挟む開いた扉の奥、暗闇の中から現れたのは……これこそ正に魔王とでも言っていいほどの、冷たい美貌と雰囲気を持つ青年だった。魔王様とは桁違いの、居るだけでその場が支配されるような、圧倒的な存在感。
暗闇の中で浮かんだ白髪かと思われた髪は、光に当たると水色がかったプラチナブロンド。魔王様の父親の代から仕えているといっていたので、てっきりお爺さんかと思ったレセアの予想は外れた。
でも寝起きなだけあって、外はまぶしいらしく眉間には深い皺が刻まれている。
あ、ロザリアンナ様の美形アンテナが反応してる。けどこの存在感プレッシャーにいつもの黄色い声は出せないようだった。
「宿題は……どうやら終わっていないようですね?
ずいぶんと、人間の気配がしますが?」
「お、おははははっはよう、ミミミロワールゥゥゥゥ?」
射るような灰青色の目に恐怖のためか、いつもより多くカミカミして語尾が不自然に上がっております、魔王様。
「その人間は、奴隷ですか? それとも食料、イケニエでしょうか?」
「!!」
「ずいぶんと、みすぼらしい者と、高貴な者がいるようですが……それとも人質ですか?」
魔王様が姫様を攫ってくるのは王道だ。
レセアはただのメイドなので、みすぼらしいといわれても仕方が無い。
しかも今朝の庭掃除で、エプロンもちょっと汚れている。
なのに……。
「みすぼらしくなどない!!」
今までのカミカミはどこへやら、魔王様は大声で激しく反論した。
こんな堂々とした魔王様は初めてだ。
めったに見れない真顔で、かっこよく見えるレア顔だった。
「……陛下?」
「レ、レレセアはっ、大事なっ……友人だ。
いつも優しいし、慰めてくれる、し」
「魔王様……」
ぎろ、と。
ますます視線に力を入れたミロワール様に、睨まれて、魔王様はすぐにいつものヘタレに戻ったけれど。レセアの感激は変わらない。
「まだ、そのような甘い事を仰られているのですか? どうやら、宿題は手も付けてない、と」
ひやりとした冷気が流れ出してくる。雰囲気ではなくて、魔法なのか本当の物理的な冷気。
「…………っ」
魔王様は打ち捨てられた子犬のように、プルプル震えている。
この冷気の中、手足が悴みそうだけど、レセアは雛を庇う親鳥のごとく、勇気を出して進み出た。ミロワール様の眉毛が微かに上がる。
「何ですか? 人間の小娘如きが私に何をいいたいのですか」
「ま、魔王様は、魔王様なりに、友達を沢山作ってます!」
「私は陛下に、世界征服のために部下を作りなさいといったはずですが?」
「魔王様には力を貸してくれる、友達が必要だと思います!」
「フッ、貴女のような?」
勢いで進み出たはいいものの、レセアも彼の雰囲気に飲まれそうになる。
目を反らしたら、殺される! そんな直感。
でも、そうは全く見えないが。蟻に慈悲を掛けるかのごとく、彼がレセアに温情を与えていたのを、魔王は分かっていた。いつもの彼なら、すでにレセアも姫も氷で串刺しになっているはずだった。
「証明して見せます」
「どうするというのですか? 聞かせていただきましょうか」
貴女のその勇気に免じてと。圧倒的な上から目線、たかが小娘如きが何が出来るんですかと、目が語っていた。
レセアは歯の根の震えを堪えて、思いっきり深呼吸する。
そして、肺に思いっきり空気を貯めると、両手を口に当てて思い切り叫んだ。
「皆さんーーーー!! 魔王様がピンチですっ!!!!」
困ったときの勇者様頼み!
皆来る、きっと来る。
来てくれる!
その瞬間、冷気が消える。
一番初めにやってきたのは、魔法で移動してきた三番目様だった。
「丁度いいところだったんだけど」
その手には、相変わらず分厚い本を持っているが、レセアが先ほど見た本とは表紙の色が違っていた。
「ふーん、流れる氷の貴族、アリストクラット・デ・ラ・グレール、ミロワールか」
「ほう、私の事を知っているのですか?」
「まぁ城の本やら肖像画やら見たからね、画家は……腕が悪いみたいだね。まぁ無理も無いかアンタの前だと、普通の者なら手が震えるだろうし」
おお、流石勇者様! ギスギスとしているけれど普通に会話している。
魔王様は相変わらず、がくがくぶるぶるしてますが。三番目様が来ると、熱い視線を投げかけた。まるで悪戯した子供が父親に起こられている時に、母親に庇ってもらってるの図のように。
三番目様が薄氷の上を歩くような会話をしている間に、一番目様と二番目様も慌ててやって来る。
やっぱり、皆来てくれた。きっと四番目様も五番目様も六番目様も七番目様も来てくれるんだろうと思う。
「さて、揃ったけど。
これ以上魔王をいじめるというのなら、僕達にも戦う意思はあるけど」
どうやらギスギスした会話は、時間稼ぎだったらしい。
三番目様を中心に、一番目様と二番目様は、魔王様と私達を守るように立ちはだかった。
かっこいい……。
案の上姫様は一番目様にハートを飛ばさんばかりにメロメロだ。
「……そうですね、陛下へのお仕置きは貴方達を倒してから、じっくりやることにしましょうか」
「!!!」
「せいぜい、待っていなさい……」
そう言うか言わないかの内に、ミロワール様の身体が光り始め、そこだけ風が吹いたように服や髪がたなびく。魔法は全く分からないレセアだが、これは凄い魔法を使おうとしている準備中だと分かったので、三番目様を反射的に見た。どうやら、三番目様にも計り知れない威力のようで、顔は難色を示している。
どうしよう、私のせいだ!!
レセアは自分の軽率な行動を後悔したが、ただのメイドで一般人は動くことも出来ない場だ。
どうしよう、どうしよう……そう心の中が埋め尽くされる。
そんなレセアの視界の中を、黒い影が、動く。
「や、やめてくれ! ミロワール!!」
魔王様が、生まれたての子羊のように震える足で、ミロワール様の眼前に進みでる。
「そ、その皆……余の友達でっ……大事な大事な友達でっ!!」
その声はもう、涙も鼻水もぐちゃぐちゃになっているような悲痛な叫び。
「…………」
魔王様の泣き落としにはなれているのか、ミロワール様の様子は変わらない。どんどん何かが集まって行き、吸い寄せられるような感覚に襲われる。一番目様も二番目様も剣を構えているのがやっとの体で、三番目様は何かに集中するようにつぶやいている。レセアと姫様は立つことも出来ない有様だった。
「だから、余は、命じる!
悠久の氷山の一族、エテルネル・フェ・デ・ネージュであり。
流れる氷の貴族アリストクラット・デ・ラ・グレール。
ミロワールよ、止めよ!」
その「止めよ」だけは凛とした声が、室内に響いた。
シンとなる室内で、どれだけの時間が経ったのだろうか、ミロワール様の様子が静かに変化する。
もしや、最終形態!?
ぐっと姫様を庇うようにレセアは抱きしめると、聞こえてきたのは……。
「分かりました、陛下」
あっさりとした、信じられない言葉だった。
顔を上げると、命じた魔王様も信じられないようだった。
そして私達なんて、もっと信じられない。
「え、本当に、本当に?」
「ええ、命令には従うしかありません。
陛下が私に命じることなんて今まで一度も無かったことですしね……陛下成長いたしましたね。
まぁ魔族の部下ではないのですが、人間のそれも勇者にここまで見込まれたということも上に立つものとして、少しは成長なさったということでしょう。
紙一重で合格です」
「っ……!!」
「それにしても、陛下。宿題の件は後でたっぷりと話すことにしますが。私を起こすときは冬にしてくださいと、ご忠告申し上げたはずですが?」
「へ、え? そうだったかな」
「私は寝起きが悪いんですと申し上げたでしょう? このホカホカの陽気、最悪な目覚めですよ」
どうやら今までのツンツンした態度は……寝起きの悪さの八つ当たりで。先ほどの大技を使うような魔力のうねりは、眠っている間に溜まった魔力の大量消費。ガス抜きをしたおかげで、少し機嫌が直ったらしい。
「私が悪いんです!
すみません、私に出来ることなら何でもします! だから魔王様と勇者様はお許しください」
やっとただの人であるレセアが動ける空気になると、レセアは思い切り謝った。
封印をといたのは、レセアの所為だ。
ミロワール様曰く人間の小娘風情が、出来ることなんて限られているけれど。
レセアはそうミロワール様に言うしかない。
「命に縛られているので、もう貴方達と戦うつもりは無いのですが」
彼は青灰色の目を少し見開くと、レセアのポケットを優美に指差しこう言う。
「では、貴女のそのポケットの中にあるものを、私に差し出しなさい」
「え、ポケットですか?」
邪険にされると思ったその提案は、あっさりと受け入れられた。
けれどその指差した先……エプロンのポケットの中には、失敗作のサンドイッチを包んだナプキンが入っている。
どうみても目の前の魔族の青年が欲しがるものじゃないので、レセアはためらった。
「いいから早く、私はお腹が空いているのです」
「で、ではあの新しい料理を準備させていただきますので」
「私はコレがいいといっているんですよ」
何年眠っていたのかは知らないが、空腹は最大の調味料って言うけれど。差し出すのには勇気がいった。しかし時間が経つにつれて、ミロワール様の機嫌の雲行きが怪しくなっていくので、おずおずと手渡す。
信じられないことに、受け取ったミロワール様は、それはもうおいしそうに食べている。
「先ほどから、いい匂いがしていたのです」
「匂いって、そういうことでしたか……」
「後は、トマトソースがあれば完璧ですね」
立ちながら食べているのはお行儀が悪いようでいて、まるでそれさえも絵の題材のように洗練されている。でも食べている料理は、普通の味覚を持つものなら吐き出すほど。しかも魔王様には、泣くほどの不味さだ。
こんなに完璧に美しく恐ろしい魔族が、味覚音痴。
そしてさらにケチャラー……いやケチャッパー? ですか!!
「そうですね、貴女をみすぼらしいといったのは撤回します、このように素晴らしい料理を作れるとは」
「あ、ありがとうございま、す?」
褒められているんだけど、レセアは素直に喜べない。
でもみすぼらしい餌から使用人ぐらいにはレベルアップしているようなので、お礼を半疑問系で言ってみる。
「貴女は私のモノになりなさい」
その台詞で、この場の全員が凍りついた。
特に、姫様の目力は半端ない何かを訴えている。
こんな悶絶ものの言葉を、超絶美形にそう熱っぽく言われても、レセアは全然ときめかない。だって、「モノ」って本当に下僕以下の意味で言ってるんだと思うのです、この魔族。
「無理です!」
「だ、駄目だミロワール! レセアは余の友達だ」
「友達でも、私専属のコックにはなれるはずですが」
「いやだ、いやだ!」
「陛下、友情に束縛は見苦しいですよ」
えーっととりあえず、持ち場に帰っていいかな? という勇者様達の視線の中。
やっとのことで、一日に一回ミロワール様に食事を作るって事になったのだけど、どうなるんだろう。
わざと、不味く作るのも……複雑。
色々とごたごたが片付いた後、勇者の皆さんには謝りに行きました。
レセアの浅慮で、皆さんを命の危険に晒してしまったのだから、当然のことだったのだけれど。
すると、皆さん言葉に違いはあれど「呼んでもらって嬉しかったよ」的な内容で褒めていただけました。
命の危険があったのに、皆さん本当に、いい人たちです。
そして魔王様に凄く甘いです。
……魔王様がちょっと羨ましい。
そして姫様は、あの一件からか、少しおとなしくなりました。
でも、いつもの調子に戻るのは時間の問題みたいです。
そんな感じで国元の皆様ごめんなさい。
魔王様と七人の勇者様と攫われた姫様と……ついでのメイドは今日も元気です。
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