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 女の子が去っていくとクライヴはこくりと頷いて「静かになった」と心なしか満足そうに呟いた。

 僕は目の前で繰り広げられた戦いに頭をくらくらさせていた。色々気になった点はあったのだが、やはり一番気になったのは

「いつ、薔薇に魔法で印をつけたんだ?」

 これだった。
 クライヴは少々気まずそうに「蕾がついてユウイが喜んでいた日」と答える。それって僕がクライヴを薔薇畑に誘う前のことだよね?

「ユウイが薔薇畑に行く日は……ずっと見てた」

 クライヴがこれ以上ないぐらい気まずそうにボソボソ呟く。
 んん? ここ数日ずっと? 僕が薔薇畑に行く後を追ってきていたってこと?

「何でっ」

「モンスター出たら心配」

 モンスターに襲われないように見守っていてくれていたらしい。全然気が付かなかった……。
 どうりで僕が宿に帰宅した後でクライヴが帰宅するわけだ。僕は女の子の言葉に惑わされてとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 クライヴは僕のことを嫌いになったわけじゃなかった。それどころか、ずっと……。


「ごめん。クライヴ……。僕、あの女の子の言葉に騙されていた。クライヴが僕とパーティーを解消したがっているって、青い薔薇の育成ができない僕にがっかりしたって聞いて、それを信じてしまった」

 ぽろぽろ泣き出す僕を気遣ってクライヴは二階の部屋へと連れて行ってくれた。

「僕はずっと君に対して引け目を感じていたんだ。平凡で特別何の才能もない僕と君とでは釣り合わないって。青薔薇さえ育てられたらこんな自分でも少しは君の役に立てるかもって思った。でもなかなか上手くいかなくて……そんな時に女の子の言葉を聞いたから。本当は離れたくなかったけど、君が望むならってあんな心にもないことを言ってしまった。僕が信じるべきは君だったはずなのに、本当にごめん。自分がとても恥ずかしい」

 僕に別れを切り出されても変わらず見守り続けてくれていたクライヴのことを思うと、劣等感の塊の自分がとても醜く感じられる。今すぐ彼の前から消えてしまいたくなる。
 クライヴから隠れるように手で顔を覆う。

「そんなこと言うな、ユウイ」

 顔を覆っていた手をクライヴによって引き剥がされてしまう。間近で見つめ合う。クライヴの指は頬を流れる涙を拭ってくれる。

「ユウイは俺のこと褒めてばかりだけど、俺にとってはユウイの方がずっとすごいと思う」

「そんな訳ないだろう。僕なんて、全然……」

「聞いて。ユウイは俺にないものをいっぱい持ってる。俺は話すのが苦手で人と揉め事を起こすけど、いつもユウイがやさしい話し方で助けてくれる。それに努力家だ。誰もが諦める青薔薇の研究をずっと続けてる。俺は信じてた。ユウイならきっとできるって」

 信じてたという言葉に胸が熱くなる。

 僕は本当に馬鹿だった。クライヴの言葉に気付かされる。僕がクライヴになれないように、クライヴだって僕にはなれない。僕は僕のままで良かったんだ。

「クライヴ、ありがとう。でも、あの青薔薇の木は駄目だと思う。あの子の言っていた通り次に咲かせられるのは何年先になるか分からないんだ」

「俺は何年先でも待てる。ユウイならまた咲かせられる。絶対に」

「うん。諦めたりしないよ」

 冷たいと言われる顔には今は温かい笑顔が乗っている。自分だけが知る、クライヴの……。僕ときたら、言葉に惑わされてどうしてこの笑顔を忘れてしまっていたんだろう。

「ユウイ。パーティーの解消は、解消か? 恋人に戻ってもいいか?」

 クライヴはそわそわとこちらの顔色を伺う。

「う、うん。クライヴが良ければ……」

「良いに決まってる。俺はユウイとしか組みたくない。ユウイを守りたくてSランクになったのにそれを理由に解消されるなんて嫌だ」

「へ?」

 初めて聞いたクライヴのSランクへの思い。本当はパーティー解消なんて絶対に嫌だと思ったらしいのだが、僕が解消を言い出したのは二回目だったので、その思いを尊重しようとしたのだとか。でも僕のことが心配でたまらなかったのは変わらずだったので、傍でそっと見守るつもりで後を付いて来ていたという。

 クライヴにしてみれば、ランクによって依頼の制限がかかることなどどうでもいいことだったみたいだ……。

「最近クライヴが僕のことを避けているように感じちゃってさ。余計に考えすぎていた。僕達、色々話し合いが足りなかったんだな」

「うん。そのことは反省してる。俺、少しだけユウイのこと避けていた」

「えっ」

 避けられていたのは勘違いではなくて、事実だった。改めてクライヴの口から聞かされると少しショックだ。

「違う、ユウイが思っているようなことじゃない」

 クライヴは首を横に振って理由を語り始める。

「ユウイが好きすぎて……避けてた」

「は」

「俺、ユウイに好きって言葉にして伝えたことなかった。だから、伝えたいと思った。でも口に出そうとしたら……恥ずかしくて駄目だった」

 乙女すぎる理由にぽかんと口を開けて固まった。つまり、僕から目を逸らすことが多かったのも、近づくと火傷したみたいに離れていくのも、全て恥ずかしかったせい?

「でも、それでユウイを傷つけてしまったのは駄目だった。反省してる。これからは、言う。好きだユウイ。もう二度と別れたくない」

 僕が思っている以上にクライヴは僕のことを好いてくれていたみたいだ。彼からの思わぬ告白に、頬はきっと真っ赤になっていることだろう。
 真っ赤になっている僕の頬にクライヴが手を添える。

「キスしていいか、ユウイ」

 クライヴはいつもキスする時、確認してくる。僕がこくっと頷くとほっとしたような顔をして、唇を重ねてきた。クライヴとキスするのは久しぶりだ。

「ごめん。この間……別れてる時だったのに、俺、ユウイに勝手にキスした」

 おずおずと申し訳なさそうに切り出され、目が丸くなる。

「この間って……」

「ユウイ、たぶん寝ぼけてた。下のソファで、夜中に」

 確かに先日、僕はクライヴとソファでキスを交わした。夢かと思っていた出来事は現実だったのだ。やけに感触がリアルだったのも納得だ。

「夢だと思った。朝目が覚めたら自分のベッドだったから……」

「俺が運んだ。あんな場所で寝てたら襲われる」

 危ない、もう絶対に駄目だと首を横に振られる。

「襲わない……だろう。そんな奇特な奴、クライヴだけだよ」

「襲われる。ユウイは可愛い。好きだ」

 ちゅ、ちゅ、と瞼や頬やらあちこちに口づけられる。クライヴ……今までの無口さはどこへ行ったんだろう。反動というやつだろうか。キスの合間に僕に対して「可愛い」だの「好き」だのを繰り返す。

「ん、大変だユウイ。俺、ユウイを襲いたくなった」

 唇を離したクライヴが神妙な面持ちで呟くものだから、ぷはっと笑ってしまった。

「ふふ、いいよ。僕も君と抱き合いたい」



 久しぶりに抱き合うせいだろうか。僕の中に入り込んだクライヴは、いつもよりも大きくて、とても興奮しているように感じられた。


 クライヴに責められるばかりで我を忘れてしまうことも多いから、今日は僕もクライヴを気持ちよくさせたい、と言い張った。
 渋るクライヴの首筋を舐めていたらまだほとんど何もしていないのに「駄目」「出る」と肩を掴まれて押し止められてしまう。

 そのままごろっとベッドに押し倒されて、自分は駄目だと言ったくせに僕のどこもかしこも舐めて愛撫し、とろとろに溶かしたところで彼自身を埋め込んできた。

 クライヴが興奮しているように僕もまた興奮していた。
 鍛え上げられて無駄の一切ないクライヴの肉体。色気すら感じるそれが眼前にあって欲情してしまう。対する僕の体は筋肉とは無縁の、色気などとはおよそほど遠い中肉中背の平凡なもの。だというのにクライヴの目には別のものが映っているのではないだろうか。僕の肌に触れるたびに瞳に情欲の色を濃く灯していく。

 僕以上にこの体を熟知しているのか、硬くなったもので内部の気持ちのいい箇所を擦ってくる。その度にビクビクと震え体が仰け反ってしまう。

「ここが好きか、ユウイ」「可愛い」「震えてる」

 僕の反応を見ては目を細めて、逐一状況を報告してくるクライヴ。とんでもなく恥ずかしい。

「は……そんなことまで言わなくていい」

「これからは、言葉で気持ちを伝える。好き、ユウイ」

 絶対に甘い言葉なんて言わないだろうクール顔の男が、好き、好きと囁きながら僕の体を甘く蹂躙する。ましてや相手は最愛の相手。そんなのとんでもない破壊力に決まっている。
 僕はあっけなく陥落してしまった。目の前がチカチカと白く明滅して、クライヴの背に回していた手は力なくベッドへと沈み込んだ。

 くったりした僕を抱き寄せて、クライヴはやっぱり「好きだ」って耳元で囁いた。




 青い薔薇を咲かせることに成功したのは、それから三年後の話だ。

 以前青薔薇が咲いた土地では、あの時の薔薇が青く色づかせるための魔素を全て吸い上げてしまったために、その後二度と青薔薇が咲くことは無かった。

 同じような土地を探し当てるまでに二年、それから咲かせるまでに一年かかった。

 蕾がやわらかくほころんで、花開く瞬間まで僕は薔薇の木から離れなかった。
 開いた花びらは、晴天の空を写し取った様な鮮やかな青色。
 その青色を見た時、自然と目からぽろりと涙が落ちた。

「随分遅くなってしまったけど、青い薔薇が咲いた」

 三年前、自分に自信が無くてクライヴとの別れを決意したけれど、彼の言葉にはっとさせられた僕はもう二度と自分のことを卑下しなくなった。
 自分のことを信じたのだ。僕ならやれる、絶対に。そうして、それはとうとう実を結んだ。

「ユウイなら出来ると信じてた。ユウイは、すごい」

 頬を流れる涙をやさしく拭ってくれたのは、隣で一緒に薔薇を見守っていたクライヴだった。
 僕のことを、僕以上に信じてくれた人。隣に立つクライヴは、変わらずパーティーの仲間であり、大切な恋人でもある。

 僕はようやく、彼との約束を果たすことができたのだ。





END


                             
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