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三章なごみ編

36.強襲

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新道が声を上げる。

「妖花ちゃん!」

「ど、どうしたんですか!」

「あれ、あれ…」

上を指差す新道を見て上を見上げるもそこには何もいない。

「どうしたんですか?」

「いや、何かが勢いよく飛んで行ったのが見えたから」

「本当ですか!?きっと気のせいですよ」

妖花が笑みを浮かべながらいうと新道も「そうだよね」と言葉を返す。
しかし先ほどの家屋にあった不自然に埃がなかったり灰の匂いがあったりと何かがいるのではないかと思わせてくる。 

「天狗なんているわけない…」

妖花は下を向きながらぼそっと小声で呟く。新道がついてきているかどうか気になり後ろを向くと唖然とした表情で新道がこちらを向いている。

「どうかしたんですか?」

「よ、よよよよ、妖花ちゃん…後ろ…」

新道が尻餅をついたまま動かない。
何故か緊張が高まる。なんだろう…背筋が凍るようだ。まるで見えない得体の知れない何かに体を掴まれているようだ。

「う、後ろがどうかしたんですか?」

妖花が恐る恐る振り返る。

「き、きゃー!!!」

妖花は驚きのあまり声が出た。
無理もない。そこには化け物が立っていた。その名の通りの化け物。人間の世界にはいないであろう生物。普通に生きてきたならまず出会うことはないような恐ろしい存在。
その体は妖花の倍の大きさはあり、山伏装束やまぶししょうぞくを見に纏っており、体は猛禽類もうきんるいと似たような羽毛で覆われている。
そして右手に大きな錫杖しゃくじょうを持っていた。

鳥のような鋭い眼光。そして嘴。パソコンなどの画像で絵や石像などで見たことがある容姿だった。

「この妖怪は…」

その眼に見られ、妖花は動けなくなった。震えが止まらない。
ガクガクと震えているとその化け物はこちらに一歩一歩と近づいてくる。それに気づいて妖花も震える足を動かしながら一歩、一歩後ろに下がる。

「烏天狗…。ほ、本当にいたなんて…」

烏天狗、鴉天狗とも言われる妖怪だ。
妖花がインターネットで調べた内容とほとんど同じような格好をしている。
烏天狗には様々な言い伝えがあり、幼少の牛若丸に剣を教えたとも言われている。
昔からいたとされる妖怪。またも出逢ってしまった…。

「あっ………」

新道は驚きのあまり声が出ないようだった。
その2人の様子を見て鳥天狗が口を開いて威嚇する様に一言だけ喋った。

『人間か…!』

ビリビリと肌で感じとる。風も何も吹いていないのに何故か凄まじい風を受けた気持ちになった。2人は人間と同じ言葉を話したことに驚いたがその中で妖花はすぐに冷静さを取り戻した。

「先輩!」

鳥天狗の声を無視して妖花は新道に声をかけた。前に二度妖怪を目撃したことがある妖花にとってもう妖怪と出会うことはそれほど珍しいことではなかった。だがここまで大きな妖怪を見ること自体初めての経験だった。しかしここで動けなくなれば何かされると思い、震えが止まらない新道を起き上がらせる。

「先輩、疲れていると思いますけど走ってください!」

妖花は新道の手を引いて走り出した。
烏天狗と距離を離すため、そして逃げるため2人は走る。
整備されていない森の中で前を見て走る。
新道はまだ信じられないのか放心状態だったが走り出してから意識がこちらに向いたらしい。
私たちが走り出したことで烏天狗が動き始めた音が聞こえた。

「よ、妖花ちゃん!ありがとう、私を起こしてくれて」

「はい、それよりも後ろは絶対振り向かないでください!恐怖でまた足が動かなくなります!!」

「う、うん!」

2人は必死に走った。新道にはそう言ったがやはりどれだけ離せたのか気になり、後ろを振り向いた時、錫杖が目の前にあった。

「あっ…」

鈍い音が響いた。

「うぅ…」

「きゃっ!」

妖花の体に鳥天狗の持っていた錫杖が直撃する。2人は勢いよく木にぶつかり新道の上に妖花が覆いかぶさった。
新道は軽い怪我ですぐに起き上がったものの妖花の方を見ると妖花はぐったりとしていた。

「妖花ちゃん!しっかりして!」

「うぅ…」

どうやら新道のバッグを背負っていたためそれがクッションとなり衝撃を抑えてくれたようだ。

「平気!?」

「意識はあります…でも衝撃で頭がくらくらします…」

鳥天狗は2人の前に立ち尽くしている。

『人間の里にはここ数年身を出していないから久しいな。人間とこんなところで会うとは』

「あぁ…」

鳥天狗がこちらに手を伸ばす。
捕まってはまずい。

「これでもくらえー!」

新道が何かを鳥天狗に向かって投げた。

『何をする…!』

新道が投げたのは土だった。土が目に入ったのか痛みに声を上げる鳥天狗を他所に2人は走り出した。

「立って!走ろう」

「は、はい」

今度は新道が妖花の手を引いて走る。妖花は衝撃で頭痛がひどいが新道もまた木にぶつかった衝撃で手にあざができていた。

「せ、先輩…」

「どうしたの、今は走るしか…」

「さっきはありがとうございます」

「えぇ、どういたしまして!これで借りは返したかな?」

そう言いながら2人は走る。
天狗は痛みが引いてきたのか2人を鬼の形相で追いかけてきた。

『くっ…人間風情が…』

後ろを振り返ると木々が邪魔なのか動きが制限され少し遅い。
これなら距離を取れる。そう思った時だった。

『邪魔な木だ』

鳥天狗が翼を動かして空を飛んだ。黒いカラスのような翼が羽ばたきその風が妖花達にも吹き付ける。

「妖花ちゃん!」

宙をまう鳥天狗はこちらに目標を定めている。それを見て2人の顔は見る見るうちに真っ青に変わる。

「空を飛んでる!これでは立地が活かせません」

鳥天狗は持っていた錫杖をしまい、両手を前に突き出した。

「な、何かきます!頭を伏せて!」

危機管理能力が働き、妖花は新道と共に頭を伏せた。
すると大きな音が鳴った。風を切るような音。その風圧に2人は顔を上げることができない。

「すごい風。一体何が起こってるの!?」

「分かりません!でも何かが起こったのかは確かです!」

風が止むと同時にまた大きな音が鳴り、2人はようやく顔を上げた。

「あぁ…!なにこれ…」

「これは…」

2人の周りにあった木々が全て綺麗に切り倒されていた。
丸太の木目がはっきりと見えている。ギリギリのところで2人は倒れた木の下敷きにならずに済んでいた。

「まさか、あの烏天狗が!」

2人は顔を上げて空を見上げる。
烏天狗がこちらを余裕の表情で見ていることがわかった。

「なんて切れ味なの…」

妖花達は一体なにをされたのか分からなかった。切られた木を見る限りとても切れ味の良い刃物で一気に切られていることが見て分かる。

「妖花ちゃん、あいつがくる前に早く」

木が倒されたことでこちらの状況は丸見えですぐに居場所が特定されてしまう。
2人は急いでそこから離れようとしたがそれはできなかった。

「木が邪魔で身動きが取れないわ」

倒れてきた木々は何本も不規則に積まれており、移動しようにもできない。

「こっちです!」

妖花は持ち前の運動神経で木によじ登り、新道に手を差し伸べる。

「ありがとう」

2人はそうやって木を跨いでいく。
それを見ていた烏天狗がこちらに降り立った。

『お前ら、終わりだ。逃げても無駄だ』

2人の前に立ち塞がった烏天狗がこちらにそう投げかける。妖花はそれを聞いて烏天狗に向けてこう言う。

「うるさい。何故私達を狙うの?確かに妖怪にとって"見つかる"と言うことは避けたいはずだけれどあなたは見つかりたいと思わせるようにしていたじゃない」

『少し違うな、人間。私は逃げ隠れしない、見つかるを避ける?そんなことするはずないだろう』

「な、なら何故貴方達は姿を見せない!見つかるのを避けているとしか思えないじゃないの!」

『人間が勝手にそう思っているだけで私は隠れてなどおらんわ。こちらにも事情があるのだ、それがなければすぐに里に降りる』

「じ、事情?」

新道がそう呟く。

『そうだ。私達天狗にも掟がある、死ぬまで繋がれた錠だ』

繋がれた錠か。それは一体なんなのだろうか。

『お前らはここで死ね。もう3年は人を殺してないからな』

「そう。でも私はここで死ぬわけにはいかない。それは理由があるから、あなたと同じく理由があるから!」

そう言うと同時に妖花の腹に錫杖を突かれた。妖花は吹き飛ばされ木に衝突する。

「ぐはっ」

妖花は倒れ込んだ。そして口から血を吐いている。

「よ、妖花ちゃん!」

『黙れ。人間の話など聞いてられるか』

すると烏天狗は急に頭を押さえて血眼になり、新道を睨みつける。

『やはり駄目だ。人間を見ると無性に殺したくなる、これは己の性なのか!?』

「あ、あぁぁぁぁ。だ、誰か、誰か助けて…」

新道は恐れ、動けなくなる。
次は私だ。次は私だ。次は私だ。次は私だ。

「う、動いて、私の足!」

『次はお前だ、苦しんで死ぬといい』

妖花は遠のいていきそうな意識の中、意識を覚醒させ。目をこじ開けて前を見る。
そこには今にも襲いかかりそうな烏天狗とそれに恐れ慄く新道。

「せ、先輩…逃げ、ぐはっ…」

妖花は吐血する。今の自分には何もできない。痛みがひどい、死ぬほど痛い。鍛えたからといって耐えられるわけがない。全身が痛む。
自分にはできることがないのは確かだ。先ほどの突きで私の体は完全に動かなくなっていた。

「先輩…」

口だけを動かす。それしか自分のできることがないから。

『ここで死ね、泣き叫ぶ間も無く殺してやる』

「よ、妖花ちゃん…だ、誰か…誰か助け…」

烏天狗が新道に向けて錫杖を突き刺そうとする。

「先輩…先輩、先輩!」

その声と混じる鈍い音が鳴った。

『チッ』

「よ、よかった…」

ギリギリのところでなぜか新道は烏天狗の突きを喰らわずに済んだらしい。しかし、何故かびくともしない。そこに倒れ込んでいる。

「先輩、どうしたんですか!」

『運のいい奴め。意識を失ってギリギリのところで交わすとはな』

ついているのかついていないのか。ここで意識を失うなんて次また同じようにされたら次こそは先輩が…

妖花は必死に体を動かそうとする。しかし体はびくともしない。

『動かそうとしても無駄だ。お前の動きは一時的に封じてある。先ほどの突きでな』

「な、なにこれ…」

身体中が痺れる。全ての器官が麻痺したように思える。
まずい…口も痺れて声が出なくなった。身体は悲鳴を上げ、動こうにも動けない。
これでは先輩を救えない。いや、動けたとしても救えるはずがない。圧倒的な力。これが本当に恐ろしい妖怪の力なのか…

このままでは殺されてしまう。なんとしてでも動け、私!

『死ね。そこのお前もあとで殺してやる』

烏天狗が錫杖で突き刺そうとしたその時だった。

『なんだ。何が起こった!?ま、まさか…』

一瞬、強い風が吹き付ける。それを感じたのは烏天狗も同じだった。
それと同時に痺れが少しずつ収まっていく。

「な、何…」

ようやく声を出せるようにはなったがまだ身体は自由ではない。
妖花は上を見上げると一瞬何かが飛行した気がした。その影は大きな鳥のような形だった。
それを見て何だろうと考えていると目の前にいた鳥天狗がガタガタと震えている。

『よもやここまで迫っていたか…運が悪いのは私のようだな』

何を言っているのだろうか。
それよりもまず動け、私の身体!
心で思ったところでどうにもできない。烏天狗が言っていた通りだ。錫杖で突かれたことで私の身体は一ミリも動かない。
唯一動かせるのは口だけ。

「せ、先輩…」

『ここにいてはまずい。見つかればどうなるのか…仕方がない、命拾いしたな人間たちよ』

そう言い残して私と新道を置いて烏天狗はその場を足しさった。

そのあとすぐに烏天狗を追うようにまた大きな影が妖花達を追い越して行くのだった。



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