2 / 3
後編
しおりを挟む「?」
旦那様はそれはそれは見事な発音で言ったので、初めわたしは何を言われたのか、全くわかりませんでした。それは不思議な響きのする、異国の言葉でした。
しかし、偉そうに右手を伸ばして。
「ほぉ、俺にはないというのか?」
と意味ありげに言われれば、なんといったのかは、もう分かりきったものです。
「ありませんよ、今日は子供がお菓子をもらう日なのですよ?」
「お前が言ったんだぞ? 俺は子供らしいからな、もらう権利はある」
何を言ってるのでしょうか。
このダメな大人は!
しかし、そういったのは紛れも無く自分です。
わたしは自分の言葉に責任を持たなければなりません。でも持っているお菓子と言えば、今日の戦利品です。旦那様に分けてあげるわけにはいかないのです! これは全部わたしの物です!
口に出さなくてもわたしがぎゅっと、スカートの裾をつかんでいるままなのを見て、旦那様はわたしがお菓子を渡したくないのを読み取ったようです。
「ほう……なら仕返してやる。横腹をかせ」
「それもできません。わたしの弱点です! 延期です延期にしてくださいっ出世払いでお願いします! 旦那様」
必死になってお願いするわたしに向かって、旦那様は愉快そうな瞳を向けました。口許も微かに上がってます。
ば、バカにしてます!! ひどいです。こっちはとっても不愉快なのです。
「そうだな、お前が俺の妻になる頃には返してもらうとするか」
「な、そんなにはお待たせしません!」
やっぱりバカにしてます!
わたしは数年後には旦那様の奥様になるので、婚約者としてお屋敷に遊びにきてますが。
そこまで長い間逃げ続けると思われているのは侮辱なのです。
旦那様とギリギリとにらみ合っていると。
「あぁ、旦那様のところにいたんですか、コルネーリア様」
その声に集中力が切れて振り返ると。このお屋敷に勤めて20年の大ベテラン執事さんが、いつの間に部屋に入ってきたのでしょうか、わたしの背後にいて穏やかに話しかけてきました。
「どうした?」
「あぁ、旦那様。
ご婚約者様との大事なお時間を邪魔するのは心苦しいのですが、厨房のベンがコルネーリア様を探しておりまして」
「……別に、邪魔なのはこの娘の方だ」
「左様でございますか。ならばよろしかった、ではお借りしても?」
「……勝手にしろ。おい、コルネーリア」
「何ですか? 旦那様」
「イタズラを仕掛けるのは俺だけにしておけ。屋敷の使用人が辞められても困るからな」
「皆さんは旦那様のように、お菓子もくれない意地悪さんではないので、いたずらなんかしませんっ!」
私は心外な! と。ぷりぷりおこりながら旦那様にアッカンベーすると、部屋から飛び出しました。
本当に旦那様は意地悪です! いじめっ子です。
レディの扱い方をわきまえてません。
「では、コルネーリア様。
一緒に来ていただけますか?」
このおうちは未来のわたしのおうちになるはずなのですが、何度遊びに来てもあまりにも広すぎて、迷ってしまいそうなのです。だからベンの所に行くにも、案内してもらわなければ、辿り着けません。
このお屋敷の女主人になったら自分の家で遭難することだけは、避けたいです。が大丈夫でしょうか。今からほんの少しだけ、心配だったりします。
ひつじさんはそんなわたしの不安を汲み取って、道案内をさりげなくかってくれます。
わたしが迷うからとは一言も言いません。
さすが勤続20年のプロです。
レディの扱いをわかってます。
旦那さまとは大違いです。
わたしは案内されて長い長い廊下をガシガシと歩いて行きます。分厚い絨毯がふわふわと怒りを吸収してくれます。
「ひつじさん、ひつじさん!」
「はい、何ですか? コルネーリア様」
ひつじさんは、わたしの方をみてニッコリと笑ってくれます。
といっても、ひつじさんは旦那様とは違って、いつもにこにこしているお爺さんなのでほのぼのしてしまいます。わたしは、ひつじさんにもあの魔法の言葉を唱えてみました。
「とりっくおあーとりいと?」
「?」
ひつじさんのにこやかな顔が、少し困ったような顔をします。
そして、私に視線を合わせるようにかがみました。
「コルネーリア様、誠に大変申し上げにくいお話なのですが、聞いていただけますか?」
「はい、なんですか?」
「ハロウィンは、十月三十一日の晩の事なのですよ」
わたしはびっくりしました。
十月三十一日というと、とっくの昔に終わってます。ということは今日はハロウィンではないのです。
なのに今日わたしは……。
そう考えると、恥ずかしさと、それに付き合ってくれたお屋敷のみなさんに申し訳なさから、いたたまれなくなってきました。涙がこみあげてきます。
しつじさんはそんなダメなわたしの頭を、ほんわりと優しくなでてくれました。
「でもこんな可愛くて小さなお客様ならいつだって、お菓子を差しあげてしまいたくなるものなのですよ、ですから笑ってください、小さな姫君」
「……は、はいなのです!
みなさんにお礼とごめんなさいを言ってきます!」
まずはワガママを言ったせいで、ケーキを作らせてしまったベンからあやまらなくては!
「私もお供しても?」
「もちろんなのです! ついてきてくれますか?」
「ええ、その後に皆でティータイムと参りましょう」
ひつじさんはいたずらっぽく笑いました。
じんわり、と。いたたまれなかったわたしの心が、温まってきます。
――もちろん謝罪行脚は、旦那様の事は最後の最後の後回しで、のけ者なのです。
お茶になんかよんであげません!
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる