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11.グランドの憂鬱

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「はぁ……嫌だな。ねぇマリル…一緒に来てよ」

アーロン様は二人になると最近毎回そうお願いしてきた。

「アーロン様、何度も言いますがそれは無理です。私は庶民中の庶民の生まれなんですよ。貴族のお茶会に行けるわけありません」

「でも俺、マリルがいないと不安なんだ」

ウルっとした顔で私の顔をじっと見つめる。

「うっ……」

本当に私のご主人様は見た目が良くてムカつく。
そんな可愛い顔でお願いされると中々嫌と言えなくなるのだ。

それをアーロン様はきっとわかってやってると思う!

「そ、そんな顔しても今回は無理です!」

私は話は終わりと部屋を飛び出した。
すると入れ違いにグランドさんがアーロン様の部屋へと訪れた。

「マリルさんどちらに?」

「あっ、アーロン様の服を洗ってきます」

私が服を見せるとグランドさんが苦笑いをした。

「マリルさん、もうお世話係はいいと言ったじゃないですか」

「でも……じゃなきゃ私がここにいる意味が……」

「マリルさんは昇級したのです!お世話係は卒業、今はアーロン様の側近としてそばにいてくれればいいのですよ」

グランドさんからそう言われるが私みたいな庶民が側近などとしてそばに居たらアーロン様の名前に傷がついてしまう。

アーロン様なら今のお姿を見れば令嬢でもお姫様でも一目惚れしてしまうほどかっこよかった。

アーロン様は侯爵家の長男。いつかは身分の高い同じような貴族の娘と婚約するのだ。

その時私はアーロン様の隣で笑えるだろうか……

いや、笑って祝福しなければならない!

私はニコッと笑ってグランドさんを見上げる。

「私はお世話係が似合ってますから」

ペコッと頭を下げて洗い場へと向かった。




その姿にグランドはため息をついた。

あの子マリルがこの屋敷に来てから全てが変わった。

あの日の事をグランドは決して忘れることはないだろう。

あの日いい天気だと言うのに心は晴れなかった。

アーロン坊っちゃまの主治医のラジェット先生からの紹介で新しい使用人を雇うことになっていた。

坊っちゃまの使用人はコレで何人目だろう。
何度も使用人を雇ったが誰一人として坊っちゃまの姿に恐怖して長続きしなかった。

坊っちゃまの姿はそれは痛々しく、生まれた時から皮膚が爛れていた。
坊っちゃまを取り上げた産婆は坊っちゃまの姿を見るなり腰を抜かした。

赤子の坊っちゃまの皮膚は触れると布に血が着くほど荒れていた。
痛みに坊っちゃまは泣き続け、泣き止んでいる時は疲れはてた時だけだった。

傷つけないようにと何枚も布で巻くが酷くなるばかり……坊っちゃまを産んだ奥様はその姿に自分を責めて泣く日々が続いた。

物心つくと坊っちゃまは人前に出るのを嫌がり部屋へとこもるようになる。

そして死のうとしていた所を私が助け、このままでは良くないと隔離して人目から一切見えないようにしたのだった。

それが正しい選択でなかったのは明らかだ、坊っちゃまはその後も使用人達から気味悪がられる度に傷つき、さらに深く心の殻に篭ってしまった。

しまいには私やずっと赤子の頃から世話をしていたマリエルにも会うのを嫌がるようになってしまった。

しかし世話をしない訳にもいかずまた懲りずに使用人を雇ってしまった。

そこに来たのは坊っちゃまよりも幼い子供だった。

こんな子に世話が出来るのかと話をしてみれば見た目とは違い大人のような言葉使いにしっかりとした受け答えに対応だった。

注意事項を言えば瞬時に理解する姿にこの娘なら坊っちゃまの姿を見ても我慢出来るかもしれないと思った。

しかし坊っちゃまはその姿を見られないようにと相変わらず閉じこもっている。

姿を見なければ世話もできるだろうと思って任せたら数日後には坊っちゃまの様子が変わっていた。

あんなにカーテンを開けることを嫌がり人前に頑なに出なかった坊っちゃまは久しぶりにその姿を見せてくれた。

相変わらず痛々しいお姿だったが昔のように穏やかな表情に見えた。

坊っちゃまの中でなにか肩の力が抜けたのだろう、そしてそれをしたのがこのマリルだった。

マリルによれば生活を変えれば良くなるといい、自分も昔同じような症状だったことがあると言った。

その話は信じがたかったが、生活を変えていくと坊っちゃまの様子がみるみる良くなるのは明らかだった。

まずは痒みが治まったらしい。

それがどんなに嬉しかった事か……毎夜痒みにうなされて起きるアーロン様をなだめ、何も出来ない自分を責め朝起きると痒みに耐えきれず掻きむしった後に染みる薬を塗る時の情けなさ。

泣きじゃくる幼く小さな背中に宥める言葉は見つからず……

そんな日々を考えるとそれは奇跡だった。

しかもただただ、身を清潔にして風通しを良くして食事を変えただけ……医者にも治せなかった病をあの小さな少女が治してしまったのだ。
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