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第一章 暗殺者に手を

4.パルクールって楽しいよね

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 日が沈み月明かりが地上を照らす頃、レオは自室にて服を着替えていた。

 寝巻から動きやすい服へ。

 黒を基調とした丈夫だが伸縮性のある服に着替え、レオは部屋の窓を開けた。

 ひんやりとした空気が顔を撫で僅かに残っていた眠気を完全に飛ばす。時刻は深夜だが、天気が良いので月の光によって街は明るい。

 腕を伸ばし、屈伸をして体をほぐす。

 一つ深呼吸して心を整え、≪身体強化ストレングス≫を発動してレオは窓から飛び出した。

 ジェットコースターのような内臓が浮遊する感覚を覚えながら三メートル下の壁の僅かな出っ張りに着地。

 再び出っ張りを蹴って庭に置いてある謎のオブジェクトに飛び乗った。

 この場所から屋敷の門まで約百メートル。

 門までの庭の道中には見張りの騎士が何人かいるので馬鹿正直に突き進んだら捕まるだろう。

「試すか…」

 小さく呟くと同時に息を吐く。
 この時のためと言ったら語弊があるが、これからする事の使いどころは間違ってはいない。

 失敗しないように深く集中してオブジェクトを蹴って宙に飛んだ。

 五メートルほどのオブジェクトから飛び、落下が始まる瞬間にレオは自分の真下に≪シールド≫を発動。

「よし…!」

 成功したのを確信して小さく喜ぶ。

 そして≪シールド≫を蹴って三メートルほど先に≪シールド≫を発動。階段のように徐々に上がりながら≪シールド≫を足場に、レオは進んでいった。

 レオの下十メートルの地面では騎士たちが巡回している。その騎士たちに見つからないように少し急ぎながら門まで駆けた。

「到着…!」

 立派な門の上に着地するレオ。
 この門の先にはヴァルフルト侯爵家が治める街が広がっている。

 少々場所は田舎だが、空気が澄んでいて活気があるこの街がレオは好きだった。

「さーてっと、夜の散歩にレッツゴー」

 ≪身体強化ストレングス≫を発動したまま夜の街を駆けて一つの建物の屋根に駆け上る。

 建物の屋根に立つと少し冷えた風がレオの美しい銀髪を揺らした。

 建物の住人に迷惑をかけないように、走るときの衝撃を極力少なくしながら屋根から屋根へと飛び移っていく。

 素の身体能力だったら無理だが、≪身体強化ストレングス≫を発動した状態のレオならばパルクールのような移動は可能だ。

「はっはっはっ!気持ちぃぃ!」

 夜の街を自由自在に駆けながらレオは気持ちよさに酔いしれる。

 一息で飛び移れない間は≪シールド≫を足場に移動。普段からランニングはしているため息切れにはまだほど遠い。

 ああ、なんて素晴らしいのだろう。

 心に残っていた前世での後悔や悲しみが夜の冷えた空気が吹き飛ばしてくれるのを感じる。

 しかし、気持ちよさに酔いしれるのもここまでだ。

 元々、レオが夜にこのようなパルクールをしようと思ったのはひとえに自分を鍛えるためだった。

 魔力を使いながら体を動かして自分の可動域を覚え、更に広げる。また、魔力は使えば使うほど保有魔力が増えていくので、パルクール形式の鍛錬は最適だ。

 常に≪身体強化ストレングス≫を発動するのには集中力がいる。その中で、足場を見極め時々≪シールド≫も使い音にも気を付ける。

 楽しいし気持ちが良いが、それ以上に大変で身になる鍛錬だった。そして、今は魔法の維持と体の使い方で精一杯だが、慣れてきたら走るスピードを速めるつもりだ。

 何かを覚えたり身につけるには最適なこの幼少期。レオはこの期間、自分を最強へと至るために徹底的に鍛える予定であった。

 それもそのはず、彼の根底にあるのは何の曇りもなくハッピーエンドで人生を終える事。そのための努力を怠らないのは当たり前であった。

「はっ…はっ…」

 流石に二十分もぶっ続けで走っていると疲労が溜ってくる。レオは一定のリズムで呼吸をしながら、他の建物より倍以上高い時計台に≪シールド≫を使って駆けあがった。

「ふぅー…一旦休憩!」

 時計台の鐘を覆っている屋根にレオは腰かける。地面から約三十メートルもの高さがあるので真下を見るとレオは若干恐怖を覚えた。

 だが、遠くを見れば恐怖を覚えることは無い。何故なのだろうかと疑問を持つレオだったが、一瞬で面倒くさくなって考えることを放棄した。

 ボーっと見る先にはヴァルフルト侯爵領を囲っている高さ十五メートルの城壁。

 城壁のところどころから光が見えるのは騎士が見張りをしているからだろう。今までは他人事のように思っていたレオだったが、初めてこの領地の次期当主なのだと実感した。

 呼吸が落ち着き、気合も十分に入ったところでレオは屋敷に戻るために来た道を引き返す。と、思ったが同じ経路は何だかつまらないので別の経路で帰ることにした。


 月明かりにレオの小さな体が照らされ地上に影を作る。

 レオの髪が靡き蒼き双眼が道先を映す。

 その道先が屋敷までの道なのか、これからの人生という道なのか、分かるのはレオ本人だけだった。



「三時か。寝よ」

 屋敷に帰ったレオは汗だくだったので、離れの建物にある風呂で汗を流した。このことが母イレイナに見つかったらどうなることか分かったものではない。

 今更バレる心配をしながらレオは眠りについた。
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