上 下
24 / 38

#24 逃走

しおりを挟む
「離して、離してよぉ! 私のッ、私の純愛が・・・!」


 ようこに動きを封じられている隙に、私は思い切って華乃さんの手からナイフを奪いました。


「アアアッ!」


 その途端、華乃さんはその場に力なく崩れ落ちたのです。
 ようこはそんな華乃さんを辛そうに見下ろしました。


「愛する人の幸せを願ってこその純愛よ。それは、とっても切ないことだけどね。」


 ようこは震える私に駆けより、そっと私の手からナイフを取り上げました。


「みつきさま、お怪我は?」


「あ・・・ありがとう、私は大丈夫よ。」


 他人の悪意に触れることが、こんなにも体力的にも精神的にも削られることだとは。ようこが来てくれなかったら、私は今頃・・・。
 私は心底、ようこを愛おしく思いました。


「あなた、ヒーローみたいに格好良かったわ。」


「幼少より仕込まれていた合気道がお役に立って良かったですわ。
 きびしく稽古をしてくれた父に感謝しなきゃ!」


 ようこは安心したようにホウッと息を吐くと、はにかみながら微笑みました。


 泣きじゃくる華乃さんの口から、またあの名前が漏れました。
「ゴメンなさい、うららさま・・・。」


 ここまで来るともう看過できません。


「華乃さまが私を好きだというのは嘘。
 そして、その指示は【うらら】がしたということね。」


「【うらら】って、まさかみつきさまの文通の方ですか⁉」


 事情を知らないようこが悲鳴をあげました。
 押し黙る華乃さまに私は重ねて聞きました。


「今回の恋文は、私を呼び出して傷つけるのが目的。
 それはあなたの慕う【うらら】のため。
 そうよね?」


「ハイ。間違いありません。」


 華乃さんが小さくそう呟いた時、天文台のドームの陰で誰かが動く気配がしました。


「誰?」


 私が振り向くと、その人はバタバタと足音を響かせながら非常階段の方に走り出しました。
 私たち以外にこの場には、誰もいなかったはずです。

 それを見て青ざめた華乃さんは、さめざめと泣きくずれました。


「ウウッ、こんな状況でも、私を置いて行ってしまうのね。愛しいけれど、ほんとうにヒドい人・・・。」


 私とようこは顔を見合わせました。


「追いかけましょう!」


 私たちは華乃さまをその場に残したまま、慌てて非常階段をかけおりました。


 ※


 カンカンカンカン!
 鉄骨階段に鳴り響く硬い金属音。
 

 私たちは息を吸うのも忘れるくらい、無我夢中でその人を追いかけました。
 まだようこには話してないのですが、万がいち【うらら】が【麗さまが女装した姿】だったらどうしようとひそかに思っていたのです。


(お願い。八重子の言っていた【猿渡うらら】でありますように・・・!)


 やがて螺旋階段のすきまから逃げる女性の後ろ姿が垣間見えました。
 センターで分けられた長くて黒い髪、黒いシャツと細身のパンツから伸びる手足の長い四肢、意思の強い眼差し・・・。


(良かった、麗さまではない。でも・・・。)


 私はすぐに白亜岬の断崖で会った女性を頭に思い浮かべ、冷や汗が流れました。


「あれは、あの女性は!」


 女性はヒール靴で走るのがキツくなったのか、徐々に速度が落ちていきます。
 ローファー靴の私たちは、彼女の後ろまで追いつきました。

 
「ごめんあそばせ!」


 ようこがヒラリと手すりを飛び越え、階段の向こう側の下の段に着地しました。


「スゴイわ、ようこ!」


 見事にようこが女性の進路をふさぐ形になり、私たちに挟まれた女性は階段の真ん中でピタリと足を止めました。
 ようこは息を荒げながら、女性に詰め寄りました。


「あなたが華乃さまが言っていた【うらら】ですか?
 華乃さまを使ってみつきさまを傷つけようとするなんて、一体どういうつもり?
 返答によっては警察を呼びます。」


「私は何もしていないわ。」
 女性は額に汗をにじませながら、美しい顔をゆがめました。


「私は見ていただけ。
 行き過ぎた行動は、まいがよかれと思って勝手にやったことよ。」


「あのッ、もしかしてあなたは・・・白亜岬にいらした方ですか?」


 私は勇気を出して口火を切りました。
 女性は私をジッとにらむと、からかうようにしわがれた声音をだしました。


「そうよ綾小路みつきさん。これで会うのは三度目だけれど。
 私の名前は【猿渡うらら】よ。
 でも、あなたの文通相手ではないわ。」


「その声・・・! まさか、老婆の役にすり替わったのも⁉
 あなたは、麗さまとどういう関係なのですか?」


 うららさまは意味ありげに目を細めると、口の端をニヤアッとつりあげて笑いました。


「そのうち分かると思うけど・・・私たち、離れたくても離れられない関係なの。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

【R18】闇堕ちバレリーナ~悲鳴は届かない~

月島れいわ
恋愛
憧れのバレエ団の入団テストに合格した玲於奈。 大学もあと一年というところで退学を決めた。 かつてのようなお嬢様ではいられなくなった。 それでも前途は明るいはずだったのにーーーー想像もしなかった官能レッスンが待っていた。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

かめは蝶の夢を見る~影武者女中は365日後、公爵令嬢に変身したいのです!

ゆきんこ
恋愛
 時は大正。大衆文化が花開き、西洋文化が庶民に影響を及ぼすようになった激動の日本。  版籍奉還により皇室に近い家柄の者は新たな特権階級が与えられ、貴族たちは皇室を支える使命が任じられた。  これを華族と呼ぶ。  田中 かめ(たなか かめ)は十五才。華族である徳川公爵家に仕える、女中の一人だ。  民主化や自由主義が叫ばれ始めた世の中でも未だ生活格差は厳しく、公爵家の屋敷の納屋に寝泊まりするかめの小さな手足はあかぎれだらけだった。  そんな貧しい暮らしの中でも同い年の公爵家の令嬢・菊子を神格化して推し活をするのは生きがいで、かめは奉公の日々を明るく生きてきた。  あの運命の日までは。  ※※※  ある日、大広間で使用人たち全員が集合し泣いていた。  なんと、かめ以外の使用人を全員解雇したのち、入れ替えるというのだ。  恨み事を連ねる使用人たちとの間に入って来たのは、見たことのない背広を着た色男だった。  背広の男に連れられて公爵家の当主・葛丸の書斎に入ると、3人の色男たちが一斉にかめを取り囲んだ!  彼らの目的とは一体・・・?  ※※※  【自己肯定ゼロの芋虫体型女中】を【スパダリだけど皮肉屋の皇室お抱え髪結い師】がプロデュース♡  ♡かめは公爵令嬢に変身することができるのでしょうか?  ♡公爵令嬢の行方は? 謎が謎を呼ぶ恋愛ミステリー!  ♡癒しのシャンプーや心地よいマッサージを施されるめくるめく甘美な365日。  ♡イケメンの犬養3兄弟のゴットハンドを、ぜひご堪能あれ♪  参考文献:皇室に学ぶプリンセスマナー

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

【完結】孤独な人斬り少女、美貌の帝国軍人と、かりそめの婚約をする。~旦那様、今宵も毒をいただきたく存じます。

和佐炭ハル
キャラ文芸
「――君には、僕の婚約者になってもらおう」 時は大正。 帝都で孤独に生きる、人斬り少女の睡蓮(すいれん)。 新月の夜、暗殺の命を帯び、帝国軍人の屋敷に潜入した少女は、美貌の陸軍少佐・如月龍進(きさらぎ りゅうしん)によって返り討ちに遭う。 とらわれの身になった彼女に、軍人が告げたその言葉は、思いもよらぬもの。 「仕事柄、直近で舞踏会などの社交の場に連れ添ってくれる女性が必要になってね。 君にその役目を担って欲しい。 勿論、諸々が落ち着いたら婚約は解消してやる」 これは、孤独な人斬り少女と、孤独な軍人の出会いから始まる、偽りの婚約物語。 --------- 本作は「小説家になろう」「エブリスタ」様でも掲載をしています。

処理中です...