もしもの求婚~Je te veux~

ありま

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 小さい頃からメイドとしてセドラがお仕えしている旦那様。
 サージュント様は、年頃でいつ結婚してもおかしくない年齢だ。

 貴族の次男坊という微妙なお立場ではあるが、長男様から一部の権利を受け継いで起業したり、投資したりと、それが成功して羽振りがよく……貴族というよりも企業家として独自の生活を営んでいた。
 そんなは旦那様は仕えるメイドとしての欲目からではなく、素晴らしく頭のよい方だ。しかし一介の使用人にも無闇に怒ることなく、優しく諭してくれる素敵な方ではあるが……。

 唯一の欠点は、仕事人間な事だった。

 寝る間も食べる間も惜しんで仕事に駆け回り、倒れそうになったことも一度や二度ではない。
 庭で優雅にお昼寝をしているのかと思いきや、実は空腹で倒れていたりと、大変世話が掛かる旦那様だった。
 セドラは旦那様が食事の席に現れない時は、ポケットにこっそりと焼き菓子を忍ばせたり、くつろげるようにと安眠のポプリを差し入れたり、お茶を出したり。寝ている姿を見れば生きていることを確認し、うたた寝であれば叩き起こして寝室へと誘導する。
 メイドの身で僭越ながらも「お体に気をつけてください」とその都度忠告していた。

 そんな旦那様だからこそか、お身体を心配したご両親から結婚のお話もよくくる。
 身を固めれば少しはマシになるか、体調のメンテナンスは妻がしてくれるだろうという考えなのだろう。
 更に周りからも、旦那様の求婚市場での価値はかなりお高いようで、よい縁談のお話が沢山来る。しかし、旦那様は仕事一筋なので、まだ結婚する気は全くないようだった。妻に時間を割くぐらいなら、仕事をしていたいだろう。そんな気持ちが聞かなくても、使用人としてそばにいるセドラには痛いほどわかっている。

 穏やかな旦那様も、いつも大量に舞い込む縁談を断り続けるにはうんざりしたようだ。

 ……だからって。
 あんな事を仰るなんて……。

 旦那様から言われたことを思い出し、セドラは心が乱れる。


 その日の朝、セドラは外出する旦那様をお見送りする際に言われていた。
 誰にも知られないように、真夜中に旦那様の寝室で、会おうと。

 セドラは、何故自分がそんな風に呼ばれたか分かっていた。
 真夜中……誰か他の使用人に見つからないような時間。
 そんな時間にセドラを私室に呼ぶのは「あの返事」が聞きたいからという理由しか思いつかない。

 サージュント様はうんざりしたお見合いを止める方法に気ががついたのだ。
 自分が結婚しさえすれば、お見合いの話が来ないと。

 それで「お見合い除け」に、セドラにプロポーズしてきたのだ。

 それで何故、使用人であるセドラに白羽の矢を立てたのか。
 頭のいい旦那様の考える事は、セドラにはよく分からなかった。

 だから何故セドラと結婚したいのか、理由を聞いたのだ。
 そんな旦那様は一瞬驚いた顔をしてから、少し考え込んで思う存分長々と語ってくれた。

 ずっと今まで一緒にいたから、セドラとならこれからの長い人生一緒にいても上手くいきそうな気がするとか。自分が自由に生きるためには、妻に財産なんて求めないとか。

 色々と普通のプロポーズとはかけ離れた言葉を、沢山いわれたような気がする。

 その口調は熱心だった。
 熱心だったが、まるで仕事相手ビジネスパートナーに話すような口ぶりで、求婚としては一風変わっていた。
 少なくとも旦那様が必要としているのは、長年一緒にいても不自然でなかったセドラのようだった。
 旦那様は優しいが、仕事人間で恋愛面に関してはどうでもいいらしい。
 結婚に対して「愛する」という感情に重きを置いていないようだ。
 仕事が楽しくて、仕方ないといった風で、それを邪魔しない妻なら誰でもよさそうで。
 その条件に今一番近いのが、セドラだということだろう。

 悲しいことに、それでもセドラは嬉しいと思ってしまう。
 だって、セドラは旦那様が好きだったからだ。


「サージュント様」
「セドラですか、入ってきてください」
「よ、よろしいですか?」
「ええ」

 旦那様のお許しがでると、セドラは寝室に躊躇い無く入る。
 寝室なのに、書斎のように書類や資料が山積みされていた。
 旦那様はカウチソファに優雅に寝そべっている、ように見えるが実際は書類に仕事用の書類を置き、それらに埋もれているような状態だった。手にも書類、小さいテーブルにはインク壺から乱雑に置かれた羽ペン。実質書斎として機能している。

「少しは、躊躇って欲しいものですが」

 旦那様の呟きが微かに聞こえたが、セドラは旦那様の部屋の乱雑具合には慣れっこだった。

「今日は、その。お返事を……」
「ええ、貴女の返事が聞きたくて、呼び出してしまってすみません」
「あの……」
 言いにくそうにしているセドラに、旦那様は優しく微笑む。

「ああ、断ったからといって。貴女をこの屋敷から追い出すなんて事はしませんから、安心してください」
「そ、そういうわけじゃ……」

 セドラは親を早くに亡くし、頼れる親戚もおらず。
 この屋敷という働き口を失えば、路頭に迷うことになる。

「あ、あの。あのお話、私でお役に立てるのであれば、お受けしたいと思うのですが……」
「…………」
「サージュント様には本当に並々ならぬご恩がありますし、私は返すことができません。なので……」


 旦那様のプロポーズに「はい」というのは並々ならぬ勇気が居る。

 二人の間には身分差がある。
 この屋敷内では気に留めないものも、旦那様の奥様になって外に出た瞬間。きっとセドラの出自や常識は、通用しなくなることもわかっていた。
 これからの旦那様未来のことを考えれば、ここは断るのがベストな選択だ。
 セドラ自身のことを考えても、辛いことばかりの日々だと分かっている。

 ーーでも、好きな人からのプロポーズを断ることなんて出来ない。

 それが、たとえ、そこに愛が無くても、だ。

 だから旦那様の負担になる事……好きだとは言わない。
 それを告げた瞬間に、求めてしまうから。
 誠心誠意、今までのご恩に報いるため、旦那様の望むままに妻としてお仕えしたいと……セドラはいいたかった。

 それが、セドラの愛の形。

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