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第八章 かめ、ついに出仕する
嫉妬の灯
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日中は大蒼に付いて方々に連れ回され、夜は局のしきたりと格闘する日々をなんとかやり過ごしていると、いつのまにか八月になっていた。
最近はお上のお身体がすぐれないこともあり、皇太子である大蒼が式典に参加したり宮中儀式を代行することが多々あって、目まぐるしい日程に追われているの。
気忙しいと、時の流れって早いのね。
もし過去に戻れるなら、去年までの自分に『今のうちに、もっと勉強しろ』って言ってやりたいわ・・・。
※
七月中旬から辺りがうす暗くなってくると、女官と侍従官が御所の真ん中に位置するお池庭やご内庭にある燈ろうに火を点けて回る。
そして八月のお盆には皇族及び関係者から献上された提灯を縁側にズラリとかけ連ねて吊るすので、電気の灯りとは比べ物にならない情緒ある景色になるのよ。
その日、あたしは局には帰らず、大蒼の部屋の側で宿直をする当番だった。
東宮の寝所に続く長廊下から、あわれにも美しい燈ろうの灯を眺めながら歩いていると、横を向いていたあたしは前から来た誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい、よそ見をしていました・・・。」
その人の顔も見ずに会釈して通り過ぎようとすると、後ろから羽交い絞めにされてしまったの。
ヒィィッ、捕獲されたわ!
すぐに楽しそうな笑い声が頭の上から聞こえなかったら、あたしは御所中に聞こえる悲鳴を上げていたかもしれない。
「た、大蒼?」
「私に気がつかないなんて、酷いな。そんなに庭の灯りに見惚れていたの?
それとも誰かのことでも考えていた?」
大蒼は腕をあたしの肩に回すと、後ろからゆるやかに抱きしめた。
はわわ。
肌の触れあいが多すぎるわ。
清さと穢れにうるさい菫が見たら、癇癪を起こして倒れるかも。
「こ、こういうこと、お盆に公爵家ではしていなかったから珍しくて。」
「一般の家庭ではしない風習なのかな。
私は物心つく前から見慣れているけど、やはり綺麗だよね。」
話している間、大蒼の胸の音が後頭部を伝わって聞こえてくるようで、あたしはドキドキしながらもジッとしていた。
こんな風景を、前にも大蒼と見た記憶がある。
確か公爵家の舞踏会で、大蒼とチークダンスを踊った時ね。
あの時、新一ともダンスをしたのだけど、型破りな新一に振り回されて大変だったわよね・・・。
たった半年前のことなのにとても懐かしく、胸がチクリとしたのはどうして?
「君が新一と文通をしていると、風の噂で聞いたのだけど。」
おもむろに紡がれた大蒼の言葉に、少し不穏な色が入っているのが気になった。
「本当なの?」
「本当よ。家来の富がね、髪の結い方を習いたいと言ったのだけど、新一が忙しくて会えないというので手紙で結い方の指南を受けているの。」
「・・・それは富の問題だよ。かめが間に入るべきことなのかな?」
カエルの鳴き声がひときわ高く響いて、耳鳴りのように聞こえる。
それがスッと消えた瞬間、辺りの静けさが際だって気まずい時間が訪れた。
大蒼ったら、怒っているの?
大蒼の表情を確かめたくて振り向いたあたしに・・・。
突然の接吻。
それは前よりも荒々しくて、別人のようだった。
あたしを後ろから抱える腕にも強い力がこもっている。
「こんなところで・・・。」
局から東宮の寝所に続く長廊下は、誰が通ってもおかしくない。
あたしは恥ずかしさに狼狽えた。
一瞬、唇が離れた時に身体をひねって逃れようとしたけれど、また捕らえられると壁ぎわに追い詰められて接吻される。
おでこ~瞼~鼻~あご~首筋まで・・・と、順に厚ぼったい唇を這わせていく大蒼に愛撫され、あたしは完全に腰が抜けて崩れ落ちてしまった。
「ゆ・許してください。」
崩れ落ちたあたしに膝立ちで近づくと、大蒼が甘い顔で囁いた。
「私は幼い頃から禁欲を躾けられているから我慢できるけど、普通の男ならきっと無理だ。本当は今すぐにでも、かめの頭の中を私のことでいっぱいにしたいんだよ。
他の男のことなんて、考える余地がないくらいにね。」
な、な、な、なんてこと⁉
あたしの中のおとなしくて優しいウサギみたいな大蒼の印象が、ガラガラと崩れ落ちた。
ウサギも本気出したら、血が出るくらい噛むかもしれないわ。
いつか新一が言っていた『人間も動物』って、こういうこと⁉
「新一と文通したことを怒っているなら、もうしないわ。
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
あたしが素直に謝ると、大蒼は立ち上がってあたしをお姫様抱っこした。
きゃあ!
あたしは重いわよ⁉
あたしは息をフウフウたくさん吐いて体を軽くしようとしたけど、大蒼は軽々とあたしを運びながら、廊下を歩いた。
「今日はかめが宿直だよね?」
「そそそ、そうよ。」
「お仕置きとして、今夜は私の寝台で添い寝をしてもらうよ。」
お仕置き・・・!
嫌だ、まだ怒っているの⁉
「初夜までは手を出さないから安心して。
でも、それまでに私のことしか考えられないように、この身体に教えないとね。」
可愛い顔をして、言ってることが過激だわ!
ウサギの皮を被ったオオカミだったのね・・・‼
それにしても、何でそんなに新一を目の敵にするんだろう?
あたしは大蒼に抱えられながら、恐る恐る聞いた。
「あたしにとってはただの教育係だけど、大蒼は何故そんなに新一のことが嫌いなの? 2人には深い因縁でもあるの?」
「・・・かめにだけは教えておくね。」
大蒼はあたしを寝台に優しく降ろすと、前髪をクシャッと撥ねた。
「新一は、母親違いの兄弟なんだ。」
最近はお上のお身体がすぐれないこともあり、皇太子である大蒼が式典に参加したり宮中儀式を代行することが多々あって、目まぐるしい日程に追われているの。
気忙しいと、時の流れって早いのね。
もし過去に戻れるなら、去年までの自分に『今のうちに、もっと勉強しろ』って言ってやりたいわ・・・。
※
七月中旬から辺りがうす暗くなってくると、女官と侍従官が御所の真ん中に位置するお池庭やご内庭にある燈ろうに火を点けて回る。
そして八月のお盆には皇族及び関係者から献上された提灯を縁側にズラリとかけ連ねて吊るすので、電気の灯りとは比べ物にならない情緒ある景色になるのよ。
その日、あたしは局には帰らず、大蒼の部屋の側で宿直をする当番だった。
東宮の寝所に続く長廊下から、あわれにも美しい燈ろうの灯を眺めながら歩いていると、横を向いていたあたしは前から来た誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい、よそ見をしていました・・・。」
その人の顔も見ずに会釈して通り過ぎようとすると、後ろから羽交い絞めにされてしまったの。
ヒィィッ、捕獲されたわ!
すぐに楽しそうな笑い声が頭の上から聞こえなかったら、あたしは御所中に聞こえる悲鳴を上げていたかもしれない。
「た、大蒼?」
「私に気がつかないなんて、酷いな。そんなに庭の灯りに見惚れていたの?
それとも誰かのことでも考えていた?」
大蒼は腕をあたしの肩に回すと、後ろからゆるやかに抱きしめた。
はわわ。
肌の触れあいが多すぎるわ。
清さと穢れにうるさい菫が見たら、癇癪を起こして倒れるかも。
「こ、こういうこと、お盆に公爵家ではしていなかったから珍しくて。」
「一般の家庭ではしない風習なのかな。
私は物心つく前から見慣れているけど、やはり綺麗だよね。」
話している間、大蒼の胸の音が後頭部を伝わって聞こえてくるようで、あたしはドキドキしながらもジッとしていた。
こんな風景を、前にも大蒼と見た記憶がある。
確か公爵家の舞踏会で、大蒼とチークダンスを踊った時ね。
あの時、新一ともダンスをしたのだけど、型破りな新一に振り回されて大変だったわよね・・・。
たった半年前のことなのにとても懐かしく、胸がチクリとしたのはどうして?
「君が新一と文通をしていると、風の噂で聞いたのだけど。」
おもむろに紡がれた大蒼の言葉に、少し不穏な色が入っているのが気になった。
「本当なの?」
「本当よ。家来の富がね、髪の結い方を習いたいと言ったのだけど、新一が忙しくて会えないというので手紙で結い方の指南を受けているの。」
「・・・それは富の問題だよ。かめが間に入るべきことなのかな?」
カエルの鳴き声がひときわ高く響いて、耳鳴りのように聞こえる。
それがスッと消えた瞬間、辺りの静けさが際だって気まずい時間が訪れた。
大蒼ったら、怒っているの?
大蒼の表情を確かめたくて振り向いたあたしに・・・。
突然の接吻。
それは前よりも荒々しくて、別人のようだった。
あたしを後ろから抱える腕にも強い力がこもっている。
「こんなところで・・・。」
局から東宮の寝所に続く長廊下は、誰が通ってもおかしくない。
あたしは恥ずかしさに狼狽えた。
一瞬、唇が離れた時に身体をひねって逃れようとしたけれど、また捕らえられると壁ぎわに追い詰められて接吻される。
おでこ~瞼~鼻~あご~首筋まで・・・と、順に厚ぼったい唇を這わせていく大蒼に愛撫され、あたしは完全に腰が抜けて崩れ落ちてしまった。
「ゆ・許してください。」
崩れ落ちたあたしに膝立ちで近づくと、大蒼が甘い顔で囁いた。
「私は幼い頃から禁欲を躾けられているから我慢できるけど、普通の男ならきっと無理だ。本当は今すぐにでも、かめの頭の中を私のことでいっぱいにしたいんだよ。
他の男のことなんて、考える余地がないくらいにね。」
な、な、な、なんてこと⁉
あたしの中のおとなしくて優しいウサギみたいな大蒼の印象が、ガラガラと崩れ落ちた。
ウサギも本気出したら、血が出るくらい噛むかもしれないわ。
いつか新一が言っていた『人間も動物』って、こういうこと⁉
「新一と文通したことを怒っているなら、もうしないわ。
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
あたしが素直に謝ると、大蒼は立ち上がってあたしをお姫様抱っこした。
きゃあ!
あたしは重いわよ⁉
あたしは息をフウフウたくさん吐いて体を軽くしようとしたけど、大蒼は軽々とあたしを運びながら、廊下を歩いた。
「今日はかめが宿直だよね?」
「そそそ、そうよ。」
「お仕置きとして、今夜は私の寝台で添い寝をしてもらうよ。」
お仕置き・・・!
嫌だ、まだ怒っているの⁉
「初夜までは手を出さないから安心して。
でも、それまでに私のことしか考えられないように、この身体に教えないとね。」
可愛い顔をして、言ってることが過激だわ!
ウサギの皮を被ったオオカミだったのね・・・‼
それにしても、何でそんなに新一を目の敵にするんだろう?
あたしは大蒼に抱えられながら、恐る恐る聞いた。
「あたしにとってはただの教育係だけど、大蒼は何故そんなに新一のことが嫌いなの? 2人には深い因縁でもあるの?」
「・・・かめにだけは教えておくね。」
大蒼はあたしを寝台に優しく降ろすと、前髪をクシャッと撥ねた。
「新一は、母親違いの兄弟なんだ。」
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