春、かすみ咲く空の下

 音楽大学在学中から交際していた藤崎春仁(はるひと)の思い出を辿って澤村奏澄(かすみ)は一人で熊本県天草市にある白鶴浜という浜辺を訪れる。
 陽射しの強い夏、春仁に影響を与えたその浜辺で奏澄は彼のいない自分の将来を考える。
 あの日、「俺、留学する」「病気なんだ」春仁から同時に二つの告白をされた。今、出来ることをやりたい。いつ手足が動かせなくなるか分からない原因不明の病気。それを受け止めた上で演奏者を幸せにするようなヴァイオリン製作者になろうと努力していた彼。
 けれど去年、不慮の事故で亡くなってしまう。あまりにも辛く悲しい現実に希望が潰える奏澄。

 あれからもう1年が経つ。

 離ればなれになってしまった二人をつなぐのは彼の作った名前のない曲、そして天草。心苦しい日々を過ごす中、もう会うことのないと思っていた彼が突然目の前に姿を現す。1年前の彼と塞ぎがちだった現在の奏澄が天草の地で再会する。
 眺めた景色、触れた人々、それと無愛想なようでいてそれでもどこか憎めない存在の不思議な猫。どれも忘れることはない。

 やがて、二人で過ごした今までの日々を思い浮かべると共に互いに本当の気持ちを知る。
 「ねぇ、ハル」「ヴァイオリン弾いて」
 懇願する奏澄のために演奏する春仁。春仁の優美な旋律を感じ、やっと自分の進路を見出す彼女。東京へと帰る日の朝、コバルトブルーに光る海を前にし、また、眩いばかりに輝く白い砂浜で奏澄は決意する。ステージマネージャーになって、ピアノも弾き続ける。それから、人として成長して今度は春仁の生まれた春に白鶴浜へ帰ってくる。この浜一面に自分という花を咲かせ、想いを彼に届けようと考える。

 ただ、それにはあと一つ足りないものがある。
 それは、春仁。

 その日が来るまであなたを待っているから、彼女はそう心に秘め、浜を後にする。
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