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第63話 トコのお願い(後編)

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 「おお!!なんかすっかり片付いてる!ゲラルドさんてば仕事が早い!!」

 井戸の階段を下り中に入ると、あれだけ散らかっていた部屋の中が、すっかり綺麗に片付いていた。

 私が内装工事をお願いしていた、ステラ商会専属の大工師、ゲラルドさんの仕業に違いない。
 まだ預かったままの大工道具の修理はできていないのに、さっそく作業に取り掛かってくれている。

 確かに、道具は直っても直らなくても構わないとは言ってだけど、その道具が戻ってくるもを待たずに、もう作業を始めてくれていると言う事は、流石に修理は難しいと思ってるんだろうな。
 こりゃ、どっちの修理も気合入れないとね。

 私はそんな事を思いながら、今は、神剣カラミティの修理に集中する。

「それじゃ、まずはこの神剣カラミティからだね」
「……エト」
「ん?なに?」

 私がいよいよ修理を始めようとしたそんな時、急にトコが不安げな表情をしながら声をかけてくる。
 修理が上手くいくのか心配なのだろうか。

「エト。いいの?」
「??いいのって何が?」
「直したら、もしかするとまたガベルが……」
「ん?……ああ、そゆこと」
「……ん」
「大丈夫でしょ」
「エト?」

 トコの言いたいことは大体わかる。
 このまま神剣カラミティを直しても、また鉱山の時みたいにカラミティが暴れ出して私に迷惑をかけるかもしれないって事だろう。
 もちろん、その可能性については初めからわかっていた。
 でも、色々と考えた結果、恐らく問題ないだろうと言う結論に達していた。

「まあ、もしそうなっても、トコが説得してくれるんでしょ」
「……出来るかはわからない。いつもはギルドランがやってくれてた。私はいつも見てただけ」
「大丈夫。トコなら出来るよ。家族で姉妹なんでしょ。何とかなるって。私だって、何度か兄貴と大喧嘩した事はあったけど、なんだかんだで結局どうにかなってたし。まあ、今の私はそんな喧嘩も出来ないんだけどね」
「……」
「せっかく、何百年ぶりに家族と会えたんでしょ?私も最後まで付き合ってあげるからさ。余計な事は考えずに、素直に話をしてみれば?最悪、その説得が上手くいかずにカラミティがまた暴れ出しても、その時は私には神刀もあるし、腕も直ったから、鉱山の時みたいにはならないよ」
「……ん」
「大丈夫。フォローはしてあげるから」
「ん。わかった」
「よし」

 やれやれ。
 普段はぶっきらぼうで毒舌ばっかりのトコが、急にしおらしくなっちゃって。
 まあ、トコの心配はもちろんわからなくはないけど。

 でも、実は私は、今回に関してはあまり危惧はしていない。

 そもそも、魔道具の擬人化した状態と言うのは、戦闘力は皆無のはず。
 カラミティは冒険者達から集めた運命力を使って、擬人化状態でも神剣の力を使えるようにしていたが、最初の方はギルドランを模した人形や、巨大な獣といった物を用意して、神剣状態の自分を“使用者“に使わせていた。

 そして、カラミティが今の今まで復活していないと言う事は、その集めた運命力は、もう残っていないはず。

 それに、カラミティの言っていた目的は、“この世の全てを終わらせる“と言う、だいぶ厨二病を拗らせた内容で、別にトコを嫌っているわけではない。

 それに、私が最初にカラミティと会って、トコの話をした時も、私がトコを利用している悪い奴だと思い込み、そんな私からトコを取り返そうとしている感じだった。

 その後も、カラミティは何度かトコに剣を向けた時はあったけど、どこか本気じゃなかったような気がする。

 目的の為に、いずれ手にかけるつもりではあったとしても、戦闘力皆無のトコよりも、私との戦いを優先させていた。
 それは、最後の最後まで、先送りにしたい。そんな感じに受け取れた。

 まあ、私がそう思いたいだけなのかもしれないけど。

「ありがと。エト」
「別にいいよ」

 もし、本当にカラミティが暴れ出しても、幸いこの地下工房なら周りに迷惑はかからないだろうし、今の私ならなんとかなるはず。
 とは言え、実際、もしここでカラミティが本気で暴れ出したら、私がやられることはないにしても、地下工房ごと破壊されて大惨事になってしまう可能性は十分ある。
 本来ならば、このままカラミティを粉々にして、息の根を止めてしまうのが正しいのだろうが、これだけトコと仲良くなってしまった私には、とてもそんな事をする気にはなれない。

 それに、どうせ粉々にしたところで、形のない魂まで壊すことはできないだろうだから、ガベルが星砕の槌から神剣に魂を移らせてカラミティとなったように、また別の道具を依代に復活してしまうかもしれない。
 だったら、ちゃんと話し合って、あわよくば停戦協定でも結んだほうが、よっぽど現実的だと言えなくもない。

「じゃ、始めるよ」
「ん」

 私の言葉にトコは短くそう答えると、大事そうに抱えていた二つに折れた神剣を、そっと私に渡して来た。
 それを私は、両手で受け取り、改めてその姿に目を凝らす。

 そこには、かなり希薄ではあるが、確かにカラミティの気配が感じられた。
 あの苛烈とも言える程の激しく圧のあった強い気配が、今は薄く、おだやかになっていた。
 それはまるで、この中に込められた魂が、孵化を待って眠っているかのようだった。

 この剣は、知性ある魔道具。
 インテリジェンスアイテム・神剣カラミティ。

 恐らく、普通の鍛治道具では、とても修理など出来ないだろう。
 しかし、今ここには覚醒した星砕の槌と、流星の金床がある。
 そして私は神級鍛治師。
 やって出来ないはずがない。

 ギルドランと言う名の天才鍛治師の、その所在と安否が不明な今、恐らく、このカラミティを直せるのは、世界で私ただ一人だ。


 そして、トコの願いを叶えられるのも。


 そんな決意を胸に、私は神剣カラミティの修理に取り掛かる。

「じゃあトコ、さっそくだけど金床の姿になって……るね」

 私が神剣からトコの方へと振り返ると、トコは既に金床の姿になって、万全の状態となっていた。

 ゴネてた割に、気が早い。
 何だかんだ言いながら、余程待ち遠しかったらしい。

 私はそんな事を思いながら、二つに折れた神剣カラミティを鈍色の金床の上へと、その断面を繋ぎ合わせるようにして置く。

「さて、まずは修理の前準備。ここでは、【再生の黒砂鉄】を少しだけ使わせてもらおう」

 使うのはほんの少しだけ。
 大工道具を直す為に使う分は、しっかりちゃんと残しておく。

 もともと、あの鉱山にはゲラルドさんの大工道具の修理素材を探しに行くのが目的だった。
 そこで手に入れたのが、この【再生の黒砂鉄】。
 キングスコーピオンが手に入れた、そこそこレアなドロップ品だ。

 キングスコーピオンは、カラミティの召喚していた古代の魔物。

 現状、そのキングスコーピオンを召喚していた張本人でるカラミティが、今こうなっている以上、再度の入手はとても難しそうなので、無駄遣いをする事は決して出来ない。

 本来、二つに折れた剣身をつなぎ合わせて修理すると言うのは、現実世界ではあり得ない。
 まだ原型を留めている大工道具ならばともかく、真っ二つに折れてしまった神剣を直すには、流石にこの再生の黒砂鉄がないと恐らくかなり難しい。

 もちろん、この黒砂鉄だけで直せる訳ではなく、むしろ、気休め程度の効果しかないかもしれないが、この修理の成功率を上げる為には必要な修理素材だ。

 この世界でのこの素材のドロップ率がどれほどのものかはわからないが、カラミティを倒す前にゲット出来ていて本当に良かった。
 神剣カラミティも、ゲラルドさんの大工道具も、どちらも直せないところだった。

 私はそんな事を考えながら、鈍色の金床の上に置かれた、神剣カラミティを見ながら、早速作業に取り掛かる。

「問題は、神剣に対してこの黒砂鉄が、どれだけ効果を出せるかだね」

 私はそんな事を呟きながら、神剣カラミティの剣身に、ひとつまみ分の再生の黒砂鉄を振りかける。
 すると、神剣カラミティは微かに輝き、その継ぎ目をゆっくりと塞いで行った。

「ふむ。なるほど。流石に神剣相手じゃ、効果が出るのは表面部分だけっぽいね。でも、これだけ戻れば大丈夫。たぶんいける」

 そんな確信を得た私は、神剣カラミティの表面部分の継ぎ目が完全に塞がったのを確認すると、右手に握った星砕きの槌に力を込め、大きく上に振り上げた。

「貴重な素材も使ったんだから、これで直ってくれなきゃ困るからね!」

 私が振り上げながらそう言うと、槌と金床からは眩いほどの青い光が解き放たれる。
 そして、私はそのまま、神剣カラミティの剣身目がけて、全力でその槌を振り下ろした。

 が、その瞬間。

「な!?ぐぐぐっ!!またこれ!!」

 槌と神剣との間で、激しい反発の力が発生した。
 鉱山での戦いの時にもあった、あの反発の衝撃だ。

「ぐうっ!!でも何のこれしき!!今回ばかりはこんな力に負けられない!!だって、トコに、お願いされたんだから!!」

 私がそう叫んだその瞬間、私の腕に刻まれていた謎の模様が突然赤く光り出し、それと同時に、今まで激しく反発していたその力が、まるで、つゆと消えるように突如として消失した。

 そして、

「いくよ!!——鍛治スキル【修繕】!!」

 私の振り下ろした青く輝く星砕の槌が、神剣カラミティを強く、激しく、打ち付けた。


 キーーーン


 その瞬間、かん高い金属音が鳴り響き、一瞬、辺りを白い光で埋め尽くした。

 そして、その光が消えた時。

 鈍色の金床の上には、とても不機嫌そうな顔で、胡座を描いて座っている、一人の少女の姿があった。

「おい、鍛治師。これは一体何のつもりだ」

 そんな少女の問いかけに、私はおどけてこう返す。

「そんなの、トコにお願いに決まってるじゃない」
「……ちっ」

 その少女、カラミティは、自分の座っている鈍色の金床に視線をやると、小さく一つ、舌打ちを溢した。






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