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第9話 実技試験

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 目の前に並べられた大量の鍛治用素材。
 どうやらこの素材を使って、私が何かを作るという事らしい。

「さて、面接でエト君の人柄はわかった。人柄以外にも、相当な域の技術を持っているという事もわかった。そして、その技術がよくわからん物だという事もよくわかった。
 本音としてはその辺を色々と問い詰めたいところではあるが、冒険者にとって能力の詮索は御法度じゃ。無理に問いただしたり詰問するつもりはないので安心しなさい。もし知ったとしても他言はしない」
「う、うん」

 あれ、なにこれ。
 なんか私、怪しがられてる??
 やっぱりあの剣は見せるべきじゃなかったかな??
 自分の新しいお店が持てるかもと思って、つい出しちゃったけど、あれを出してからポドルさんの態度が更に変わったような気がする。
 なんかちょっと怖い。

「ギルマス。エトさんが怖がっていますので、もっと優しくしてあげてください」
「うむ。わかったから足を踏むのをやめなさい」
「あら、失礼」

 なんか昨日から思ってたけど、ナーシャさんって凄い私の事を気に入ってくれてるみたいで、なんだかお姉さんみたい。
 あと、つい足を踏んじゃうなんて、意外とうっかりさんだね。

「コホン。では、実技試験の説明を始める。内容は簡単だ。エト君にはこちらが用意した素材だけで鍛治を行ってもらう。作る物に関しては、特に指定はない」
「なんでも良いんだ?」
「うむ。構わん。とはいえ、素材は限られているので作れるものはそう多くないと思うがの」
「確かに」

 用意されたのは次の5つ。

 銅鉱石、鉄鉱石、銀鉱石、冥晶石、竜紋石、太陽石。

 G、F、E、D、C、Bランクの素材がそれぞれ一種類づつ。
 自分のランクに合った物を使えという事だろう。

 でも、ただの試験なんかにBランク素材の太陽石を用意するとか、随分と羽振りがいいね。
 太陽石だけじゃなく、竜紋石や冥晶石も結構貴重品だった気がするんだけど。

「通常はEランク、良くてもDランクの素材までしか出さんのじゃが、今回はナーシャからの進言もあって、更にCランクとBランクの素材も用意した。
 出来上がった品の査定額が今回の融資額の判断評価基準となるので、成功率の高い素材を選ぶ事じゃ。失敗してもやり直しは出来んからの」
「なるほど。そういう事ね」

 用意された高ランク素材はどれも貴重であると同時に、素材の中でも特に扱いの難しい素材だ。
 それに加えて慣れない鍛冶場と慣れない道具では、相当な実力がないと、まず成功は望めない。
 思った以上に、ガチで実力を計りに来てるっぽい。

「ちなみに、どのくらいの物を作ればお店を持たせてもらえるの?」
「ん?そうじゃな。Dランクくらいの武具が作れれば、金の融資以外にも仕事の紹介も優先的に回してやれる。Cランクまで行けば商会への専属職人としての口利きも可能じゃ。
 更に自分の店を持ちたいというのであれば、Bランクが最低条件じゃな。まあ、この素材でBランクは流石に難しいと思うが、出来次第ではワシから商業ギルドに開業手続きの為の紹介状を用意してもいい」
「紹介状?」
「うむ。本来であれば、店を持つには鍛治師としての数年分の実績が必要じゃ。しかし、生産ギルドからの紹介状があればそれが免除されるという訳じゃ」
「おぉー」

 それはめちゃくちゃ魅力的!!
 流石に何年も下積みしてる暇はないからね!
 さっさと生活基盤を作って、現実世界に戻る方法を探さないとだし、こっちの世界に来るときに受けた限定クエスト、【ランクS裏依頼書:神級鍛治師】についてもまだ何も進められてないからね。
 よし!俄然やる気が出て来た!

 ただ、この素材で作れるのは、どう頑張ってもBランクまで。その中でもかなり低ランクの物しか無いはず。
 私の目の前に並べられた素材は、当然の事ながらいずれも基本素材だ。
 ファイアソードやドラゴンキラーなどの特性武器を作るための、属性付与素材や変質素材はひとつもない。
 付与無しの純粋な武具の出来で、私の力を見極めるという事らしい。

「うーん、でも、お店ゲットを狙うなら、普通のを作ってもダメだよねぇ」
「まあ、そうじゃな」
「でも、この素材だけじゃ……」

 どう頑張っても普通のBランク品が限界だ。
 しかも、それすらもわりと難易度が高い。
 それ以上とか、もしかして、最初からお店を渡す気がない?

「というか、この試験は新規登録の生産者向け救済制度であって、店を持つとか持たないとか、そういう話になる事はそもそも想定されていない」
「え?でも」
「ナーシャの独断だ。第一、この制度自体も今や利用されていない、既に形骸化しつつあった制度じゃ。ワシも昨日まで忘れておったくらいじゃ」
「えええ」

 ちょ、ナーシャさんってば、一体何者!?
 ポドルさんも、ギルマスとしてそれでいいわけ??

「今やギルド加入の際にこの制度の説明をする事もなくなっておる。金がないのなら、こんな面倒な試験を受けるよりも、その辺で適当に弱い魔物を狩った方がよっぽど効率的じゃからな」
「なんかもう、身も蓋もないね」
「事実なのじゃから仕方あるまい。それに、こちらとしてもこの制度を利用されると手間だけかかって大変じゃから、むしろ積極的に勧めないことにしておる」
「いやいや、じゃあ、なんでこんな制度作ったのよ」
「一言で言ってしまえば昔の名残りじゃな。
 数百年前までは今と違って、一歩外に出ればそこら中に獰猛な魔物が跋扈する、なかなかにカオスな世界じゃったらしい。
 それで気軽に狩にも行けず、金はないが能力のある者のために、この制度が出来たと言われておる」
「なるほど」

 確かにここ城塞都市ソレントは、王都から一番遠い辺境の地。
 ゲームでも、高レベルのプレイヤー達が集まる場所だった。

「しかし、今は魔物の数も減り、特に高ランクの魔物の姿が根こそぎ消えてしまった。
 そのせいで高ランク素材が手に入らなくなり、そうなると当然、作れる高ランクの武具も数えられる程の数にまで激減した。
 500年の間、ランクS鍛治師が一人も現れていないのも、これが最大の理由じゃ」
「……」

 え?マジで?
 いやいやいやいや、それ、まずくない??
 いくら鍛治スキルが高くても素材がないと意味ないんですけど!?

「よし、では始めてくれ」
「え?あ、う、うん。わかった……」

 そう言って、目の前の素材を見ながら考える。

 ちよ、マジヤベーんですけど。
 口調がおかしくなるくらいには動揺しちゃってるんですけど。
 こんな精神状態で鍛治なんて出来ないでしょ。

 私の鍛治スキル的には、この素材だけでもBランク品は、多分問題なく作れる。
 でも、それじゃお店はゲットできない。

 どうすんのよこれ。

「どうした?顔色が悪いようだが?」
「え、あ、いや……」
「エトさん、どうかしましたか?ギルマスに何かされましたか?セクハラですか?何かされたらすぐに言ってくださいね」
「うん、ありがとう。でも大丈夫。ちょっと考え中なだけだから」
「そうですか。ならいいのですが。ギルマス、今後は注意して下さい」
「いやいや、ワシなんもしとらんがな!!」

 あ、ポドルさんまで口調がおかしくなってる。
 人間、びっくりし過ぎると口調がおかしくなるんだね。

 でも、なんかちょっと落ち着いたかも。
 ありがとう、ナーシャさん。
 あと、ポドルさん、ドンマイ!

 それじゃ、改めて順番に整理して行こう。
 まずは何を作るかだけど、技術を見せるという事なら、やっぱり武器がわかりやすいと思う。
 それで、この素材でBランク武器となれば、作れる物はひとつだけ。

 Bランク素材の太陽石を使って作った片手用の曲剣。

『日輪の剣』

 太陽石で作る武器は攻撃力が高い代わりに、強度がとても低い。
 その為、別の金属との合金にしてから打つのが一般的だ。
 しかし、混ぜる金属のランクによって、出来上がる武器が変化する。
 普通なら同じBランクかそれ以上の金属を混ぜるべきだが、今回はそうもいかない。
 次にランクの高い、Cランク素材の「竜紋石」を使わざるを得ない。
 ここで、鍛治スキルレベルが足りないと、出来上がる剣のランクがCランクに落ちて、「落陽の剣」となってしまう。

 それはポドルさんも当然わかっているはずだ。
 紹介状を書く条件は、最低でも「日輪の剣」。
 そして、その上で何か光るものをと言ってきている。
 ただ普通に作っただけではダメな気がする。

 さて、どうしたものか。
 普通に考えれば、ハイクオリティ品だ。
 贅沢を言えばダブルハイクオリティ。

 でも、あれは作ろうと思って作れるものじゃない。
 ハイクオリティ品を作るには運要素がおおきく、いくら鍛治スキルを上げてもその確率が若干上がる程度だ。

 一発勝負のこの状況。
 しかも、有効な高ランク合成用素材もないこの状況で、それは流石にギャンブルが過ぎる。
 仮にハイクオリティ品が作れたとしても、【鑑定】スキルの存在しないこの場では無意味な可能性すらある。
 そんな事になればもう、踏んだり蹴ったりだ。

 なら、もう知らない。
 後の事はどうにでもなれ。

 全力で無茶をしてみよう。

 まだこの世界の事を把握しきれていない今の状況で、あまり手の内を晒すのは気が進まないけど、仕方がない。

 ポドルさんはまだちょっと信用は出来ないけど、ナーシャさんなら大丈夫な気がする。
 いざとなったらナーシャさんに暗躍してもらって、力技で揉み消してもらおう。
 あの人なら何でもやれそうな気がする。
 まあ、ナーシャさんも昨日会ったばかりの人だから本当に信用できるかはわからないけど、その時はもう、なるようになるしかない。

「じゃあ、太陽石と、竜紋石。あと、銀鉱石で」
「三つ?最初の二つはわかるが、銀鉱石もか?」
「うん。ちょっと光らせてみようかと」
「ふむ。そんな下級の素材を混ぜてもランクを落とすだけだと思うが……。まあ、やってみなさい」
「うん、必ずお店はゲットするよ!」
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