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#2 謎の令嬢
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「あなたが、綾小路みつきさん?」
ドット柄のひざ下丈のワンピースにハイウエストの太いベルト、白いニットカーディガンを肩に引っかけた女性は、腕を組んで私を見ました。
名前を呼ばれた私は、とても驚きました。
目の前の女性はとても綺麗な女性だったけど、私の愛するおねえさまではありません。
辺りは急に陽がかげりはじめ、空にはいつの間にか黒い雲がしみのように重く広がっていました。
タクシーの運転手の去り際の言葉が一瞬、頭の中でよみがえります。
「私は綾小路ですが・・・。ごめんなさい、人違いでした。」
嫌な予感がします。
ペコリと会釈をして踵を返そうとした私を、甲高い声が呼び止めました。
「待って。
私は間違っていないわ。だってその制服、アッサム女学院のセーラー服よね。」
少しトゲを含んだ言い方をするのが、何だか引っかかります。
女性はポシェットから見覚えのある封筒を取り出すと、その中から一枚の写真を取り出しました。
「これ、あなたでしょ。」
私は背中に悪寒が走り、震える声を絞り出して女性に聞きました。
「ど、どういうことですか? なぜ、あなたがこの手紙を・・・。」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、うららはココに来ないわ。」
ピシャリと女性は言い放ちました。
「あの人のこと、何も知らないくせに【心中】の話を真に受けるだなんて、頭の中がお花畑だし図々しいにもほどがある。私はあなたに忠告しに来たのよ。
もう二度と、こんな手紙を送らないでちょうだい。
もし、またあなたの名前の封筒を見つけたら・・・。」
女性は私から帽子をサッと取り上げると、胸のあたりを強く小突いてきました。
「キャッ!」
後ずさりながらよろめくと、断崖の端ギリギリのところで跪いてしまいました。
「ヒッ、あぶない・・・。」
振り向いて崖の下を見た私は、足もとの小石と女性が放り投げた赤い帽子が海に落ちていくさまを見て、思わず生唾を飲みこみました。
「怖いの? 本当は死ぬ気なんてなかったんでしょう。」
追い打ちをかけるように、残酷な女性の嗤い声が耳に響きます。
「軽い気持ちでうららと文通していたのなら、本当に不愉快だし迷惑よ。
二度とあの人に会おうとしないで。
もし、少しでもうららと接触しようとする気持ちがあるなら、私がここから背中を押してあげるわ。」
女性は悪魔のように微笑むと、私がおねえさまに宛てた手紙の束を目の前にバラまいて背を向けました。
※
「良かった、みつき。戻ってきてくれたんですね!」
突然の夕立に打たれながら公爵邸の門をくぐると、家庭教師の紘次郎が飛んできました。
幼いころから公爵邸で奉公をしているので、男性恐怖症の私が話せる唯一の男性です。
無言で雨に濡れて立ち尽くす私を玄関の軒先まで誘導すると、私の身体を乾いた掛布でぬぐってくれました。
「あんな書き置きを残して出ていくなんて・・・!
もう少し遅かったら、旦那様に報告するところだったんですよ?」
「・・・ごめんなさい。」
叱責されているにも関わらず、紘次郎が誰にも報告せずに信じて待ってくれたことが、私には嬉しかったのです。
胸の底に押さえつけていた感情が、いっきにあふれ出してしまいました。
「・・・クゥッ!」
私は紘次郎の胸に飛び込むと、思い切り泣いてしまいました。
おねえさまに会えなかったことと、見知らぬ女性に辛い言葉を浴びせられたことが走馬灯のようによみがえります。
(あの女性の言うとおりだ。)
童のように声を上げて泣きながら、私は紘次郎の着物の布をしっかりと掴みました。
(自分ひとりでは何もできないくせに、優しいうららおねえさまを自分の我儘で振り回してしまった。
あの人が怒るのも無理はないわ。)
自分の無知と愚かさが恥ずかしいし、おねえさまと手紙のやりとりを禁止されたことへのショックでどうにかなりそう。
涙は枯れることなくどんどんこぼれ落ちていくので、受け止める紘次郎の着物は雨で濡れた以上にベチャベチャになりました。
「何があったかは聞きませんが、夕餉までには泣き止んでくださいね。」
紘次郎は優しく私の頭をなでながら、雨がやんで辺りを夕闇が包むまで、ずっとそばにいてくれました。
ドット柄のひざ下丈のワンピースにハイウエストの太いベルト、白いニットカーディガンを肩に引っかけた女性は、腕を組んで私を見ました。
名前を呼ばれた私は、とても驚きました。
目の前の女性はとても綺麗な女性だったけど、私の愛するおねえさまではありません。
辺りは急に陽がかげりはじめ、空にはいつの間にか黒い雲がしみのように重く広がっていました。
タクシーの運転手の去り際の言葉が一瞬、頭の中でよみがえります。
「私は綾小路ですが・・・。ごめんなさい、人違いでした。」
嫌な予感がします。
ペコリと会釈をして踵を返そうとした私を、甲高い声が呼び止めました。
「待って。
私は間違っていないわ。だってその制服、アッサム女学院のセーラー服よね。」
少しトゲを含んだ言い方をするのが、何だか引っかかります。
女性はポシェットから見覚えのある封筒を取り出すと、その中から一枚の写真を取り出しました。
「これ、あなたでしょ。」
私は背中に悪寒が走り、震える声を絞り出して女性に聞きました。
「ど、どういうことですか? なぜ、あなたがこの手紙を・・・。」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、うららはココに来ないわ。」
ピシャリと女性は言い放ちました。
「あの人のこと、何も知らないくせに【心中】の話を真に受けるだなんて、頭の中がお花畑だし図々しいにもほどがある。私はあなたに忠告しに来たのよ。
もう二度と、こんな手紙を送らないでちょうだい。
もし、またあなたの名前の封筒を見つけたら・・・。」
女性は私から帽子をサッと取り上げると、胸のあたりを強く小突いてきました。
「キャッ!」
後ずさりながらよろめくと、断崖の端ギリギリのところで跪いてしまいました。
「ヒッ、あぶない・・・。」
振り向いて崖の下を見た私は、足もとの小石と女性が放り投げた赤い帽子が海に落ちていくさまを見て、思わず生唾を飲みこみました。
「怖いの? 本当は死ぬ気なんてなかったんでしょう。」
追い打ちをかけるように、残酷な女性の嗤い声が耳に響きます。
「軽い気持ちでうららと文通していたのなら、本当に不愉快だし迷惑よ。
二度とあの人に会おうとしないで。
もし、少しでもうららと接触しようとする気持ちがあるなら、私がここから背中を押してあげるわ。」
女性は悪魔のように微笑むと、私がおねえさまに宛てた手紙の束を目の前にバラまいて背を向けました。
※
「良かった、みつき。戻ってきてくれたんですね!」
突然の夕立に打たれながら公爵邸の門をくぐると、家庭教師の紘次郎が飛んできました。
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無言で雨に濡れて立ち尽くす私を玄関の軒先まで誘導すると、私の身体を乾いた掛布でぬぐってくれました。
「あんな書き置きを残して出ていくなんて・・・!
もう少し遅かったら、旦那様に報告するところだったんですよ?」
「・・・ごめんなさい。」
叱責されているにも関わらず、紘次郎が誰にも報告せずに信じて待ってくれたことが、私には嬉しかったのです。
胸の底に押さえつけていた感情が、いっきにあふれ出してしまいました。
「・・・クゥッ!」
私は紘次郎の胸に飛び込むと、思い切り泣いてしまいました。
おねえさまに会えなかったことと、見知らぬ女性に辛い言葉を浴びせられたことが走馬灯のようによみがえります。
(あの女性の言うとおりだ。)
童のように声を上げて泣きながら、私は紘次郎の着物の布をしっかりと掴みました。
(自分ひとりでは何もできないくせに、優しいうららおねえさまを自分の我儘で振り回してしまった。
あの人が怒るのも無理はないわ。)
自分の無知と愚かさが恥ずかしいし、おねえさまと手紙のやりとりを禁止されたことへのショックでどうにかなりそう。
涙は枯れることなくどんどんこぼれ落ちていくので、受け止める紘次郎の着物は雨で濡れた以上にベチャベチャになりました。
「何があったかは聞きませんが、夕餉までには泣き止んでくださいね。」
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