彼方の星の紅月妃

文月 澪

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第4章 募る想い

52.馴れ初め

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 そっとベルさんの横顔を盗み見ていると、ヨウさんがベルさんの首に絡みつきじゃれついてきた。その声もやはり車輪の音に遮られて聞こえない。

 そこでふと、以前から聞いてみたかった事をツェティさんに問いかけてみた。

「ツェティさんはどうしてヨウさんと婚約する事になったんですか?」

 不躾かもとは思ったけれど、普段から仲睦まじいお二人は見ていて微笑ましい。
 時折人目も憚らずイチャつき出すのは目のやり場に困るので考えものだけど。
 
 今まで縁のなかった女子トークをしてみたいという好奇心と、何よりベルさんとまた笑いあえるようになりたかったから、何か掴めないかという打算もあった。

 ツェティさんは嫌な顔ひとつせずに微笑みを浮かべ静かに話し出す。

「ヨウ様は竜皇国の北部国境に位置する国防の要の都市のご出身で、お父様同士が懇意になさっていた事からベル兄様の遊び相手としてお一人で竜皇国に滞在しておりましたの。そんなヨウ様と出会ったのはわたくしが三つの頃ですわ。それまでは侍女が遊び相手でしたが、他に歳が近くて身分の見合う同性の遊び相手がいなかったわたくしに、お父様が引き合わせてくださったのがきっかけです」

 ツェティさんは懐かしむように遠くを見つめる。
 その横顔は同性のわたしでもうっとりする程とても綺麗で儚い。
 この人がメイスを振り回してゴブリンを虐殺していたとは到底思えないギャップだった。

「二つ年上のベル兄様と同じ歳でたった一人、親元を離れ竜皇国に身を寄せるヨウ様は幼心にもとても強い方だと感じておりました。でも、その頃はベル兄様も子供らしいヤンチャ盛りでよくヨウ様と一緒に叱られておりましたのよ。上のお兄様方とは歳が離れている事もあって自然と三人で遊ぶようになりました。いろんな事をして遊びましたわ。木登りをしたり、湖で泳いだり、森で獲物を狩ったり。血だらけになって怒られた事もありましたっけ」

 そう言ってくすりと笑う。
 いや、やっぱりツェティさんは普通のお姫様ではなかった。
 貴族に詳しいわけでは無いから分からないけど、男兄弟と遊びまわるお姫様というのは珍しいのではないだろうか。

「そうして一緒に過ごしていくうちに、ヨウ様の逞しさや優しさ、強さに惹かれていきましたわ。わたくしも竜皇の一族として他の同胞より強い力を持ち、ベル兄様程ではないにしても友人には恵まれませんでした。しかし、ヨウ様はそれを些末な事と笑い飛ばしてくれましたの。容易たやすく骨を砕くこの手を取って。ヨウ様も戦闘民族として名高い一族の出でしたが、それでもこの手を取る事は容易ではなかったはずです」

 ツェティさんは自分の掌を見つめながら切なそうに呟く。

「でも、いくら化け物じみた力の持ち主でも竜皇一族の一員である事に違いはありません。竜皇一族故の力とも言えますが。初等学舎の高学年になってくると地位を目当てに近寄ってくる殿方もおりました。ヨウ様はその有象無象を蹴散らしてわたくしに言ってくださったんです。好きだ。結婚しようと」

 ぎゅっと掌を握り胸に抱くと頬を染め、うっとりと目を瞑る。

「その時の眼差しは今でも忘れられません。しっかりとわたくしの目を真っ直ぐに見つめ、臆する事なくはっきりと告白してくださいました。勿論、わたくしも同じ気持ちだとお返事しましたわ」

 ひとつ息をつくと、わたしに向き直り極上の笑顔を見せてくれる。

「これがヨウ様とわたくしの馴れ初めですわ。参考になりましたでしょうか」

 そう言いつつ意地悪っぽく笑う。
 わたしの目論見は見透かされていたようで居心地が悪くなる。

 でも。

「すごいですねヨウさんは。力の事を知っても尚、ツェティさんを好きでい続けるなんて……。ベルさんの事も、友人として隣に寄り添って真摯に向き合っている。……わたしもヨウさんのようになれるでしょうか」

 小窓からそっとベルさんを見つめ、力なく呟けばツェティさんがわたしの手を取った。

「そうですわね。ベル兄様はその力から幼い頃よりいくさに出ておられました。そのお側を守り、恐ろしい殺戮を間近にしても臆する事なくベル兄様に接しておいでです。武器を使って手加減する事をご提案されたのもヨウ様だと伺っておりますわ」

 わたしはその言葉に違和感を覚えた。
 普通、武器を使うのは攻撃力を上げるためじゃないのか?
 不思議に思い問いかけるわたしにツェティさんは微笑む。

「ベル兄様は素手が一番お強いのですよ。武器を使うにはそれぞれ扱い方というものがあります。斬り込む角度、振り方、握り方、力加減……。それらを学ぶ事でベル兄様にとっては手加減に繋がったのです。フォークでお豆を食べるのは難しいでしょう? その様なものです。それまでは素手で戦っておいででしたから、最悪敵の残骸すら残らぬ有様でしたのに。今では生け捕りもお手の物ですのよ」

 そう言うツェティさんはくすくすと笑った。
 声の調子は軽いのに、その内容はかなり残酷なものだ。
 
「ヨウさんはそんなベルさんを知っててもあんなに仲がいいんですね。羨ましいです」

 わたしにもそれだけの勇気があればベルさんを傷つけたりしないのに。済んだ事を今更思い悩んでも意味のない事は分かっているが、やはりどうしても下を向いてしまう。

 ヨウさんのように強くなれたら、わたしもベルさんの隣に立てるのかな。
 零れ出た呟きにツェティさんは断言した。

「セトアさんはヨウ様のようになる必要はございませんわ」

 意外なその言葉にツェティさんの顔を凝視する。

「セトアさんはセトアさんですもの。ヨウ様の真似をする必要はございません。先程も申しました通り、セトアさんらしくベル兄様と向き合えば良いのです。わたくしもヨウ様もセトアさんの味方ですわ。柄にもなく落ち込んでいるベル兄様なんて張り倒せば良いのです」

 そう言ってほほほと優雅に笑うツェティさんに苦笑いを零す。
 ベルさんを張り倒すなんて無茶苦茶な。
 
 しかし、ツェティさんは至極真面目な顔で言い放つのだ。

「ベル兄様がこんなにも臆病者だとは思っておりませんでしたわ。ヨウ様も呆れておられます。いつもは無敵を謳っておいでなのに、いくらセトアさんに怖がられたからってウジウジ悩んで。まぁ、お気持ちも分からないではありませんが……。これを乗り越えられないようではベル兄様もそれまでです。諦める事がセトアさんのためだなんて見当違いも甚だしい。エルゼ兄様の危惧されていた事が現実味を増してきましたわ。このような事でセトアさんを手放すだなんて……」

 最後の方は独り言のようにぶつぶつとした呟きで聞き取れなかったがツェティさんが怒っているのはなんとなく分かった。そしてヨウさんも。

 しかし、ベルさんが臆病者とはどういう意味だろう。
 ベルさん自身が避けられる事には慣れていると言っていたが、その事だろうか。
 
 ベルさんは自分の事を気味が悪いとも言っていた。
 人並外れた化け物だとも。
 ツェティさんの話を聞いて、その力はわたしの想像を遥かに超えるものだと感じた。
 
 ヨウさんはそれを知った上でも、ああしてベルさんに気軽に触れている。
 長い時間をかけて培ってきた信頼なんだろうな。
 
 小窓を覗くと、まだじゃれあう二人が見えた。

 長い時間。
 そうだ。わたしはまだベルさんの事を何ひとつ知らない。
 ベルさんだってわたしの事を知っているわけじゃない。
 お互いを知らなければ歩み寄る事も難しいだろう。

 わたしはベルさんの事をもっと知りたい。
 怖い所も、優しい所も。
 
 楽しげな二人を見てわたしは気合を入れる。

――そうよ。わたしはまだ一ヶ月しかベルさんと一緒にいないんだし、話だってそんなに深くしてないんだもの。これからよ! これから! まずはベルさんと話す所から始めないと。もう二度とベルさんを傷つけるもんか。わたしがベルさんを守るくらいのつもりでいてやる!

 そう意気込みフンスと鼻を鳴らす。
 そんなわたしを見てツェティさんはふんわりと頭を撫でてくれた。

「ふふ。元気が出たようですわね。その意気ですわセトアさん。女は度胸です。ベル兄様なんていつも仏頂面で気取っていてもその実、内心ではビクビクしている小心者ですの。尻に敷くぐらいで丁度良いのです」

 ツェティさんはツンとすました顔で上品な顔立ちからは似つかわしく無い言葉を口にする。
 そのギャップに思わず笑みが零れると、ツェティさんもコロコロと笑った。

 この二日間、重苦しかった空気が霧散して清々しい気持ちになる。
 
 竜皇国まで後一ヶ月とちょっと。
 それまでにベルさんともっと親密になれるよう頑張ろう!
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