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第2章 2つの顔を持つ男
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ホットリープの街から少し外れた広大な空き地。
くるぶしの辺りまで背を伸ばしている草むらの中に、巨大な赤と白のストライプ模様のテントが立てられた。
周りには何台もの馬車と、動物が入った檻。そして宿舎用に使われるいくつもの小さいテントが軒を連ねるようにして立っていた。これらのテントは宿舎用だけでなく衣装など小道具が置かれているものにも使われている。
そこに住んでいるのは、サーカスという見せ物をして街から街へ移り歩く旅芸人達だった。
彼らのステージである巨大なテントは、団員50人がかりでおよそ3日かけて立てられた。1日目はテントを支えるための支柱を何本も立て、そして2日目にテントを張り、3日目でステージと観客席がつくられた。
幸い穏やかで風のない日が続いたため、順調に作業は進んだ。
ようやく昨日になってその作業を終えた団員達は、来るべき公演の日に向けてリハーサルや稽古といった自分の役目を果たしていた。
街では路上においてサーカスの来訪を告げるビラが配られ、店やら民家の壁やらいたるところにポスターが貼り付けられた。
娯楽の少ない田舎のホットリープは思いがけない旅人達の来訪に誰もが心を弾ませた。
そうしてサーカスの幕が開く日を今か今かと待ち望んだ。
***
くあ~っと大きな欠伸をして1人の青年が宿舎用の白色のテントから出てきた。
目を眠たげにとろりとさせて、前髪をかきあげている。何とも気だるげな雰囲気だ。
探していた目的の人物を目ざとく見つけたリグは、肩をいからせてその青年に走り寄って行く。
「若君! 仕事は明日なんですよ!? こんなところで寝ていてどうするんです。打ち合わせに出てくれないと」
今にも口から火を吹きそうな勢いでリグは怒鳴った。
若君、と呼ばれた青年は名をスキルという。
彼はこのサーカス団の団長の息子にして次期団長の座にある人物だ。そのため彼は団員から「若君」と親しみを込めて呼ばれることが多かった。リグもそう呼んでいる1人である。
リグはサーカス団の一員だ。
主に動物の世話を任されていて、同時にスキルを幼い時から世話している。
ある意味育ての親とも言える彼の怒鳴り声にもスキルは全く悪びれる様子もなく、何を怒っているのかとばかりにのん気に肩をすくめてみせた。それがまた彼の怒りをよけいに煽った。
こめかみに青筋を浮かべて再度怒鳴り声を上げる。
「若君!!」
「あ~、悪い悪い」
スキルは悪戯っぽく笑って片手を謝る形で顔の前に突き出して謝罪した。けれど実際のところ本当に謝っているかと言えば怪しいものだ。
いや、むしろ少しも悪いと思っていない。長いつきあいのリグにはそれがわかる。
黙って立っていればスキルは男の自分から見ても良い男だと思う。
年齢はまだ22歳と若く、サラサラとした金髪と整った顔立ち、すらりとした体格。
ステージに上がった彼は貴族のような振る舞いと、それに似合わないスリリングな演技の数々で女性はおろか男性の心も魅了して止まない。実際スキルの母親は貴族だったらしいので血は受け継いでいるのだが……。
しかし普段の彼は貴族らしいところはちっともなく、まるで悪戯小僧のようだ。
毎度のようにリグはこの風のような悪戯小僧に手を焼かされている。
再度怒鳴り声をあげようとしたリグは、スキルが今までいたテントから1人の少女が出てくるのを見つけて絶句した。
頭が真っ白になる。
テントから出てきたのは、シャンナリーという名の少女だ。
艶やかな黒髪と薔薇色の頬をしていて誰から見ても「守ってやりたい」と思わせるような少女。そのシャンナリーは今や黒髪を少しだけ乱れさせて、身にまとった服にしわをつけている。頬を上気させて、マスカット色の瞳を潤ませて―――。
シャンナリーはリグと目が合うと、恥ずかしそうに目を伏せてスキルの後ろにささっと隠れた。
テントの中で行なわれていたことが容易に想像つき、リグは頭を抱える。
大事な打ち合わせを放り出して何をやっているのだろうか!
風紀が大変乱れている!
「若君、あなたという人は! ああもう、こっちに来てください」
リグは頭を掻きむしった後、半眼でスキルを睨みつけると、半ば引きずるようにして彼の腕を引っ張って隣のテントに連れていった。
「これから明日に向けて大事な報告があります!」
リグはバン、と机を叩いた。
そして怒りが抜けきれていないらしく、震わせた手で報告書を取り出した。座っている椅子が小刻みにカタカタと揺れる。
スキルは興味がなさそうに再度大きな口を開けて欠伸をした。
だらしないとも言える行動だか、彼がやるとそれが1つの優雅な動きに見えてしまうのだから不思議である。しかしリグはますます苛々する一方だ。
カタカタと再び椅子が揺れる。リグの怒りを物語っているようだ。
「明日の打ち合わせはもう午前中に終わったはずだろう?」
「それは公演の方です。私が今から言うのは明日のピンクダイヤモンドの件です」
リグの言葉にスキルは鋭く碧眼を光らせた。
「そうか、悪かったな。報告を聞こう」
短く謝罪をすると、スキルは先程の態度とはまるっきり正反対の真面目な顔つきになった。
そして奥から2脚椅子を引っ張りだすと、リグに1つを渡し彼も腰をかけた。長い足を組んでその上に肘を乗せて頬杖をつく。一見すると不真面目そうなのだが、これがスキルにとって真面目に話を聞く体勢であることをリグは知っている。
ようやく本気になったな、と安堵のため息をつく。
そう、このサーカス団こそレイピアの屋敷に予告状を送りつけた主であった。
表の顔はサーカスとして、裏の顔は盗賊として。全員が全員盗賊稼業に手を染めているわけではないものの、スキルを筆頭として全国を股にかけて活動していた。
「領主宅には昨日1人娘が戻ってきたそうです」
リグは報告書に書かれた内容をそのまま読み上げる。
「戻ってきた?」
「はい。領主の娘は冒険者として今まで旅に出ていたようです。どうやら父親である領主に呼び戻されたようですね。ダイヤの警護をするためでしょうか」
スキルはその言葉に興味を持ったように眉を上げる。
「領主の娘が冒険者……ね。しかもダイヤの警護をするだって? 世の中面白いこともあるもんだ。単なるお嬢様じゃないということかな」
リグから報告書を受け取るとしげしげとその内容を確かめた。レイピアという名前にスキルはおや、と目を見張る。
レイピアといったら剣の名前ではないか。
レイピアは装飾を施された美しい剣ではあるが、領主の娘の名にしては相応しくない。
名前の通り剣のような鋭さを持っているのか、それとも単に名前だけのお嬢様なのか。一体どんな顔をしているのだろう。
あれこれと考えていたらリグの声で現実に引き戻された。
「当日は屋敷のどこかに隠すものだと思われます」
スキルもこの意見に頷く。大方の貴族連中は予告状を出すとよけいに見つかりにくい場所に隠そうとする。ここの領主もまた一緒だろうとスキルは考えたのだ。例え娘が冒険者であったとしてもわざわざ胸に下げるようなことはしないだろう。
もっともどこに隠したとしてもスキルには見つける自信があったが。
狙った獲物を逃がしたことなど、今まで1度もない。例えそれがどんなに盗み出すのが困難な物であっても同様だ。
「お嬢様の部屋に隠すということもあり得るかな? 女性の部屋を荒らすのは気が引けるが…仕方がないな」
くっくっと喉をならして楽しげに目を細めた。
リグは眉を寄せたが、スキルに意見することはなかった。
彼は悪戯がすぎる傾向があるものの、盗賊としての腕は確かで、信頼を寄せているからだ。
くるぶしの辺りまで背を伸ばしている草むらの中に、巨大な赤と白のストライプ模様のテントが立てられた。
周りには何台もの馬車と、動物が入った檻。そして宿舎用に使われるいくつもの小さいテントが軒を連ねるようにして立っていた。これらのテントは宿舎用だけでなく衣装など小道具が置かれているものにも使われている。
そこに住んでいるのは、サーカスという見せ物をして街から街へ移り歩く旅芸人達だった。
彼らのステージである巨大なテントは、団員50人がかりでおよそ3日かけて立てられた。1日目はテントを支えるための支柱を何本も立て、そして2日目にテントを張り、3日目でステージと観客席がつくられた。
幸い穏やかで風のない日が続いたため、順調に作業は進んだ。
ようやく昨日になってその作業を終えた団員達は、来るべき公演の日に向けてリハーサルや稽古といった自分の役目を果たしていた。
街では路上においてサーカスの来訪を告げるビラが配られ、店やら民家の壁やらいたるところにポスターが貼り付けられた。
娯楽の少ない田舎のホットリープは思いがけない旅人達の来訪に誰もが心を弾ませた。
そうしてサーカスの幕が開く日を今か今かと待ち望んだ。
***
くあ~っと大きな欠伸をして1人の青年が宿舎用の白色のテントから出てきた。
目を眠たげにとろりとさせて、前髪をかきあげている。何とも気だるげな雰囲気だ。
探していた目的の人物を目ざとく見つけたリグは、肩をいからせてその青年に走り寄って行く。
「若君! 仕事は明日なんですよ!? こんなところで寝ていてどうするんです。打ち合わせに出てくれないと」
今にも口から火を吹きそうな勢いでリグは怒鳴った。
若君、と呼ばれた青年は名をスキルという。
彼はこのサーカス団の団長の息子にして次期団長の座にある人物だ。そのため彼は団員から「若君」と親しみを込めて呼ばれることが多かった。リグもそう呼んでいる1人である。
リグはサーカス団の一員だ。
主に動物の世話を任されていて、同時にスキルを幼い時から世話している。
ある意味育ての親とも言える彼の怒鳴り声にもスキルは全く悪びれる様子もなく、何を怒っているのかとばかりにのん気に肩をすくめてみせた。それがまた彼の怒りをよけいに煽った。
こめかみに青筋を浮かべて再度怒鳴り声を上げる。
「若君!!」
「あ~、悪い悪い」
スキルは悪戯っぽく笑って片手を謝る形で顔の前に突き出して謝罪した。けれど実際のところ本当に謝っているかと言えば怪しいものだ。
いや、むしろ少しも悪いと思っていない。長いつきあいのリグにはそれがわかる。
黙って立っていればスキルは男の自分から見ても良い男だと思う。
年齢はまだ22歳と若く、サラサラとした金髪と整った顔立ち、すらりとした体格。
ステージに上がった彼は貴族のような振る舞いと、それに似合わないスリリングな演技の数々で女性はおろか男性の心も魅了して止まない。実際スキルの母親は貴族だったらしいので血は受け継いでいるのだが……。
しかし普段の彼は貴族らしいところはちっともなく、まるで悪戯小僧のようだ。
毎度のようにリグはこの風のような悪戯小僧に手を焼かされている。
再度怒鳴り声をあげようとしたリグは、スキルが今までいたテントから1人の少女が出てくるのを見つけて絶句した。
頭が真っ白になる。
テントから出てきたのは、シャンナリーという名の少女だ。
艶やかな黒髪と薔薇色の頬をしていて誰から見ても「守ってやりたい」と思わせるような少女。そのシャンナリーは今や黒髪を少しだけ乱れさせて、身にまとった服にしわをつけている。頬を上気させて、マスカット色の瞳を潤ませて―――。
シャンナリーはリグと目が合うと、恥ずかしそうに目を伏せてスキルの後ろにささっと隠れた。
テントの中で行なわれていたことが容易に想像つき、リグは頭を抱える。
大事な打ち合わせを放り出して何をやっているのだろうか!
風紀が大変乱れている!
「若君、あなたという人は! ああもう、こっちに来てください」
リグは頭を掻きむしった後、半眼でスキルを睨みつけると、半ば引きずるようにして彼の腕を引っ張って隣のテントに連れていった。
「これから明日に向けて大事な報告があります!」
リグはバン、と机を叩いた。
そして怒りが抜けきれていないらしく、震わせた手で報告書を取り出した。座っている椅子が小刻みにカタカタと揺れる。
スキルは興味がなさそうに再度大きな口を開けて欠伸をした。
だらしないとも言える行動だか、彼がやるとそれが1つの優雅な動きに見えてしまうのだから不思議である。しかしリグはますます苛々する一方だ。
カタカタと再び椅子が揺れる。リグの怒りを物語っているようだ。
「明日の打ち合わせはもう午前中に終わったはずだろう?」
「それは公演の方です。私が今から言うのは明日のピンクダイヤモンドの件です」
リグの言葉にスキルは鋭く碧眼を光らせた。
「そうか、悪かったな。報告を聞こう」
短く謝罪をすると、スキルは先程の態度とはまるっきり正反対の真面目な顔つきになった。
そして奥から2脚椅子を引っ張りだすと、リグに1つを渡し彼も腰をかけた。長い足を組んでその上に肘を乗せて頬杖をつく。一見すると不真面目そうなのだが、これがスキルにとって真面目に話を聞く体勢であることをリグは知っている。
ようやく本気になったな、と安堵のため息をつく。
そう、このサーカス団こそレイピアの屋敷に予告状を送りつけた主であった。
表の顔はサーカスとして、裏の顔は盗賊として。全員が全員盗賊稼業に手を染めているわけではないものの、スキルを筆頭として全国を股にかけて活動していた。
「領主宅には昨日1人娘が戻ってきたそうです」
リグは報告書に書かれた内容をそのまま読み上げる。
「戻ってきた?」
「はい。領主の娘は冒険者として今まで旅に出ていたようです。どうやら父親である領主に呼び戻されたようですね。ダイヤの警護をするためでしょうか」
スキルはその言葉に興味を持ったように眉を上げる。
「領主の娘が冒険者……ね。しかもダイヤの警護をするだって? 世の中面白いこともあるもんだ。単なるお嬢様じゃないということかな」
リグから報告書を受け取るとしげしげとその内容を確かめた。レイピアという名前にスキルはおや、と目を見張る。
レイピアといったら剣の名前ではないか。
レイピアは装飾を施された美しい剣ではあるが、領主の娘の名にしては相応しくない。
名前の通り剣のような鋭さを持っているのか、それとも単に名前だけのお嬢様なのか。一体どんな顔をしているのだろう。
あれこれと考えていたらリグの声で現実に引き戻された。
「当日は屋敷のどこかに隠すものだと思われます」
スキルもこの意見に頷く。大方の貴族連中は予告状を出すとよけいに見つかりにくい場所に隠そうとする。ここの領主もまた一緒だろうとスキルは考えたのだ。例え娘が冒険者であったとしてもわざわざ胸に下げるようなことはしないだろう。
もっともどこに隠したとしてもスキルには見つける自信があったが。
狙った獲物を逃がしたことなど、今まで1度もない。例えそれがどんなに盗み出すのが困難な物であっても同様だ。
「お嬢様の部屋に隠すということもあり得るかな? 女性の部屋を荒らすのは気が引けるが…仕方がないな」
くっくっと喉をならして楽しげに目を細めた。
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