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第80話 マチルダvsカラミティ

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「喜べ、カラミティ。私はまだ……立っているぞ」

 私はカラミティの魔力弾から何とかバッツを護り切り、自分自身も大きなダメージを受けることなく、砂煙の晴れた爆轟の中心地点で、カラミティの方を睨みつけながらそう言い放った。

 そんな私の視線を受けて、カラミティは眉をひそめる。
 そして、私に詰問するようにこちらに声をかけて来た。

「どう言う事だ。今の攻撃はお前程度が一人で受け切れるものではなかったはずだが」
「ああ。実は私が一番驚いている。さすがに今のはいろいろと覚悟したからな」
「ふむ……」

 私の言葉にカラミティは疑念の表情を浮かべながらも、それ以上は何も聞いてこなかった。

 もちろん、私の言葉に嘘はない。
 この結果に一番驚いているのは、当の本人である私自身に他ならない。

 カラミティの言う通り、あの攻撃は本来ならばとても私程度でどうにか出来るようなものではない。
 だが実際、私は真正面からあの攻撃を受け止め、そして倒れることなくこうやって立っている。
 ただ、私には、こうなった原因にいくつかの心当たりがあった。

 まずはこの盾。黒殻の盾。
 この盾はあのカラミティの魔力弾を見事に最後まで受け切って見せたが、本来はそこまでの性能は有していない。
 しかし、この盾は実際に最後まであの攻撃を受け、そして耐え切った。
 普通に考えて、とてもあり得ない事だ。
 しかも、どう見ても耐久値はとっくに0を切っているはずなのに、未だに欠けも砕けもせず、依然、形を保っている。
 それはもっとあり得ないことなのだが、しかし、思い返せばこれを作ったのはあのエトだ。
 あの“歩く非常識“のエトが作った盾と考えれば、それだけでこの結果も不思議とあり得なくないかもしれないと思えてしまう。

 そしてこの剣。黒殻の剣。
 これも盾同様にエトの作ったものだが、そもそも、この剣をエトに作ってもらったのには理由があった。
 この剣は、あの鉱山でエトと知り合った当初、エトから借りた業物の剣によって私の腕が武器食いされてしまったのがきっかけだ。
 そんな私に気を使ったのか、エトがわざわざ私のために、私のランクに合わせて作ってくれたのがこの黒殻の剣。
 言わば、私専用の特注武器だ。

 と言う事は、私はあの鉱山でのほとんどの時間を、サフィアやガルカン達と共闘していたあの時も、私はずっと腕を喰われていた状態で、ずっと全力を出せていなかったと言う事になる。

 そしてあれから数日経った今日。
 予想よりも少し早い気もするが、だがタイミング的には私の腕の武器食いがそろそろ完治していてもおかしくはない頃合いだ。
 今日はやけに自分の動きが軽いと思っていたが、もしそれが理由だったとすれば、いろいろな全てに一応の辻褄が合う。

 おそらくは武器喰いによって力に制限を課された状態の私が、鉱山での命がけのギリギリの戦闘を経た結果、通常を遥かに超える経験値を手に入れて私のレベルを大きく引き上げたと言う事だろう。
 とはいえ、まさかこれ程とは思わなかったが。

 とにかく、今ので自分の本当の力の使い方を理解した。
 先程まではあまり実感していなかったが、なるほど。

 これがランクA冒険者の力か。

「悪いな、カラミティ。どうやら新しい力を手に入れたのは、お前だけじゃなかったようだ」
「ほう、今の魔力弾を耐えた程度で、ずいぶん大きく出るじゃないか。……あまり調子に乗るなよ」

 カラミティはそう言って真っ直ぐこちらを睨みつけ、左腕の剣を私に向けて突き出した。
 そして、その左腕を剣から通常の腕の形に姿を戻すと、そこからとても威圧感の感じられる魔力のオーラを、その左腕の周囲に放ち始めた。 

「その左腕は……」
「悪いな。この力は使わないでいてやると言っていたが、気が変わった。お前がなぜ急に強くなったのかは知らんが、この力を試すには、お前はちょうど良さそうだ」

 カラミティは少し笑みを浮かべながら、突き出した左腕に一気に魔力を込め始める。
 どうやら、本当に左腕の魔王の力を使うようだ。
 見ただけでわかる。あれはヤバい。

「おいバッツ!!今すぐ逃げろ!!お前がいては戦いにくい!!反論は無しだ!!すぐに行け!!」
「わ、わかった!」

 その直後、カラミティは私の方に向けられていたその腕を、一瞬でバッツの方へと向け直すした。

「フンッ、逃がすわけがないだろう。ならばお前から先に殺す」
「させるか!!」

 カラミティがバッツの方へと意識を向けたその刹那、私は地面を瞬間的に強く踏み込み、まるで弾丸のような勢いで、一瞬の間にカラミティの目前まで縮地する。

「なっ?!」
「この際、私の全力の攻撃も、お前で試させてもらうぞ!!」

 私は大声でそう叫び、全力で飛び込んだ勢いそのまま、構えていた右手の剣を叩き付ける。
 しかし、カラミティは突然の私の攻撃に驚きつつも、咄嗟に両腕を体の前で交差させ、振り下ろされた私の剣を瞬時の反応で受け止める。

「ほう、凄いじゃないか。まさかここまでとは驚いた。この攻撃の速度も、先程の魔力弾を防ぎ切った力も、鉱山の時とはまるで別人のようだ。お前……一体何をした?」

 カラミティは交差させた右腕の剣と左腕の魔王の腕で私の攻撃を受け止めながら、ギロリと睨み付けながら聞いて来た。

 正直何をしたと言われても、これに一番驚いているのはむしろ私の方だ。
 相当レベルが上がったとは思っていたが、まさかこれ程だったとは。
 もしかすると今のこの私なら、サフィアやガルカンと肩を並べられるかもしれない。
 まあ、サフィアやガルカンと並んだところで、この状況を何とか出来なければまったく意味はないのだが。
 
「さあな。むしろ私が聞きたいくらいだ。だが、死線をくぐり抜けた冒険者が一回りも二回りも強くなって覚醒するとか、わりとお決まりの展開ではないか。とりあえず今は、それで手を打っておけばいいんじゃないか」
「……そうか。あくまでシラを切るつもりか。まあいいだろう」

 カラミティはそう言うと、両腕で受け止めた私の剣を強く押し返すように跳ね返し、そのまま右腕の剣を素早く振り上げる。
 その瞬間、まるで金属音のようなとても甲高い金切り音と共に、カラミティの右腕から鋭い威力の斬撃が繰り出された。

「はあっ!」

 それに対して私は咄嗟に後ろに飛び跳ね、その攻撃を回避する。

 このカラミティの攻撃は、大体予想出来ていた。
 私の剣をああもガッチリ受け止められた時点で、その後の展開のパターンは多くない。
 だから当然来るだろうと予想していた攻撃に、焦ることなくすぐに反応できた。

 だがしかし。

「くそ、これ程か……」

 私は頬を伝う赤い血を、手の甲で拭いながらそう呟く。

 なんだ、今の斬撃の威力は。
 まるで空間ごと切り裂いてしまいそうな程の、今まで見たこともないような速さの斬撃だった。
 おそらくサフィアの斬撃よりも数段速い。

 私はそのまま再度後方へと地面を蹴って飛び跳ねて、先程までバッツのいたクレーターのある場所まで一旦離れて距離を取った。

 そして素早くあたりを見回し、バッツの姿がない事を確認する。
 どうやらちゃんと逃げ出せたようだ。

 とりあえずこれで私の動きに制限はなくなった。
 あとは、バッツが無事に外に出られるまで、時間をもう少し稼ぐだけだ。
 あの斬撃の威力と速さには驚いたが、カラミティ自身の動き自体はそれほどでもない。
 おそらく今の私なら十分対処できるだろう。
 まあ、出来なくても無理でもやるしかないのだが。

 そんな思考を瞬時に頭で巡らせ、視線をすぐさまカラミティの方へと戻すと、そこで私は、目を丸くして動きを止めた。

「!?!?」

 私の視線の先に居たカラミティは、右腕には黒い神剣、そして左腕には、付け根の辺りから大きな竜の首が生えており、その竜の首は禍々しい魔力のオーラを纏っていた。
 その竜の首の先端には竜の頭がついており、そして、それはまっすぐこちらに向いていた。

「な、なんだ?!……!!」

 思わずそんな言葉を溢した瞬間、私に突然悪寒が走り、反射的に地面を強く蹴り飛ばした。
 そして、そのまま横跳びをするように瞬時にその場から退避した。

 ――ドン!!!!

 その直後、低く籠った鈍い音が鳴ったと同時に、先程まで私のいた場所の地面が、ぽっかりとくり抜かれたように消失していた。

 はぁ??

「ほう、勘のいい奴だ。この魔王ヨルの能力、”悪食”をよく避けたな」
「悪食……」

 このカラミティの扱う魔王ヨルの能力、『悪食』は、一見、衝撃波にも似たような放出系の技のようだが、その実はやはり規格外のとんでもない能力のようだ。
 その放出速度もさることながら、あの技は伝承に残る魔王ヨルの能力通り、目に映るものを全て喰らい、飲み込むように、そこにあった岩肌の堅い地面を、大きくごっそりくり抜くように、”消失”させてしまっていたのだ。

 壊したのでも溶かしたのでもない、”消失”させたのだ。
 要は、あの悪食は剣で斬ることも盾で防ぐこともかなわない。
 触れた瞬間、その装備ごと持っていかれてしまうと言う事だ。
 消えたものがどこに行くのかは知らないが。

「どうした。先程までの威勢はどこへ行った」
「……安心しろ。少し驚きはしたが……問題ない。想定内だ」
「そうか。まあ、そう言う事にしておいてやろう」

 もちろん、私の言葉はハッタリだ。
 いや、ただの強がりと言っていい。
 正直、あんなトンデモ能力を出されては、私に勝ちの目などありはしない。

 だが、諦めてしまってはそこで終わりだ。
 諦めたその瞬間、カラミティは私から興味を失い、あの左腕の力『悪食』で私を一瞬で消し去ってしまうだろう。
 しかし、幸いと言うか何と言うか、やはり残念と言うべきか、
 最近の私はこういう非常識やら無茶苦茶、デタラメといった事には、不本意ながらだいぶ免疫が出来てきている。
 あの悪食と言う技の壊れ具合と意味不明さには正直かなり驚きはしたが、しかし、以前ほど動揺はしていない。
 むしろ、事前にカラミティの手の内が明らかになっただけ、まだましだと思えるくらいだ。

「少なくともバッツが外まで逃げ切るまでは、私はここを退くわけにはいかないのでな。せめて一矢報いるまでは付き合ってやるさ」
「ほう、これは重畳。ならいいだろう。まだ俺と本気でやり合うと言うのなら、あの冒険者の事は一旦見逃してやってもいい。お前の運命力は、思った以上に上質そうだ」

 運命力……。

 そう言えば、鉱山でのカラミティとエトとの会話で、カラミティは冒険者の運命力とやらを集めていると言っていた。
 その運命力とは冒険者の魂のようなもので、それを集める事で封印された何かを解放し、そしてその力を利用するとも言っていた。
 恐らく、その何かと言うのがカラミティの左腕にも取り込まれている、封印された魔王ヨルの身体の一部と言う事だろう。
 
 そしてその魔王ヨルの封印を解くのに必要な力が、かつて、魔王ヨルを倒した冒険者の運命力というわけか。
 まあ、ありそうと言えばありそうな話だ。

「なるほどな。まだ鉱山での企みは諦めていないと言うことか」
「まあ、お前達のせいで当初の計画とは少し変わってしまったが。だが、むしろそのおかげで随分やりやすくなった」

 私の言葉にカラミティはそう答え、不適な笑みをこちらに向ける。

「……ならば、尚更お前の思い通りにさせる訳には行かないな」

 結局カラミティの企みがどう言うものなのかはわからないままだが、間違いなくロクでもない事だと言う事は確かだろう。
 そんな奴の企みに、私の魂を使われるなんてまっぴらごめんだ。

「ではこちらから行くぞ、カラミティ」
「なんだ、随分とやる気じゃないか。まあ、どこからでも来るがいい」

 私の戦闘スタイルとして、自分から攻撃を仕掛けて行くという事はあまりしないが、今のカラミティに対しては話は別だ。
 恐らくあの技には、射程距離や発射速度の縛りがない。
 先程はたまたま運良く回避はできたが、今の私に、あの技を再度回避できる自信はない。
 
 であれば、今の私が取れる戦法としては、極力接近戦に持ち込んで、あの悪食を撃つタイミングを全て潰していくしかない。
 
「はぁっ!!」

 私は力強く地面を蹴り、縮地で一気にカラミティとの距離を詰めると、後ろで構えた右手の剣を素早く振り抜き、威力よりも速度重視の薙ぎの攻撃でカラミティの腹部めがけて真一文字に振り放つ。

 しかし、カラミティは瞬時に反応し、一歩下がって私の攻撃を紙一重で回避すると、そのまま後ろにもう一歩後退し、同時に竜の左腕を私に向けて突き出した。

「させるか!」

 そんなカラミティの動きを見て、私はクルリと左回りに回転しながら距離を詰め、裏拳を当てる要領で盾で竜の左腕を弾き上げる。
 そしてそのままカラミティの懐に潜り込み、今度は右手の剣で突きの攻撃を撃ち放つ。
 が、カラミティは身体を素早く横に捻り、その突きの攻撃をひらりと躱すと、すぐさま右腕の神剣を上に振り上げ、まっすぐ下へと振り下ろした。

 甲高い金切り音と共に振り下ろされたその剣を、私は瞬時に盾で防ぎ、このままカウンターに持ち込もうとするが、その瞬間、全身に激しい痛みが襲ってきた。

「ガ、ガハッ!!」

 突然の激痛に私は思わず踏みとどまり、視線を自分の身体の周りに向けると、カラミティの斬撃を受けた盾は二つに割れ、その盾を持っていた私の左腕の肘から先ごと、ボトリと地面に落ちていた。

「ぐ、ぐあああああっ!!!」

 そして、それを目の当たりにした瞬間、今度は私の胸部からはおびただしい赤い鮮血が溢れ出し、一気に体の力が抜けていった。
 もはや立っていることすらままならず、私は崩れるようにその場でよろめき、膝を着こうとしたその瞬間、追い打ちをかけるかのようにカラミティの放った蹴りを受けて、大きく後ろに吹き飛ばされた。

「ぐはぁっっっ!!」

 そして、地面を何度かバウンドしながら私は地面を転がり続け、最後に岩壁へ衝突した後、崩れ落ちるように顔から前へと倒れ込み、うつ伏せの状態で動きを止めた。

 倒れた私の身体からは多量の血液が流れだし、どんどん体の力が抜けていく。

 もはや意識も朦朧とする中、何とか顔を持ち上げると、視線の先にはカラミティの姿がそこにあった。

「悪いな。お前には何の恨みもないが、俺の為に死んでもらう」
「カ、カラミティ……」
「……」

 まるで何かを手繰り寄せようと、右手を伸ばして、かすれた弱々しい声でそう言う私に、カラミティは一瞬眉をピクリとさせるが、しかし表情は少しも変えず、ゆっくりと竜の左腕を私に向けて突き出した。

「――これで、終わりだ」

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