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第十五話「暴走」
しおりを挟む成功直後のアクシデント。
成功確率のとても低い魔法陣を見事起動させ、その後に発生確率の極めて低い暴走を引き起こす。
このパターン、どう考えてもアレだ。
俺のギフトだ。
今回初めて成功したというこの魔法陣自体に問題があった可能性も考えられなくもないのだが、おそらくそれはないだろう。
少なくとも一度は成功していたのだ。成功したその後に問題が起きたのであれば、きっとその時に何かが起きたのだ。
こういうケースは珍しくない。
よくある事だ。俺にとっては。
だったら俺が後始末せねばなるまい。
自分のケツは自分で拭かないと。
「エミィ、そこから離れて」
「ご主人シャ……ま」
俺の中にエミィの魔力が流れ込んでくるのがわかる。
すでにエミィの魔力のほとんどを持って行ってしまっているらしく、返事をするのがやっとという感じだ。
もう、体を動かすだけの力は残ってなさそうだ。
「魔力切れか。仕方がない」
そう言って俺はエミィの方に手を伸ばし、今にも意識を刈り取られそうになっている彼女の右手をしっかり掴み、ぐいっと魔法陣の中へと引き寄せた。
「え……?」
魔法陣の中に差し込まれていたエミィの右手をやや強引気味に引っ張り、そのまま逆の手をエミィの背中に回して、抱っこをするような形で俺の胸に抱き寄せた。
「ご主人……シャま?」
「喋らなくていい。とりあえず俺の魔力でもチューチュー吸っとけ」
「チューチュー?」
「ああ、妖精さんならそれくらい出来るだろ。吸い方は任せる」
出来るよね、妖精だし。いや、元妖精族か。
でも、妖精王の末裔とか言ってた気もするし、なんとか頑張っていただきたい。
「チューチュー……」
小声で何か言っているみたいだが、どうやらさっきよりは落ち着いたようだ。
勢いでエミィを魔法陣の中に引き込んでしまったが、明らかに魔力が枯渇寸前だったので仕方がない。
魔力が空っぽになるのはとても危険だ。
体力(HP)が0になると肉体が死んでしまうように、魔力(MP)が0になると精神が死んでしまう。
普段はリミッターが機能して命に関わるところまでは行かないが、強引に吸収されている今はまずい。マリンと同じ状態だ。
今までの話の感じからして、魔力操作は出来るっぽいし、とりあえず今は俺の魔力でなんとかしてもらうしかない。
それで、とりあえずは大丈夫だろう。
さて、あとはこの暴走しているらしい魔法陣を何とかしなくちゃいけないわけだが。
この魔法陣、最外周に結界のようなものが形成されていて、中にいる俺やエミィが出られないようになっていた。
「なぁ、エミィ。弱っているところ悪いけど一つ聞いてもいいか?」
「はい。大丈夫でシュ。もうだいぶ楽になったのでシュ。チューチューは凄いのでシュ」
ちょっと顔が赤いような気もするが、たしかに元気になったようだ。
さっきから俺の首筋をカプカプと甘噛みしていたのは魔力を吸っていたのか。
妖精族のくせに吸血鬼みたいな吸い方するんだな。
あ、俺がチューチューとか言ったからか?
「そうか。なら聞くけど、この魔法陣での儀式自体は、もう終わってるんだよな?」
「あ、はい。この奴隷契約の儀式自体は成功していまシュ。すでにエミィはご主人シャまの奴隷でシュ」
「奴隷ねぇ」
まあいい、済んでいるならもうこの魔法陣には用は無いだろう。
壊しちゃっても良いよね。
「ただ、今は魔法陣から出られなくなっていまシュ。しばらくは身動きが取れないのでシュ」
「壊せないのか?」
「無理でシュ。ご主人シャまとエミィはこの魔法陣とリンクされている状態なのでシュ」
「ふむ」
魔法陣の破壊は自身の破壊と同義だという事だろうか。
試しに結界を軽くノックする様に叩いて見ると、同じだけの衝撃が俺とエミィに伝わって来た。なんと面倒な。
「ご主人シャまの魔力と、エミィの魔力…というか魔法陣が異常な共鳴を起こしているみたいでシュ。普通はこんな事、起こるはずがないのでシュが……」
「なんだ、相性が良すぎたって事か?」
「そ、そうなんでシュか?」
いや、俺に聞かれても。
聞いてるの俺なんだけど。
まあ、エミィにもわからないって事だろう。
先程、エミィは共鳴と言った。
俺の魔力と魔法陣の魔力が共鳴していると。
なら、この結界を物理的に壊せない以上、儀式的に壊すしかない。
「エミィ、ちょっと辛抱しててくれよ」
「ハイ?」
俺は、エミィを抱き抱えている片腕に先程よりも強く力を込め、小さな身体を抱き締めて自身の体と密着させた。
「え、ご主人シャま!?」
そのまま俺は数歩歩いて魔法陣の外周近くへと移動した。
そして、床に描かれた魔力の跡の文字列や模様の上に、エミィを抱えているのとは逆の方の手を置き、一度大きく深呼吸をした。
そして、魔法陣の魔力を一気に吸い上げた。
「きやっ?!」
俺が魔法陣から魔力を吸い取るとエミィは驚いて声をあげた。
魔法陣の魔力の供給元はエミィだ。
魔法陣そのものに干渉すれば、やはりエミィも影響を受けるようだ。
構わず俺は魔力を吸い上げる。
魔法陣の魔力を、エミィごと。
「ご、ご主人シャま?」
さっき覚えたばかりの魔力操作で魔法陣の魔力を吸い上げる。
この魔法陣はエミィの魔力で描かれている。
普通なら無理なんだろうが、同じエミィの魔力を纏っている俺ならば、魔法陣を壊さずに魔法陣の魔力だけを吸い上げる事は可能だ。
そしてその吸い上げた魔力を身に纏わせ、胸に抱いているエミィに取り込ませる。
最初は一度の魔力操作で吸引と放出を同時にするのがなかなか難しかったが、吸引と放出ではなく、ただの魔力の移動だと考えればすんなりと出来るようになった。
しばらくすると、魔法陣からは青白い光は消え、魔法陣の中の赤い霧のようなものも消えていた。
ゆっくりと魔法陣の外に手を伸ばしてみると、結界に阻まれることもなく、魔法陣の外に出ることが出来た。
「ご主人シャまはとんでもない人でシュ」
「おいおい、ひどい言い様だな」
「いえ、そうではなく」
エミィは真っ直ぐこちらを見ながら真面目な顔で言う。
俺もエミィの顔を見ながら答えるが、まだエミィを抱っこしている状態なので、二人の顔はとても近く、お互いの鼻の頭がくっつきそうな勢いだ。
そんな状況に気づいているのかいないのか、エミィはそのまま言葉を続ける。
「魔法陣を魔法陣ごと吸収するとか初めて見たのでシュ」
「まあ、魔力を吸っただけだけどな」
「それが一番あり得ないのでシュが……」
ふむ、普通は自分以外の魔力を吸ったりは出来ないのか。
魔力操作とは自分の魔力を操作するものであって、他人の魔力をどうこう出来るものじゃないと。なるほど。そりゃそうか。
今回は魔法陣のよくわからない作用でエミィの魔力が俺の中に入って来たから、エミィの魔力を操作出来たって事になるのかな。
それとも、奴隷契約の恩恵とか?
「まあ、たまたま運が良かっただけだよ。それに、そのおかげで魔法陣の暴走もなんとかなったわけだし」
「運が良ければそもそもこんな事態になってないのでシュが……それに……」
文字通り目と鼻の先にあるエミィの顔が、俺を見つめたままどんどんと難しい顔になっていく。
「ギフトカードを見せてもらえまシュか」
「ギフトカードを?」
唐突だな。
まあいいけど。奴隷の項目とかあったっけ?
俺はエミィを抱き抱えたままその場に座り込み、腰の小袋からギフトカードを取り出して見せた。
名前:サフィア・フリージア
年齢:19歳
性別:男
種族:人族
レベル:14
称号:遊星の寵児
所属:イヴニール王国ライラック男爵家
スキル:強運/治癒魔術/才能模擬/順応消去/契約魔術
体力:270
魔力:260
腕力:21
耐久:18
俊敏:20
精神:14
知能:16
運:999
奴隷の項目とかはなかったが、『契約魔術』というスキルが増えていた。
あと、レベルも一つ上がっていた。
「やっぱりなのでシュ」
「何が?」
「魔力と一緒に、魔法陣の術式ごと吸収したみたいでシュ」
「ほう」
「先天性のギフトスキルを後から習得するとか、こんなの聞いたことないのでシュ。あり得ないのでシュ」
「そうか」
お互いに微妙な温度差を感じながらも、それを口に出す事はなく、お互いに真剣な表情で見つめ合っていた。
おそらく、肉体的にも精神的にも疲弊が激しく、思考回路が停止している状態なのだろう。
それからも二人はただ黙ったまま、共に微妙な表情を浮かべ、ただジッと見つめ合っていた。
「顔、近過ぎるわよね?」
でた、マリンだ。
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