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第三章 名探偵 かめ あらわる

突然のクライマックス

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 あたしの腕をつかみながら音もなく廊下におどり出た男は、居間の扉の手前まで来るとあたしに頭をせるように指示しじした。

 あたしはつんいになってから、額かられるのに気がついたの。

 あわわ。
 完ッ 全 に 巻き込まれちゃったわ!
 
 あたしってはたから見たら、この男の仲間にしか見えないわよね?

 新一しんいちにどうやって言い訳しようかを必死に考えていたら、部屋の中にいる男たちの声がハッキリと耳に聞こえてきた。

「それで、例の物は?」
「確認してくれ。」

 風呂敷がほどかれる衣擦きぬずれのような音とともに、男たちから感嘆かんたんのため息がれた。

たまは?
 装填そうてんはされているのか?」
「いや、まさか。
 こちらの小袋に入っている。
 本体は、明日すぐに使えるように整備せいびしておいた。」
「全部で5丁ごちょうか・・・よく集められたな。」
「『期待している』と、私のあるじからの言伝メッセージだ。」

 ボソボソと話す声とかすかに金属のぶつかる音。
 詳細は分からないけれど、何だか物騒ぶっそう雰囲気イメージだけはあたしにも伝わった。

 こ、怖いわ。

 明日といえば仮面舞踏会。
 誰に、何をする気なのかしら?

 つんいになったあたしの足は小刻みこきざみに震え出した。
 失敗した。こんなことになるなら、探偵の真似事フリなんて、するべきではなかった。

 新一しんいちとの約束も、破らなきゃ良かった・・・。

 震えが止まらないあたしをさっしてか、外套コートの男はあたしの肩にゆっくりと手を回した。「大丈夫ですよ。」

 それからそっとあたしに顔を近づけると、うれいある色をふくんだ黒い瞳をくもらせてこう言った。

「見ず知らずの君を巻き込むつもりはありません。
 中の奴らが風呂敷包みつつみ譲渡するわたす場面になったら、わたくしはこの部屋に突入する。
 君はそのすきにこの建物から逃げてください。」

 え、このヤバそうな部屋に入る気なの?
 あたしは慌てて、男の外套コートすそを引っ張った。
「早まらないで!」

「よく事情は分からないけど、若くて色男イケメンなのに勿体もったいない!
 ・・・じゃなくて、無茶なことはしないで!
 あなたが怪我をしたら悲しむ人が居るだろうし、人類の損失ははかりしれないわ。」

 だって色男イケメン希少レアなのよーッ!

「あなたが思っているより、人間の生命いのちはかないの。
 だから、1日でも悔いのないように生きて!」

 あたしはまだ15歳だわかいけど、幼い時に両親を事故で一度いっべんに亡くしているから、生命いのちとうとさは身にみて理解している。
 だから、目の前で生命いのち粗末ムダにしようとする人を放って置くわけにはいかないわ。

 あたしの言葉に男は大きいをもっと見開いて、あたしの向こう側を凝視しみつめた。

わたくしが居なくなったら、喜ぶ人間は居るが悲しむ人間は居ないと思う。」

 わーん、頑固者わからずや
 ちっとも気持ちが伝わらないわ。
 どうしたら、冷静になってもらえるのかしら。

 ・・・あ、そうだ。

 あたしは廊下の床に座り直して、肩に乗せられた男の腕を手に取った。
 それから手のひらを引き寄せて、その親指の付け根を優しく押した。

「な、何をする?」
「あのね、知人しんいちが教えてくれたんだけど、こうすると緊張や疲れがほぐれるの。
 あなたは頭がり固まってるみたいだから、少しでも柔らかくなってほしくて。」

 男は拍子ひょうしが抜けたような顔をして、黙ってあたしにされるがままになっていた。
 イイ子ね。脱力したほうが、効果が出るのよ。

「例えば、固い物と固い物がぶつかると割れちゃうけど、柔らかい物同士なら割れないでしょ。
 あいつらと何があったかは知らないけど、忘れてみない?
 大体は水に流せるもんよ。」

 指圧のせいか、冷たくなっていた男の細くて固い手のひらが、徐々に温かさを取り戻してきた。

「確かに。ほぐされると、とても気持ちがいいです。」

 そうそう。
 あたしも初めて新一しんいちに指圧された時は、そう思った・・・と言いかけた時、

 男は急にあたしをその胸にガバッと引き寄せ、抱きしめたのよ!

 ええーーー!!

「ありがとう。
 貴女あなたに感謝する。」
 男の硬いほほくちびるがあたしの首元に触れ、ハスキーな声があたしの耳を占めた。

 死ぬ死ぬ、死んじゃう!
 あたしは思春期アオハル真っただ中‼

 その瞬間、あたしは階段側の通路へと思いきり突き飛ばされたのよ!

 ド ン‼

「キャアッ!
 危ないじゃない、何するのッ⁉」
 
 つんのめりながら後方うしろを振り返ると、男はすでに居間の中へと突入していて、複数の男たちの怒号どごうと破壊音が廊下まで響いた。

 ヤバい、逃げなきゃだわ!

 後ろは見ずに転がり落ちるように階段を降りて1階に行き、その勢いのまま廊下をぱしって裏口までたどり着いたのだけど、あたしは何とも言えない違和感にそのまま足を止めた。

 だって、来た時に使用人たちでごった返していた裏口はガランとしていて、誰も居なかったのよ。

 な、何で? 
 あり得ないわ。
 
 頭が誤作動すバグる。
 まさか、あいつらが来る前に人払いひとばらいでもしたとか?

 そのまま、何も考えずに外に逃げれば良かったのだけど、まだあたしの体には、外套コートの男に抱きしめられた感触と、耳元に当たる暖かな吐息が残っていた。

 良心てんし悪意あくまがあたしの心をせめぎ合って、あたしはついにきびすを返した。

 決めた。
 あの男を助けよう!
 
 あたしだけ、逃げるわけにはいかないわ。
 でも人っ子一人見当たらないこの状況じゃ、助けを呼ぶこともできない!

 しかも、和館に人を呼びに行くにも、その間に男が殺されてしまう可能性もあるから、ここであたしが何とかしなきゃならないんだ。

 あたしはない脳味噌を必死にかき回した。
 1階で何か武器になりそうなものは無かったかしら?

 厨房に包丁はあるわね。
 でも、ひよわな女が包丁を1本振り回したところで、男たちに取り押さえられておしまいよ。

 その時何かが爆発するようなすさまじい音が天井を揺らして、ドタドタと複数の人間が走り回る足音が聞こえた。

 わーん、時間がない!
 天井の隙間から零れ落ちる埃を見て、あたしはハッと思いついた。

 あッ、そうよ。
 あれならイケるわ!

 あたしは奥の厨房へと全速力で走った。

 それから、厨房で1番大きな生ゴミを溜めているたると不燃ゴミの木箱を持ち上げ、かまどの横に置いた。
 たるふたを取ると、この世の物とは思えない匂いが辺りに充満したちこめた。

 ウッ、臭いわ。

 悪臭くささに耐えながらかまどたきぎと新聞紙をべて、マッチの火を投げ入れたあたしは、かまど内部なかが赤く燃えるのを見計みはからって、竹筒たけづつを懸命に吹いた。

 フーフー!
 早くかまど全体に燃え広がってよ‼

 勢いよく炎が燃え盛ったところで、たると木箱を逆さにしたあたしは、かまどめがけて中身を全てぶちまけた。

 すぐに変な汁やら魚の頭やらが燃えたり蒸発したりして、黒い煙がかまど全体からモクモクと出てきた。
 いつも生ゴミや不燃ゴミを外で燃やすと、信じられないくらい黒い煙が立ち昇るの。
 今回はそれを利用して、火事が起きたと思わせようってわけ。

 あたしは厨房の窓と扉を開け放って思いきり叫んだ。

「火事よー!」

 フライパンに延べ棒をガンガンと叩きつけ、叫びながら階段を駆け上がる。
 黒い煙もあたしの後ろからサアァと立ち昇ると、あっという間に部屋の半分を埋めつくした。

「火事です!
 厨房から火が出ました!
 燃えています!!
 誰か居るなら早く逃げて!」

 階段を登りきるきると、すぐに居間から黒ずくめの男たちが走ってくるのが見えた。

「早く逃げろ!」
「ゲホッ、ひでぇ匂いだ‼」

「あいつはどうするんだ?」
「捨て置け、行くぞ。」

 1人だけ覆面に着物姿の男が、残酷な言葉を放った。 
「火事なら証拠は残らない。
 むしろ好都合だ。」

 ええ、もう殺しちゃったの⁉
 あたしが呆然と立ちすくむ横を男たちが足早に駆け抜ける。

 モクモクとした黒い煙が2階まで立ち上ってきて視界も悪いし、男たちは黒い覆面ふくめんかぶっていて顔は見えなかったのだけど、その1人があたしの横を通った時、よく知ってる爽やかな匂いがした。

 これ、知ってるわ!
 松の木の匂いよ・・・。

 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、男の1人を呼び止めるわけにもいかず、あたしは全員が去るのを待ってから、居間に飛び込んだ。
 机や椅子、壁に掛けられた額が不調和に倒れたり、転がったりしているのが目に入った。

 よく見ると、赤い血のようなものが点々と絨毯を汚している。
 その点を追って行きついた先に、あたしは思わず悲鳴をあげた。

「きゃッ・・・⁉」

 荒された居間の窓側で、外套コートの男がうつ伏せに倒れていた。




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