闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-43

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 大規模な話を聞きながら半分意識がなくなっていたツキヨにアレックスが声をかけてきた。
「難しい話は終わり!あとはレオに任せて、俺たちは織機を見に行こうぜ」
「え?でも、遠いのでは…?」
「おいおい、俺はこーてーへーかなんだぜ!」
「きゃっ!」
 片手で抱き上げあられると「んじゃ、レオ。あとはよろしくな!また言霊でも飛ばすから、いいだろ。ツキヨ、目ぇつぶれよ!」と言われ慌てて眼を閉じるとすぅっと吸い込まれるような空気を感じた。

「この資料を…?」
 レオの目の前には山になった資料や汚い走り書きの紙が残っていた。


 ざぁ…っと木々を揺らす風を感じてツキヨは目を開ける…とそこはさっきまでいた城内ではなく木々の生い茂る林の中だった。
 ツキヨは影移動をしたのだと理解をすると…少し離れたところに見える丸太小屋に向かってアレックスはツキヨを抱えたまま歩き始めた。

「ここで織機を作ってもらっているんだ」
 どんどん!と乱暴に小屋の扉を叩いて即、開ける。叩いた意味はない。
「おう!親父!どうだ?!できてるか?!」
「うるせえ!来るなら静かに来い!!」
 髭もじゃの木工職人の親方のブラウンに怒鳴られた。

「…おい。そのべっぴんさんは何だ?ついに誘拐でもしたのか?早めに自首した方がいいぜ」
「ひでぇなぁ。これが俺の可愛い奥様(予定)だ!!」
 生まれた赤ん坊を披露するように抱いたままツキヨの顔を見せる。
「こんな恰好で申し訳ありません…ツキヨといいます…すいません」
「…このずーずーしい図体のでかいのに何か脅されているのか?金か?親のことか?困っているなら遠慮なく俺に言え。腕っぷしなら負けねぇからな」
「あ、一応大丈夫です」
「ならいいが…俺は職人のブラウンだ。よろしくな」
 前掛けの木屑を払い落して立ち上がり挨拶をしてきた。
 背丈はツキヨよりも低いが捲った袖から見える腕はツキヨの何倍も太く逞しい。
「おいおい、俺はそんな悪い奴にみえるのか?!親父ひでーなぁ!」
「警備隊の世話に10回は世話になっているような顔にしか見えねぇな」
「若い頃に酔って3回世話になった程度だ」
「そうか。ならいい。俺は5回だ」

「はっはっはっは!さすが、親父だな!」
「3回なんてまだまだだな!がははははは!」

 ブラウンは木製の椅子を白い布のかかった機材の前に置いてツキヨに座るように勧めたが、そのまま抱きかかえたままアレックスが座る。
「けっ…お譲ちゃん、考え直すなら早めがいいぞ」
「あ、一応大丈夫です」

 バサッ!と布を取ると例の織機が出てきた。
 前回アレックスが見たときより、部品が増えているようで改良されたようだった。
「これが頼まれて造っていた織機だ。ツキヨちゃんは知ってるかい?これで布を織るんだ」
 いつもより強い力でツキヨはアレックスの腕を解き織機を見つめて「こ、これ…さ、触ってもいいですか?」震える声でブラウンに聞く。
「お?なんだ、これを知ってるのか?」
「はい…これは…私の母の使っていた織機を…再現してもらったものなのです」
「親父に織機の情報を追加で渡したが、その情報の提供元だ。しかも、織り方も知っている」
「お、お譲ちゃん、これで織れるのか?」
「はい!」
「よし、織れ!」
「はい!」
 素早い許可が下りて織機に座る。すでに光沢のある黄金色の糸が張ってあった。
「この糸は…以前アレックス様が見せてくれた糸ですか?!」
「そうだ。これであの糸を布にするんだ…いいぜ、織ってみろよ。感想とか教えてくれ」
 アレックスとブラウンが見守る中、ツキヨは母のオリエと織ったことを少しずつ思い出すと…突然、体の血や骨、筋肉が記憶に突き動かされるように勝手に動き出すような感覚になる。

 足で既に張ってある経糸たていとの踏み板を踏んで上下に開いたところに緯糸よこいとの巻いてあるをすっと通す、そして両方の糸を櫛のようなおさでとんとんとする。
 そして、また経糸の踏み板を踏み、反対側から緯糸の杼を通して筬で整える…織る速度は遅いがアレックスとブラウンはツキヨが織る姿をただぼんやりと見つめていた。
 
 ツキヨも無我夢中で織る…母の膝の上で布を織って父に褒められたこと、きれいな糸を母と選んだこと、母の誕生日にストールを織ったこと、母が亡くなり父が一人で織機の前で泣いていたこと…全ての記憶が熱となりツキヨを突き動かす…それが一つ二つと集まり、少しずつ布に変化をする。

 人が変化をするように。
 月が日々変化をするように。
 人も月も…全ては不変ではない。


 …どのくらい経ったのかツキヨははっとする。

「あ、あの!すいません。夢中になってしまって…」
「いやぁ…いいんだ。何かお譲ちゃんの気持ちが見えるような気がして止められなかった…大したもんだ…記憶は伊達じゃねぇ…」
 ブラウンはじっと1巾程約30cmまで織った布を見る。
 まさに『月色』の布だった。
「これはお譲ちゃんのおっかさんが使っていたのか…」
 簡単にツキヨは母の出自について説明をする。
「そうか…東の国の織機について調べてもっと改良するか…。織り心地はとかはどうだ?」
「織機としては問題はないと思います。
ただし、背が低いとか高いとかあると思いますが、踏み板が固めですね。母は自分で整えていたのかもしれませんが座るところの高さも含めて調整が簡単にできるといいかもしれません。経糸、緯糸の張りも糸の種類、織り方や染色後の糸の強度によっても調整が必要です…それから…」

 ツキヨ先生があれこれと指摘するのとブラウンが紙に書く。織り方も細かく注意事項を伝える。

【先生っていいな…】
 にひひ…と誰かが笑った。

「お譲ちゃん、これから2号機、3号機と織機を作るが今の適切な指示でよりいいもんを造るって約束する」
 ブラウンはツキヨの手を握った。
「昔、俺のばあさんが違う織機で布を織っていて…基本的な部分は似ているから少し織ったがお譲ちゃんの方が繊細に織り上がっている。この注意事項を伝えて…よかったらばあさんにこの不思議な糸を織らせてもらえないか?うちにはあんたみたいな孫がいなくてよ、女の孫みたいだと言えばきっと喜ぶ」
「はい、私でよければ孫になりますね。是非、おばあ様にお願いします」
「よし!うちのばばあに墓に入る前に珍しい糸を織って一攫千金だって言えばあと300才は長生きするな!」
「一攫千金!最高だな!俺もそれが大歓迎だ!大儲けだ!!!はははは!」
 それから糸は近く入手できるので持ってくるということと…織機を引き続き生産することを約束をした。
「おお。そうだ。おい、俺は織機を作るのに忙しいんだ…ガキのお手伝いがお前には待ってるぜ!」
 ブラウンはアレックスに鋸と物差しをがしっと渡した。

 窓の向こうに丸太になった木がまた20本あった。

「くそ、やりますよ。はいはい、親方様」
 袖を捲り、頭に布を巻いて外へ出た。ツキヨも好奇心旺盛について行った。

「仲のいいことで…ふー。俺もいい加減嫁がほしい…」
「親方なら大丈夫っすよー!!」
 二階から声が聞こえた。
「うううううううううるせー!オランジのくせに!とっとと椅子でも作れ!」
「へーい」

「おい、ツキヨ。こんなの見て何が楽しいんだ?」
 ギコギコ…と鋸の音が静かな林に響く。木を運び、鋸で切る…そのたびに木の香りが漂い、そしてアレックスの筋肉がぐっと盛り上がり汗が流れる。

「ふふ…内緒です」
 ツキヨも借りた鉈でブラウンの家の今晩分くらいの薪をパカンと割っていた。

「なんだよ。変なやつだな」
 よっ…と切った丸太を担ぎ上げて運ぶ…アレックスのがっちりとした背筋が見えた。
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