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第13章 ゲームの行方
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スキルはレイピアの夜更けの来訪に驚いた様子だった。呆然とした表情で椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
自分がどんな表情をしているのかわからなかった。顔を赤くしているのかもしれないし、青くしているのかもしれない。いずれにしてもきっと酷い顔をしているに違いない。
「どうしたの?」
スキルが少し心配そうに問い掛けてくる。
おそらく昼間のことを気にかけているのだろう。
「……中、入る?」
何も答えずにいると顎で中に入るよう促してくる。それでもやはり顔を俯かせたまま答えずにいるとスキルは少し困ったような表情をして背を向け、歩き出す。
レイピアは一瞬ためらいを見せたが、覚悟を決めるとその背にそっと額を寄せた。
スキルは普段あまり動揺を表に出さない人なのに、今は違った。石のように固まるという言葉を使うとしたら丁度この時だろう。
ぎこちない動きで肩越しにレイピアを振り返り、半ば掠れた声を出した。
「あ、の……?」
「昼間はごめんなさい……。少し、あの時はどうかしていたみたい」
レイピアの声はよく聞いていないと聞き逃してしまいそうなほどか細い声だった。
今の君の方がどうかしている、とスキルは半ば混乱する頭でそう思ったのだが言葉には出さずにいた。ただ驚いた表情で言葉もなくレイピアを見つめるだけ。
顔をスキルの背に埋めたまま、レイピアは身動き1つしなかった。
やがて数秒の沈黙の後―――。
「……前に言ったこと覚えてる?」
突然、スキルがそう切り出した。
前に言ったこと――それは以前ダイヤを取り返そうとレイピアが夜にスキルのテントに忍び込んだときの言葉だ。その時スキルは「次に来たら襲っていいものと見なすぞ?」と言った。
もちろんあの時は冗談で言ったのであって、本気ではない。
今もそう――警告の意味を込めて言っただけだ。あんまりにも危機感がないから。夜に訪ねてきて男にくっ付いてくるなんて、危なっかしいことこの上ない。
だが、レイピアは無言で頷いた。覚えている、という意味を込めて。
今度こそ言葉を失ったスキルの代わりにレイピアが口を開く。
今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。
「私、あなたが好きなの……」
スキルはその告白に動揺を隠し切れず、信じられないという表情をつくる。
「くやしいからずっと認めないようにしていたけれど、もう限界みたい。たぶんあなたに最初に会った時から惹かれていたの……」
彼はそこで理解した。レイピアが夜更けにも関わらずテントを訪れた理由を―――。
今にも消えてしまいそうなレイピアを腕の中に抱き込む。スキルの腕の中にいる娘は逃げ出すことも、拒むこともなかった。顔を俯かせたまま、おずおずと両手をスキルの背にまわした。
「俺も……最初に会った時から君に惹かれていたんだ」
素直に心の内を吐き出すと、顔を上げたレイピアが微かに微笑んだ。今にも泣きそうな顔で。胸を詰まらせたように。
その顔がとても綺麗だなとスキルは思った。
お互いどちらからともなく瞳を閉じて口づけを交わす。
スキルは息ができなくなるくらいに強くレイピアの体を抱きしめた後、横抱きにして軽々と抱え上げた。それほど筋肉があるように見えないのにどこにこんな力があるのだろうか、とレイピアはぼんやり思う。
ベッドにレイピアの体を降ろすと、上から覆い被さるようにして華奢な体を押し倒した。しゅる、とリボンが解かれ胸元が開く。
恥じらい、顔を赤らめたレイピアに微笑をもらすとスキルはもう一度唇に口づけを落とした。
やがて唇が離れ、頬から首筋、胸元へと場所を移動していく。時々混じる浅い吐息と何度も重ねられる唇にレイピアはだんだんと思考能力を奪われていった。
ポツポツとテントを弾く雨音で目が覚めた。
やけに体が重い、と思ったらスキルの腕によってしっかりと抱きこまれているからだった。わずかに顔を傾けると静かに寝息を立てて眠るスキルの顔が見えた。ドクン、と心臓が鳴る。
あの時のような狸寝入りではなく、本当に眠っている。そのことがわかると安堵のため息をもらす。
レイピアはスキルの腕を持ち上げ、その拘束を解いた。だいぶ熟睡しているようで起きる気配は少しもなかった。
ブレンの言うとおり本当に朝が弱いのだ。
毛布を巻きつけたまま体を起こし、ベッドの下に落ちているスキルの服に手を伸ばした。シャラリと音がして服の中からピンクダイヤモンドが転がり落ちた。それを拾い上げ、胸に抱きこんだ。
1ヵ月ぶりの感触。
あれほど取り戻すことができなかったダイヤがこんなにも簡単にレイピアの手の中にある。
やっと取り戻すことができた。
ハラハラと涙が零れた。
それはダイヤがこの手に戻ってきた嬉しさでもあり、別の理由でもあった。
楽になりたくて、苦しみを消したくて彼に身を委ねた。
一瞬の安らぎを得るために。だが、やはりそれは一瞬だけのことだった。満たされた心はすぐにさらなる望みを欲する。
―――ずっと側にいたい。
―――愛して欲しい。
それが無理なことはわかっているのに。
彼は女性に執着しない人だから。いつかは冷めてしまう人だから。
レイピアに好きだと言っていたのも、恋愛ゲームの一環のようなものなのだろう。
彼と肌を重ねたのは抱かれたいと望んだからでもあり、ダイヤを取り戻すことでもあった。
―――朝が弱いというブレンの言葉に従って。
朝ならば確実に取り戻すことができるから。
ダイヤを取り戻すこともなく帰ることはできなかった。このまま帰るのは屈辱的であり惨めだった。
どのみちゲームの期限が終わったら団員達ともスキルとも別れなくてはならないのだから、せめて最後くらい一矢報いたかった。
これ以上自分が惨めにならないように。
だが、こんな方法でしか一矢報えない自分は何て愚かなんだろうとも思う。
ダイヤを手にしたレイピアを見て団員達は、そしてスキルはどう思うだろうか。
軽蔑し、最低だと罵るだろうか。けれどこれで彼に対して一矢報いた女として記憶に残ってくれるだろうか。それとも他の女性達と同じようにいつかは彼の記憶からなくなってしまうのだろうか。
そっとスキルの頬に手を当て、口づける。
相変わらず目を覚ます気配がない。わざと眠ったふりをしているんじゃないか、とさえ思える。
青色の瞳を翳らせ、かぶりを振るとベッドから下りて服を身につけ始めた。
レイピアはスキルを追ってこの場所に来たとき、ほとんど荷物を持ってきていなかった。ダイヤさえ取り返すことができれば他の荷物などどうでもいいようなものだったから。
着替え終わるとのろのろと酷く遅い動作でテントの入り口まで向かい、幕を持ち上げた。そして顔だけ動かしてスキルの方を振り向く。
今、スキルが目を覚まして引きとめてくれたら……。
一時の感情だけの言葉でもいい。
嘘でもいい。
行かないでくれ、と。
愛してる、と言ってくれたら……。
一度彼を愛してしまったこの心は、この先どんなことがあってもスキルの言葉だけを信じて側にいる道を選んでしまうのだろう。
たとえ彼の自分に対する気持ちが冷めてしまっても。
他の女性に心が傾いてしまっても。
(私はどうしようもなく……愚かね)
周りが見えなくなってしまうくらいにスキルのことを愛してしまった自分も。ダイヤを取り戻したいがためにこんな方法を取ってしまった自分も。彼の気持ちが変わってしまうのを恐れて逃げ出すことしかできない自分も。
……全てが愚かだ。
そう、自分は逃げ出すのだ。
サーカス団と、彼の元から。
ポツポツと最初は小さく控えめだった雨音がだんだんと大きくなっていく。どうやら雨は本降りになってきたようだ。
雨雲がたち込めた今の空のように心は晴れそうになかった。
スキルはレイピアの夜更けの来訪に驚いた様子だった。呆然とした表情で椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
自分がどんな表情をしているのかわからなかった。顔を赤くしているのかもしれないし、青くしているのかもしれない。いずれにしてもきっと酷い顔をしているに違いない。
「どうしたの?」
スキルが少し心配そうに問い掛けてくる。
おそらく昼間のことを気にかけているのだろう。
「……中、入る?」
何も答えずにいると顎で中に入るよう促してくる。それでもやはり顔を俯かせたまま答えずにいるとスキルは少し困ったような表情をして背を向け、歩き出す。
レイピアは一瞬ためらいを見せたが、覚悟を決めるとその背にそっと額を寄せた。
スキルは普段あまり動揺を表に出さない人なのに、今は違った。石のように固まるという言葉を使うとしたら丁度この時だろう。
ぎこちない動きで肩越しにレイピアを振り返り、半ば掠れた声を出した。
「あ、の……?」
「昼間はごめんなさい……。少し、あの時はどうかしていたみたい」
レイピアの声はよく聞いていないと聞き逃してしまいそうなほどか細い声だった。
今の君の方がどうかしている、とスキルは半ば混乱する頭でそう思ったのだが言葉には出さずにいた。ただ驚いた表情で言葉もなくレイピアを見つめるだけ。
顔をスキルの背に埋めたまま、レイピアは身動き1つしなかった。
やがて数秒の沈黙の後―――。
「……前に言ったこと覚えてる?」
突然、スキルがそう切り出した。
前に言ったこと――それは以前ダイヤを取り返そうとレイピアが夜にスキルのテントに忍び込んだときの言葉だ。その時スキルは「次に来たら襲っていいものと見なすぞ?」と言った。
もちろんあの時は冗談で言ったのであって、本気ではない。
今もそう――警告の意味を込めて言っただけだ。あんまりにも危機感がないから。夜に訪ねてきて男にくっ付いてくるなんて、危なっかしいことこの上ない。
だが、レイピアは無言で頷いた。覚えている、という意味を込めて。
今度こそ言葉を失ったスキルの代わりにレイピアが口を開く。
今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。
「私、あなたが好きなの……」
スキルはその告白に動揺を隠し切れず、信じられないという表情をつくる。
「くやしいからずっと認めないようにしていたけれど、もう限界みたい。たぶんあなたに最初に会った時から惹かれていたの……」
彼はそこで理解した。レイピアが夜更けにも関わらずテントを訪れた理由を―――。
今にも消えてしまいそうなレイピアを腕の中に抱き込む。スキルの腕の中にいる娘は逃げ出すことも、拒むこともなかった。顔を俯かせたまま、おずおずと両手をスキルの背にまわした。
「俺も……最初に会った時から君に惹かれていたんだ」
素直に心の内を吐き出すと、顔を上げたレイピアが微かに微笑んだ。今にも泣きそうな顔で。胸を詰まらせたように。
その顔がとても綺麗だなとスキルは思った。
お互いどちらからともなく瞳を閉じて口づけを交わす。
スキルは息ができなくなるくらいに強くレイピアの体を抱きしめた後、横抱きにして軽々と抱え上げた。それほど筋肉があるように見えないのにどこにこんな力があるのだろうか、とレイピアはぼんやり思う。
ベッドにレイピアの体を降ろすと、上から覆い被さるようにして華奢な体を押し倒した。しゅる、とリボンが解かれ胸元が開く。
恥じらい、顔を赤らめたレイピアに微笑をもらすとスキルはもう一度唇に口づけを落とした。
やがて唇が離れ、頬から首筋、胸元へと場所を移動していく。時々混じる浅い吐息と何度も重ねられる唇にレイピアはだんだんと思考能力を奪われていった。
ポツポツとテントを弾く雨音で目が覚めた。
やけに体が重い、と思ったらスキルの腕によってしっかりと抱きこまれているからだった。わずかに顔を傾けると静かに寝息を立てて眠るスキルの顔が見えた。ドクン、と心臓が鳴る。
あの時のような狸寝入りではなく、本当に眠っている。そのことがわかると安堵のため息をもらす。
レイピアはスキルの腕を持ち上げ、その拘束を解いた。だいぶ熟睡しているようで起きる気配は少しもなかった。
ブレンの言うとおり本当に朝が弱いのだ。
毛布を巻きつけたまま体を起こし、ベッドの下に落ちているスキルの服に手を伸ばした。シャラリと音がして服の中からピンクダイヤモンドが転がり落ちた。それを拾い上げ、胸に抱きこんだ。
1ヵ月ぶりの感触。
あれほど取り戻すことができなかったダイヤがこんなにも簡単にレイピアの手の中にある。
やっと取り戻すことができた。
ハラハラと涙が零れた。
それはダイヤがこの手に戻ってきた嬉しさでもあり、別の理由でもあった。
楽になりたくて、苦しみを消したくて彼に身を委ねた。
一瞬の安らぎを得るために。だが、やはりそれは一瞬だけのことだった。満たされた心はすぐにさらなる望みを欲する。
―――ずっと側にいたい。
―――愛して欲しい。
それが無理なことはわかっているのに。
彼は女性に執着しない人だから。いつかは冷めてしまう人だから。
レイピアに好きだと言っていたのも、恋愛ゲームの一環のようなものなのだろう。
彼と肌を重ねたのは抱かれたいと望んだからでもあり、ダイヤを取り戻すことでもあった。
―――朝が弱いというブレンの言葉に従って。
朝ならば確実に取り戻すことができるから。
ダイヤを取り戻すこともなく帰ることはできなかった。このまま帰るのは屈辱的であり惨めだった。
どのみちゲームの期限が終わったら団員達ともスキルとも別れなくてはならないのだから、せめて最後くらい一矢報いたかった。
これ以上自分が惨めにならないように。
だが、こんな方法でしか一矢報えない自分は何て愚かなんだろうとも思う。
ダイヤを手にしたレイピアを見て団員達は、そしてスキルはどう思うだろうか。
軽蔑し、最低だと罵るだろうか。けれどこれで彼に対して一矢報いた女として記憶に残ってくれるだろうか。それとも他の女性達と同じようにいつかは彼の記憶からなくなってしまうのだろうか。
そっとスキルの頬に手を当て、口づける。
相変わらず目を覚ます気配がない。わざと眠ったふりをしているんじゃないか、とさえ思える。
青色の瞳を翳らせ、かぶりを振るとベッドから下りて服を身につけ始めた。
レイピアはスキルを追ってこの場所に来たとき、ほとんど荷物を持ってきていなかった。ダイヤさえ取り返すことができれば他の荷物などどうでもいいようなものだったから。
着替え終わるとのろのろと酷く遅い動作でテントの入り口まで向かい、幕を持ち上げた。そして顔だけ動かしてスキルの方を振り向く。
今、スキルが目を覚まして引きとめてくれたら……。
一時の感情だけの言葉でもいい。
嘘でもいい。
行かないでくれ、と。
愛してる、と言ってくれたら……。
一度彼を愛してしまったこの心は、この先どんなことがあってもスキルの言葉だけを信じて側にいる道を選んでしまうのだろう。
たとえ彼の自分に対する気持ちが冷めてしまっても。
他の女性に心が傾いてしまっても。
(私はどうしようもなく……愚かね)
周りが見えなくなってしまうくらいにスキルのことを愛してしまった自分も。ダイヤを取り戻したいがためにこんな方法を取ってしまった自分も。彼の気持ちが変わってしまうのを恐れて逃げ出すことしかできない自分も。
……全てが愚かだ。
そう、自分は逃げ出すのだ。
サーカス団と、彼の元から。
ポツポツと最初は小さく控えめだった雨音がだんだんと大きくなっていく。どうやら雨は本降りになってきたようだ。
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