塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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6話 塔の魔術師と騎士の愛

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 魔術の才能がないと言っていたフレンだったが、いざ修行を始めてみるとそんなこともなかった。

 複雑な術は空中、あるいは地面に魔法陣を描かなければ発動しないのだが、簡単なものであれば頭の中に描くだけで大丈夫だ。それすら必要のないものも世の中には多い。

 回復は簡単な術にあたり頭の中に陣を描けば発動するが、しかしながら誰もが使えるわけではない。
 そもそも白き魔力がなければ治癒系の術は使えないからだ。
 そして白き魔力を有している者は生まれにくく、存在自体が貴重である。
 だからこそ魔王の暴れまわるこの時代、俺の治癒をしてくれる術者が見つからなかったわけだが……。



 教え始めて数時間もすると、フレンの手の平から微かに魔術の白い光が現れるようになった。

「ほお、なかなかやるではないか。最初からこれだけできれば才能があるぞ」

 俺が褒めると、フレンは嬉しそうに笑う。

「エル様の教え方が上手いからです」

 フレンは魔術への苦手意識が強くて、それが原因でこれまでは上手くいかなかったのかもしれない。
 そして褒められて伸びるタイプなのか? 俺が褒めると驚くべき早さでぐんぐんと成長していった。

 一日の終わりに俺の背に手を当てて回復の魔術を使うというのがフレンの日課になった。
 回復量はごくわずかといったところなので、これを何度も続けていけばいずれは俺の体も癒えるに違いない。

 しかし驚くべきだったのは、フレンは回復の術よりもワープの方が向いていたということだ。難易度はワープの方が上であるにも関わらず。
 ワープは一度行った場所をイメージすることで使える。

 練習方法はこうだ。
 部屋の端にフレンを立たせて俺の腰かけるソファのところまでを目標地点に定めて、頭の中でイメージをさせる。その上で俺が「ここへ来い」と呼びかけるというものだった。
 目標地点を明確にさせておいた方がイメージしやすいと思ったのだ。
 それが良かったのか、俺が呼びかけると部屋の端っこに立って魔法陣を空中に描いていたフレンの姿が消えて……次の瞬間には目の前に現れた。

 ごく短い距離であるが、あっという間にワープを使えるようになったのだ。
 複雑な魔法陣の描き方も完璧だ。

「すごいぞ、フレン! こんなに難しい術を、よくやった!」

 興奮してついフレンの頭を撫でてしまう。
 するとフレンが驚いた顔をした。子供扱いされたようで気に入らなかったのかもしれない、そんなことを考えていたら次の瞬間には目元を赤く染めて恥ずかしそうにした。

 うん? これは……照れているのか?

「エル様は弟子を取られているのですか? その方にもこんな風に褒めていらっしゃるのでしょうか……」

「いいや。俺は弟子など取ったことがない。まあ、弟子と言うならお前がそのような存在なのかもな」

「そう、ですか」

 フレンが明らかにほっとした様子を見せた。
 元の世界でも最近少しずつフレンに修行を付けている。それは魔力耐性を上げるためのもので、アゼリアに精神を操られてしまったことがきっかけだ。
 もう二度とあんなことがないよう俺を守りたいというフレンは修行に懸命に打ち込んでいる。

 弟子だとかそういったことは考えたことがなかったが、改めて考えてみると弟子としてどちらの世界のフレンも大変優秀だ。
 人に教えることは面倒だと思っていた俺でも、フレンの成長を見守るというのは悪くないと思っている。

 ワープに関しては徐々に転移する距離を伸ばしていくことにした。
 このような感じで俺達の魔術修業は順調に進んでいた。


 ***


 連日に渡る修行のせいか、ベッドの上で横になっているとすぐに睡魔が襲ってきた。
 俺はあれからもフレンの部屋で世話になっている。
 怪我はほとんど治っているので病室に戻る気はないし、かといって他の部屋にも行く気になれなかった。

 もう平気だと分かっているが、また第二王子に侵入されたらと思うと気が気でなかったのだ。
 それが分かっているのかフレンは「このままこの部屋をお使いください」と言って、自身はソファで寝る形を取った。


 第二王子の目を誤魔化すためについた『婚約者』という嘘だったが、それはすでに正式なものとなった。
 王のところへ自ら出向いて『婚約者』という形にしてもらったのだ。

 それからフレンがいない隙を見計らって、王には『いずれこの世界の俺が魔力を失う時が来たらフレンを塔によこすように』と約束させてある。
 こうしておけばフレン以外の奴が魔力供給に来ることはないだろう。
 結婚はおろかフレンに別の婚約者ができるという心配もなくなる。

 その時の王の反応はどうだったかというと、何故か泣いていた。
 「エーティア…いえ、エル様が……フレンを望んで下さるなんて。これ以上嬉しいことはありません」とか何とか言っていた。
 俺がフレンを望むことがどうしてそれほどまでに嬉しいのかは分からないが、反対されずに済んだのは良かった。


 俺達は正式な婚約者同士であるので、一緒に部屋にこもることに関して問題なしの状態だ。
 まあ……結婚はしていないので全く問題なしというわけではないけれど。
 しかしこれに関しても婚約者に熱を上げるフレンが片時も離したくないという姿を演じることによって解決した。毎日騎士団での仕事が終わると急いで部屋に戻ってくる。

 これまでの行動とそう変わらないような気もするが……とにかく時間のある時は二人で部屋にこもった。
 実際のところは毎日毎日魔術の修行をしているわけだが、他から見たら婚約者と部屋でいちゃついているように映るだろう。

 フレンと言えば真面目過ぎるほどだったので、多少婚約者に夢中になって羽目を外したところで周囲は温かく見守ってくれるようだ。
 第二王子という悪例があるから余計に微笑ましく見られているらしい。
 そういうわけで俺がフレンの部屋を使うことは問題視されない。

 そうは言っても、流石に毎日毎日ベッドを占領してしまうのは悪い気がしている。
 俺がソファで寝ると言ったのだがフレンは絶対に首を縦に振らなかった。
 それなら「一緒に寝るか?」と肌掛けを捲り上げて問いかけてみたが、フレンは一瞬固まった後神妙な面持ちで「兎です、エル様」と窘められた。
 例の無防備な兎か……む、それは良くないな。うん、よくない。
 フレンを寝床に誘うのを止めて大人しく寝ることにした。



 眠っていた俺は、ふいに人の気配を感じて目を開けた。
 目の前にフレンがいて、こちらを熱のこもった瞳で見下ろしている。

 そのフレンの様子を見て、あぁ、ようやく元の世界に戻って来られたと感じた。
 手を伸ばしてフレンの顔をこちらへと引き寄せる。
 もうずっと長い間触れていない気がして、口づけを交わしたいと思ったのだ。

 唇と唇が重なる。ビクッとフレンが体を震わせて一瞬だけ唇が離れたが、もう一度引き寄せるとすぐに再び重なった。
 小鳥がついばむような軽い感触にもどかしさを覚えて舌を絡めにいく。

「ん、ん……」

 何だかいつもと違ってフレンの口づけがぎこちない気もするが、互いの舌を吸い合う内に気にならなくなっていく。だけど一つだけ気にかかったことがある。

「何で魔力供給してくれないんだ……」

 魔力が不足しているわけではないけれど、今、どうしても欲しい。
 もうずっと長い間もらっていないというのに、どうしてくれないのか。ついつい拗ねたような責めるような口調になってしまう。

「エル、様……」

 それに対して返って来たのは、掠れた声だった。エーティアではなく『エル様』という呼び名。
 眠気が吹き飛んで、目を見開いた。

 まさか……まさか。

「フレン……ッ」

 覚醒した俺の目に飛び込んできたのは、過去の世界のフレンだった。
 ひどく辛そうな表情でこちらを見ている。

 しまった、という気持ちでいっぱいになる。どうやら俺はフレン違いをしてしまったらしい。
 過去のフレンと口づけを交わす、これは間違いなく過去改変案件だ。

 どうする……どうすればいい……。今更なかったことになどできるのか……⁉

「すまない……間違えた」

 何と弁明したらいいのか考えがまとまらず、ぽろっと口から言葉が出てしまった。
 それを聞いたフレンがみるみるうちに顔を青ざめさせて、部屋から飛び出して行ってしまった。

 後に残された俺は呆然とその背を見送ることしかできなかった。

 フレンはよほど怒っているのか、その日は部屋に戻って来なかった。
 探しに行こうかこのまま部屋で待ち続ければいいのか分からず、部屋をうろうろし続けた。
 結局フレンが戻って来たのは次の日の夜だった。



 室内に入って来たフレンの表情は暗く、俺と全く目を合わせようとはせず「魔術の修行をお願いします」とだけ言い、それ以外の会話を交わそうとしてくれない。
 俺が言葉を掛けようとすると「申し訳ありませんが……今は話したくありません」と拒絶されてしまう。

 こんなことは初めてで、俺もそれ以上声を掛けられなくなってしまう。
 これまでと違って魔術にも精彩さはなく、失敗ばかりの状態だった。

「今日はもうここまでにしよう」

 そう告げると、フレンは頷いて部屋から出て行こうとした。
 今日もまたどこかへ行って戻って来ないのか。フレンの服の裾を掴んで引き留める。

「い、行くな……。勝手に口づけなどして嫌な思いをさせた……あれは俺が悪かった。だから許して欲しい」

 フレンの足が止まり、こちらに向き直る。

「あなたは悪くありません。不埒にも眠るエル様を眺めていた俺がいけなかった。あの時の口づけを拒もうと思えばできたのに、それをしなかった。お恥ずかしい話ですが……俺が勝手に自惚れて勘違いをしていただけなんです。あなたに懐かれ頼られているのは俺を好いてくれているからなのだと」

 苦し気な表情で言葉を続ける。

「だけど実際は、あなたは俺ではない誰かと勘違いしていただけだった。恐らくそれは未来にいる恋人なのでしょう。薄々そのことに気付いていたのに、認めたくなくてそこから目を背けていました。俺はあなたが好きです、エル様。初めは守りたいという思いがあなたと接しているうちにすぐに愛へと変わりました。しかしあなたにやさしくされるのも微笑まれるのも、俺に向けられたものではないとはっきりと理解してしまったから……だからこそ、苦しい。必ず気持ちの整理を付けるのでそれまではどうか放っておいてください」

 この世界のフレンもまた俺を好きだと言う。
 しかし事情を知らないフレンは俺が誰か別の者を好いていると思っている。
 本当のことを話せば俺達の関係は変わり、五年後塔へやって来るフレンとの関係も変わってしまう可能性がある。

 だがここで誤魔化しをしたら、今目の前にいるフレンを失ってしまうということはいくら鈍い俺でも分かる。それだけは絶対に駄目だ。
 どんなフレンですら失いたくない。

「話をさせてくれ。お前には本当のことを話すから……だから聞いて欲しい」

「……分かりました」

 必死で引き止めるとフレンは観念したように留まって、こちらの話に耳を傾けてくれた。
 俺が魔王との戦いの後で魔力を失ってしまい、それを助けるために五年後のフレンが塔へやって来たこと。その方法が魔力供給であること。魔力供給の相手はフレンだけにすると、ずっと傍におくという約束を交わし合ったこと、俺達の関係をきちんと伝えた。

「元の世界のお前と間違えたのは確かだが……他の奴じゃない。それだけは信じてくれ」

 話し終わった瞬間に、抱き締められる。

「俺はフレンですが、あなたの知っている男とは違います。それでも……このままあなたを想っていてもいいですか?」

 俺はこくんと頷いた。

「確かに……今のお前と元の世界のお前は少し違う。でも、本質は同じだ。俺には……正直、愛というものが良く分からない。もらうばかりで、お前と同じだけの気持ちを返せている気がしない。そのことはすまなく思っている。だけどどちらのフレンも大切で、傍にいて欲しいと思う。失いたくないんだ……これが俺の偽りのない気持ちだ」

「エル様……今だけでいいんです。今だけでいいから俺自身を見てください。そして叶うことならばあなたからの口づけが欲しい」

「ああ」

 フレンの頬に手を添えて引き寄せた。
 今度は間違えない。
 自分の意思で過去のフレンに口づけた。




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