生まれ変わったその先に

ありま

文字の大きさ
上 下
2 / 3

ライオンハート 中編

しおりを挟む




 レオン=トラッファルガー。
 それが、生まれ変わった私の名前だ。

 そう。
 生まれ変わった性別は男。
 質実剛健な騎士団団長、レオニード=トラッファルガーの四番目の末息子。

 前世の繊細な美しい姿とは雲泥の差の容貌で、存在感のある肉厚で鍛え抜かれた、鋼のように硬い肉体。
 手は剣の訓練で何度も皮がむけ、血豆が潰れてボロボロになり、節も太く岩のようにゴツゴツとしている。
 女性にはモテるどころか、怯えさせてしまうほどの鷹のように鋭い眼光。
 更に頬に走る傷は、暴れ馬から子供を助けた時に受けた勲章だ。まぁ、その時逆に子供を襲っているという誤解をされたのは些細なことだ。

 似合いの服は、洒落て気取った夜会服より、無骨で飾り気のない粗野な騎士団服に鎧と剣。
 日に焼けた金の髪は、まるで獅子の鬣のようになびく。
 暴漢からの背後からの攻撃を防ぐ目的で、髪は長いのがこの国の武人の特徴だ。
 平和な国といえど、剣を振るう軍人の家系に生まれ落ちた私だったが、初めからそのような姿だったわけではない。

 子供の頃の私は、前世のように病弱だった。
 ところが、幸運にも深刻な病というわけではなく、虚弱体質……成長によって体質も変わればなんてこともない、枷だった。

 一番の問題は性別が変わったこと。
 初めの頃は戸惑ったものだが、数年も赤ん坊からやり直して見ると、慣れた。
 それ以上に、自尊心のある結婚もできる女性だった私が、意識のあるまま赤ん坊としてやり直す方が……いや、病気のために医者や使用人に体を見せるのが当たり前だったといえど、かなり堪えた。

 しかし病弱・性別の変化・子供からのやり直しを上回る以上に、私はこの生を感謝した。
 子供の頃に憧れた、夢が全て叶うというのだ。

 普通の子供ができる事が全て新鮮だった。
 走る、走る、青空の下ひたすら大地を蹴る。
 疲れ果てたら、草の上に寝転がって、空を見上げる。
 それだけで、幸せだった。

 やればやるだけ、頑丈になる体。
 目に見えて効果が出る、健康法。
 食べるものが、美味しく思える幸福。

 第三者から見ると、ただただ体をいじめ抜いていたように見えただろう。
 新しい父と母も心配して、無理をするなと諌めてくれた。
 度が過ぎて熱を出して寝込んだ時も、優しく付き添ってくれた。
 言えなかったけれど、前の父や母を思い出して、泣いた。

 ただ自分は、どこまでできるのか試したかったのだ。
 前世では努力してもそれは先も見えず、実らなかったものが実になる手応え。
 手応えを知ってしまうと、妥協はできなかった。


 その結果。
 幼い頃はひょろりとしたモヤシっ子と言われ、家族以外の人間からはトラファルガー家のお荷物になるだろうと思われていた私は、現在は騎士団有望株の筋肉ダルマの猛者へと成長した。
 二の腕には青筋が入っているのが、お気に入りだったりする。
 自分の上腕二頭筋の発達を見て、内心ニヤけてしまうのは……前世からのこの違いが嬉しすぎてということで、変な趣味ではないということを断じて言っておかなければならない。鏡に映る姿にポージングすることもだ!

 そんな私だったが、既に齢二十も超え、兄達が結婚し子供も授かり、叔父さんと呼ばれれている。
 甥っ子や姪っ子は可愛い。
 前世では得られなかった、体験が、感情が、段々と増えていく。

 この子達を見ていると子供もいいなと思うことはあったが。
 やはり恋愛はすることはできなかった。
 男になって、その……乙女だった頃の私には、口にできない男性のもろもろを知ったが、気の置けない男の友人の存在や、尊敬できる男性もいると知ると、前世のトラウマも薄らいで来る。

 心は前世の記憶を未だに引きずり女に近いが、体は男なのだ。
 だからはっきり言って、男に恋することはできない。
 かと言って、これまた前世の記憶で女性にも恋することもできない。
 心は中途半端なままだ。
 ありがたいことに、この無駄に厳しい容姿のお蔭で、色恋沙汰に巻き込まれることがなかったのが幸いと言えるだろう。そんな余裕はない。

 気楽な末息子という立場上。
 このまま所帯を持たないで、お気楽に一人で暮らすままでもいいかなどと軽く考えていた頃。

 宮廷から急使をうける。
 内容は伯爵令嬢の護衛。
 その令嬢の名前はコニーリ=オリクトラグス。

 会ったことはないが有名なので名前は知っていた。
 王女のお気に入りの宮廷の至宝。生きる宝石とも言われていた。銀の髪に、柘榴の瞳の儚げな少女。その色合いと姿のために、あこがれと羨望の眼差しで「白兎の君」という愛称で呼ばれている。

 ――美を賛辞される、華奢で守ってあげたい美しい少女。

 私はその境遇に、普通の男が持ちうるべきではない同情を送る。
 前世で「儚げな美少女」と言うありがたくもない称号をもらった自分が、男達に向けられた興味のせいで与えられたトラウマを重ねてしまった。
 他のどんな騎士に要請するよりも、自分なら紳士的に、彼女を守れると思う自負がある。むしろ下手な下心を抱けない適役といってもいい。

 しかし、この姿が怖がられなければいいが……という大きな問題は残るが。

 なぜ自分に護衛の白羽の矢が立ったのか理由は不明だが、急いで王宮へと馬を飛ばす。急ぎ愛馬を門番に預け、指定された宮へと足を運んだ。その途中で見える整えられた庭は、なんとなく物足りなく見える。

 あの頃の私を思い出したからだろうか?

 生まれ変わって、あの寝室のベッドからいつも見ていた輝かしい魔法の庭は、当たり前のものではなかった事に気がついた。あの頃の外の知識はあの庭の景色だった。あれが当たり前だと思っていた。自由に外を駆けられる今は、違う。とわかっている。あれは前の両親が、私だけのために整えてくれた特別な庭、娘を思う親心の象徴だった。

 なぜか感傷的になってしまうな。

 私は思考を振り払うように頭を振り払う。いつの間にか、部屋の扉の前まで来ていた。深呼吸してから、鋭くないように気をつけて入室の許可をもらう言葉を紡ぐ。
 許可をもらい扉を開けてそこに待っていたのは……噂ごときでは実物の彼女の美しさ、儚さを伝えきれていなかったと断言できるほどの魅力的な少女だった。
 前世の私と同じ程、いやそれ以上に、その可憐さ、優雅な動きに、夢を見ているかの如く空気が霞む。
 些細な衝撃でもすぐにでも倒れそうな彼女は、普通の女子供なら気後れしてしまう私の姿を見て、天使さえも魅了しそうな満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた。
 背は私の胸にあるかないかの、低さ。
 その塊が、思いっきり私に突進してくる、そんな事は予想外で衝撃に備えるのを一瞬忘れた。が、衝撃を受けながらも硬い壁の様に、私は微動だにしない。訓練の賜物だ。
 また、彼女も気にせずに私の胸に顔を押し付けて、抱きついてくる。

 妙齢のご令嬢……しかも美少女が自分のような男にする行動だろうか、しかも私のような幼児が顔を見て泣くような強面に。
 私が通常の男性ならば、この抱擁。感涙にむせび泣く程の行幸で楽園のごとき心地よさだろう。
 しかし、元女性として理性が働いている私には、ただただ疑問が先に立つ。混乱している私をよそに、周りはいつの間にか人払いを終えていて、違和感を覚える。

 至近距離で見上げてくる、柘榴の瞳。
 その輝きに――私は武人としての勘で、嫌な予感が走る。
 強敵を前にしての、凄み、威圧感とも言えるオーラが。


 ――この、華奢な少女から、何故だ?

 呆然と、少女の顔を見つめる。
 夢のように美しい唇が動き、私の名前を甘く紡ぐ。




「リオーネ」




 よりによって、前世の。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

処理中です...