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第44話 切り札

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「サフィア!?!?!?」

 突然目の前に現れたのは、少し前に別れたはずの、あのサフィアだった。
 私はどうしてサフィアがこんな所に居るのか理解できず、驚きを隠せずに思わず問いかけた。
 
「妹さんは??街に戻ったんじゃ無いの!?」

 サフィアは妹の病気を治す為、私が渡したエリクサーを持って妹がいるソレントの街に戻ったはず。
 なのに、どうしてこんな所に??

「ああ。エトのおかげでマリンも息を吹き返したよ。今まで寝たきりだったのがまるで嘘の様にピンピンしてるぞ。凄いな、あれは。本当に感謝する」
「それは良かった。……ってそうじゃなくて!」

 取り敢えず、サファイアの妹さんはエリクサーで完全復活した様だ。
 正確には、底をつきかけていた魔力が回復しただけで、魔力欠乏症が治ったわけではないのだろうが、元気になったのならば、それはとても喜ばしいことではある。
 が、今私が聞きたいのはそう言うことでは無い。

「まあ、救援要請を受けてな」
「え?」
「俺のデバイスにマチルダから通話連絡が来た。お前がまたやらかしそうだから、用が済んだらすぐに来てくれってな」
「えぇぇ……」

 やらかしそうって、何よそれ。
 まあ、反論できるかと言われれば、出来ないのだけれども。

「ただ、『とても嫌な予感がする。エトが心配だ』とも言っていた」
「マチルダさん……」
「俺の状況を知っているはずのあの真面目女騎士が、お前の面倒事くらいでわざわざ呼び戻すとは思えない。だから速攻で飛んで来たのだが……まさかこんな事になっているとはな」
「……」

 思えば私は、いつも誰かに助けられている。
 最初のキングスコーピオン戦ではピンチをトコに助けられ、カラミティの戦いではガルカンとマチルダの援護で命拾いした。
 しかもそれは、エルヴィンの命懸けの行動のおかげだ。
 そして今度は、トコの体を張った一撃の防御と、マチルダの危機察知によるサフィアの救援。

 今度こそ、私一人でケリをつけなきゃ。

 私はそう心に決め、抱えていたトコをその場に寝かせると、ゆっくりと立ち上がり、カラミティを睨みつけた。

「ほう、まだやるつもりか」
「やるよ。ここまでしてもらって、後はよろしくってわけには行かないからね。私がちゃんと、やらなくちゃ」

 私は自分にそう言い聞かせるように宣言し、カラミティに向けて鋭い視線で睨みつける。

「フン、そんな理由か。やはり人間とは不合理な生き物だ。丸腰のお前に、今さら何が出来る」
「……武器ならまだある。とっておきのが」
「ほう?」

 私の言葉にカラミティは眉をピクリと動かし、私の挙動を静観する。

 覇斬の剣を失った今、残された私の武器は、3つだけ。
 一つ目は、魔力がないと使い物にならない、メッキの魔剣。
 二つ目は、本来は生産道具で、武器ですら無い、星砕の槌。
 そして最後の三つ目は、恐らくカラミティと同格の性能を持つ、私の造った最高傑作。神剣エターナルだ。
 これなら、同じ神剣であるカラミティにも撃ち負けないはず。
 問題は、私の左腕が武器喰いにどこまで耐えられるかと言う事だけだ。

「出来ればこれは、使いたくなかったんだけどね」

 そう言って私はおもむろに腰のポーチに手を入れる。
 カラミティは私の奥の手が気になるらしく、私を見つめたまま動く気配はない。
 今さら迷っている暇は無い。
 私がカラミティに勝つ為には、もう、これしか残っていない。

 そして私が、ポーチの中で神剣エターナルを掴もうとしたその時。

「エト、それはやめておけ。それの使い所は今じゃない」
「サフィア?」

 私が覚悟を決めたその瞬間、サファイアが私を制止した。

「奥の手は、見せた時点でお前の負けだ。出すなら切り札を出し切ってからにしろ」
「え、でも、もうこれ以外に切り札なんて……」

 そんなものがあればとっくの昔に使っている。
 それが無いからこその、最後の手段。神剣エターナルだ。

「無い事ないだろ。お前を救ったこの俺も、切り札とまではいかないまでも、手札くらいにはなると思うが?」
「え……」

 サフィアが、私の切り札??
 どう言う事??
 サフィアはサフィアであって、別に私の手駒という訳じゃ……。

「そうだ。サフィアの言う通りだぞ」
「!?」

 その時、またしても私の後ろから誰かの声が聞こえてきた。
 先程から続く、予想外の展開の連続に、私は思わず振り返り、そして驚きのあまり、目を見開いて言葉を漏らす。

「……マチルダさん!!」
「うむ。サファイア同様、私もお前の手札くらいにはなれるつもりだぞ」

 そこにいたのはマチルダだった。
 カラミティの召喚したキングスコーピオンを倒して、こちらに駆けつけて来てくれたようだ。

「ったく!グダグダ悩まず使えるもんは使っときゃいいんだよ!」
「!?くm……ガルカンも!」
「って、おいテメェ!今、熊って言いかけたな!?」
「あ、いや、つい……って、え!?」

 思わず溢れた失言を慌てて取り繕うとしたその時、マチルダとガルカンのずっと後ろの方に、見知った面々の姿がある事に気が付いた。

「みんな……」
「アイツらと俺たちがお前の切り札だ。なにやらヤバめな奥の手もあるみたいだが、それは俺との戦いまで取っておけ」

 私はガルカンの言葉を受け、後ろに控える面々を改めて見渡す。
 そこにいたのは大勢の冒険者達。
 その大半を占めるのはガルカンのクラン、獰猛獣の牙のクランメンバー達。
 そこには、魔力が尽きて動けないはずの回復術師のシーラさんの元気そうな姿も確認できた。
 そしてその隣には、桃源郷メンバーのアランさんや、他のハーレムメンバー達。
 ただ、そこには私の見覚えのない、私と同じ年頃の栗色の髪をした一人の少女が混じっていた。

「ん?あの子は……」
「あれは俺の妹、マリンだ。アイツもお前の力になりたいらしい」
「……そう」

 私の疑問にサフィアが答え、私は再度その面々の姿を見渡した後、くるりと前に向き直る。
 そんな私の動きとリンクするように、サフィア、マチルダ、ガルカンの3人が、私の横に並び立つ。

 カラミティはまだ動かない。

 それを確認して、私はカラミティを見つめたまま、隣のマチルダに声をかける。

「ねえ、マチルダさん」
「ん?なんだ」
「……いや、やっぱりいい。みんな来てくれてありがとう」

 私はマチルダに、ある事を聞こうとしたが、今はやめておくことにした。
 今それを聞いても、事態が何か変わるわけではない。

「エト。お前の言いたい事はわかるが、今は戦いに集中しろ」
「……うん」

 どうやらマチルダは、私が何を聞こうとしたのかわかっているようだ。
 だが、その上での、この返答。
 恐らく、答えられないのではなく、答えたくないのだろう。

 駆けつけてくれた人達の中に、どうしてエルヴィンの姿がないのかを。

 もはや、聞くまでもない。間に合わなかったという事だ。

「……くそっ」

 ここはもう、ゲームの中ではない。現実なのだ。
 それを改めて思い知った瞬間だった。
 頭ではわかっていたはずなのに、やはり何処か楽観していたような気がする。
 今ならわかる。
 今の私なら、さっきみたいな、神剣であるカラミティ相手に、無手の肉弾戦で挑もうなんて無謀な事は、怖すぎて絶対に出来ない。
 あの時の私は、まだ何処か、現実感の薄いゲーム気分だったと言う事だ。

 そう考えると、こんな所に駆けつけて来てくれたマチルダさんも、ガルカンもサフィアも、そして他の冒険者達も、私なんかよりもずっと強い覚悟をもって、文字通り命をかけて、この戦いに挑んでいる。

 だったら私も、ヘタレている場合じゃない。
 私だって冒険者だ。
 今度はちゃんとした覚悟の上で、みんなと一緒に、命懸けをやる!

「ほう。仲間が来て顔つきが変わったな。だが、そんな寄せ集めで何が出来る。奥の手があるのなら、さっさと出せば良いと思うが」
「安心して。そのうちちゃんと使うから」

 エターナルは最後の手段だ。
 しかし、カラミティを倒すには、恐らくエターナルでないと無理だろう。
 でも、サフィアの言う通り、それはまだ使う時じゃない。
 使い所は、もう決めている。

「そうか。ならば良い。お前がそれを使った時が、全ての決着がつく時だ」
「もちろん、私たちの勝利で決着するけどね」
「出来るものならやって見ろ」
「言われなくても!みんな、行くよ!!!」

 私はカラミティと言葉を交わし、そして私の掛け声をきっかけに、最後の戦いの火蓋が今、切って落とされた。



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