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ライオンハート 後編
しおりを挟む「……やっと、やっと君に会えた。私の愛しい人」
目の前の美少女が、そう言って艶やかに笑った。
その、途端。
誰もが魅了されるであろう笑顔に、私は反対に背筋におぞましさが這い上がる。
今、私を抱きしめている人物は……。
彼女……いや彼、と言ったほうがいいだろうか? の本質を見抜けたのは、第六感というものか。
「ラ、ラヴィード……なの、か?」
私を抱きしめている美少女の形をした、目の前の何かを、私は思いっきり突き放した。
それはあっけなくも簡単に引き離せたが。床に転がってもおかしくない、私の容赦ない全力の力で押されたはずなのに……何事もなかったかのように軽やかに体勢を立て直し立っている。
その華奢な外見からは窺えない、手応えのない化け物じみた反応が、更に恐怖を駆り立てる。
私は、身構え腰の剣に手をかけ、何時でも抜剣できる状態に構えた。
相手の外見はこの際おいておこう。
中身がアレだ。
アレならこの対応をしてしまった自分の態度は、至極真っ当であり仕方ない事だ。
今の相手との体格と外見の差を、少し冷静になって考え、心の中で私は言い訳する。
側から見れば血も涙もない無頼漢は、私の方だ。
私が、第二の生を受けたのだから、他にも前世の記憶持ちで生きている人間がいてもおかしくない。
だからといって、なぜまたよりにもよって、この人間と会わなければいけないのか。
もっと、もっといるであろう前世の知り合いを思い浮かべようとして、そうはいないことに気がついた。
前世の私は、知り合いを作る暇もないほど、病弱だったのだ。
「そうだよ、僕だよリオーネ。
だからそう警戒しないでくれないか?
まぁ君の剣の錆になるのなら悪くはないけれどね」
――お前だからこそ、ここまで警戒するのだ。
声は可憐な音、であるが、口調とセリフは紛れも無く、あの男ラヴィードのもの。
目に光る怪しい輝きも、間違いない、あの……。
「何故、私を呼んだ?」
「何故?」
「何故って、今はあの頃の私じゃないのに!!」
儚く美しい妖精のようだったリオーネ。
今の私は丸太のようにゴツゴツとした筋肉だるまに、厳しい顔に傷もあり、年齢も二十代とは思えない程の貫禄がある。
――正しく、オジサンだ。
目の前の美しい彼が、好んで連絡を取りたいとは露も思えない。
「変わらないよ」
本気で言っているのだろうか。
目の医者にでもかかったほうがいいのじゃないだろうか。
でもラヴィードの顔は、冗談を言っているようには見えなかった。
優雅に微笑んでいるが、真剣な瞳だ。
私はその顔を、遠慮なく胡散臭げに見つめる。
「僕がなんで君を好きになったのか、前世では散々手紙に書いたのだけど」
「そんなもの、読まずに捨てました」
「そういえば……直接は話してなかったね」
君は僕に会うのは避けてたし、会話もしてくれなかったからね。と、寂しそうな雰囲気を漂わせて言うが、そんなセリフでも態度でも、私の心はほぐれない。ほだされてはいけない、この人はどこかおかしい。
「君を初めて見たのは、友人に無理やり付き合わされた、垣間見だった。
僕は女性には苦労しないタイプだったし、別に噂の美姫を見に行くつもりなんてこれっぽっちもなかったんだよ」
よくわからない。
彼が嫌いだったから、遠ざけて交流は殆どなかった。
彼が私を好きになる理由は、前世の美しい姿だけに惹かれるぐらいしか理由がない。
その外見に「興味がない」と言い放つような台詞。
「だったら、何故?」
私が問いかけるたびに、ラヴィードは本当に嬉しそうに目を細める。
それが底知れない。
わからなくて、怖い。
いくら体を鍛え、それに伴い心も成長しても、昔のトラウマは私を無力にする。
「嬉しいね、君と会話してる」
「……答えて」
「で、君を勝手に見たということは
君は僕の存在に気づかずに、ありのままの姿を見せてくれた
……病気と戦ってる姿を。
驚いたよ。
君の外見はそれほど重要じゃない、あの諦めない不屈の精神その強さだ。
君を知るたびに僕は好きになっていった」
「……」
「だから生まれ変わって、見つけたときはすぐわかったよ
変わらずに美しくも気高く、ストイックに過ごす姿に、僕の心はまた虜になった」
「!!」
ラヴィードが、無防備に近づいてくる。
そして、剣にかけた手を握った。
傷だらけで、武骨で美しいとは程遠い、だけど自分の今までの努力を刻んでいる、私自身の生き方を表している手。
それを宝物を握るように、愛しくてたまらない表情で、包み込む。
「だって、僕の好きだったのは。
君の強くも美しい、獅子の心だったから」
これ以上もない愛の告白。
そう言い切った、ラヴィードの瞳。
逃がさないよ? と、暗に言っていた。
そこに浮かぶのは、あの取ってつけたような胡乱な笑顔。
外見は変わったが、微笑み方は変わらない。
私の姿は獅子に変わったが、心は獅子に狙われた兎のような心持ちになった。
――はたしてこの目の前の兎の皮を被った怪物から、私は逃げきる事ができるのか。
その件については、ラヴィードが宮廷の上層部を私的なことで動かせる事が出来た事からも。「無理だ」という結論しか出てこない事に、その時の私には考えも及ばない事だった。
数日後。
「レオン=トラッファルガー様に、私の一番大事なものを奪われたのです」
そう、ラヴィードが宮廷内で物憂げな顔をして囁いたせいで。
私の平穏でささやかな幸せは、幕を閉じたのだ。
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