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翌朝。
聞き慣れぬアラームの音で目を覚ました私は、いつの間にか素っ裸のまま眠っていたことに気づく。
寝ぼけまなこをこすりつつ眼鏡をかけて、とりあえず部屋の暖房を効かせる。寒すぎてとても布団から出られない。
「まったく、だらしがないな」
早朝から起床して窓のカーテンを開けた神林部長は、生乾きのワイシャツにアイロンをかけてしわを伸ばしていた。
ハンガーにかけてあった背広を羽織って袖を通すと、鏡も見ずに自分でネクタイを結ぶ。
「もう行っちゃうんですか?」
「まさか君の家から会社へ出勤するわけにもいかないからな。ひとまず車を動かせるかどうか確かめてこないと」
窓から外を眺めてみると、うっすらと道路に雪が残っていた。どうせなら、もっと積もってくれればよかったのに。
私は、起き抜けにキッチンのコンロをつけてお湯を沸かす。
マグカップでスープの粉末を溶かし、ふーふーと冷ましてからスプーンですする。トーストはまだ焼けていなかった。
「朝食に付き合えなくてすまない。この埋め合わせは必ずするから」
神林部長が玄関を開けて出かける間際、まだ歯磨きをしていなかった私は、ほっぺを差し出してチューをせがむ。
「ネクタイをほどいてください」
「なんで?」
「こういうの、一度やってみたかったんです。まるで夫婦みたいでしょう?」
一旦ネクタイをほどいて結び方を教えてもらい、ろくに練習もせずにさっそく試してみる。
結局うまく結べなかったが、神林部長は上出来だと頭をなでて褒めてくれた。
「そろそろ時間だし、本当にもう行かないと」
ゴミ出し中のご近所さんに恥ずかしい場面を目撃された部長は、すれ違いざまに会釈するなりそそくさと立ち去っていく
玄関先から手を振って見送ったあと、私も大急ぎでシャワーを浴びる。洗濯を干している暇などなかった。
ぱっぱと髪の毛をとかして仕事着に着替え、スマホをチェックしつつ化粧を済ませる。
「あっ」
バスに駆け込んでつり革につかまり、二日酔いの頭をもたげたところで、ふと大事な忘れ物を思い出す。
そういえば私、まだ一言たりとも神林部長から好きだとか愛しているとか言われた覚えがない。
「おはよう」
神林部長はその日、小一時間ほど遅刻して会社にやってきた。
一旦自宅に戻って着替えてきたらしく、相変わらず一分の隙もない完璧なスーツ姿だった。
鞄を提げて車の鍵をもてあそびつつ、先を譲ってエレベーターから降りてくる。
「おはようございます」
奇遇にもたまたま廊下ですれ違った私は、書類を抱えつつそれとなく目配せを交わす。
「部長、ネクタイが曲がってますよ?」
「いいんだ。気にしないでくれ」
いつものように荷物を置いてデスクについた神林部長は、観葉植物の葉っぱを鬱陶しげに払いのける。
窓のシャッターから漏れた日差しを眩しがる様子を見て、私は心の中でくすくすと笑った。
普段と変わらぬ日常なのに、今までとは何もかも違うように感じる。
「ゆうべはお楽しみだったようですね」
「えっ?」
ポケットの中からこっそりスマホを持ち出し、部長宛てにはた迷惑なメッセージを送りつけたあと。
さあ今日も張り切って仕事をするぞ、とパソコンへ向かってキーボードを叩き始めた時だった。
「早く消したほうがいいですよ、先輩。SNSで炎上するかもしれません」
何やら慌てた様子できょろきょろと周囲を見回した後輩の山崎君が、誰にも気づかれぬように立ち上がって教えてくれる。
まさかと思って自分のスマホを見つめた私は、悲鳴を上げそうになってとっさに口をふさぐ。
こうして神林部長と私の関係は、ほどなくして世間に知れ渡ることになるのだった。
(END)
聞き慣れぬアラームの音で目を覚ました私は、いつの間にか素っ裸のまま眠っていたことに気づく。
寝ぼけまなこをこすりつつ眼鏡をかけて、とりあえず部屋の暖房を効かせる。寒すぎてとても布団から出られない。
「まったく、だらしがないな」
早朝から起床して窓のカーテンを開けた神林部長は、生乾きのワイシャツにアイロンをかけてしわを伸ばしていた。
ハンガーにかけてあった背広を羽織って袖を通すと、鏡も見ずに自分でネクタイを結ぶ。
「もう行っちゃうんですか?」
「まさか君の家から会社へ出勤するわけにもいかないからな。ひとまず車を動かせるかどうか確かめてこないと」
窓から外を眺めてみると、うっすらと道路に雪が残っていた。どうせなら、もっと積もってくれればよかったのに。
私は、起き抜けにキッチンのコンロをつけてお湯を沸かす。
マグカップでスープの粉末を溶かし、ふーふーと冷ましてからスプーンですする。トーストはまだ焼けていなかった。
「朝食に付き合えなくてすまない。この埋め合わせは必ずするから」
神林部長が玄関を開けて出かける間際、まだ歯磨きをしていなかった私は、ほっぺを差し出してチューをせがむ。
「ネクタイをほどいてください」
「なんで?」
「こういうの、一度やってみたかったんです。まるで夫婦みたいでしょう?」
一旦ネクタイをほどいて結び方を教えてもらい、ろくに練習もせずにさっそく試してみる。
結局うまく結べなかったが、神林部長は上出来だと頭をなでて褒めてくれた。
「そろそろ時間だし、本当にもう行かないと」
ゴミ出し中のご近所さんに恥ずかしい場面を目撃された部長は、すれ違いざまに会釈するなりそそくさと立ち去っていく
玄関先から手を振って見送ったあと、私も大急ぎでシャワーを浴びる。洗濯を干している暇などなかった。
ぱっぱと髪の毛をとかして仕事着に着替え、スマホをチェックしつつ化粧を済ませる。
「あっ」
バスに駆け込んでつり革につかまり、二日酔いの頭をもたげたところで、ふと大事な忘れ物を思い出す。
そういえば私、まだ一言たりとも神林部長から好きだとか愛しているとか言われた覚えがない。
「おはよう」
神林部長はその日、小一時間ほど遅刻して会社にやってきた。
一旦自宅に戻って着替えてきたらしく、相変わらず一分の隙もない完璧なスーツ姿だった。
鞄を提げて車の鍵をもてあそびつつ、先を譲ってエレベーターから降りてくる。
「おはようございます」
奇遇にもたまたま廊下ですれ違った私は、書類を抱えつつそれとなく目配せを交わす。
「部長、ネクタイが曲がってますよ?」
「いいんだ。気にしないでくれ」
いつものように荷物を置いてデスクについた神林部長は、観葉植物の葉っぱを鬱陶しげに払いのける。
窓のシャッターから漏れた日差しを眩しがる様子を見て、私は心の中でくすくすと笑った。
普段と変わらぬ日常なのに、今までとは何もかも違うように感じる。
「ゆうべはお楽しみだったようですね」
「えっ?」
ポケットの中からこっそりスマホを持ち出し、部長宛てにはた迷惑なメッセージを送りつけたあと。
さあ今日も張り切って仕事をするぞ、とパソコンへ向かってキーボードを叩き始めた時だった。
「早く消したほうがいいですよ、先輩。SNSで炎上するかもしれません」
何やら慌てた様子できょろきょろと周囲を見回した後輩の山崎君が、誰にも気づかれぬように立ち上がって教えてくれる。
まさかと思って自分のスマホを見つめた私は、悲鳴を上げそうになってとっさに口をふさぐ。
こうして神林部長と私の関係は、ほどなくして世間に知れ渡ることになるのだった。
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