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ABYSS②
しおりを挟む実況者Abyssそれは突如現れた殺人犯だった。
彼の動画には低評価が多く付けられているものの、高評価はその倍の数付けられている。
一体動画を見る人間は皆何を思って見るのだろうか。僕は不思議とそう考える。これだけの登録者がいるのもまた人間というものの恐ろしさを人見秀一は感じざるおえなかった。
何より、この動画が何故WeTubeの運営によって削除されないのか、アカウントを削除しないのかそれもまた謎であった。
人見秀一にとって実況者Abyssは面白がって探すべきではないと、まず知るべきではなかったと後に思う。
実況者Abyssを調べるにあたり、まず最初にすべきなのか情報を集めることだろう。情報というのはそのものの全て。情報がなければ探すことも見ることもそれについて考えることも出来ない。だからこそ、彼を見つけるに当たってそれは必要不可欠の要素だ。
「実況者Abyssの知っている情報を話してくれ」
「もちろんです」
人見秀一が今回の話を受けてくれることに喜んでいる田原に話を聞く。
「どうしたんだ。そんな笑顔で」
「いえいえ、気にしないでください」
あの動画を見終わってから笑顔を見せる彼女が正直異常に見えるが彼女なので気にしないでおこうと思った。
「1ヶ月前に活動の発表を行ったちょうど1週間後の日曜日に生配信を開始したんですよ」
パソコンで最初の動画のひとつ上、つまりその次に投稿した動画がある。そこには、黒い画面に赤い血のような色で『生配信』と書かれた題名の動画があった。
「これがその次の動画か」
「はい、再生しますか?」
「もちろんだ。この異常な殺人者を見つけるには嫌でもみるしかない」
再生ボタンが押され、動画が始まる。
『こんにちは。Abyssと申します。今回は最初に皆さんにお届けする楽しい動画です』
動画が始まった。一度動画を見ていた人見秀一にとってその"楽しい"という言葉に悪意を覚えていた。
この動画で実況者Abyssがいたのは木造の建物の中のようだった。古そうな木を踏むとギシギシと音が鳴る。
『はい。というわけで皆さん……』
声がフリーズしたかのように止まる。すると、カメラが落ち、音が鳴る。すると、誰だろうか男の声が聞こえてきた。
「何…。も、物音?」
ギシギシと音がした後右手が映った。どうやらカメラが拾われたようだ。すると、カメラの画面には髪がボサボサの黒のシャツを着た20代くらいの男が映る。
「な、なんだよ…脅かしやがって」
そういった後近くにあったテーブルにカメラは置かれる。画面から男が消え、歩くキシキシという音がしなくなったと同時に声がした。
『驚きました。まだ予定の時刻では無いのですが、今回の目的が到着したようです』
机にあったカメラが持ち上がったようにうごく。
『では、行きましょうか』
そこから、ゆっくりとゆっくりと男に近づく。
「あぁー、もう誰がなんの………」
男の喋っていた声が突然消える。
「ん?どういうことだ?」
後ろ向きの男だったため、何を喋っているのかは聞き取ることは出来ない。
「あー、これですか。どうやら音声を消しているみたいです。"明らかに"何かを隠しているみたいに」
「あぁ…」
動画は再開される。
まだ、男に近づいている途中のようだ。
『はい、今回はこちらで殺ります』
すると、カメラに拳銃が映る。左腕には拳銃が握られており、銃口が男の方へと向かう。
『それでは、また』
その声と同時に引き金が引かれ、銃声とともに男は倒れた。
声すら聞こえない。
カメラが近づく。倒れた男の頭には銃弾が埋め込まれていた。銃弾一発で男を殺害した。
『完了です』
そこからは同じだった。
男の腹を同じように包丁でさいていく。
そして、腹に手を突っ込み…。見ているだけで身の毛のよだつ光景が続く。
『はい、これはコードです』
カメラの前に血がべっとりと付いた数字が書かれたプラスチックのコードが映される。数字は56738616と書かれている。
『これは暗号です。意味はもちろんあります。でも、それを言ったら面白くないですよね。この暗号は…』
そこで動画は切れた。
真っ暗な画面が映る。
急な終わりにまるで動画投稿をした事の無いような下手な投稿者のようにも思える。
「ようやくおわったか…」
一つ一つの動画を見るだけで疲れが出てくる。
どうやらあの動画が噂の発端らしい。
動画にあるコメントの中にいくつかある。
「コードを入力したら大金が送られた」だとか「コードが解けました。大金では無いですが宝石がたくさん」だとか。誰が騙されるんだろうというものばかりだった。
「あぁ。だが、これだけで"分かった"とは言えない。実況者Abyssはどうやら本当に自分という存在を見つけさせないようにしているのかもしれない」
「どういうことですか?」
「いや。まだ僕の仮説に過ぎない。だから話は流してくれ」
「あ、はい」
何度見ても嫌な動画だ。だが、殺人者を見つけるためには見る必要はあるのだ。でも、今は…。
「突然消えた男の声。何を喋っていたのかは気になる。恐らくそれがこの実況者にとってバレてはいけないものだったんだろう」
「そりゃそうですけど…ってど、どこ行くんですか人見さん」
急に立ち上がる人見秀一を見て田原は声をかける。
「決まってるだろ。聞き込みだ、聞き込み。正体を掴むにはそれしかない。行くぞ」
「えー。私もですか?」
「決まってるだろう。君が頼んできたんだから」
面倒くさそうにする田原に頭をかいてしまう。
「でも、人見さん。どこに行くんですか?」
「分かるだろう、被害者の遺族に話を聞く。被害者の動向を知れるはずだからな」
「それもそうですね」
田原は手早く外に出る準備をする。
「人見さん。その被害者の当てはあるんですか?」
すると、人見秀一はクールに答える。
「あるわけないだろう。今日聞いた話だ。準備も含めて外に出る」
「あっ、それもそうですよね…」
とりあえず、外に出る。冬の兆しがくる今の時期は少し肌寒い程度だった。
「それで準備って何するんですか?」
「あぁ。現場に行く。恐らくまだ話題が収まっていない今なら情報を持っているマスコミだとかがいるはずだからな」
「あーそういうことですか。それって準備じゃないじゃないですか」
笑う彼女に対して人見秀一は表情を変えない。
「僕にとってはそれも準備のうちだ。そこから"繋がり"を見つけるんだよ。突っ立ってないでさっさと行くぞ」
2人は事件現場へと向かう。事件現場と言ってもこれまで起こった12の殺人が行われたため、12の事件現場があるわけだ。その中で最初にどこに行くのか。12分の1。答えは簡単。1番最後に起きたところに決まっている。
1番最後に起きた事件、それは田原愛美が見せてきた動画のこと。星野彪太という男性が殺害された事件だ。彼の死体が見つかったのは動画投稿日の次の日の朝。つまり、今日ということだ。そう、今日は日曜日。生配信をする日。
「早く行こう」
「はい」
「生配信が始まったら直ぐに教えてくれ」
2人は足早にその現場へと向かう。その現場は思ったよりも近かった。調べたところ、電車で2駅ほど離れた路地裏にひっそり佇む廃墟で発見された。
第1発見者は実況者Abyssのファンだという男性。何か見覚えのある建物内だと思い来てみたら星野彪太の遺体を発見したらしい。そこで気になることがあったという。
それは、見覚えがあったため、すぐに向かったがそこには何も無かったらしい。しかし、次の日にまた行ってみると死体を発見したという。
そして発見される日がどの事件も調べたところその翌日らしい。生配信以外は全て編集が行われているため、時間が少しはたっているはずなのにだ。早く見つかることも無く、遅く見つかることも無い。全て次の日に見つかっている。それはなんだか奇妙だと思わざる負えない。
「ここか。やはり、まだマスコミがいるみたいだな」
事件現場は警察やらマスコミやらがいて中は見れそうにない。今回は事件現場よりもまず聞き込みをするために訪れているのだが。
「すみません」
話しかけたのは住民の1人。話しかけやすそうな40代くらいの女性だった。
「あ、はい。なんでしょう」
「私、この事件を捜査してまして何か知りませんか」
「あら、そうでしたの。私ここの生まれなんだけどね、被害者の男の人見たことないなーって思ってたらさっき小耳に挟んだんだけど被害者の男の人どうやらこの地域の住民じゃないみたいなのよ」
「と、言いますと?」
「いやね、どうやら彼が住む家とここは何と500キロほど離れてるらしいのよ。訳が分からないわ」
「なにか予定とかあったんじゃないんですかね」
そう伝えると女性は首を横に振る。
「うーん、そこまでは分からないのよ。でもここの地域の人じゃないみたいね」
「ありがとうございます」
そう言うと女性は立ち去った。
これだけの情報ではどうすることも出来ないだろう。
すると、見知った顔の男がいたことに気づく。
「あ、あの男は…」
直ぐに近づく。
「ちょ、人見さん待ってくださいよ」
「悪いが急ぐぞ。いつ始まるか分からない配信なんだ。今のうちにできる限り情報を集めて今日中に見つけ出してやる」
人見秀一の目線の先には黒いハットを被ったスーツの男が立っていた。
見知った顔であり、仕事を一緒に行ったほどの男だ。
「山路か」
人見秀一が話しかけると山路と呼ばれた男はその存在に気づいてハットをとる。
「これはこれは、人見秀一さんじゃないですか。この前はどうも」
「あぁ」と軽く返事を返す。
「君もこの事件に?」
聞かれたのでそのまま人見秀一はうなづいた。
「あぁ。その通りだ」
2人はアイコンタクトを行い、お互いが何をしたいのかがわかったらしい。
「情報だろ?」
人見秀一が聞きたかったことを直ぐに言い当てる。
「そう、そうの通りだ。ただってわけじゃないだろ?」
山路は答える。
「そうだな。今度酒でも奢ってくれ」
「それくらいはお易い御用ってやつだ」
2人が話をしている中、1人取り残された田原はボーっとしながら動画が生配信されるのを待っていた。
「今聞いたんだが、星野彪太はだいぶ遠くに住んでいたらしいが、何か用でもあったのか?」
「ない」
山路はそうキッパリと言った。彼が嘘をつく理由はない。
「じゃあなぜあそこに居た?」
「それはな。母親に急に外に出る、と言って戻らなかったらしい。そしたらテレビで息子の死を知ったんだとよ」
「それなら母親はその間何も知らなかったのか?」
「いや、もちろん知ってるさ。ご両親に聞いたところ、今週の火曜日に懸賞にでも当たったように喜んでいたそうだよ。なんの懸賞だったかは分からんがな。でも、その翌日から段々とおかしくなっていったらしい。しどろもどろになったり、何か外国語でも話しているように変な言葉を繰り返していたそうだ」
「なに?おい、待ってくれ。お前も動画を見たなら分かるだろう。あの男は動画に映る際には普通に喋っていたじゃないか」
「そこだ、そこなんだ。明らかに不自然。まるで誰かに操られていたように感じる。母親は最後に見かけた時までずっとその調子だったそうだ。確か次の日の夜にはいなくなったそうだぞ」
その後はこうだ。母親は驚いて警察にも取り合って貰ったが、全く見つからなかったそうだ。そして木曜日、金曜日、そして死体が見つかった土曜日。
「消えていた期間の目撃はあるのか?」
「それがさっぱり。あの動画で知ったそうだと伝えたろ?誰も知らないんだとよ。防犯カメラにも全く写っていなかったそうだ」
「そうか、感謝するよ」
色々と情報が手に入った。これならわざわざ星野彪太の家に行く必要も無さそうだ。これから起こるであろう第13の殺人の実況が始まろうとしている。ならば次にその被害者の家族に訪問するのが1番いいだろう。
なぜなら、もうその被害者になるであろう人間の家族の元にはその被害者はいないのだから。
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