1 / 29
異世界転移は突然に
第1話 ︎︎無い無い尽くしの異世界転移
しおりを挟む
そこは何も無い空間だった。
どこが終わりかも分からない、上下の感覚さえ危うい、だだっ広い真っ白な空間。
俺はそこにただ一人、立ち尽くしていた。
俺の名は禅堂累。
28歳。中小企業勤めのサラリーマン。
中肉中背、黒髪黒目のこれといって特徴のない、どこにでもいる日本人だ。
直前の記憶は、会社の帰り道だったはずだ。
残業に次ぐ残業で連日会社に泊まり込み、今日も終電ギリギリだったが、なんとか帰路についていた。
明日はやっともぎ取った休みだ。家に着いたら久しぶりにビールでも飲んで、ゆっくり風呂に浸かろうと疲れた足を引きずり、真っ暗な道を歩いていた。
家に帰れば暖かい布団も待っている。
そして、もうひとつの楽しみ。
それはゲームだ。俺は無類のRPG好きで、手を出したタイトルは数知れず。ゲームを買うために仕事をしていると言ってもいい。その遊ぶ時間を仕事に奪われ、本末転倒な状況ではあるが。
しかし、クリアした本数は片手で足りるほどだ。
何故クリアできないか。
それは序盤の弱い敵をチマチマ倒しながらレベルを上げ、少ない資金をやり繰りして装備を整える。あの限られた手段で、ストーリーを進める段階が1番燃えるから。終盤になり資金も潤沢、敵もワンパン状態になると途端に飽きてしまうのだ。
そうして未クリアのゲームが積み重なっていく。
今日も買ったまま手をつけられずにいたゲームに、やっと手をつけられると、重い足取りながらも気分は軽やかだった。
それなのに。
今俺は訳のわからない状況に置かれていた。
手に持っていたはずの鞄も背広も、いつの間にか無くなっている。
「なんだよここ、道に迷った……って事はねぇよな。誰かいないのか? おい誰か。悪戯ならやめてくれ! 冗談じゃねぇよ! やっと帰れるってのに……勘弁してくれ」
俺は辺りを見回し、何度も何度も大声を上げ、必死に人影を探した。
しかし、誰もいない。
歩き回っても、一向に出口も見えない。
元から疲れきった体だ。間も無く力も尽き、地に膝を着いた。
「誰か……誰でもいい。家に帰らせてくれよ。頼むよ……」
そう懇願した時、何もなかった空間が突如としてひび割れた。
そこからおびただしい光の粒子が溢れてくる。
そうして現れたのは白くて巨大な6枚の翼を持った女だった。
足元まで伸びた金の髪を靡かせ、薄い衣を纏っただけの体はくっきりとその稜線を浮かび上がらせる。その肌は透き通るようでシミひとつなく、きつく結ばれた唇は桃色に色付き、閉じられた目蓋を長い睫毛が縁取っていた。胸の前で結ばれた手は白く細い。
そして、その足元は宙に浮いていた。
「あんた……いったい」
あまりの美しさに目を奪われた俺は、ようやっとそれだけを口にするのが精一杯だった。
女は俺の間近に漂ってくると、瞳を薄く開く。
その瞳はなんとも形容し難く、光の具合で何色にも見えた。
「汝を勇者と選じる」
きつく結ばれた唇から、鈴の如き清らかな声が発せられた。
しかし、その言葉は遥か彼方に向けられたように感じられ、俺は意味を飲み込むのに時間がかかった。
「は、勇者……?」
なんの冗談だ?
今流行りのラノベでだって、もう使い古された設定だろ。
「勇者と選じるに、汝へ神力を授けんとす。彼の敵は魔王ジェレイマイオスと称す者なり。異界の世を比類なき神力を持ちて平定せしめよ。その使命果たされれば巨万の富と名声を得るであろう。父なる神に祈りと感謝を捧げよ」
女は堅苦しい言葉遣いで一方的に話を進める。
比類なき神力?
チートって事か?
そんなの貰っても嬉しかねーーーーっ!!!!
俺の信条は地道にじっくりコツコツと、だ!!
「おいあんた! 俺は神なんざ興味ねぇんだよ! 勝手に決めんじゃねぇ! 他所の事は他所で片付けてくれ! そんな事より家に帰してくれよ! 俺にとっちゃ異界の平和より明日の休みだ!」
女の美しさに気後れしていたのも彼方に吹き飛び、俺は食ってかかる。
女は整った柳眉をわずかに歪ませて、憎悪を吐き出した。
「神を愚弄するか。汝が帰すべき地は既に無い。魔王を誅し民に和を齎すが汝が使命。他に道は在らず。神力を得るに何の不満がある? 敵を薙ぎ倒し民の信頼を得よ。汝とて神が如き力を得ればその御業に酔いしれよう」
話が通じねぇぇぇぇなっ!!
この女は勇者になる事を至上だと考えているらしい。
言動と見た目から天使のようなものなんだろう。
それでも俺は叫ぶ。
家で待つビールとゲームのために。
「勇者とかもっと若くてピチピチした若者にやらせろよ! 何で俺なんだよ!? もう三十路近いおっさんだぞ!? 大体元々から俺TUEEEEに興味は微塵もねぇ! 魔王を倒した所で後はお払い箱になるのが目に見えてんだよ! グダグダ言ってねぇで俺を家に帰せ!!」
そこまで捲し立てると、いよいよ女の顔は般若が如く歪められた。
「痴れ者が。もう良い。勇者に相応しき者は汝以外にも在る。汝は異界にて己の愚かさを味わうがいい。失せよ」
女が手を振ると、突如足元に大きな穴が開き、胃が浮くような浮遊感に襲われる。
俺はどこまでも続く暗闇を落ちていき、いつの間にか意識は途切れた。
どこが終わりかも分からない、上下の感覚さえ危うい、だだっ広い真っ白な空間。
俺はそこにただ一人、立ち尽くしていた。
俺の名は禅堂累。
28歳。中小企業勤めのサラリーマン。
中肉中背、黒髪黒目のこれといって特徴のない、どこにでもいる日本人だ。
直前の記憶は、会社の帰り道だったはずだ。
残業に次ぐ残業で連日会社に泊まり込み、今日も終電ギリギリだったが、なんとか帰路についていた。
明日はやっともぎ取った休みだ。家に着いたら久しぶりにビールでも飲んで、ゆっくり風呂に浸かろうと疲れた足を引きずり、真っ暗な道を歩いていた。
家に帰れば暖かい布団も待っている。
そして、もうひとつの楽しみ。
それはゲームだ。俺は無類のRPG好きで、手を出したタイトルは数知れず。ゲームを買うために仕事をしていると言ってもいい。その遊ぶ時間を仕事に奪われ、本末転倒な状況ではあるが。
しかし、クリアした本数は片手で足りるほどだ。
何故クリアできないか。
それは序盤の弱い敵をチマチマ倒しながらレベルを上げ、少ない資金をやり繰りして装備を整える。あの限られた手段で、ストーリーを進める段階が1番燃えるから。終盤になり資金も潤沢、敵もワンパン状態になると途端に飽きてしまうのだ。
そうして未クリアのゲームが積み重なっていく。
今日も買ったまま手をつけられずにいたゲームに、やっと手をつけられると、重い足取りながらも気分は軽やかだった。
それなのに。
今俺は訳のわからない状況に置かれていた。
手に持っていたはずの鞄も背広も、いつの間にか無くなっている。
「なんだよここ、道に迷った……って事はねぇよな。誰かいないのか? おい誰か。悪戯ならやめてくれ! 冗談じゃねぇよ! やっと帰れるってのに……勘弁してくれ」
俺は辺りを見回し、何度も何度も大声を上げ、必死に人影を探した。
しかし、誰もいない。
歩き回っても、一向に出口も見えない。
元から疲れきった体だ。間も無く力も尽き、地に膝を着いた。
「誰か……誰でもいい。家に帰らせてくれよ。頼むよ……」
そう懇願した時、何もなかった空間が突如としてひび割れた。
そこからおびただしい光の粒子が溢れてくる。
そうして現れたのは白くて巨大な6枚の翼を持った女だった。
足元まで伸びた金の髪を靡かせ、薄い衣を纏っただけの体はくっきりとその稜線を浮かび上がらせる。その肌は透き通るようでシミひとつなく、きつく結ばれた唇は桃色に色付き、閉じられた目蓋を長い睫毛が縁取っていた。胸の前で結ばれた手は白く細い。
そして、その足元は宙に浮いていた。
「あんた……いったい」
あまりの美しさに目を奪われた俺は、ようやっとそれだけを口にするのが精一杯だった。
女は俺の間近に漂ってくると、瞳を薄く開く。
その瞳はなんとも形容し難く、光の具合で何色にも見えた。
「汝を勇者と選じる」
きつく結ばれた唇から、鈴の如き清らかな声が発せられた。
しかし、その言葉は遥か彼方に向けられたように感じられ、俺は意味を飲み込むのに時間がかかった。
「は、勇者……?」
なんの冗談だ?
今流行りのラノベでだって、もう使い古された設定だろ。
「勇者と選じるに、汝へ神力を授けんとす。彼の敵は魔王ジェレイマイオスと称す者なり。異界の世を比類なき神力を持ちて平定せしめよ。その使命果たされれば巨万の富と名声を得るであろう。父なる神に祈りと感謝を捧げよ」
女は堅苦しい言葉遣いで一方的に話を進める。
比類なき神力?
チートって事か?
そんなの貰っても嬉しかねーーーーっ!!!!
俺の信条は地道にじっくりコツコツと、だ!!
「おいあんた! 俺は神なんざ興味ねぇんだよ! 勝手に決めんじゃねぇ! 他所の事は他所で片付けてくれ! そんな事より家に帰してくれよ! 俺にとっちゃ異界の平和より明日の休みだ!」
女の美しさに気後れしていたのも彼方に吹き飛び、俺は食ってかかる。
女は整った柳眉をわずかに歪ませて、憎悪を吐き出した。
「神を愚弄するか。汝が帰すべき地は既に無い。魔王を誅し民に和を齎すが汝が使命。他に道は在らず。神力を得るに何の不満がある? 敵を薙ぎ倒し民の信頼を得よ。汝とて神が如き力を得ればその御業に酔いしれよう」
話が通じねぇぇぇぇなっ!!
この女は勇者になる事を至上だと考えているらしい。
言動と見た目から天使のようなものなんだろう。
それでも俺は叫ぶ。
家で待つビールとゲームのために。
「勇者とかもっと若くてピチピチした若者にやらせろよ! 何で俺なんだよ!? もう三十路近いおっさんだぞ!? 大体元々から俺TUEEEEに興味は微塵もねぇ! 魔王を倒した所で後はお払い箱になるのが目に見えてんだよ! グダグダ言ってねぇで俺を家に帰せ!!」
そこまで捲し立てると、いよいよ女の顔は般若が如く歪められた。
「痴れ者が。もう良い。勇者に相応しき者は汝以外にも在る。汝は異界にて己の愚かさを味わうがいい。失せよ」
女が手を振ると、突如足元に大きな穴が開き、胃が浮くような浮遊感に襲われる。
俺はどこまでも続く暗闇を落ちていき、いつの間にか意識は途切れた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる