塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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10話 塔の魔術師といにしえの種族

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 唇と唇をくっ付ければ魔力が供給できる。そのことを考えてフレンの唇を見つめていた。
 しばらくそうして眺めていたらピクッと唇が震え、フレンが目を覚ました。

「エーティア様……?」

 思いの外俺が近くにいたせいか、わずかに驚いた様子を見せる。
 しまった、じろじろと見すぎていたようだ。こほんと咳払いをしてから声を掛ける。

「もう大丈夫なのか?」

「はい、お陰様で。ゆっくり休ませていただきました」

 眠る前は疲れた顔をしていたが、元気を取り戻したように見える。顔色もかなりいい。良かったと胸を撫で下ろした。
 サイラスがたき火を消し始める。

「さて、フレンも元気になったことだし森から脱出する方法を探さないとな。しかし、この森からどうやったら出られるだろうなぁ」

「そのことですが、方法があるかもしれません。アゼリア様と連絡を取る手段があることを思い出しました」

 フレンが荷物の中から取り出したのは、銀色の手鏡だった。

「これは以前アゼリア様からいただいた連絡用の魔法具です」

 俺が記憶を無くす前のこと。アゼリアという魔女とは色々あって、フレンは詫びとして『一度だけ何でも言うことを聞く』という条件でその魔法具をもらったのだという。

「すでにその一度は使ってしまいましたが……、この際やむを得ません。この魔法具を使ってアゼリア様に助けを求めましょう」

「確かに、この森を脱出するにはワープがないと無理か……」

 サイラスがうーんと唸った。

「はい。流石に俺のワープでは不安定なので全員を連れて脱出することは出来ませんし、記憶の無いエーティア様にも難しいでしょう。何より今のエーティア様に魔術を使って欲しくありません。だからこれを使います」

 フレンが銀色の手鏡を掲げると、鏡の部分から光が溢れだした。

「はあい、アゼリアちゃんです!」

 ピンクのフリフリとしたドレスを身に纏った女が、弾むような声を上げて鏡の中から現れた。

「あら、みんなお揃いでこんなところにいたのね。それに、フレンちゃんが約束を破ってもう一回鏡を使うなんて、何だか訳ありみたいね。本来魔法具を使って魔女を呼び出した上、願いをかけるにはそれ相応の対価が必要なのよ。覚悟はできている?」

 アゼリアが瞳を細め、その指がフレンの顎にかかる。
 何だか妖しくて嫌な雰囲気を感じて心がザワザワする。

「申し訳ありません、緊急事態でした。俺にできることがあれば何でもしますので、もう一度だけ願いを聞いてください。この森から脱出させていただけませんか」

 咄嗟にフレンとアゼリアという魔女の間に割り込んだ。フレンから指を引きはがす。

「おい、お前。対価って何だ。フレンは俺を助けにここに来たんだ。だったら俺が払うのが筋だろう」

「いけません。約束を破ったのは俺なのですから」

「いいやお前は離れていろ。この魔女とやらは嫌な感じがする! 危険だ、危ない! 駄目だ!」

 こちらのやり取りを見てアゼリアはくすくすと笑った。

「ふふ、まあいいわ。今回は特別に手伝ってあげる。二人は私のお友達だものね。対価は、いらないわ。でもその鏡はもう返してもらうわね。それはいつまでも持っていてはいけないものなの」

 対価が必要だと言っていた割にはあっさりとそれをひるがえした。
 ……いいのだろうか?

「ふむふむ。ここには惑わしの術が森全体にかかっているのねぇ。確かにこれだと普通の方法で森から出ることは難しいみたい。だけどエーティアちゃんならできると思うんだけど、一体どうしちゃったの?」

 アゼリアが不思議そうに首を傾げたので、代わりにフレンが事情を説明した。

「ええーっ、エーティアちゃんって相変わらず面倒ごとに巻き込まれているのねぇ。受け答えがいつもと違っているなぁって思っていたから納得したわ。すごくおもしろ……ううん、大変ね!」

 今、面白そうと言いかけなかったか!?

「私を頼って来たのもそういうことだったのね。それじゃあアゼリアちゃんのワープでみんなをここから連れ出してあげる」

 性格にかなり難がありそうだが……、頼もしく見えるのは確かだった。
 これによって森で迷い続けていたことが嘘のように、俺達はあっという間に脱出することができた。


***


 移動したのは巨大な塔の前だった。闇の中、静かにそびえ立っている。
 辺りが暗いこともあって、よりいっそう不気味に映る。

「な、何だ、ここは……」

 そんなことは万が一にもないだろうが、もしかしたら自分を閉じ込めるためにここに連れて来たのでは、とさえ思った。ぶるぶると体を震わせていると、フレンによって体を支えられた。

「エーティア様は普段ここに住んでいます。記憶を思い出すかもしれないと思い連れて来ていただきましたが……申し訳ありません、怖がらせてしまったようです」

「ここに住んでいるだと……? 嘘、だろう。こんな不気味な場所に?」

 いくら元々住んでいるとはいえ、記憶の無い状態で置いて行かれるのは嫌なのでフレンの服を掴んだ。

「うーん。記憶のないエーティアちゃんにはこの塔がそんな風に見えるのね」

「俺だけじゃないだろう。他のみんなだってそんな風に見えるはずだ」

「……まあ、言いたいことは分かる。街外れに建っていることもあって、少々不気味ではある」

 サイラスが賛同するが、それに対して頬を膨らませて反論したのはエギルだった。

「そんなことないです! ここは僕達の家です!! ここはあったかくて、とっても素敵な場所です!! そんなこと言ったらヤダです! 不気味じゃないです!!」

 エギルの剣幕にハッと我に返る。住んでいるエギルにとってみれば大切な家をけなされたようなものだ。それは失礼だった。
 慌てて二人で謝罪を口にする。

「すまん、エギル!」

「す、すまない。悪く言うつもりはなかったんだ」

 一人で住んだら静かすぎて不気味だろうが、賑やかなエギルがいるのならこの塔の雰囲気も少しは明るくなる気がする。
 謝罪はすぐに受け入れられた。

「いいですよ。もう怒ってないです」

「そうか、良かった。じゃ、じゃあ中に入るとするか……。い、い、行くぞ」

 意を決して中に入ろうとするとフレンに押し止められた。

「今は改装工事をしているところなんです。工事が終わるまでは中に入ることが出来ません」

「そうか……」

 ほっとする。いくらエギルがいるとしても、この塔で暮らすのはやはり怖かった。せめて記憶が戻ってからがいい。
 それにしてもどうして以前の自分は、この塔で暮らすことを選んだのだろう……?
 寂しいとは思わなかったのか。
 それ以上にこの塔のどこかに惹かれる要素があったのだろうか。

 だがそれよりも気になったことがある。

「だったら俺はどこに行ったらいいんだ? まさか家がないのか……。の、野宿……とかするのか」

 記憶がない上に家までないだなんて、どうしたらいいのか。
 果たして自分はお金を持っているんだろうか。
 また外で寝るのかと思ったら、目の前がくらくらしてくるようだった。よほど不安げな顔をしていたのか、すぐにフレンが首を横に振った。

「そのようなことはさせられません。あなたは城にお連れしますのでご安心を」

「え……? 城?」

 フレンはアリシュランド王国の第三王子という立場らしくて、今日何度目か分からない驚きを覚えた。それでも自分達が恋人同士だったと聞いた時ほどのインパクトはないが……。

 現在滞在しているという城へ到着するとサイラス達は「お疲れさん! また様子を見に来る」と言って城下町にあるという屋敷へと戻って行った。


 俺はそのままアゼリアによって診察を受ける。
 精神操作魔術を得意としているらしく、今の俺の状態を見るのに適任なのだとか。
 ふむふむ言いながら、アゼリアによって顔や頭を撫で回される。

「エーティアちゃんのこの状態、精神魔術にかかっているみたい。記憶が思い出せない状態にあるの。私が以前フレンちゃんにかけたものと同じね。あの時とは違って人格を変化させる術はかかっていない。記憶にのみ作用されているわ。ただ、エーティアちゃんは魔力耐性がかなり高いのに、それでもかかってしまうってことは『白き翼の一族』用に作られた秘術みたいなものなのかも。通常の精神魔術よりも、もっとずっと高度なものよ」

「それはつまり……」

「私には解けない。術をかけた本人じゃないと難しいわね」

 アゼリアの言葉にフレンの表情が曇った。
 術をかけた本人、逃げてしまったあの冷たい目をした男とまた会わなければいけないということだ。
 それは絶対に嫌だ……。

「後はこれが解けるとしたらエーティアちゃん自身じゃないかと私は思うの」

「俺が……? だが、そんなことできる気がしない」

 いまだに何も思い出せないのだから。
 それに魔術だって使える時と使えない時があって安定していない。
 アゼリアが弱音を吐いた俺の肩に手を置く。

「記憶が思い出せない状態でも無意識で魔術を使っているのだから、魔術というものはエーティアちゃんにとってごく自然に傍にあるものなのよ。記憶が無いからといって消えたわけじゃない。ここでやられっぱなしで終わるエーティアちゃんじゃないでしょ。負けるのは大嫌い、そうでしょう? 内側から精神操作の魔術を破るの」

「分かった、やってみる」

 にっこりと笑ったアゼリアが離れて行く。

「エーティアちゃんになら絶対にできるから。頑張って! それじゃあフレンちゃん、エーティアちゃんをよろしくね。私もちょっと行かなくちゃいけないところがあるからここでお別れ。……さようなら」

 ふっと次の瞬間にはアゼリアは消えていた。
 俺はほとんどアゼリアという魔女のことを知らない。だけど、帰って行く姿に違和感を覚えた。

「何だろう……何か、変じゃなかったか?」

 心なしか、目が潤んでいなかったか……?
 フレンも顎に手を当てて考え込んでいる。

「確かに少し様子が違っていたかもしれません。いつもなら『またね』と言って戻られるはずなのに」

「また来るよな……?」

「はい、きっと」

 胸に落ちたかすかな不安はあったが、今はそれよりも自分の記憶を何とかする方が先だ。




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