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第22話 黒い悪魔

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「トコ、ちょっと待って!」

 私が慌ててトコを追いかけると、トコは通路を抜けて数メートル程進んだ場所で、足を止めていた。

 トコの先には、木とロープで作ったと思われるとても古そうな橋が架けられていた。
 どうやらその先は切り立った崖になっているらしく、向こう側へ渡るには、その橋を使う必要があるようだ。

 そこは、この鉱山内に幾つかある峡谷の一つで、地面に出来た数メートルにも及ぶ幅の大きな亀裂が、断崖絶壁に挟まれた深い谷となっている。

 そんな場所に架けられた、大きな橋。
 その橋は遠目からにも老朽化しているのが見て取れ、所々に床の抜け落ちている部分もあった。

 トコはその橋の近くまで歩みを進め、橋の老朽化具合いを確認した後、その橋が架けられた峡谷を覗き込むと、素早く体を後ろに引いて、たたらを踏んだ。

「これは……無理」

 トコはそう言って、腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
 ようやくトコに追いついた私は、トコの反応に驚きを覚えつつ、谷底を覗き込んだ。

「ヒィイ!!!!!!!」

 覗き込んだ先にある光景に思わず私は悲鳴を上げ、その場から飛び退き、トコと同様にその場にへたり込んでしまった。

 これは見てはいけないものだった。
 そこには黒い、光沢のある、カサカサとした、通常『G』と呼ばれる黒い悪魔が、谷底ですし詰め状態になってうごめいていた。
 しかも、それらは私の知るそれとは大きく違い、一匹一匹が大型犬くらいの大きさで、そのグロテクスさを数倍にも増幅させていた。

 無理無理無理無理!!

 あれは魔物じゃない!悪魔だ!!

 さらには、よく見ると、崖の側面にもそれらは隙間なくビッシリと張り付いており、谷底の方では無数の黒い物体がまるで水面のように波打ちながら動き続けていた。

 無理無理無理無理無理無理無理!!!!

 あんなのをこんな大量に召喚するとか、そのガベルって奴、絶対頭おかしすぎるでしょ!!!

 そんな悲鳴のような悪態を心の中で叫びながら、私は動けなくなっているトコを抱えて、一目散にその場から逃げ出し、通路を戻って女冒険者の隣に座り込み、膝を抱えてブルブルと震えていた。

「だから言わんこっちゃない……」

 既に落ち着きを取り戻していた女冒険者は、隣に並ぶ私とトコを見て、呆れた顔をしながらそう呟いた。

「だ、だって、あれは無理!!」
「え、エト、頼りない。30点」
「うっさい!置いていかなかっただけでも感謝しなさいよね!!」
「じゃあ、32点」
「少なっ!!ほとんど誤差じゃないの!!」
「過剰評価はしない主義」
「よーし、わかった!!もう一回行ってアンタ一人だけ置置き去りにして来てやる!!」
「エト、大人気ない。マイナス500点」
「なにをーーーー!!!」

 とてつもなく低レベルな言い争いを繰り広げる私とトコ。
 そんな私達を見ながら、女冒険者はヤレヤレといった表情で肩を下ろした。

「キミ達、本当は凄く元気なんじゃないのか?というか、仲良すぎだろ」
「「仲は良くない!!!」」
「息もぴったりか」

 それから暫くのあいだ、私とトコは不毛な言い争いを続け、女冒険者はそれを見ながら呆れながらも、微笑ましく眺めていた。

 女冒険者が見守る中、私とトコがいよいよ取っ組み合いの乱闘になりそうになったその時、

「ストップ!!静かに!!!」

 女冒険者は突然そう叫び、素早く通路の方に振り返った。
 そして、静かに立ち上がりながら私たちに背を向け、おもむろに腰に付けていた剣を鞘から抜き放ち、少し重心を落としてその剣を構えた。

「え?」
「??」

 突然の出来事に驚く私とトコ。
 そんな私達を尻目に、女冒険者は臨戦態勢の構えを取り、低い声で私達に話しかけた。

「逃げろ。……来る」
「え!?!?」

 そう言うや否や、女冒険者は先程の峡谷へと繋がる通路に向かって走り出し、ちょうどたどり着いたのと同時に、その通路から黒い悪魔が姿を現した。

 え!?!?
 来るって、あの黒い悪魔が来るって意味!?!?
 無理なんですけど!!!

 あれだけ怯えていた黒い悪魔に対し、女冒険者は表情一つ変える事なく、大きく振りかぶった長剣を斜め上から袈裟懸けに振り下ろし、黒い悪魔を一刀両断にした。

「す、すごい」

 流石は冒険者。
 先程までブルブルと震えていたのが嘘のように、次々と襲いかかってくる黒い悪魔を全て一撃必殺でなぎ倒していた。

 どうやらこの黒い悪魔達は単体としてはそれ程強いわけではなさそうだ。
 しかも、よく見るとそれは私のよく知る黒い悪魔『G』ではなく、襲いかかる瞬間に二つの大きなハサミと太い尻尾が飛び出してくる、『G』によく似た蠍タイプの魔物だった。

「まさか、プレストスコーピオン!?!?」

 それは、ゲーム時代にいた、このダンジョンでもよく現れる、素早さ特化型のサソリタイプの魔物だった。
 このプレストスコーピオンは、基本的にアクティブモンスターだった為、まさか、非戦闘時にはハサミや尻尾を硬い攻殻内に収納しているとは知らなかった。

「お前たち、逃げろ!それまで何とか私が食い止める!」
「で、でも!!」
「いいからさっさとしろ!!お前たちを庇いながらは無理だ」

 確かに、私とトコの容姿から判断するなら、それは正しい判断だったであろう。
 しかし、ここにいる2人のうちの一人は全武器スキルMAXの500年の時を超えたレベル99鍛治師と、もう一人はこれぞファンタジーの権化とも言える謎の存在、喋る魔道具インテリジェンスアイテム。
 後者に至ってはもはや人間ですらない。

 相手が『G』ではないと判明した今なら、ここで女冒険者を置いて逃げ出す理由は1ミリもない。

 それに、先ほど見たあの量が全て来るとのだとしたら、流石にあの女冒険者だけで処理するのはまず無理だ。
 まあ、私が加わったところであの量じゃどの道ジリ貧ぽいけど、やらないよりはマシだろう。

「トコ、私も行ってくるから何処かに隠れてて」
「待って」
「言いたい事はわかるけど、流石にほっとけないから」
「違う。魔物の気配」
「は?気配もなにも、魔物ならあそこにいっぱい……」
「違う。多分親玉」
「え!?」
「あの奥にいる」

 トコの話によれば、この奥にいるそれは、目の前のプレストスコーピオンよりも明らかに格上の魔物で、その魔物だけは動かずにジッとその場に止まっているらしい。

「もしかして、それがこのサソリ達を!?」
「可能性は、ある」

 確かに、よく考えればプレストスコーピオンとは複数で遭遇した事はあまりなかった。
 全くなかったわけではないが、それはたまたま近くにいただけで、決して徒党を組んだりましてや連携を取って襲いかかってくる事は一度もなかった。

 となると、その親玉的な魔物が司令塔の役割をしている可能性はとても高い。

「じゃあ、それをなんとかしないと、この襲撃はいつまでも終わらないって事!?」
「そこまでは知らない。でも、そう考える方が自然」
「マジで……。でも、逆に言えばそれをなんとかすれば、この状況も打破できるかも知れないって事ね」
「エト……出来るの?」
「さあ。武器の扱いには自信あるけど、強敵との戦闘経験はそんなに無いからね。相手次第だよ」
「かなり強い」
「まあ、やるしかないでしょ」
「……負けたら減点」
「なら勝たなくちゃね」

 そうして戦いを決意した私は、必死に戦闘を続ける女冒険者の元へと颯爽と駆け出していった。


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