盗賊と領主の娘

倉くらの

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第15章 領主の娘の帰る場所

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 アクアクリスの街、宝石商人ロワーズ宅。

 街に2日ほど前についたレイピアは現在ここに住み込みで働いていた。働いているといっても宝石の売買をしているというわけではない。
 冒険者としてロワーズの屋敷とロワーズ自身を護衛しているのだ。

 アクアクリスの街は現在盗賊団が多く出没している。裕福な家庭や商人宅――特に宝石商などは狙われやすい。
 実際ロワーズの屋敷も盗賊に何度も狙われたという。そのため冒険者を屋敷の護衛として雇い入れている。
 住み込みも可ということで仕事と滞在場所、両方を探していたレイピアはすぐに飛びついた。しばらくここに滞在してこれからのことを考えようと思って。

 宝石商人ロワーズは護衛の仕事をしたいと言ったレイピアに最初は驚きこそしたけれど、女だという理由で差別はしなかった。
 もっとも、本当に仕事ができるかどうかテストをさせられたけれど。


***


「お願いします、ここで働かせて欲しいんです」

「君が、護衛に?」

 ロワーズは40代半ばぐらいで、口髭をたくわえた穏やかな感じの男だ。パッと見、宝石商人には見えない。客との駆け引きをする商売よりも、のんびりと園芸でもしている方が似合っている。
 その彼は驚いた顔で、レイピアを見る。

 無理はない。いくら給料がいいからといって好き好んで盗賊と対峙する危険な仕事につきたがる女性など滅多にいないのだから。
 少し困った様子で、ロワーズは口髭をさする。

「うーん……。護衛の仕事はきついよ? 危険も伴う。ちゃんとこなすことができるかい?」

「大丈夫です!」

 レイピアにとってはその方が好都合でもあった。
 忙しく働いていれば、いろいろ考えないで済む。2年前の父も、きっとこんな気持ちだったのかもしれない。

「ふむ。それじゃあテストをしようか」

「……テスト?」

 眉をひそめるレイピア。

「これは君だけに限らず全員にやっているテストだから。なに、簡単なものだからあまり固く考えなくてもいい。……ラグス」

 ロワーズは『ラグス』と声を掛けた。
 レイピアとロワーズのいる応接間の奥の扉が開き、ラグスと呼ばれた男が入ってきた。

 レイピアの体の2倍はあるのではないかと思うぐらいの屈強な大男だった。顔にも腕にも体にも至るところに刃物の傷があって、何度も死線を越えてきたことを伺わせる。護衛者というより、むしろ彼の方が盗賊に見えなくもない出で立ちだ。
 その迫力に思わずごくり、と息をのむ。

「ほーお。今度はどんな奴が来たのかと思ったら小娘か」

 ラグスはレイピアを見るなりおもしろそうに鼻を鳴らす。

「彼と、戦えということですか?」

 ロワーズはにこやかに笑ったまま、レイピアのその問いには答えなかった。

 屋敷の庭園に出たレイピアとラグスはそれぞれ刃を潰した剣を手に対峙した。

「止めてもいいんだよ?」

「いいえ、やります」

 ロワーズの声を振り払い唇を噛み締め、キッとラグスを睨みつけた。


 勝負はそれほど長くは続かなかった。
 ラグスは一撃で勝負が決まると過信していたのだろう。
 上段から振り下ろされた剣をレイピアは頭上すれすれのところで受け流した。その際に剣と剣が甲高い音を立てる。

「……っな!?」

 小娘と思っていた相手に受け流されるとは露ほども思っていなかったらしい、ラグスが驚きの声をあげる。


 スキルとユーザの剣の腕には適わなかったものの、レイピアの腕は決して悪いというわけではない。2年間のうちに剣の腕を上げたレイピアはそこら辺の者に負けないほどの力を身に付けている。

 剣を引き、素早くラグスの背後に回り込むと腰に下げていた鞘でもって大男の膝の裏を打った。
 思わぬ攻撃をくらったラグスはバランスを崩し、どう、と派手に地面に倒れる。
 呼吸を整えると剣を鞘へと収める。

「いや、なんというか……お見事」

 戦いの行方を見守っていたロワーズが、少々驚いた表情でパチパチと両手を打つ。相手に怪我をさせることもなくラグスを見事に倒したレイピアに対する素直な賞賛の証だった。

「まさかラグスを倒すとは思わなかった」

「そういうテストでしょう?」

 女だと思って、ラグスを倒せるはずがないと思われていたのだろうか……。レイピアはムッと顔をしかめる。

「ははは。このテストはね、別にラグスを倒さなくてもよかったんだよ。彼と対峙して、逃げ出さなければ合格だったんだ」

「……は?」

 ロワーズの口から出た意外な言葉にレイピアは目を丸くした。

「私はラグスと戦えなんて一度も言っていないよ」

 確かに彼は一言も言っていない。レイピアがそう思い込んだだけだ。だが、あの状況だったら誰でも戦うものだと考えるではないか。

「最初に言ったよね? 簡単なものだって」

 ロワーズのテストとは、盗賊を目の前にしても逃げ出してしまわないかどうか確かめるテストだったのだ。ラグスの顔立ちと体格、それを見ただけで怯え、逃げ出してしまう者は多いだろう。
 そこで逃げ出してしまえば雇い入れはなし。
 逃げなければ雇い入れる。そういうことだったのだ。

 確かによく考えてみれば刃を潰した剣とはいえ、本気で戦えばどちらか怪我をしてしまう可能性が大きい。普通に考えたらこれから雇い入れようという相手に怪我をさせるはずがない。戦力にならなくなってしまうのだから。

 そういうことだったの……。
 レイピアは一気に脱力感を覚える。

「それなら、本気で戦う前に止めてくれればよかったのに……」

「ははは、すまないね。なんだか君の勇ましい姿を見ていたら止めるのを忘れていたよ」

 ロワーズはにこやかに笑う。
 やはり商人をしているだけあって、食えない性格だと脱力したレイピアは心の中で思った。そして宝石商人のその人を食ったような態度はどこかスキルを思い出させるものだった。

 ちく、と胸がざわめく。
 感情の揺れを、深く息を吐くことによって胸の奥に押し込めた。



 こうしてレイピアは正式にロワーズの屋敷の護衛として雇われることとなった。寝所として屋敷の一室を与えられたため、そこに向かおうと歩き出す。

「待ってくれ!」

 起き上がったラグスが巨体を揺らし、レイピアの元へ走ってくる。

 さっきは油断したとか、納得いかないもう1度勝負しろとか、そういった内容の言葉が彼の口から出てくるのだと思った。
 だが、ラグスの口から出た言葉、それは―――。

「おみそれしやした、姐さん!」

 ―――だった。
 大男はレイピアの前に跪き、手を取り目を輝かせる。

「……姐、さん?」

 ヒク、と口の端が引きつる。

「俺は今まで誰にも負けたことがなかった。自分の腕を過信しすぎていた……恥ずかしいことです。姐さんに負けてようやく自分が井の中の蛙であることに気がついた。それを気付かせてくれたあんたは女神だ……っ!」

 感動にうち震え、巨体が揺れる。先程までの威圧感はどこへやら、凶暴な大型犬を思わせるラグスが今はまるで従順な子犬のようにしか見えない。
 それに先程から変なことばかり言われている。

「俺を導いてくだせえ!」

「………」

 ぐら、と心なしかレイピアの頭が揺れる。
 頭痛を堪えるように、片手で額を押さえた。






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