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ライオンハート 前編
しおりを挟む――あの頃の私は、いつもいつも窓の外を見ていた。
私の前世の名前はリオーネ=ローズヴェルト。
名門貴族ローズヴェルト家の深窓の令嬢だった。
両親はその国でも名高い美男美女で、その二人から生まれた娘である私は、国内外にも響き渡る程の美しさになるのは必然だった。
春の陽を集めたように輝く金髪。
長いまつげに彩られた、夢見るようなすみれ色の瞳。
スラリとのびた長い手足に、月に照らされたような白磁の肌。ふっくらとした、薄紅色の唇。
華奢で儚い外見は、見るものをまるで、この世のものとは思えない妖精の絵画を見ているような気分にさせる。
でもそんな私にも、ひとつだけ完璧からは程遠い欠点があった。
病弱、だったのだ。
一日のほとんどをベッドの上で過ごし、出会う人間といえばお医者様だけ。楽しみは本を読むか、窓が良く見えるように置かれたベッドから見える景色だった。そこから見える庭園の景色をより良いものにするために、両親は評判の良い庭師に頼んで整えてくれ、季節ごとではなく月毎に変わるそれは、魔法のように素晴らしいものだった。前世の記憶では窓の外をよく見ていた印象が強いのもおかしくない光に溢れた庭だった。
時折、奇跡的に体調の良い日は、夜会は無理でも園遊会などに出席するも、途中で気分が悪くなり退出してしまうという有様だ。
――強く、なりたい。
私はそんな一心でどんな治療も、薬も耐えた。
けれど状況は芳しくなく、そのことごとくが無駄になった。
そんな焦りを抱える私の元に、ますます心を煩わす出来事が舞い降りた。
私が唯一行ける社交の場、園遊会で私を垣間見た男性たちからの求婚。
私の病状をよく知らないせいか――病弱という断り文句も、方便と捉えられて、条件のいい夫を選り好みするために出し惜しみしているなどと、妙齢のご令嬢たちからは陰口を叩かれることになった。
一見華やかだが薄氷の下では浅ましい人間関係が渦巻く社交にうんざりして、楽しみだった外出も、憂鬱なものになり、すっかり行こうとする気が失せてしまう。
人の口には戸は立てられない。
幻のように美しいが、その噂は本当なのだろうかと好奇心と、難攻不落な令嬢という噂は征服欲に火をつけたのか、屋敷に侵入する最低下劣な人間も出る始末。後を立たなかった。
その中でも特に熱心で、それゆえにリオーネの毛嫌いする男。
ラヴィード=エア=ドワーフロップ伯爵公子。
社交界を賑わせる美しく優雅で気品あるその青年は、一見、人あたりの良い爽やかな人間に見えた。
初の顔合わせが、友人達と共に不法侵入した……私の寝室でなければ。
彼は本当に……執念深かった。
一度見ただけの私に毎日のように送られる、恋文と花。
手紙は送られた端から読まずに捨てた。
花は罪はないので召使に下げ渡す。
普通の求婚者なら、私が全くの無反応を示せば、諦めるか、逆に怒りをぶつけて私の悪い評判を流すのに。
彼はそれを数年間に渡り、継続し続けた。
その間にも、私の病気はどんどん悪化していく。
私の病状のことで、心が乱れて現実を直視できずに享楽にふけるようになった両親。
そして一席のカードで負った名誉の借財が、全てを奪った時。
親切ごかして救いの手を差し伸べてきたのはラヴィード。
救う対価は、私との婚姻。
選択肢はあるようで、ない。
私の家の全てを救ったと言いながら、数年ぶりの再会。
私と結婚できると、夢のようだと熱に浮かされたように語るラヴィードに浮かぶ表情は、取ってつけたような胡乱な笑顔。
その瞳は私の全てを不躾に舐め回すような視線。
出会いも最悪であれば、再会も蛇に睨まれた蛙のような気にさせる最悪さだった。
――私が幸運だったのは、その日を待たずして鬼籍に入れたことだろう。
苦しみの果てに、私が次に目を覚ましたのは、白い光の中。
私はどこに寝ているのだろう? 一体どうなってしまったのかと、動くことも話すこともままならないうちに、眩しい視界が開ける。見知らぬ人間たちが、次々と私の顔を見て破顔していく。
まるで本で読んだ巨人の国に迷い込んだ……小人のような気持ちになっていると、見知らぬ女性が微笑んでいった。
「ああ、こんにちは。私の愛しい、わが子」
――それが第二の人生の幕が開けた合図だった。
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