19 / 33
第2章 前世 シャルル視点
5 兵士たちからの加害 ※微
しおりを挟む
ある日、庭で素振りをしていると、仕事が終わった夜警の兵士たちの会話が聞こえてきた。
「王子っていっても、人質だろ? それに、こんなところで忘れられた王子じゃねぇか」
「でもなあ」
「王族に触れるなんて機会、これを逃したらもうねぇぞ。あんな綺麗な子供、平民には、いやあ貴族の子供にもいねぇ。あんな綺麗なのは王族だけなんだよ。王族だぞ?さわりてぇなあ」
「おい、まだ10歳だぞ。変な気起こすなよ」
「変な気なんざ起こさねえさ。ちょっとばかし、みんなで遊んでやるだけだ。お前だって、ちょっと触ってみたいと思うだろう?」
「まあ、それは否定できんな」
後はごしょごしょという声だけで聞こえなかった。シャルルは身震いした。なにかねっとりした不潔なものがまとわりついてくるような不快さだった。
今日はもうやめようと、宮に戻りかけた時だった。
練習用の模造剣をしまおうと、物置小屋の扉を開けた時、横から手が伸びて羽交い絞めにされ、物置小屋の背後まで引きずられた。
今まで、シャルルの身体を触れたことがあるのは、両親と乳母、マリアンとそしてアレクサンダーだけだった。
王族の身体は許可なく触れてはいけないのだ。許可なく触れれば、処罰の対象になることは周知の事実だった。
それが、今、無遠慮に後ろから羽交い絞めにされていることに、シャルルはパニックを起こしそうになっていた。
「おい。お前は口を押さえろ」
「まかせとけ」
二人目の兵士がシャルルは口をふさいだ。暴れたが相手は鍛えられて兵士で、びくともしない。
何をされるのかわからない恐怖で目の前が真っ黒になった。
「ご心配いりません、王子様。みんなでちょっと遊ぶだけです」
前に立っていた三人目の兵士がシャルルのシャツのボタンを外していった。
「うん? これはなんだ?」
兵士はシャルルの首からぶら下げられていた、布袋を手に取った。
シャルルの身体が硬直した。
兵士はにやりと笑い、「へえ、王子様がこんなに大切にしている物ってなんでしょうねえ」といって袋を取り上げた。
もごもご
シャルルは精いっぱい暴れたが、抑えつける兵士の力が増しただけで、どうすることもできなかった。
「やけに軽いな。何が入ってんだ? うん? なんだこれ?」
袋を逆さに振ってでてきたのは、糸でしばった黒い髪の房だった。
「なんだ。髪の毛か。ちぇっ、こんなもの大層に」
シャルルの頭に血が昇った。それは、シャルル以外の誰も触れてはいけないものなのだ。
ぎゃはは、と笑って、兵士は髪の毛を踏み潰した。
無我夢中でシャルルは口を塞ぐ手を噛んだ。口の中に兵士の血の味が滲んだ。シャルルはそれを吐き出した。
「痛え! このやろう!」
切れた兵士が殴ろうとしたが、シャルルの異様な殺気に飲まれて踏みとどまった。
「アレクの髪! それはアレクの髪だ! お前、今、皇太子殿下の髪を踏んだな!」
「え?え? 何ていった? 皇太子殿下? アレクって、もしや」
「そうだ! アレクとはアレクサンダー皇太子のことだ! お前、皇太子の髪を踏んだな! その足で!」
シャルルを拘束していた兵士が驚愕の表情を浮かべた。
「ちょっ、ヤバイぞっ。それはヤバイぞ。黒髪なんて、そうそういねえぞ。それはこの王子様のいうとおり、皇太子殿下の髪なんじゃねぇのか」
「た、確かにな。確かに、これは皇太子殿下の髪だろう。それで、ばれたら俺はどうなる?」
「皇太子殿下の髪を踏んづけたんだ。ばれたら、お前、足を切り落とされるぞ!」
「まじか! だよな! そうなるよな! だけど、お前たちも一蓮托生だぞ」
「俺らも、連座かよ!」
兵士の拘束が緩み、シャルルは四つ這いで這っていって、アレクサンダーの髪を拾った。
その髪を頬に押し付け目を潤ませているシャルルを見下ろし、兵士の一人がいった。
「俺ら、逃げちまった方がよくねえか?」
「おう、それに思うんだけどよ。皇太子殿下から髪をもらうなんてよほどだぞ? この王子様に皇太子殿下の後ろ盾があるとは想定外だ。ばれたら殺されるぞ。あの殿下は半端じゃねぇからな」
「おう、逃げようぜ!」
あっという間に3人の兵士は逃げていった。
アレクの髪の毛が僕を助けてくれた。
アレクの髪の毛があの嫌な兵士たちを追い払ってくれた。
アレクはいつだって、僕を助けてくれるんだ。
シャルルが泣きながら歩いていると、日中勤務の警備兵がやってきたところだった。兵士たちは乱れたシャルルの姿を見て顔色を変えて走り寄った。
シャルルが途切れ途切れに事情を話すと、一人が騎士団本部に連絡に行き、もう一人が侍女のソフィアを呼びにいった。
ソフィアは洗面器に水を張ってくれたので、シャルルは丁寧にアレクの髪を洗った。
アレクサンダーの髪を触っていいのはシャルルだけなのだから。
あんな男に髪を踏ませたことがアレクサンダーに申し訳なく、そして、シャルル自身も悔しかった。自分の最も大切なものを文字通り土足で踏みつけたのだ。
その夜、シャルルは洗ったアレクサンダーの髪の毛を握りしめて眠りについた。
「王子っていっても、人質だろ? それに、こんなところで忘れられた王子じゃねぇか」
「でもなあ」
「王族に触れるなんて機会、これを逃したらもうねぇぞ。あんな綺麗な子供、平民には、いやあ貴族の子供にもいねぇ。あんな綺麗なのは王族だけなんだよ。王族だぞ?さわりてぇなあ」
「おい、まだ10歳だぞ。変な気起こすなよ」
「変な気なんざ起こさねえさ。ちょっとばかし、みんなで遊んでやるだけだ。お前だって、ちょっと触ってみたいと思うだろう?」
「まあ、それは否定できんな」
後はごしょごしょという声だけで聞こえなかった。シャルルは身震いした。なにかねっとりした不潔なものがまとわりついてくるような不快さだった。
今日はもうやめようと、宮に戻りかけた時だった。
練習用の模造剣をしまおうと、物置小屋の扉を開けた時、横から手が伸びて羽交い絞めにされ、物置小屋の背後まで引きずられた。
今まで、シャルルの身体を触れたことがあるのは、両親と乳母、マリアンとそしてアレクサンダーだけだった。
王族の身体は許可なく触れてはいけないのだ。許可なく触れれば、処罰の対象になることは周知の事実だった。
それが、今、無遠慮に後ろから羽交い絞めにされていることに、シャルルはパニックを起こしそうになっていた。
「おい。お前は口を押さえろ」
「まかせとけ」
二人目の兵士がシャルルは口をふさいだ。暴れたが相手は鍛えられて兵士で、びくともしない。
何をされるのかわからない恐怖で目の前が真っ黒になった。
「ご心配いりません、王子様。みんなでちょっと遊ぶだけです」
前に立っていた三人目の兵士がシャルルのシャツのボタンを外していった。
「うん? これはなんだ?」
兵士はシャルルの首からぶら下げられていた、布袋を手に取った。
シャルルの身体が硬直した。
兵士はにやりと笑い、「へえ、王子様がこんなに大切にしている物ってなんでしょうねえ」といって袋を取り上げた。
もごもご
シャルルは精いっぱい暴れたが、抑えつける兵士の力が増しただけで、どうすることもできなかった。
「やけに軽いな。何が入ってんだ? うん? なんだこれ?」
袋を逆さに振ってでてきたのは、糸でしばった黒い髪の房だった。
「なんだ。髪の毛か。ちぇっ、こんなもの大層に」
シャルルの頭に血が昇った。それは、シャルル以外の誰も触れてはいけないものなのだ。
ぎゃはは、と笑って、兵士は髪の毛を踏み潰した。
無我夢中でシャルルは口を塞ぐ手を噛んだ。口の中に兵士の血の味が滲んだ。シャルルはそれを吐き出した。
「痛え! このやろう!」
切れた兵士が殴ろうとしたが、シャルルの異様な殺気に飲まれて踏みとどまった。
「アレクの髪! それはアレクの髪だ! お前、今、皇太子殿下の髪を踏んだな!」
「え?え? 何ていった? 皇太子殿下? アレクって、もしや」
「そうだ! アレクとはアレクサンダー皇太子のことだ! お前、皇太子の髪を踏んだな! その足で!」
シャルルを拘束していた兵士が驚愕の表情を浮かべた。
「ちょっ、ヤバイぞっ。それはヤバイぞ。黒髪なんて、そうそういねえぞ。それはこの王子様のいうとおり、皇太子殿下の髪なんじゃねぇのか」
「た、確かにな。確かに、これは皇太子殿下の髪だろう。それで、ばれたら俺はどうなる?」
「皇太子殿下の髪を踏んづけたんだ。ばれたら、お前、足を切り落とされるぞ!」
「まじか! だよな! そうなるよな! だけど、お前たちも一蓮托生だぞ」
「俺らも、連座かよ!」
兵士の拘束が緩み、シャルルは四つ這いで這っていって、アレクサンダーの髪を拾った。
その髪を頬に押し付け目を潤ませているシャルルを見下ろし、兵士の一人がいった。
「俺ら、逃げちまった方がよくねえか?」
「おう、それに思うんだけどよ。皇太子殿下から髪をもらうなんてよほどだぞ? この王子様に皇太子殿下の後ろ盾があるとは想定外だ。ばれたら殺されるぞ。あの殿下は半端じゃねぇからな」
「おう、逃げようぜ!」
あっという間に3人の兵士は逃げていった。
アレクの髪の毛が僕を助けてくれた。
アレクの髪の毛があの嫌な兵士たちを追い払ってくれた。
アレクはいつだって、僕を助けてくれるんだ。
シャルルが泣きながら歩いていると、日中勤務の警備兵がやってきたところだった。兵士たちは乱れたシャルルの姿を見て顔色を変えて走り寄った。
シャルルが途切れ途切れに事情を話すと、一人が騎士団本部に連絡に行き、もう一人が侍女のソフィアを呼びにいった。
ソフィアは洗面器に水を張ってくれたので、シャルルは丁寧にアレクの髪を洗った。
アレクサンダーの髪を触っていいのはシャルルだけなのだから。
あんな男に髪を踏ませたことがアレクサンダーに申し訳なく、そして、シャルル自身も悔しかった。自分の最も大切なものを文字通り土足で踏みつけたのだ。
その夜、シャルルは洗ったアレクサンダーの髪の毛を握りしめて眠りについた。
24
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に味見されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する
竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。
幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。
白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
シャルルは死んだ
ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる