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出会いの章
第二十三話 想いの行方
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律が風呂から上がると、ダイニングに優斗の姿は無かった。キッチンを覗けば流しの水滴も丁寧に拭かれ几帳面に片付けられている。それは優斗の性格を表していて、口は悪いが真っ直ぐで真摯なんだと律は思う。
視線の端に食卓が映り、足を向ける。優斗が座っていた席を一撫でして先刻の事を思い出す。共切だけが自分の価値だと泣いた優斗。律にはそれが理解できなかった。優斗が共切を抜いたのは間違いの無い事だ。それは覆しようのない事実。それだけではいけないのか。優斗が共切を抜けなければ、なんてタラレバは律にとって意味が無い。共切を抜いた時点で優斗は特別な存在だ。
――唯一無二の、俺の大切な人。
今は無人の席を愛しげに見つめ吐息を漏らすと、それだけで体の奥が熱を持つ。だが、優斗はそんな気持ちを否定した。律が好きなのは自分では無く、共切だと言って。そこが律には分からない。優斗と共切は同一と言っていい。優斗がいなければ共切も無用の長物だ。ただ飾られるだけの骨董品。それを優斗が振るうからこそ価値がある。
律にとってはそれが一番重要な事だった。先代が死んで良かったとさえ思っている。
先代が死んだのは二年前。若くして亡くなった先代は享年十九歳で、律も幾度か会った事のある青年だがなんの魅力も感じなかった。共切を手に戦ったのはたったの一年という短い期間。それから優斗が手にするまで共切は主人を選ばず、どれほど腕の立つ継承候補者にも抜けなかったのだ。律も御代月の使い手として念の為と試されたがビクともしなかった。
共切はとある血筋に強く惹かれると言われている。それは初代の末裔達。先代も分家の血筋だった。継承候補者達もその一族から選ばれているという。本家の共咲家、分家の観咲家、獅咲家が筆頭御三家。小堺家も遠縁に当たるらしい。血は薄いが優斗にも十分資格があった訳だ。
玲斗も例に漏れず、血を受け継いでいるため共切を試した。なにせ序列二位の満影の所有者だ。期待されていたようだがそれは果たされずに終わる。祖父の哉斗は婿養子で一族の血は引いていない。そこで唯一残されたのが優斗だった。しかし、優斗は何も知らされていないただの学生だ。それでも僅かな可能性に賭け、同じ歳で実力もある律が派遣された。もし、優斗が選ばれなければ後継が育つまで共切は眠る事になる。それは避けたい事態だった。何より律の願いが叶う事が遠のくのだから。
初めて間近にした優斗は小柄で線が細く、面差しも幼くてとても戦えるようには見えなかった。それでもその目が合った時、律は同類だと直感する。満たされない日々を送っている者の目だと。転校初日、騒がしいクラスメイト達に苛立ち席を立った時も、所作が美しく厳しく鍛えられている事は手に取るように分かり、一気に惹き付けられた。
――この子なら。ううん、この子がいい……!
律の胸は高鳴る。ついでにと頼まれた塚の封印に誘い出すためにちょっかいをかけたが、嫌そうに顔を顰めるその反応も可愛いではないか。本部も、もし継承できれば律と組ませると言っていたから俄然やる気も出るというものだ。
試験の方法は律に一任されていたので取り敢えず化け物の餌にしてみた。できるなら共に働きたいが、喰われて死ぬならそれだけだ。だが、優斗は見事に生き残った。いとも簡単に共切を抜いて。そこまで強くない相手だったとはいえ、いきなりの戦闘、そして化け物を目にして、脅える所か律を詰りながら向かっていく。その目は輝いていた。恐らく本人は気付いていない。そんな所も律は気に入った。
その後も、嫌がる素振りを見せながらも塚封じに付き合ってくれる優斗。祝詞の奏上も完璧、封印する霊力も持っていた。律の胸は更に高鳴る。優斗は共切の主人として、律の友として文句の付けようもない逸材だった。しかし、その想いは日が経つにつれて変わっていく。友ではなく、愛しい人へと変化していったのだ。それは頭塚で律の笑顔を願ってくれた時に決定的となった。
例えそれが自己満足から来るものだとしてもいい。優斗が好きで好きでたまらない。ひとつに繋がりたい。想いは募るばかりで、真っ当な恋愛などした事が無い律は強引に迫った。優斗は抵抗したが、体格はこちらが上。いとも容易く組み敷いた。だがそれは邪魔が入り未遂に終わる。それならば家でと楽しみにしていたのに。
深い溜息が漏れ、律の思考はまた巻き戻る。視線を移せば固く閉ざされた扉。すぐ近くにいるのに、触れる事さえできない。昼間は受け入れてくれた手も振りほどかれてしまった。その手をじっと見る。
――暖かくて、小さくて、可愛い手だったな。
そして、手の甲、優斗が口付けた傷跡をなぞり、頬ずりする。優斗がくれた唯一のもの。自分の体だというのに愛しくてたまらない。
――好き、好き。大好き。
なんと言われようと、律は優斗を離さないだろう。優斗と共切は一心同体。どちらが欠けても意味が無くなってしまう。どんな敵からも守ってみせる。盾になる事だって厭わない。優斗が生きていてくれる事が律の幸せだ。しばらくは一緒にいる事は叶わない。明日も仕事で早朝から出なければならなかった。でも、それもさっさと片付けて帰ってくるんだ。そして、ちゃんと好きだって伝えよう。何度も言えば分かってくれるはずだ。そうすれば繋がる事ができる。恋を知らない律にとって、それだけが愛情の全てだった。
ひとつ頷いて、心を強く持つ。時計を見れば十九時を回っていた。優斗を風呂に入れなければ。風呂もまた陰陽寮で働く者にとって貴重な時間だった。時に何日も化け物狩りに明け暮れ、風呂に入れず過ごす事は少なくない。とてとてと優斗の部屋へ足を運び、扉をノックする。すると返事が返った。
「優斗、お風呂空いたよ~。いいお湯だったよ。汗もかいたから気持ち悪いでしょ? ︎︎さっぱりしておいでよ。今度は一緒に入ろうね」
務めて明るく振る舞う律の声に、しかし返ってきたのは短い返事。折れそうになる心を笑って誤魔化した。
「タオルとかは洗面所にあるからね。シャンプーもボディソープも優斗の家と同じだよ。安心して使ってね」
もう返事は返ってこなかった。それでも律は笑う。ここに立っていたら優斗も出てきにくいだろう。後ろ髪を引かれながら自室に戻った。
しばらく様子を見ていると、足音が聞こえて優斗が風呂場に入っていくのが分かった。良かった、と安心すると微かに聞こえてくる衣擦れの音。
すぐ側で優斗が裸になっている。そう思うと体の奥が疼いた。
「あ……っ」
律は反射的に下腹部をまさぐり、既に猛りきったそれを外気に晒す。己の欲を主張するそれを愛撫すると甘い吐息が漏れる。
「優斗ぉ……ん、っ」
愛しい人を汚す想像をしながら浸る行為は得も言われぬ快感を齎した。幾度となく求められ、多くの人達と関係を持ってきたがこんな感覚は初めてだ。
――やっぱり優斗は特別だ。早く、ひとつになりたいよ。
妄想は止まる所を知らず、淫らな優斗の姿が脳内を占め、手は動き続ける。そして蕩けた律は絶頂に達し、欲を吐き出し果てて眠った。
視線の端に食卓が映り、足を向ける。優斗が座っていた席を一撫でして先刻の事を思い出す。共切だけが自分の価値だと泣いた優斗。律にはそれが理解できなかった。優斗が共切を抜いたのは間違いの無い事だ。それは覆しようのない事実。それだけではいけないのか。優斗が共切を抜けなければ、なんてタラレバは律にとって意味が無い。共切を抜いた時点で優斗は特別な存在だ。
――唯一無二の、俺の大切な人。
今は無人の席を愛しげに見つめ吐息を漏らすと、それだけで体の奥が熱を持つ。だが、優斗はそんな気持ちを否定した。律が好きなのは自分では無く、共切だと言って。そこが律には分からない。優斗と共切は同一と言っていい。優斗がいなければ共切も無用の長物だ。ただ飾られるだけの骨董品。それを優斗が振るうからこそ価値がある。
律にとってはそれが一番重要な事だった。先代が死んで良かったとさえ思っている。
先代が死んだのは二年前。若くして亡くなった先代は享年十九歳で、律も幾度か会った事のある青年だがなんの魅力も感じなかった。共切を手に戦ったのはたったの一年という短い期間。それから優斗が手にするまで共切は主人を選ばず、どれほど腕の立つ継承候補者にも抜けなかったのだ。律も御代月の使い手として念の為と試されたがビクともしなかった。
共切はとある血筋に強く惹かれると言われている。それは初代の末裔達。先代も分家の血筋だった。継承候補者達もその一族から選ばれているという。本家の共咲家、分家の観咲家、獅咲家が筆頭御三家。小堺家も遠縁に当たるらしい。血は薄いが優斗にも十分資格があった訳だ。
玲斗も例に漏れず、血を受け継いでいるため共切を試した。なにせ序列二位の満影の所有者だ。期待されていたようだがそれは果たされずに終わる。祖父の哉斗は婿養子で一族の血は引いていない。そこで唯一残されたのが優斗だった。しかし、優斗は何も知らされていないただの学生だ。それでも僅かな可能性に賭け、同じ歳で実力もある律が派遣された。もし、優斗が選ばれなければ後継が育つまで共切は眠る事になる。それは避けたい事態だった。何より律の願いが叶う事が遠のくのだから。
初めて間近にした優斗は小柄で線が細く、面差しも幼くてとても戦えるようには見えなかった。それでもその目が合った時、律は同類だと直感する。満たされない日々を送っている者の目だと。転校初日、騒がしいクラスメイト達に苛立ち席を立った時も、所作が美しく厳しく鍛えられている事は手に取るように分かり、一気に惹き付けられた。
――この子なら。ううん、この子がいい……!
律の胸は高鳴る。ついでにと頼まれた塚の封印に誘い出すためにちょっかいをかけたが、嫌そうに顔を顰めるその反応も可愛いではないか。本部も、もし継承できれば律と組ませると言っていたから俄然やる気も出るというものだ。
試験の方法は律に一任されていたので取り敢えず化け物の餌にしてみた。できるなら共に働きたいが、喰われて死ぬならそれだけだ。だが、優斗は見事に生き残った。いとも簡単に共切を抜いて。そこまで強くない相手だったとはいえ、いきなりの戦闘、そして化け物を目にして、脅える所か律を詰りながら向かっていく。その目は輝いていた。恐らく本人は気付いていない。そんな所も律は気に入った。
その後も、嫌がる素振りを見せながらも塚封じに付き合ってくれる優斗。祝詞の奏上も完璧、封印する霊力も持っていた。律の胸は更に高鳴る。優斗は共切の主人として、律の友として文句の付けようもない逸材だった。しかし、その想いは日が経つにつれて変わっていく。友ではなく、愛しい人へと変化していったのだ。それは頭塚で律の笑顔を願ってくれた時に決定的となった。
例えそれが自己満足から来るものだとしてもいい。優斗が好きで好きでたまらない。ひとつに繋がりたい。想いは募るばかりで、真っ当な恋愛などした事が無い律は強引に迫った。優斗は抵抗したが、体格はこちらが上。いとも容易く組み敷いた。だがそれは邪魔が入り未遂に終わる。それならば家でと楽しみにしていたのに。
深い溜息が漏れ、律の思考はまた巻き戻る。視線を移せば固く閉ざされた扉。すぐ近くにいるのに、触れる事さえできない。昼間は受け入れてくれた手も振りほどかれてしまった。その手をじっと見る。
――暖かくて、小さくて、可愛い手だったな。
そして、手の甲、優斗が口付けた傷跡をなぞり、頬ずりする。優斗がくれた唯一のもの。自分の体だというのに愛しくてたまらない。
――好き、好き。大好き。
なんと言われようと、律は優斗を離さないだろう。優斗と共切は一心同体。どちらが欠けても意味が無くなってしまう。どんな敵からも守ってみせる。盾になる事だって厭わない。優斗が生きていてくれる事が律の幸せだ。しばらくは一緒にいる事は叶わない。明日も仕事で早朝から出なければならなかった。でも、それもさっさと片付けて帰ってくるんだ。そして、ちゃんと好きだって伝えよう。何度も言えば分かってくれるはずだ。そうすれば繋がる事ができる。恋を知らない律にとって、それだけが愛情の全てだった。
ひとつ頷いて、心を強く持つ。時計を見れば十九時を回っていた。優斗を風呂に入れなければ。風呂もまた陰陽寮で働く者にとって貴重な時間だった。時に何日も化け物狩りに明け暮れ、風呂に入れず過ごす事は少なくない。とてとてと優斗の部屋へ足を運び、扉をノックする。すると返事が返った。
「優斗、お風呂空いたよ~。いいお湯だったよ。汗もかいたから気持ち悪いでしょ? ︎︎さっぱりしておいでよ。今度は一緒に入ろうね」
務めて明るく振る舞う律の声に、しかし返ってきたのは短い返事。折れそうになる心を笑って誤魔化した。
「タオルとかは洗面所にあるからね。シャンプーもボディソープも優斗の家と同じだよ。安心して使ってね」
もう返事は返ってこなかった。それでも律は笑う。ここに立っていたら優斗も出てきにくいだろう。後ろ髪を引かれながら自室に戻った。
しばらく様子を見ていると、足音が聞こえて優斗が風呂場に入っていくのが分かった。良かった、と安心すると微かに聞こえてくる衣擦れの音。
すぐ側で優斗が裸になっている。そう思うと体の奥が疼いた。
「あ……っ」
律は反射的に下腹部をまさぐり、既に猛りきったそれを外気に晒す。己の欲を主張するそれを愛撫すると甘い吐息が漏れる。
「優斗ぉ……ん、っ」
愛しい人を汚す想像をしながら浸る行為は得も言われぬ快感を齎した。幾度となく求められ、多くの人達と関係を持ってきたがこんな感覚は初めてだ。
――やっぱり優斗は特別だ。早く、ひとつになりたいよ。
妄想は止まる所を知らず、淫らな優斗の姿が脳内を占め、手は動き続ける。そして蕩けた律は絶頂に達し、欲を吐き出し果てて眠った。
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