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第1話 ベテラン整備士、追放される

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 『ダンジョン整備士』という職業がある。
 ダンジョンの足場の悪い道を整えたり、壁や地面に空いてしまった穴とか亀裂を埋めたり、冒険者の遺体を回収したりする仕事だ。
 ダンジョンの中で働くのだから、当然危険な職業である。整備士はギルドに雇われた冒険者とセットで働かなければならないくらいだ。

 俺――アルフはその整備士だった。

「アルフ・スペンサー。お前、無理矢理ベルに迫ったそうだな……そんなセクハラ親父は害悪でしかない! このギルドからは追放だ! 一生その汚らしい顔を見せるんじゃない!」

 そう、たった今まで、俺はこの冒険者ギルド――蒼穹そうきゅう万雷ばんらいの整備士だったのだ。
 今ギルド長の横で嘘泣きをする女――ベルに陥れられるまでは。


 俺は15歳のときから、整備士として働いていた。整備士は危険な職業でなり手も少なく、資格も要らなかったから貧乏だった俺にはピッタリの職業だった。
 毎日毎日、一生懸命働いた。
 人一倍働くだけでなく、ダンジョンの地質や、ドロップアイテムとモンスターの関係を寝る間も惜しんで調べた。おかげで穴を埋めやすくなったし、ドロップアイテムを効率的に取る方法の仮説も立てられた。ドロップアイテムに関しては、仕事仲間に馬鹿話だと一蹴されたけど。どんなアイテムが出てくるかは、どうやら完全に運によるものらしい。

 そんな風にして、たまにダンジョンの研究を行いながら、38年、働き続けた。痛む腰や肩にムチを打って。我ながらよくやったと思う。
 人とコミュニケーションを取るのが苦手なせいで、職場は苦手だったけど……

「ギルド長。あの、俺、何もやってません……」
「その言い訳は何回も聞いたぞ、アルフ? ベルだって泣いてるし、それに証拠があるんだ」
「でも俺では……!」
「黙れ!」

 どうにか無実の罪を晴らそうとギルド長に詰め寄るけど、取りつく島もない。

 今朝出勤してすぐ、ギルド長に呼び出された。怒り心頭のギルド長の横ではベルが泣いているし、一体何があったんだろうと思ったらこれだった。
 どうやら俺は、最近整備士として入ってきた若い女性のベルに無理矢理迫ったことになっているらしい。もちろん、そんなことはしていないけど。
 ベルが仕事をサボっていたことを彼女の上司に言ったことがあったから、きっとその報復だろう。チクる気はなかったけど、彼女のサボりは目に余るものがあったのだ。

「証拠を教えてください!」
「お前がベルに抱きついたり、太ももに触ったりしてるのを見たやつがいるんだよ! それにお前の部屋からベルの髪の毛が見つかったぞ! 部屋に連れ込んだんだろう!」

 そんなことしていない。断言できる。だって俺は、ベルとほぼ喋ってさえいないのだ。仕事以外で。
 もしかしたら、ベルにはグルがいるのかもしれない。そういえば、俺が職場で唯一仲良かったガルシアが最近うちに来た。疑いたくはないけど、そのときにベルの髪の毛を置いていったのかもしれない。だって彼以外に、ほぼ誰も家に招かないから。
 ……ていうか、ギルドの職員、いつの間に俺の部屋に忍び込んでたんだ。証拠探しに来てた、てことだよな……? それこそ法律破ってないか? 詳しくは知らないけど……
 
「とにかく追放だ! つべこべ言わずに、とっとと荷物まとめてここから去れ! これは由々しき問題だ。警察に突き出したいところだが……ベルが解雇だけで良いと言った。むしろ恥ずかしいから、言ってほしくないと。だけどな、アルフ。今すぐ出ていかなかったら、即警察に連絡するからな!」

 反論したかったが、しても無駄だろう。向こうは完璧な証拠があると思っている。
 1回息をついて、諦め、静かに頭を下げて、部屋から出た。長年頑張ってたのにな。世の中、理不尽なことばかり。これも仕方ないこと……なんだろう。

 荷物をまとめて、ギルドを出るともうダメだった。次から次へと、涙が溢れてくる。50過ぎて号泣したくはないから、どうにか嗚咽だけは堪えて、それから――

 ダンジョンに向かった。

 最後に、自分の痕跡だけ見たかったのだ。40年近く働いたんだ。どこかに、俺の仕事の跡が残ってるはず。せめてそれが残り続けてくれさえすれば……まだ俺は報われる。

「でもダンジョン、広いからなぁ……」

 1日で周りきれる広さじゃない。
 明日もダンジョンにいれば、仲間に何か言われるだろう。仲間、とは言ってもきっと彼らは俺のことを信用していないだろうけど。
 まぁ、今日くらいは見逃してもらえるだろうから。

「思い出の場所だけでも巡るか」

 俺は自分に言い聞かせ、手始めにと、最近見つけた穴へ歩き出した。
 問題の穴は、ダンジョンの第20層にある。オークが地面にぶつかったときにできたらしく、かなり深いのだ。たぶんだいぶ下まで続いていて、埋めるのが難しそうだった。それで、整備するのは諦めて様子を見ていた穴だ。

「おっ、あったあった」

 注意を呼びかける看板が立てられている穴を覗く。どこまで続いてるんだろう。いつか、また埋めることはできるんだろうか。

「まぁ、ただ見てても仕方ないよな。次行くか」

 穴から視線を上げたその瞬間――

 背中を強く、押された。

「……は?」

 振り返ると、そこには。

「お前、俺のベルに嫌がらせしやがって! 死ねばいいんだ!」

 長年一緒に働いてきた、唯一の友達だったガルシアの姿があった。
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