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 翌朝。
 僕は町はずれの畑へ来ていた。

 我ながら未練がましいとは思うが、青薔薇の育成を諦めていなかったのだ。クライヴからは見限られてしまったけれど、一度約束したことだから、これだけは何とか咲かせたいと思っている。

 クライヴとは昨夜以来顔を合わせていない。
 きっと今頃白魔道士の女の子とパーティーを組んでいるのかもしれない。そう思ったら胸がずきずきと痛んでたまらないけれど、今は自分にできることをやるしかない。
 一度離れてしまった心が戻ることはないって知っている。でもさ、せめて……幼なじみとしてでもクライヴの役に立ちたいって思うんだ。S級として活躍していく彼にとって魔力増強剤は必要なものだから。

 文献を手にしながら土の状態を確かめていく。薔薇の色は土に含まれる魔素の成分によって変化するんじゃないかというところまで突き止めた。これまで各地の土の状態を見ながら薔薇の育成をしてきた。
 この土地の魔素の具合からいっても、青薔薇が咲く可能性はとても高いと僕は思っている。もうじき蕾ができる頃だ。


 こんな風にしてクライヴから別れた数日間、毎日毎日薔薇の様子を見に行った。
 初めはクライヴと宿屋を変えるべきかも? と思ったけれど、万が一青い薔薇が咲いたら薬を渡せなくなってしまう可能性を考えて、宿屋を分けるのは止めた。
 幸い僕が朝から晩まで宿屋に戻ることは無いし、クライヴもまた冒険に出ているのか顔を合わせることは無かった。



 僕は連日の外出のせいか、共用スペースのソファでうとうとしてしまった。
 初めは背もたれに背中を預けていたはずなのに、気が付けばソファに仰向けに寝転がっている状態。だらしないと思いつつ、眠気が強くて体が動かない。意識は暗闇に沈んでいく。

 誰かの気配を感じてふっと目を開けると、真夜中らしくて共用スペースは暗かった。それでもこちらの顔をじっと覗き込む人の存在に気付く。
 この顔は……。

「クラ……」

 クライヴ、と声を上げるより前に唇が塞がれる。彼の唇でもって。
 そうかと思うとしっとりとした舌が口内へと滑り込んでくる。こちらの様子を伺うように初めは遠慮がちだった舌は、僕が拒絶しないことを知ると大胆な動きになってくる。息すら奪い去るように激しく。喘ぐように空気を求める。僕が苦しげなのを知るとクライヴが唇を離す。ようやく息が吸えるようになってほっとする。

 夢にしてはやけにリアルな感触だ。でも、夢であるのをいいことにクライヴの背に手を回して縋りつく。

 ここ数日のことは全て夢で、これが現実なのかと思えてしまう。それぐらい目の前のクライヴがいつも通りに感じられる。口下手だけど愛情表現を態度で伝えてくるところが恋人同士でいた頃と何一つ変わらない。切なさが募ってぽろっと口から言葉が滑り出る。

「寂しかった……」

 僕の言葉にクライヴはいつになく驚いた顔をした。

「だったら、どうして別れる?」

 そんな言い方をすると、まるで別れたくないみたいに聞こえる。心臓がぎゅっと握りつぶされそうなほど痛む。

「君が言ったんじゃないか。僕にがっかりしたって」

 つい責めるような言葉が零れ落ちてしまった。しかしクライヴはすぐさま首を横に振る。

「言ってない」

 彼の言葉が本当だったらどんなに良かったか。

「僕は……君にがっかりされるのが一番辛いんだ……。待っていて。せめて青い薔薇だけは……」

 青い薔薇を咲かせて薬を作るという約束だけは守るから。
 再び睡魔に襲われて、言葉は最後まで続けられなかった。



 パカッと目を開けると、共用スペースのソファではなくて、宿屋の自室のベッドの上だった。
 昨日のことは夢だったのだと知る。

(まあ、そうだよな……)

 昨日の夢は自分に都合の良い夢だった。クライヴが今もまだ僕のことを好きでいてくれるっていう。そんな訳ないのに。
 それにしてもすごい夢だった。欲求不満だろうか。クライヴと交わしたキスを思い返して、きゅうっと胸が切なくなる。

(僕って本当に未練がましい奴……)

 頭を振って気持ちを切り替える。
 今日こそ青い薔薇の蕾が膨らみそうな気がするのだ。


 薔薇畑と化してしまった畑へやってきて、青い蕾がどこかに無いかと葉っぱを掻き分けて探し回る。
 ピンクの蕾、黄色の蕾。どれもこれも青くない。
 どうか今度こそ……祈るような気持ちで畑を歩く僕の目に飛び込んで来たのは、青い花びらを蓄えた蕾だった。しかも一輪だけでなく、何輪も……!

「青い薔薇だ……!」

 とうとう青い薔薇の育成に成功したのだ!

 宿屋へと帰り、クライヴの帰宅を待った。
 僕が宿へ帰宅してからそう時間を置かずにクライヴも戻って来た。クライヴからこちらに話しかけてくることは別れたあの日以来一度もなかった。だから無視される覚悟を決めていたのに、意外にもクライヴは共用スペースに座っている僕に気付くと近づいてくる。

「あの、クライヴ。明日、少しだけ時間をもらえないかな。ついてきて欲しい場所があるんだ」

 緊張しながら何とか言葉を紡ぐと、クライヴはこくっと頷いてくれた。


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