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するべからず①
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するべからず
ある日の仕事帰り。今日は山奥の村の住民に話を聞いた。最後に話を聞いたのはその村の老夫婦。
「今日はありがとうございます」
深々と頭を下げると老夫婦は笑顔で見送ってくれる。
「はい。私達のお話を聞いて下さりありがとうございます。また何かあればお伝え致します。お二人共気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます。では、これにて」
「はい。ありがとうございます」
一緒にいたのは田原愛美。仕事仲間だ。
実の所こいつが今回この村に行こうと言い出した張本人だ。
それは3日前に遡る。
「ねぇ、人見さん。今度の土曜日暇ですか?」
「暇ですと答えて何かあるのか?」
「いいじゃないですかー。少しの雑談みたいなもんです。お話しましょうよ」
「君は前置きが長い。さっさと本文をかけ。だから読者も読まないんじゃないのか?」
「そんなこと言わないでくださいよー。」
この女。田原愛美は年齢は23歳。少し可愛らしい顔立ちの女だ。彼氏は居ないようだが、男運がないからと自負している。
「まぁいい。それで何の用だ?何か用があるから話しかけてきたんだろ?」
「そうなんですー!そう、さすが人見さんですね。もうー」
「うるさい。さっさと話せ」
「はいはい。わかりました。わかりました。わかりました」
「3回も要らない。1回でいい。話す気がないなら僕は去らせてもらうよ」
席を立とうとすると慌てて、話をし始めた。
「はい、話します。話しますよ」
「で、何の用だ?」
「はい。それがですね。取材に行きたいんで…ってちょっと待って下さいよ。人見さん」
「一人で行くという選択肢はないのか、君は」
「だって、そこの村が山奥なんですよ。だから、女の子一人で行かせるのはどうかなーって」
「仕事なら一人で行け。それだけだ」
もう一度席を立とうとするとまた慌てて止めに来る。
「はい。その、私が一緒に行きたいのはですね。多分、人見さんも興味あるかなーって思ったからなんです」
「何?」
そこから2人は別室へ行き、話すことにした。
「それで、僕が興味を示す内容って?」
「やっと食いついてくれましたか。その村がですね。地図で言うとここにあるんですよ」
指された場所にはぽつんと村があった。周りは木々に囲まれており、どういうのかさっぱりだった。
「それでですね。ここには不思議な話があるんですよ」
「不思議な話?」
「はい。ここの村変な噂があって、1度入ったら戻れないとか、ここで神隠しにあった人がいたとか」
結構ある話ではないかと人見秀一は鼻を鳴らす。
「そんな話で僕が着いていくとでも思ったのか?全く。拍子抜けもいいところだぞ。そんな話いくらでも転がってる」
「人見さんならそういうと思ってましたよ。この話には続きがあるんですよ」
「ほう?続きね。伏線回収だけは美味い君は何を教えてくれるのかな」
「私の知り合いの漫画家さんがここで行方不明になったんです」
「行方不明?」
「はい。行方不明の前日に連絡があってこの村に行ってくるから何かネタがあれば教えるってそれっきりで」
「捜索願いは?」
「もちろん出しました。警察によると右足の靴とスケッチだけが落ちていたらしいです」
「その村の人達は何か言ってたのか?」
「はい。その人は話を聞いて帰って行方不明になったと証言しています」
「ほう…」
何か裏があるのかもしれない。ちょうど土曜日は空いている。恐らく俺の予定を知った上で田原は誘ってきたのだろう。
「仕方ない。僕も行こうか。少し気になる、それにその漫画家を探すことも出来るかもしれないしな」
そして、今に至る。特に情報もなく、ただ、ただ無駄足だったのは間違いない。老夫婦を含め、その村の住民は何か隠しているようには見えなかった。
「何かあると思ったんだがな」
帰路に着く。山の奥にあるため、車もろくに使えない。歩いて帰るしか方法がないため、人見秀一は歩く。
「それにしてもこの村なぜこんなところに…」
この村は何故か車も自転車なども通れないような山奥にあった。まぁ今の時代そういうところがあっても変じゃないが今回の取材も苦労する。
「まぁいい。話は聞けた。それだけでいいじゃないか」
「そうですよ。なかなか聞けない話なんですから」
岩をのぼり、汗を垂らしながらひたすら山をおりる。先程の道を覚えていた田原に着いていく形で人見秀一は山をおりる。
少し歩いた時、人見秀一と田原愛美は看板を目にする。
「するべからず?」
そこには"するべからず"と墨で書かれた看板がたっていた。とても古い看板のようだった。ところどころ壊れかけており、今にも倒れそうだ。
「こっちの道にします?」
「まぁ普通ならそうするだろう。こちらの岩壁を降りるより断然こちらの道を通った方が危険度はない」
行きにはなかった道。岩だらけで危ない山中だったはずが、道がある。
人見秀一は看板が立っていた方の道へと歩き始めた。
「岩ばかりだと思ったが普通に道があるとは。行きの苦労が嘘のようだ」
「ですね。私もそう思います。事前に見ていた道では無いみたいですよ?」
「どういうことだ?」
「人見さんも一緒に見たじゃないですか。この村に取材に行こうって行った時に」
そうだったか…?あまり記憶にない。何故か忘れてしまっていたようだ。
「悪い。忘れていたようだ。それでだ、田原は疲れとかはないか?」
「あら、心配なさるんですね。意外です」
「意外とは失礼だな。まぁいい。こちらの平の道をゆっくり下ってさっさと帰ろう」
「はい。そうですね」
2人が歩いているとまた看板を見つけた。
「なんですかね、これ」
「遊びでもしているんじゃないのか?」
そこには"あるくべからず"そう書いていた。またも古びた今にも壊れそうな看板だった。看板から1メートルほど離れたところには棒切れで雑に線が敷いてある。
「歩くなか…。つまりジャンプして進めってことなんじゃないのか。多分、あそこの線からがスタートのようだ。まぁ僕はそんな遊びに付き合ってる暇はないがな」
「それもそうですよねー。私も早く帰りたいですしー」
そう言っていた田原愛美はその看板に書いているのを無視して普通に歩き始めた。
「私達も早く帰らないと…」
「おい、どうした田原」
「あ…あ…」
様子が変だ。明らかに変。先程まで普通に歩いていたはずの田原が何故か座り込んでいる。数歩だ、数歩いただけで何故かうずくまった。
「どうしたんだ、田原!」
「あ、足が…!足が…!」
よく見ると田原の足が変形していた。まるでそこだけ骨もないようにぐにゃりと変形している。
「…!?」
絶句する。
何が起こったのか全く理解ができない。
「た、田原!大丈夫か!」
「あ…あ…」
パニック障害に陥っている。このままではまずい。
「田原!こっちに来れないか?戻ってこい」
「は、はい…」
そう言って足を引きずり、体を引き摺って何とか戻ろうとする。
「人見さん…無理です…」
「ど、どうしたんだ?」
「いや、その…。か、身体が全然動かなくて。緊張とかそんなんじゃなく、もう恐怖で体がすくむんです…」
足が変形していた田原はもう、そのまま動けない様子だった。
「あ…あ…。人見さん。助けて…」
「なんだ、なんなんだここは」
「あ…あ…」
田原の状況は刻一刻を争う可能性がある。
何が起こっているのだ。この道。この道はなんなんだ。
そういえば田原が言っていた。この道は地図にはなかったと。ならばここはどこだ。地図に載っていない不思議な道。それがこの道ということなのだろうか。
「田原!動くな、絶対に動くなよ…」
「は、はい…」
悲痛な叫びが聞こえる。
心の中で人見秀一は考える。
どうする、あの看板に書かれていたのは"あるくべからず"つまり、歩かなければいいのか。ジャンプすればいいのか?それとも、単純に走ればいいのか…?
ジャンプして進めば本当にいいものなのか?仮に先に左足が着いて右足がその後に着いたらどうなる?走ると言えど、走る基準が分からない。
「くそ…。どうする。意を決して飛んでみるのが本当にいいのか…」
理屈は分からない。ただ、この道ではあの看板に従わない限り、田原のようになってしまうということだ。
そうなったら終わり。2人とも足を失い、帰路に着くどころかここで誰かが来るのを待つしかなくなる。しかし、ここは地図には無い道と田原は言っていた。つまり、助けが来る保証はない。
「どうする…どうする…」
思考が巡らない。本当に飛ぶことが正しいのか、それとも正しくないのか。
「だ、大丈夫なのか?田原!」
「は、はい…。今のところは…。気をつけてくださいね。飛ぶと言っても同時に着地です。コンマ数秒だろうとズレたら私のように足が溶けていくみたいになります」
息が荒くなる。しかし、あることに気づいて、田原に伝える。
「おい、と言うよりも簡単なことじゃないか。この道を戻ればいい。来た道を戻ったらわざわざその"かたあしであるくべからず"を守る必要もなくなる」
「で、でも人見さん!私は、私はどうしたら…」
「心配するな。まず、この山をおりてから警察なりなんなりに捜索願を出して貰う。そうすれば君も助かるだろう。その足が治るかは別だが」
「私、ここに1人ですか?」
「すまないがそうせざるおえない。仮にここで僕がそちらへ飛んで足がぐにゃりと変形した場合、助けることは愚か人を呼ぶことも出来なくなる。それならば私が戻り君を助けた方がいいのではないか?」
「で、でも…」
うずくまる彼女を取り残すことは確かに心にくるが今は致し方ないだろう。まずはここから去り、そして…いや、待てよ。そう、人見秀一が思った時だった。
「待ってください。人見さん。話を聞いてください」
「ど、どうしたんだ田原」
「いえ、看板です。看板の後ろに"もどるべからず"と書いてあります」
「何!?」
直ぐに看板に近づいて後ろを確かめる。そこには確かに墨で雑に"もどるべからず"と書かれていた。田原は自分の体を動かして何とかそれを伝えてくれたようだ。
「"もどるべからず"だと」
「つまり、私は進むしかないんですよ!だから…」
「あぁ。すまない。お前を置いては行かない。ここで何とかしなければならない」
「ど、どうしましょう。私、本当になんというか身体が全く動かなくて…」
「わかった。落ち着けとしか言えない自分が歯痒いが今は仕方ない。やはりここを抜けるにはそうするしかないのか…」
看板を見て、考える。そして、あることに気がついた。
「いや、そうか。分かったぞ。この答え!」
「え!?本当ですか!」
「あぁ。単純な話だ。今の君の状態が正しいんだ」
「え?それってどういう…」
「つまりだ。"あるくべからず"つまりこういうことだ!」
ほふく前進をするように人見秀一は倒れた。
「そう、これならこれで腕だけを使えば足を使ったことにはならないはずだ。今から行くが、時間はかかる。これは歩くではないからな。悪いが待っておいてくれ」
「は、はい!」
少しずつ少しずつほふく前進して進む。石で服はボロボロになるが仕方ない。今はこれしか思い浮かばない。
「よし、線を抜けるぞ」
白線を抜け、自分の足を確かめる。
「大丈夫みたいだ」
田原のように足がぐにゃりと変形してはいない。
「今から行く。耐えてくれ」
「は、はい…」
少しずつ少しずつ進み、田原の所へとたどり着いた。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
「じゃあとりあえず俺の上に乗れ。そうすれば進める」
「え!?乙女にそんなこと言います?」
「今はそんな無駄なことを口走ってる時間はないぞ。お前の体重だろうが体臭だろうが僕は気にしない。一応筋トレもしているからそれなりに運動はできるはずだ」
「わ、分かりました。お、重いって言ったらひっぱたきますよ!」
「無駄話はいい。さっさと乗れ」
人見秀一が手を引っ張る形で何とか、田原を背中の上へ乗せることが出来た。
「そういえば身体は動くか?」
「は、はい。今は少し動きます」
「ならいい。このまま進んで行くぞ」
少しずつ、また少しずつではあるが進む。
今はそれしか出来ない。田原が乗っているため、多少は移動の速さも遅くなるがそれよりもここから早くでなくてはならない。
「少し重いが仕方ない」
「だから言わないでくださいよ!」
「からかっただけだ。直ぐにここから出るぞ」
「はい!」
田原を担いで人見秀一は進む。ほふく前進をすることはあまりないと言うよりもない。あるわけが無い。普通に生活していてほふく前進をするなんてことはありえないからだ。
「慣れないことはするもんじゃないな」
ゆっくりと進む。疲れも汗もにじみ出る。
そして、ようやくあるものを見つけた。
「あ、あれは!?」
看板だった。でも今はその文字が見えない。少しと遠かったからだ。
「おい、田原。ようやく次の看板だ。もしかするともしかするぞ」
「ほ、本当ですか…?」
「あ、あぁ!」
ゆっくりとゆっくりとほふく前進で進み、ようやくその看板の近くまで来た。
「やっと着いた。それで、看板には……」
その内容に思わず声を上げる。
「な、何!?」
「ど、どうかしたんですか。人見さん…」
「いや、みろ。あの看板に書かれている文字を!」
「え…?"うごくべからず"?」
「そういうことだ」
"うごくべからず"そう看板にははっきりと墨で書かれていた。
ある日の仕事帰り。今日は山奥の村の住民に話を聞いた。最後に話を聞いたのはその村の老夫婦。
「今日はありがとうございます」
深々と頭を下げると老夫婦は笑顔で見送ってくれる。
「はい。私達のお話を聞いて下さりありがとうございます。また何かあればお伝え致します。お二人共気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます。では、これにて」
「はい。ありがとうございます」
一緒にいたのは田原愛美。仕事仲間だ。
実の所こいつが今回この村に行こうと言い出した張本人だ。
それは3日前に遡る。
「ねぇ、人見さん。今度の土曜日暇ですか?」
「暇ですと答えて何かあるのか?」
「いいじゃないですかー。少しの雑談みたいなもんです。お話しましょうよ」
「君は前置きが長い。さっさと本文をかけ。だから読者も読まないんじゃないのか?」
「そんなこと言わないでくださいよー。」
この女。田原愛美は年齢は23歳。少し可愛らしい顔立ちの女だ。彼氏は居ないようだが、男運がないからと自負している。
「まぁいい。それで何の用だ?何か用があるから話しかけてきたんだろ?」
「そうなんですー!そう、さすが人見さんですね。もうー」
「うるさい。さっさと話せ」
「はいはい。わかりました。わかりました。わかりました」
「3回も要らない。1回でいい。話す気がないなら僕は去らせてもらうよ」
席を立とうとすると慌てて、話をし始めた。
「はい、話します。話しますよ」
「で、何の用だ?」
「はい。それがですね。取材に行きたいんで…ってちょっと待って下さいよ。人見さん」
「一人で行くという選択肢はないのか、君は」
「だって、そこの村が山奥なんですよ。だから、女の子一人で行かせるのはどうかなーって」
「仕事なら一人で行け。それだけだ」
もう一度席を立とうとするとまた慌てて止めに来る。
「はい。その、私が一緒に行きたいのはですね。多分、人見さんも興味あるかなーって思ったからなんです」
「何?」
そこから2人は別室へ行き、話すことにした。
「それで、僕が興味を示す内容って?」
「やっと食いついてくれましたか。その村がですね。地図で言うとここにあるんですよ」
指された場所にはぽつんと村があった。周りは木々に囲まれており、どういうのかさっぱりだった。
「それでですね。ここには不思議な話があるんですよ」
「不思議な話?」
「はい。ここの村変な噂があって、1度入ったら戻れないとか、ここで神隠しにあった人がいたとか」
結構ある話ではないかと人見秀一は鼻を鳴らす。
「そんな話で僕が着いていくとでも思ったのか?全く。拍子抜けもいいところだぞ。そんな話いくらでも転がってる」
「人見さんならそういうと思ってましたよ。この話には続きがあるんですよ」
「ほう?続きね。伏線回収だけは美味い君は何を教えてくれるのかな」
「私の知り合いの漫画家さんがここで行方不明になったんです」
「行方不明?」
「はい。行方不明の前日に連絡があってこの村に行ってくるから何かネタがあれば教えるってそれっきりで」
「捜索願いは?」
「もちろん出しました。警察によると右足の靴とスケッチだけが落ちていたらしいです」
「その村の人達は何か言ってたのか?」
「はい。その人は話を聞いて帰って行方不明になったと証言しています」
「ほう…」
何か裏があるのかもしれない。ちょうど土曜日は空いている。恐らく俺の予定を知った上で田原は誘ってきたのだろう。
「仕方ない。僕も行こうか。少し気になる、それにその漫画家を探すことも出来るかもしれないしな」
そして、今に至る。特に情報もなく、ただ、ただ無駄足だったのは間違いない。老夫婦を含め、その村の住民は何か隠しているようには見えなかった。
「何かあると思ったんだがな」
帰路に着く。山の奥にあるため、車もろくに使えない。歩いて帰るしか方法がないため、人見秀一は歩く。
「それにしてもこの村なぜこんなところに…」
この村は何故か車も自転車なども通れないような山奥にあった。まぁ今の時代そういうところがあっても変じゃないが今回の取材も苦労する。
「まぁいい。話は聞けた。それだけでいいじゃないか」
「そうですよ。なかなか聞けない話なんですから」
岩をのぼり、汗を垂らしながらひたすら山をおりる。先程の道を覚えていた田原に着いていく形で人見秀一は山をおりる。
少し歩いた時、人見秀一と田原愛美は看板を目にする。
「するべからず?」
そこには"するべからず"と墨で書かれた看板がたっていた。とても古い看板のようだった。ところどころ壊れかけており、今にも倒れそうだ。
「こっちの道にします?」
「まぁ普通ならそうするだろう。こちらの岩壁を降りるより断然こちらの道を通った方が危険度はない」
行きにはなかった道。岩だらけで危ない山中だったはずが、道がある。
人見秀一は看板が立っていた方の道へと歩き始めた。
「岩ばかりだと思ったが普通に道があるとは。行きの苦労が嘘のようだ」
「ですね。私もそう思います。事前に見ていた道では無いみたいですよ?」
「どういうことだ?」
「人見さんも一緒に見たじゃないですか。この村に取材に行こうって行った時に」
そうだったか…?あまり記憶にない。何故か忘れてしまっていたようだ。
「悪い。忘れていたようだ。それでだ、田原は疲れとかはないか?」
「あら、心配なさるんですね。意外です」
「意外とは失礼だな。まぁいい。こちらの平の道をゆっくり下ってさっさと帰ろう」
「はい。そうですね」
2人が歩いているとまた看板を見つけた。
「なんですかね、これ」
「遊びでもしているんじゃないのか?」
そこには"あるくべからず"そう書いていた。またも古びた今にも壊れそうな看板だった。看板から1メートルほど離れたところには棒切れで雑に線が敷いてある。
「歩くなか…。つまりジャンプして進めってことなんじゃないのか。多分、あそこの線からがスタートのようだ。まぁ僕はそんな遊びに付き合ってる暇はないがな」
「それもそうですよねー。私も早く帰りたいですしー」
そう言っていた田原愛美はその看板に書いているのを無視して普通に歩き始めた。
「私達も早く帰らないと…」
「おい、どうした田原」
「あ…あ…」
様子が変だ。明らかに変。先程まで普通に歩いていたはずの田原が何故か座り込んでいる。数歩だ、数歩いただけで何故かうずくまった。
「どうしたんだ、田原!」
「あ、足が…!足が…!」
よく見ると田原の足が変形していた。まるでそこだけ骨もないようにぐにゃりと変形している。
「…!?」
絶句する。
何が起こったのか全く理解ができない。
「た、田原!大丈夫か!」
「あ…あ…」
パニック障害に陥っている。このままではまずい。
「田原!こっちに来れないか?戻ってこい」
「は、はい…」
そう言って足を引きずり、体を引き摺って何とか戻ろうとする。
「人見さん…無理です…」
「ど、どうしたんだ?」
「いや、その…。か、身体が全然動かなくて。緊張とかそんなんじゃなく、もう恐怖で体がすくむんです…」
足が変形していた田原はもう、そのまま動けない様子だった。
「あ…あ…。人見さん。助けて…」
「なんだ、なんなんだここは」
「あ…あ…」
田原の状況は刻一刻を争う可能性がある。
何が起こっているのだ。この道。この道はなんなんだ。
そういえば田原が言っていた。この道は地図にはなかったと。ならばここはどこだ。地図に載っていない不思議な道。それがこの道ということなのだろうか。
「田原!動くな、絶対に動くなよ…」
「は、はい…」
悲痛な叫びが聞こえる。
心の中で人見秀一は考える。
どうする、あの看板に書かれていたのは"あるくべからず"つまり、歩かなければいいのか。ジャンプすればいいのか?それとも、単純に走ればいいのか…?
ジャンプして進めば本当にいいものなのか?仮に先に左足が着いて右足がその後に着いたらどうなる?走ると言えど、走る基準が分からない。
「くそ…。どうする。意を決して飛んでみるのが本当にいいのか…」
理屈は分からない。ただ、この道ではあの看板に従わない限り、田原のようになってしまうということだ。
そうなったら終わり。2人とも足を失い、帰路に着くどころかここで誰かが来るのを待つしかなくなる。しかし、ここは地図には無い道と田原は言っていた。つまり、助けが来る保証はない。
「どうする…どうする…」
思考が巡らない。本当に飛ぶことが正しいのか、それとも正しくないのか。
「だ、大丈夫なのか?田原!」
「は、はい…。今のところは…。気をつけてくださいね。飛ぶと言っても同時に着地です。コンマ数秒だろうとズレたら私のように足が溶けていくみたいになります」
息が荒くなる。しかし、あることに気づいて、田原に伝える。
「おい、と言うよりも簡単なことじゃないか。この道を戻ればいい。来た道を戻ったらわざわざその"かたあしであるくべからず"を守る必要もなくなる」
「で、でも人見さん!私は、私はどうしたら…」
「心配するな。まず、この山をおりてから警察なりなんなりに捜索願を出して貰う。そうすれば君も助かるだろう。その足が治るかは別だが」
「私、ここに1人ですか?」
「すまないがそうせざるおえない。仮にここで僕がそちらへ飛んで足がぐにゃりと変形した場合、助けることは愚か人を呼ぶことも出来なくなる。それならば私が戻り君を助けた方がいいのではないか?」
「で、でも…」
うずくまる彼女を取り残すことは確かに心にくるが今は致し方ないだろう。まずはここから去り、そして…いや、待てよ。そう、人見秀一が思った時だった。
「待ってください。人見さん。話を聞いてください」
「ど、どうしたんだ田原」
「いえ、看板です。看板の後ろに"もどるべからず"と書いてあります」
「何!?」
直ぐに看板に近づいて後ろを確かめる。そこには確かに墨で雑に"もどるべからず"と書かれていた。田原は自分の体を動かして何とかそれを伝えてくれたようだ。
「"もどるべからず"だと」
「つまり、私は進むしかないんですよ!だから…」
「あぁ。すまない。お前を置いては行かない。ここで何とかしなければならない」
「ど、どうしましょう。私、本当になんというか身体が全く動かなくて…」
「わかった。落ち着けとしか言えない自分が歯痒いが今は仕方ない。やはりここを抜けるにはそうするしかないのか…」
看板を見て、考える。そして、あることに気がついた。
「いや、そうか。分かったぞ。この答え!」
「え!?本当ですか!」
「あぁ。単純な話だ。今の君の状態が正しいんだ」
「え?それってどういう…」
「つまりだ。"あるくべからず"つまりこういうことだ!」
ほふく前進をするように人見秀一は倒れた。
「そう、これならこれで腕だけを使えば足を使ったことにはならないはずだ。今から行くが、時間はかかる。これは歩くではないからな。悪いが待っておいてくれ」
「は、はい!」
少しずつ少しずつほふく前進して進む。石で服はボロボロになるが仕方ない。今はこれしか思い浮かばない。
「よし、線を抜けるぞ」
白線を抜け、自分の足を確かめる。
「大丈夫みたいだ」
田原のように足がぐにゃりと変形してはいない。
「今から行く。耐えてくれ」
「は、はい…」
少しずつ少しずつ進み、田原の所へとたどり着いた。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
「じゃあとりあえず俺の上に乗れ。そうすれば進める」
「え!?乙女にそんなこと言います?」
「今はそんな無駄なことを口走ってる時間はないぞ。お前の体重だろうが体臭だろうが僕は気にしない。一応筋トレもしているからそれなりに運動はできるはずだ」
「わ、分かりました。お、重いって言ったらひっぱたきますよ!」
「無駄話はいい。さっさと乗れ」
人見秀一が手を引っ張る形で何とか、田原を背中の上へ乗せることが出来た。
「そういえば身体は動くか?」
「は、はい。今は少し動きます」
「ならいい。このまま進んで行くぞ」
少しずつ、また少しずつではあるが進む。
今はそれしか出来ない。田原が乗っているため、多少は移動の速さも遅くなるがそれよりもここから早くでなくてはならない。
「少し重いが仕方ない」
「だから言わないでくださいよ!」
「からかっただけだ。直ぐにここから出るぞ」
「はい!」
田原を担いで人見秀一は進む。ほふく前進をすることはあまりないと言うよりもない。あるわけが無い。普通に生活していてほふく前進をするなんてことはありえないからだ。
「慣れないことはするもんじゃないな」
ゆっくりと進む。疲れも汗もにじみ出る。
そして、ようやくあるものを見つけた。
「あ、あれは!?」
看板だった。でも今はその文字が見えない。少しと遠かったからだ。
「おい、田原。ようやく次の看板だ。もしかするともしかするぞ」
「ほ、本当ですか…?」
「あ、あぁ!」
ゆっくりとゆっくりとほふく前進で進み、ようやくその看板の近くまで来た。
「やっと着いた。それで、看板には……」
その内容に思わず声を上げる。
「な、何!?」
「ど、どうかしたんですか。人見さん…」
「いや、みろ。あの看板に書かれている文字を!」
「え…?"うごくべからず"?」
「そういうことだ」
"うごくべからず"そう看板にははっきりと墨で書かれていた。
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次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。
「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。
困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。
元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。
なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。
『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』
そう言い放つと城から追い出そうとする姫。
そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。
残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。
「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」
陸はしがないただのサラリーマン。
しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。
今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――
呟怖あつめ【おかわり】
山岸マロニィ
ホラー
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#呟怖 タグでTwitterに掲載したものをまとめた第二弾。
#このお題で呟怖をください タグのお題をお借りしています。
── 呟怖とは ──
136文字以内の恐怖文芸。
【お題】TL上で提供されるテーマに沿って考えたもの
【お題*】自分が提供したお題
【自題】お題に関係なく考えたネタ
【三題噺】3つのお題を組み入れたもの(主に自分が提供したもの、一部提供されたものもあります)
【意味怖】意味が分かると怖い話(スクロールすると答えがあります)
※表紙画像は、SNAO様、朱宇様(pixiv)のフリー素材作品を利用しております。
※お題の画像は、@kwaidanbattle様、@kurohacci様 (その他の方は個別に記載) または フリー素材サイト(主にPAKUTASO様、photoAC様 よりお借りしたもの、Canvaで提供されているもの 、もしくは、自分で撮影し加工したものを使用しております。
※お題によっては、著作権の都合上、イメージ画像を変更している場合がございます。
※Twitterから転載する際の修正(段落等)により、文字数がはみ出す場合もあります。
ノベルデイズ他でも一部公開しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
アタリメ部長
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
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