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第六章 かめ、茶話会に参戦する

悲しみよこんにちわ

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 あ、あたしッ⁉
 あたしが命を狙われているの?

 誰に? どうして?

「お前が蜂に刺されたのは、いつのことか覚えているのか?」
「うーん。お姉ちゃんかたけさんから聞いた話だから、詳しくは分からないの。」

 新一しんいち眼光がんこうが鋭く光った。

「蜂に一度でも刺されるとアレルゲンが出来るんだ。
 あと、お前が菊子様の影武者みがわりをやっているとうっかりらしたのは、東宮とうぐうの他に居るのか?」
 
 ゲッ、なぜそれを?

 もしかしたら、鈴が鳴った後に新一しんいちがあの温室に来たのかと思っていたけど、かなり前から大蒼たいせいとの会話を盗み聞きされていたのでは?

 あんなことやこんなことまで・・・。?
 は、恥ずかしい!

大蒼たいせい以外には、誰にも言っていないわ。」

「なら、犯人は1人しか居ない。」
 新一しんいちの確信を得たつぶやきに、その場にいた全員が驚愕きょうがくした。

「犯人は誰なんだ⁉」

「―俺もあの日以来会っていないからピンと来なかったけど、面識みたことはあるよな。」

 ツカツカと女中たちの前まで歩くと、新一しんいちがある女中の前でピタリと足を止めた。
「あんたがさんだろう?」

 たたた、たけさん⁉

 あたしは自分の目を疑ったわ。
 だって、その容姿は厳粛ストイック細面ほそおもての顔つきの女中頭じょちゅうがしらのたけさんとは、全然様子が違っていたの。

 赤く大きくれた鼻は正中せいちゅうからずれて曲がっているし、目はくぼみシワが深くなっていて、年齢よりもずっと老けて見える。
 よく見たら面影おもかげがあるかなとは思うけど、全くの別人のようよ。

「な、なんでこんなこと・・・。」

 そう言ってから、あたしは公爵家の使用人が全員解雇された日のことを思い出した。
 あたしだけが家に残るということに、一番噛みついてきたのはたけさんだったわ。

 キッと顔をあげたたけさんの前に、新一しんいちは立った。

「整形が失敗したようだな。
 ロウを鼻に詰める施術は、まだ不安定な要素が多いから失敗も多いと聞いている。」

「顔が分からなくなれば、成功しようが失敗しようがどちらでも良かったんだ・・・。」
 わなわなと肩を震わせると、たけさんはヒステリックな金切声を上げた。
 
「私はあえて実験動物マウスになったんだ! あんたたちに復讐するためにね‼
 40年だよ…40年もあたしの人生を公爵家の奉公しごとささげてきたんだ。
 それなのに、それなのにッ! 選ばれたのは、小娘だけ‼」

 たけさんはあたしに飛びかかろうとして、新一しんいちの制止で止められた。

  こ、怖い・・・。たけさんは、本当にあたしを憎んでいるわ。 

東宮とうぐう様ぁ、あたしはこいつらの秘密を知っていますよ。
 最初は菊子様を殺してやろうと思ってその周辺を調べていたら・・・。
 フフ。こいつらは、とんでもないだよ!」

 あたしはたけさんのへびのような視線にゾッとした。

 どうしよう。
 あたしが菊子様の影武者だってことをここでバラす気なんだ。

「ねえ、東宮とうぐう様。
 ここで私と取引をしてくださいな。これは皇妃こうひ選びに関わる重大な情報です。
 見返りは・・・そうねえ、私を皇室の女中にしていただけたら助かります。」

 猫なで声で大蒼たいせいに声をかけるたけさんは、組み伏せられた新一の腕からのがれようと必死にもがいている。
 
 部屋に居る全員が、たけさんの言動に固唾かたずを飲んで見守っていた。

 みんなが、秘密を知ってしまうのも時間の問題。
 もう、あたしの影武者かげむしゃ生活もここでおしまいね・・・。

 大蒼たいせいは静かにたけさんに近寄ると、
 あわれむように見下みおろした。

痴れ者しれものめ。この女を拘束して連れていけ。」
「何を・・・。」

 護衛の男たちがバラバラとたけさんの動きを封じて、麻縄あさなわをかけた。
「この女は、菊子じゃないんだ!」

妄言もうげんだ。アヘンなどの薬物を体内に有していないかを調べてくれ。
 改めて、徳川家の階段の踊り場と茶器の指紋の採取と照合しょうごうも頼む。」

 愕然がくぜんとするたけさんに、大蒼たいせいは全員に聞こえるように言い放った。

「犯罪者ごときがわたくしと取引など、ありん。」

 部屋に居る全員が拍手喝采はくしゅかっさいする中、たけさんは部屋の外へと強引に連れていかれたのよ。

 ああ。悪夢が終わったのね。
 あたしはその場に崩れ落ちた。

 もし、先に大蒼たいせいにあたしの正体を話していなかったら、捕らえられていたのはあたしと新一しんいちの方だったかもしれない。

 たけさん・・・。
 厳しいけど、あたしには母親のような存在だったわ。

 一体、どこであたしたちの歯車が狂ったの?
 あたしは悲しい運命のいたずらを、呪わずにはいられなかった。

 ※
 
 夕日を背に、あたしたちは帰路きろに着いた。
 強い風が車内に吹き抜けて、少し寒く感じる。
 あたしはたけさんのが頭から離れずにひざを抱えていた。

「後悔しているのか?影武者になったことを。」

 後部座席の隣に黙って座っていた新一しんいちが不意に声をかけてきた。
「今回は助かったが、またお前の秘密を探るものが現れないとは言い切れない。」

「あたしは・・・菊子様を見つけるまでは、後悔できないわ。」
 膝に顔をうずめたまま、あたしは答えたの。

 新一しんいちは、そんなあたしの頭を引き寄せて自分の肩に乗せた。
 な、何?

 あたしは驚いて離れようとしたのだけど、新一しんいちがすぐにあたしの肩を抱き寄せたので、その胸にすっぽりと収まってしまった。

 言葉には出さないけど、初めて新一しんいちがあたしを認めてくれた気がした。
 【同志】と言っていいのか分からないけど、新一しんいちは信頼できるってあたしはその時に認識したの。

 だから、今日だけは少し甘えてもいいのかな。
 服しに伝わる新一しんいちの体温は、とても、とても心地ここちよかった。


 
 

 

 

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