塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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4話 塔の魔術師と奪われた騎士

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「それにしても黒き森の魔女はどうしてお前に絡んでくるのだろうな? 彼女に何かしたのか?」

「そんな覚えはない。そもそも俺が積極的に誰かを煽りにいくとでも思っているのか?」

 勇者はうーんと考え込んだ後、ふるふると首を振った。

「そう言われるとないな。昔のお前は基本ドライで人には興味なしという感じだったものな。やられたらやり返すはするだろうが、自分から喧嘩を売りにいくようなアクティブな性格でもない」

 勇者の言葉にはちょいちょい引っかかる部分があるが、おおむねその通りだ。自分から面倒くさいことはしない主義なのだ。

「あいつには前々から絡まれているところはあったが、特にひどくなったのは俺が勇者の一行に選ばれた後だった気がする。ただ……あいつの言い分を聞かされても俺にはちっとも内容が理解できなかった。何を言っているのか分からん」

「ははん、俺が思うに女神に選ばれたお前の力に嫉妬してという線が有力だな。天才を羨む気持ちというのか……。ちなみにどんなことを言っていたんだ?」

「『エーティアちゃんばかりイケメンに囲まれてずるい』……だったか。そんなことを言っていたな」

「……は?」

 俺の言葉を聞いた勇者の目が点になった。
 ちょっと何を言っているのか分からない、という表情をしている。
 アゼリアの言い分を俺だけが理解できないのかと思っていたが、そうではないと分かって少し安心した。

「えーと……何か、大変だな?」

 勇者がやけに同情した目で見つめてきたのが印象的だった。


 ***


 俺と勇者がアリシュランドの城に足を踏み入れると、途端に体に異変が生じた。くら、とめまいがした。
 壁に視線を走らせて、ちっと舌打ちをする。

 壁の至る所に魔法陣が巡らせてあったのだ。
 そしてその魔法陣が意味するものは『魔力を散らす』というものだ。この場にいればいるほど俺の魔力は減っていく。

 タンクに溜まった水がちょろちょろと少しずつ流れ出しているイメージだ。それほどのダメージではないものの、このまま流れ続ければいずれ魔力は底をつく。
 この魔法陣を一つ一つ片づけていってもやはり魔力は切れる。

「あの女! 地味な嫌がらせを……‼」

 ネチネチとやってくるやり方に腹が立つ。
 俺が少しずつ弱っていくところを見て、きゃっきゃと笑いたいのだろう。

「大丈夫か、エーティア。俺に関しては自然に魔力が回復するからこの程度全く問題ないが……お前にはきついんじゃないのか」

「ふん、魔力が底を尽きる前に片をつけてやる!」



 アゼリアを探して城内を回るが、そこには異様な光景が広がっていた。
 使用人達の姿が……何故か全員上半身裸だったのだ。
 女達の姿はない。いるのは男ばかりだ。
 そして操られているのか、男達は自分達が上半身裸であることに何の疑問も抱いていないようだ。淡々と仕事を続けている。

「これは、一体⁉ 何で彼らは裸なんだ⁉」

 勇者が視線をうろうろさせて動揺しながら疑問を口にする。それに答えたのは、俺ではなく突如俺達の目の前に現れたアゼリアだった。
 案の定やって来た俺達をどこかから見ていたらしい。

「うふふ、素敵でしょ。逞しい殿方に囲まれてみたかったのよねぇ。筋肉って素敵!」

 頬に手を当てて体をくねらせている。

 この女、本当にどこまでも……

「悪趣味だな‼」

「なによう。エーティアちゃんは細くって全然好みじゃないから仲間には入れてあげないからぁ」

「誰が入るか! 本当にお前の思考は理解できん」

「サイラスちゃんなら歓迎するからいつでもこっちに来てね」

「いや、遠慮しておく」

 流石の勇者も頬を引きつらせて首を振った。

「改めましてようこそエーティアちゃん、サイラスちゃん。パーティーに来てくれてありがとう! 他の二人にも招待状を送ったのだけど、残念ながら来てもらえなかったわ~」

「他の二人というと……剣士と拳闘士のことか。あいつらは魔王を倒した後すぐに国に戻っているからアリシュランドにはいないぞ」

「それは残念ねぇ。イケメンが揃った姿を見たかったのにぃ」

「それよりもフレンは無事だろうな⁉」

「もちろんよ。イケメンを苛めたりしないわ。来て、フレンちゃん」

 アゼリアが呼ぶと、フレンの姿が現れた。
 どうやらフレンはきちんと服を身に纏っていて、安心した。ほっとした俺の表情に気付いたのかアゼリアが不服そうに頬を膨らませた。

「フレンちゃんたらちっとも私の言うことを聞かないのよ。みんなと同じように服を脱いでって言っても無視するの。私を守ってという命令以外聞いてくれないの!」

 フレンの顔を見ると、ふいっとそっぽを向いている。なるほど、アゼリアの言葉通りあまり従順ではないようだ。
 魔力耐性がそれなりにあるお陰で、自分が従いたくないことをするつもりはないらしい。

 ふふん、アゼリアめ残念だったな!
 その時こちらに顔を向けたフレンと目が合った。
 ピクッとその体が一瞬揺れた後で、思い切り睨みつけられる。

 ふむ、魔力耐性があるからといってこちらの言うことを聞くというわけでもなさそうだ。
 フレンにどれほどの精神系の魔術がかけられているか見当もつかないが、俺が嫌われているような状態になっているのは間違いない。
 本当に嫌なことばかりしてくるなあの女は。嫌がらせの達人だな!


 さてこれからどうするか。
 アゼリアはピンクのひらひらしたドレスではなく、俺対策として魔術に対する防御力を上げるローブを身に着けて、ガッチガチに防御を固めている。
 それに今はフレンもいて、物理的な防御も万全の状態だ。

 ここで仕掛けるのは分が悪いか……。
 勇者が目配せで「どうする?」と問いかけてくるが、無言で首を振った。今は様子を見るぞ、とこちらも目配せすると勇者がこくりと頷いた。

「何よ、何よ~二人で通じ合っちゃって。まあ、大方予想はできるけどね。今は様子を見ましょうってことね。当然よね、今の私は防御力完璧だもの。勇者ちゃんがいたとしても今のエーティアちゃんに勝ち目はないと思うわ。だけど、これだとあまりにもエーティアちゃんが可哀想だから、チャンスをあげるわ」

「何……?」

 チャンスだと?
 アゼリアがにっこりと笑う。

「エーティアちゃんには、ここで開かれるパーティーの間中、使用人として働いてもらいます!」

「何だと……⁉」

 俺が使用人として働くだと⁉
 一体何を考えている? そもそもこいつは何がしたいんだ?

 俺に勝つためだというのなら、ここですぐに仕掛けてくればいいというのにそれをしないのは何故なのだろう。
 やはり嫌がらせが目的なのか……?

「このパーティーはね、私のお誕生日をお祝いするものなの。三日間ぐらい盛大にやりたいと思っているのよね。だからエーティアちゃんにもその間中手伝ってもらいたくて」

「何が誕生日パーティーだ。一体何歳だと思っている⁉ 勝手に城を乗っ取って、図々しいにも程がある」

「もう。レディーに年のことを言うのは失礼というものよ。これはエーティアちゃんにとっても悪い話ではないと思うわ。パーティーの間中この城にいるということは、隙を狙えるということでもあるもの。フレンちゃんはこの通り言うことを聞かないところがあるから、常に私の傍にいるわけでもないしね」

「む……」

 確かに、城に滞在していれば隙を狙う機会は生まれるだろう。この魔女も案外ポンコツなところがあるので、なおさらだ。
 しかし……。

「俺に使用人の真似事をしろというのか……」

 家事など一切やらない主義のこの俺に……!

「やりたくないのならいいのよ~。隙を狙う機会が減るだけだもの」

 ふふっとアゼリアは俺がこの話を受けることを確信しているかのように笑った。
 ものすごく嫌すぎる。
 だがフレンが魔女の手にある以上従うしかないのか。

「ぐぐ…。わ、分かった……!」

 歯を食いしばりながら何とかそれだけを返す。体が怒りでぷるぷると小刻みに震える。
 フレンを取り戻すまでの辛抱だと自分に言い聞かせた。

「そうこなくっちゃ。あーん、楽しみ。サイラスちゃんはパーティーに参加者として来てね。一緒にダンスでもしましょう」

 勇者が困ったように目配せしてくるので、こくりと頷いた。
 二人で固まって動いていても仕方がない。こいつには俺とは別口から魔女の隙を付いてもらうとしよう。

「分かった。その誘い、お受けしよう」

「きゃっ。やったやったー! サイラスちゃんとダンスできるわ!」

 パーティーは明日の夜からということになり、今日の所はそれぞれ宛がわれた部屋に戻ることになった。




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